第二十八話~Episode SIDEシータ~

★★★★★★★★





「──オラァッ!!!」


 シータが叫び、鉛色のスライムを叩く。


 金属の打ち付けられた音が辺りに鳴り響くのと同時にシータは距離を取った。鉛の化物は、鉄以上の硬さと溶けた鉄の柔らかさを持っているという矛盾を抱えた身体を持っていた。


「チッ、わかってはいたが並みの硬さじゃねぇな!」


 シータは舌打ちをしながら、咄嗟に後ろへと下がる。彼の居た場所を槍の形をした触手は通り過ぎ、地面に突き刺さる。


 鉛玉の向こうではリッドが、アメリに手伝ってもらいながら薬で治療をしている。シータはそれを急かしたい気持ちをグッと抑え、相手を見据えた。


 スライムはシュルっと空気を切り裂く縄のような音を立て触手を蠢めかせている。シータはタイミングを合わせて相手の懐に飛び込むためじっと見つめた。──だが、それは間違いだった。


「──ちょっと待て、お前の相手は俺だろうが!」


 スライムの触手はシータではなく、リッドに向かった。リッドはその場から動かない。その様は、明らかにスライムの攻撃に反応出来ていないことをシータは理解した。口を開け、シータは吠える。


「おっさん、避けろ!」


「⋯⋯え」


 ようやくリッドが気付いた時にはもう、触手は彼の身体まで後数秒のところまで来ていた。ほんのたった数秒で⋯⋯彼は死ぬ。


(くそっ、間に合わねぇ!)


 シータの速度がレベルアップで上がったと言っても、音速を超える触手の速度には到底追いつかない。


(あと、2秒でいい、時間を!)


 シータが心の中でそう祈った時、金属同士がぶつかり合う音がした。アメリだ。アメリが自身の剣を触手に当てていた。スライムの速度を重視した攻撃はその衝撃でリッドの横を抜けていった。


「リッドさん大丈夫ですか!?」


「あ、ああ」


「よくやったアメリ! おっさん、戦闘中に油断すんじゃねぇ!」


「す、すまない」


(すまない、じゃねェんだよ!)


 シータは心の中で悪態をつきながら、回し受けでもう一度飛んできた触手をはたき落とす。これは普段ラルフとの模擬戦で何回も練習してきた方法だ。触手の対処法は鞭と同じであることをシータは経験で知っている。


「⋯⋯おいおっさん。あいつに何かしたか? 随分恨みを買ってるじゃねぇか」


「あんな奴知り合いにいるわけないだろ」


 リッドは渋い顔でそう告げる。それを見てシータは思わず「ははっ、違いねぇ!」と笑いながら、スライムの行動が不自然であることについて考えていた。リッドを狙った行動に違和感を感じる。


 ──おっさんを狙われたら対応に追われるが、別にそれを狙ってるって風でもねぇな。機械的というか……くそっ、俺は頭使うの苦手なんだよ!


  シータは頭の中で、今の状況をまとめる。それが戦闘で大事だということを、彼は無意識で理解していた。


 ──とりあえず、戦闘が長引けば長引くだけこっちが不利……か。なら『スキル』を使うしかねぇか。


 彼は、リッドを守りながら戦うのはジリ貧だということを理解して、一気に倒す為にスキルを使う事を決断する。


「さてと、そろそろ身体も慣れてきた頃だし本気で行くぜェ! 『魔闘舞』!!!」


 シータは自分のスキルを使い身体に巡っている魔力を操作する。身体中に流れる魔力を一点に集中することで、攻撃の威力を上げるスキル。


 リッドにレベルを上げてもらって魔力が高まっている。今ならシータの人生で最大最高の一撃が放つことが出来る。


「俺が突っ込んだら、二人共身体を伏せろ。あいつが爆発するかもしれねぇからな」

 

 シータが忠告すると、二人は頷く。それを見てシータは笑った。これで、後は相手に向かって行くだけだと、シータは相手の動きをじっくりと見る。


 ──シュルル! スライムがシータの動きを阻害する為に、触手を飛ばしてくる。シータはそれを左手で捌きながら、全ての魔力を右腕に注入していく。彼の高まった魔力が、大気を震わせる程の力を右手に与えていく。シータは予想以上の力に無意識に笑っていた。


 ──これが、俺の人生で最大の一撃。いずれ、俺だけの力でも届かせて見せる。


 シータは自身の力を全て開放し、スライムへと駆け出した。


 触手を避けもせず、ただ真っすぐにその身体は風の矢の様にスライムへと肉薄をする。そして、シータの叫びが森の中に響く。


「──くらええええええええええええ!!!」


 叫びと共に、思いっきり鉄の身体に殴り付ける! その瞬間、スライムの身体が砕け散る。


 ──ドスッ。


 シータの攻撃は確かにスライムに直撃した、相手の身体は爆散した。しかし、それと同時に、シータの腹へ触手が突き刺さる。スライムの最後のあがきだった。


「……ぐっ、うあっ!」


 シータがその触手を抜くと、血が地面に広がっていく。刺さった所が悪かったらしく、シータの身体から血が止まらない。


「シータ!」


「いやぁっ、シータさん!」


 血と一緒にシータの身体から力が抜けていき、二人の声を聞きながらシータはその場に崩れ落ちた。


「ごほっ、ごほっ、くっそ……面倒なことを……」


 シータの腹は一応、ギリギリで致命傷は避けている。しかし、魔力を一度に使い過ぎたせいか身体を動かすことは出来なかった。


 それでも、この勝負はシータの勝ちだ。──そう、この勝負は。


「お前の負けだ。ざまぁみ──」


 シータが苦笑しながら、飛び散ったスライムを見る。それを見て、シータの顔は青ざめる。


 スライムの死骸を見て、彼は気付いてしまった。それは、違和感の正体にも繋がっている。


「……お、おっさん、悪い報せがある。ごほっ──」


 シータの口から血が流れる。どうやら、胃を傷つけてしまってるようだ。それでも、彼は喋らないといけない。今この場にいるメンバーに気付いてしまった情報を伝える為にも。


「もう喋るな!」


 リッドは、回復薬をシータに使いながら彼の言葉を制止させようとする。喋る度に、彼の腹からは血が流れていく。それでも、シータは言葉を続けた。


「──ぐっ、ごほっ、おっさん……」


 シータは、口にせり上がって来た血を飲み下しリッドに告げる。──絶望の状況を。


「……こいつは本体じゃねぇ。その証拠に、核がないからな」



 ──それは、この場を凍らせるのに十分な一言だった。


★★★★★★★

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