第十四話、対峙。
「──きゃあッ!」
アメリの金切り声のような悲鳴が聞こえて、俺は慌てて全力で走る。魔物と戦う前に倒れてしまいそうな程に胸が苦しいが、それを無視して走り続ける。
俺が遅れて到着すると、アメリは自身の大きさを超える猪の魔物と相対していた。その片手がだらんと垂れ下がっているところを見ると、どうやら一度は斬り合ったようだ。
「はぁっ、はぁっ、ッ……大丈夫か、アメリッ!?」
「は、はいっ、なんとか! リッドさん、この魔物は何かわかりますか!?」
俺は『鑑定』で魔物を見る。しかし、範囲外なのか何も見えない。
俺は酸欠でふらつく頭を回して、この辺りにいる猪の魔物を思い返す。この辺りで猪の魔物といえばこいつの名前しか知らない。
──ジャガーボア、それがこいつの名前。
「アメリ、こいつはジャガーボアだ! 逃げろ! こいつは俺達の敵う相手じゃない!」
本来ならもっと高レベルの冒険者が向かう場所にいるはずの魔物である。駆け出しの冒険者が敵う相手ではない。
「でも、この人を置いてはいけません!」
──くそっ、あいつか! アメリの後ろにはうずくまりながら震えている男がいた。
「ブル! ブルルルル!!!」
猪は雄叫びを上げ、アメリ達に向かって突進を開始した。
──ドドドドドドドドド!!! と大地を揺らすような轟音に、男は情けない声を上げる。
「うわぁ! 助けてくれぇ!」
男は泣き叫んで動かない。それを見たアメリは、覚悟を決めて猪と向き合う。それは、死に等しい行為。
「バカ野郎逃げろ!!! 自分の命が大事だろ!!!」
俺はアメリに向かって怒声を放つ。──それでも、アメリは逃げない。後ろの奴を守る盾となるために猪に向かって武器を構える。
「──くそったれ! 真っすぐ過ぎるんだよお前は!」
もうすぐアメリが死んでしまう、それだけはダメだ。俺の夢を応援してくれた奴が死ぬのだけは俺が許せない!
咄嗟に短剣を猪の脚に向けて投げつけていた。『短剣術』と『投擲術』の効果が効いた武器は猪の脚に突き刺さる。
「プギィィイ!?」
猪は痛からか、たたらを踏んで動きを止める。これでひとまず時間を稼げそうだ。でも、これで俺の攻撃手段は無くしてしまった。
「アメリ、その男と逃げろ! 俺がこいつを相手する!!!」
アメリに指示をすると同時に、俺はラベルを手に取った。これから俺がやることは耐久戦だ。
武器は無いがどこまでだって耐えてやる。悪いが、俺は40まで耐え忍んできた男だ。あがくおっさんの忍耐力をなめんなよ。
俺は空気に『障壁』のラベルを貼る。シータの突進すら止めたスキルだが、果たしてこれが効くのかはわからない。
「……さっさといけ! そんで、アドルフかカレリアを呼んでこい!」
動こうとしないアメリに俺は喝を入れる。そこに居られると守るのも難しくなる。今は居ない方がいい。
「……でも、リッドさん!」
「大丈夫だ、俺は夢を叶えるまで死にはしない。──信じてくれないか」
彼女に対してなるべく優しい声音で語りかけるように伝える。大丈夫、大丈夫、と言い聞かせるように。
「……はい、わかりました。必ず連れてきます! それまで死なないでください!」
アメリがこの場から去るのと同じくして、猪は怒声にも似た雄叫びを上げる。奴は明らかに俺がターゲットだと言わんばかりに睨みつけてきていた。
「はは、なんだ脚が痛いか? でもすまんな、こっちもパーティーメンバーが殺されそうだったんでな!」
笑い声が口から漏れている。なんだ、この高揚感は……これが冒険というモノか!
「──さあ、やり合おうか。まずはお前の能力を暴かせてもらうぞ!」
「ぶぉぉぉぉおぉ!!!」
俺は猪がこっちの方に突進をしてくるのを見ながら、同時に『鑑定』を済ませようとした。
『障壁』があるという安心感に少しだけ心の余裕が⋯⋯。
──その刹那、危険を感じた俺は横に転がっていた。
──バリィィィィィン!!! という激しい音と共に、『障壁』が砕け散る音が辺りに響き渡る。
何が起きたのかわからずに、俺はすぐさま立ち上がり猪を見据える。その姿はさっきまでと違っていた。
「⋯⋯おいおい、その二本の武器は反則じゃないか?」
見れば、猪は鼻の付け根から立派な角を生やしていた。さっきまではあんなモノはなかったはずだ。
それに、ジャガーボアに角がある例なんて聞いたことが……
「まさか、お前……亜種か?」
亜種という概念は聞いたことがあるが、それがどういうモノなのかは知らない。本には普段の個体と違うモノだとしか書いていない。
それは仕方ない。何故なら魔物によって違う場所が変わるのだから。スライムの亜種に牙が生えたりはしないだろう。
「ははは、運がいいんだか悪いんだか……」
乾いた笑いが口を付く。こんな時にレアな魔物に会いたくはなかった。
『障壁』が効かない今、皮肉にもアメリに追いつく為に付けた『敏捷強化』が俺の生命線になりそうだった。
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