40を過ぎて解雇されたおっさん、無能と呼ばれたスキルが覚醒する!~君と見た世界を俺は覚えている~

真上誠生

第一章、世界が変わる日。

第一話、解雇宣言。

 「……はぁ」


 俺は執務室の前で盛大にため息を吐いた。


 朝日が差し込む廊下、一つの扉の前で俺はずっと立ち尽くしたままだ。その扉のプレートには執務室という文字が書かれていた。


 この部屋は名前の通り、クラン『天空の理想郷』のマスターであるラインハルトが日夜執務を行うところだ。そのラインハルトに俺は昨日呼び出されてしまったわけである。


 普段ならば、俺のところにラインハルトから来てくれているのだが、なぜか今日に限っては執務室に来いとの通達があった。なにか嫌な予感がする。それも、俺の進退にかかって来そうなことが。


「……入らないわけにはいかないよな」


 俺はこのクランで一番の年長でもある。他のやつらは二十代で、俺だけ四十代だ。そんな歳のいっている俺が規律違反を犯してしまえば、他の若い奴らの示しにならない。……まぁ、誰も俺の仕草を見習おうとしないのだが。


 覚悟を決めてコンコンと俺は二回、分厚く硬い扉を手の甲で叩く。


「──どうぞ」


 やや間があって、若い男性の声が部屋の中から聞こえてきた。その声は間違いなくラインハルトの物だ。しかし、いつもの彼とは違う厳かな雰囲気に、俺は生唾を飲み込んだ。


「入ります」


 一言だけ声を掛けてから執務室の扉を開く。半ほどまで開いたかと思った瞬間、彼と目が合ってしまった。その真っ黒な瞳は物憂げな感情を宿している。


「失礼します」


 ずっと、目を合わせたままだと気まずいので、視線をずらして部屋の奥を見る。そこには天井に引っ付くかと思われるような大きな本棚がいくつも置かれていた。そのどれもに本がぎっしりと詰まっている。


(相変わらずだな、ハルトは)


 俺はその本の量に舌を巻いた。彼に本を読むのを薦めた身としては嬉しい限りだ。それに比べ、最近の俺はあまり本を読む時間が取れておらず、恥ずかしい。


 少しだけ甘い香りのする部屋の中心、ラインハルトと向き合う位置まで歩を進める。大きな机を中心として、俺は向き合った。


 ここまで近づいてもラインハルトは一言も発することなく、俺の事をじっと見据えている。何かを考えているのか、まばたきを何回もしている。これは彼の癖だ。


「マスター、どうなされましたか?」


 重たく張り詰めた空気を切り裂く為、俺の方から話を振った。ラインハルトが言い淀む程、彼から切り出しづらい話題なのが見て取れたからだ。


(こういう時は年上である俺が切り出さないとな……)


 ラインハルトと俺は二十も歳が離れている。それでもラインハルトに敬語を使う。それは、このクランを立てた時に俺とハルトが交わした約束があったからだ。




 俺と彼とは昔からの付き合いで、このクラン『天空の理想郷スカイディア』を一緒に立てた仲でもある。


 クランを立てる時、俺は彼をクランのマスターに仕立て上げた。それは、俺なんかと違い、強くなるのが目に見えていたからだ。それ程までに、彼には熱意があったし才能もあった。


 それとは逆に、俺は熱意だけは人一倍あったが、才能の欠片なぞ一片たりともなかった。そんな俺が、クランの役職に就くのは不相応だと感じ、ずっと十年間も雑用係をしてきた。それで本当によかったのかと自分に何回も問い掛け、何回も諦めるのを繰り返していたら、いつの間にか熱意は無くなっていた。それが最近なのか、何年も前なのかはもう思い出せそうにも無い。


