第二章、世界の理。

第二章Prologue~恩返し~

 『月夜の星々』、それは50年という長い年月をファジールという街と共に過ごして来た宿屋。


 築50年という歴史のある建物は今やボロボロで、廃墟と呼んでも差し支えない程にあちこちが壊れている。壁に穴が開いているのが見て取れたり、看板のペンキは剥がれていて名前が見えなくなっていたり、毎回雨が降る時は天井から雨漏りがしていたりする。


 これは、宿のオーナーの年齢がもう80を超えて身体が動かなくなってきていることで手が回らなくなってきているのが原因だ。


 ──トン、トン。


 そんな廃墟宿で今、軽快とは言えないトンカチの叩く音が聞こえてくる。叩いているのは40歳のおっさん。おっさんは今、愚痴を漏らしながら宿の修理をしていた。


「なんで俺がこんなことを……」


 おっさん──リッドは板に釘を打ち付けながら開いた壁を補修している。本当なら旅に出るはずだったはずの彼は今、この街に縛り付けられていた。


「いい大人がグチグチ言ってんじゃないよ! ほら、さっさと手を動かしな!」


 この宿のオーナーである老婆の声が建物内に響く。その大きな声にリッドは耳を塞いでしかめっ面をした後口を開く。


「やってるだろ!」


「手際が悪いんだよ! もっと早くしな!」


「ジーナさん、客室の掃除終わりました!」


 リッドと老婆、二人が口論となり掛けた時、二階から声がした。二人はその声の主を見る。そこには、仄かに赤みがかった髪を揺らしながらにこやかに笑う少女がいた。


 彼女の名前はアメリ・シュミット。リッドをこの街に縛り付けた張本人である。


 さて、何故旅に出る予定だったはずの二人がこの街に留まっているのか、経緯を説明しよう。それはアメリのこの言葉が全ての始まりだった。


「すみません、リッドさん。旅に出る前に、お世話になった人に恩返しがしたいです!」


 少女の言った、その純粋無垢な言葉にリッドは駄目と言えず頷いてしまった。二人は『星々の輝き』の二人だけのメンバーだ。ならば、相手の意見は尊重するべきだとリッドは思った、思ってしまった。


 その結果、今リッドは非常に、凄く後悔をしていた。……あまりの老婆のこき使いに。


「アメリはいい仕事をするねぇ、どっかの男とは大違いだよ」


「えへへ……」


 老婆──ジーナに褒められてアメリは顔を赤くして照れている。それを見て、リッドは苛立った。それは自分とは明らかに態度が違うジーナを見てか、それとも自分以外に褒められて照れるアメリを見てかは本人ですらわかっていないが。


「おっさん、なんだいその顔は。不服があるならもっとテキパキ動きな!」


「ババアがおっさんって言うな! くそっ、見てろよ! ステータスオープン!」


 リッドは自身のステータス欄を開き、それに書いてあるスキルの欄に自身の持つラベルを貼り付ける。


 そこに書いた文字は『修理術』。リッドの能力はラベルに書いた文字の効果を実現する力。それを使って修理に対する力を得た。ここからはリッドの独壇場だ。


 ──カーン。と気持ちいい音が建物に響く。その一撃で、釘は壁に上手く刺さる。それを息もつかせぬ速度でリッドはこなしていく。


「なんだい、やれば出来るじゃないか」


「当たり前だ」


 リッドとジーナはお互いに軽口を変わしつつ会話をする。それをアメリはにこにこと和やかに見ていた。


「こうなると修理も中々楽しいな、よし、もっと早くしてみよう」


 そこで、リッドは調子に乗ってしまった。間違いを犯してしまった。


 思いっきり振りかぶって打ち付けた一撃は、宿に新たな穴を開けるに足る威力を秘めていた。


 ──バコォォン! という音と共に、板のサイズの穴が開く。それを見て、老婆はリッドの頭を杖でバシンと叩いた。


「──いってえええええええええぇええぇええぇ!?」


「なにやってんだい、あんたは!?」


「……は、ははは」


 リッドとジーナの大きな声が『月夜の星々』の中に響く。そんな二人のやり取りを見て、アメリは苦笑いを浮かべるのだった。




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