「マスター?」


 俺の声に、彼の顔に苦悶の表情が浮かんだ。そして、少しだけ震える口をゆっくりと開き「リッド」と俺の名前を呼ぶ。


 こんなラインハルトの姿を見るのは久しぶりだ。彼は純粋で誰よりも優しい。だからこそ慕われ、今ではこのクランも大手クランとしてこの地域で名を馳せるまでに至った。


 そんな彼だからわかってしまう。今から俺に伝えるはずの言葉が。


「……すまないが、このクランを辞めてもらえないだろうか?」


 想像通りの言葉がラインハルトの口から吐き出された。それは俺への退職勧告。俺の予想は完璧に当たってしまった。


 いずれ言われるとは思っていた。俺はクランで最年長の40歳。このクランに入ってから十年以上経つが、探索に出たのは一度きりで冒険者としての才能はその時に無いと判断された。そこから倉庫の整理などの雑用を一任されてきたが、それは別に俺じゃなくても回る仕事だ。


 ハッキリと言えば、俺はクランのお荷物。それなのに、ラインハルトは俺をこのクランに置いてくれていた。それは、俺が彼と共にこのクランを立ち上げた創設者だからなのと、彼が優しかったからだろう。


 あのおっさんをいつまでこのクランに置いておくつもりだ、そんな声が至るところで上がっているのを俺は知っている。それを、全部ラインハルトは抱え込んでくれていた。


 情けないと自分でも思う。年下に庇われてのうのうと過ごしている自分が恥ずかしくなる時もあった。だけど、生きていく為に俺はプライドを捨てるしかなかったのだ。


「そりゃ言いづらかったな。すまん、無理をさせて」


 敬語を止め、前と同じ様にラインハルト──ハルトへと言葉を掛けた。本音で語り合うのに敬語はいらないだろう。今は昔と同じく友達として話したい。


「違う、ます。僕がもっとしっかりしていたらこんなことには……」


 ハルトは手を強く握り締めて、何かを堪えていた。そんなハルトを見て、俺は乾いた笑い声が口をついて出ていた。


「はは、そんなに思い込むな。お前はよくやっているよ、俺が保証する。それと、お前にばかり負担を押し付けてすまなかった」


 言葉を吐き出し、俺は頭を下げる。一緒にこのクランを作ったのに、俺はずっと戦力外だった。俺よりも優秀なメンバーが集まったのがこのクランにとって幸いだった。それは俺にとっての不幸だったかもしれないが、そこまで小さい器ではない。このクランは俺の子供みたいなものだから素直に喜ばしいことだ。


 ハルトは何かを噛みしめる様にじっと一点を見つめたまま動かない。彼の葛藤が痛い位に伝わってくる。もしかすると、俺を辞めさせるの以外に何か意図があるのだろうか?


 少し考え、一つだけ思い当たることがあったので、ああ、と納得をした。彼は俺にを諦めさせたいのかもしれない。こいつのことだ、中途半端に夢を追いかけている俺を止めたいと思っていても不思議ではない。


 それより、早く答えを言ってあげた方がいいな。早く彼を楽にしてあげよう。そう思い、決意を固めて彼に伝えることにした。


「わかった、三日後にこのクランを辞めるよ。引継ぎだけしておきたいから誰かを寄越してくれ」


 感情を殺して淡々と意志を伝えた。クランの邪魔でしかない俺が、退職を勧められたのにしがみ続けるなんてカッコ悪くて出来やしない。雑用係にだってプライドの一つくらいはある。


 それに俺は彼と、クランを作る際に一つだけ約束を交わしたのだ。俺を他のメンバーと同じように扱うこと……と。自分で言い出したことを反故にするのは彼の背中を押す者として出来やしない。


「……本当に、いいんですか?」


 ハルトが驚いた顔で俺に聞いてくる。普段の口調に戻っているところを見ると、俺が直ぐに提案を受け入れたことが余程びっくりしたのだろう。しかし、元の口調だとどっちが上の立場だかわからないな。


「ハルト、言葉に気を付けろよ。お前は大手クランのマスターなんだから」


「あ、わ、わか……わかった、すまない」


 24になっても少しあどけなさが残る顔を必死に引き締め、ハルトは俺をじっと見つめてくる。その目には未来への希望を抱いているのか、光が宿っていた。その二つの目には今の俺がどう見えているんだ?


「リッド、それでは貴方を解雇させてもらう。明日、一人そちらに向かわせるから引継ぎを頼んだ」


「わかった、要件はそれだけか?」


「ああ……リッド、今までありがとう」


 俺がハルトの言葉に頷くと、彼は急に頭を下げ、今にも泣きそうな声で謝罪の言葉を投げかけてくる。


「すまない、不甲斐ないマスターで……貴方にチャンスを与えることすら⋯⋯」


 彼がここまで思い詰めているとは知らずに俺は驚いた。ここは歳上⋯⋯いや、昔馴染みとしてしっかりとフォローしておかないとな。


「仕方ないさ、なんせ俺の能力なんてただのが上手くなるだけだからな? 元々冒険者には不向きだったんだよ」


 これは事実だ、俺には冒険者としての才能は皆無だ。それなのに、今まで雇ってくれていたハルトには感謝している。それと同時に、彼をずっと見続けることが出来なかった自分に少しだけ情けなさを覚えた。 


 本来ならば、俺が彼を導いてあげなければいけない立場なはずだった。それなのに、今の俺はどうだ、胸を張ることすら出来ない。


 知らずのうちに「ははっ」と乾いた笑い声が漏れていた。今の自分のなんと哀れなことよ。


 ハルトは頭を下げたまま俯いている。多分、心の中で自分を卑下しているのだろう。こいつがどんな性格なのか一番俺がよく知っている、なんせ十年の付き合いだからな。


 そんな彼の姿を見たくなくて、俺は執務室の扉へと向かった。⋯⋯そうだ、これだけは言っておかないと。


「ハルト、あまり気に病むな。俺はただの雑用だ、いくらでも代わりがいるんだからな」


 そう言って俺は執務室の扉に手を掛ける。そして、多分これが最後となるであろう言葉をハルトに伝えることにした。


「元気でやれよ。このクランが更に大きくなるように祈っている」


 そして、俺はそのまま部屋の外へと出た。──後ろからは、小さく啜り泣く音が聞こえた気がした。



                 †



「あーあ、何をしようかね……」


 俺は、アイテムを箱に詰め込みながら独り言をぼやいていた。長年やってきた仕事なので、無意識下でも手が動くようになっている。


 ダンジョン探索や魔物狩りから戻ってきた皆が持ってくるアイテムを整理しておくのが俺の仕事だ。ただそれだけの仕事を10年間もやってきた。


 箱にアイテムを詰め込み終わった後、俺はを箱に貼る。何を考えずともラベルは箱へと綺麗に貼り付く。


「もう今年で40か⋯⋯今さらどうしたらいいんだろうな⋯⋯」


 こんな歳のおっさんが今から何かを始める無理だろうし、違う職場を探すべきかもしれない。しかし、こんな歳を取ってからの再就職……厳しいだろうな。


「何か良いスキルがあれば話は別なんだけどな……」


 俺はさっき貼ったラベルに視線をやる。……スキルはある。だが、それが良いスキルであるとは限らない。


「『ラベル貼り』って……絶対にもっといい能力あっただろ……」もう何度目になるかわからない愚痴をこぼしてしまった。


 ユニークスキル『ラベル貼り』。効果は綺麗にラベルが貼れるだけ。……悲しいことにこれが俺のスキルの全てだ。


 こんなただの技術が、ユニークスキルとして分類されているのはおかしいと思うんだが、苦情をどこに言えばいいのかがわからない。天か? 天にキレればいいのか?


「あ……」


 気が付けば今日の仕事は全部終わっていた。後は家へと帰るだけだ。


 最近、クランでは探索より狩りが流行っているせいか、アイテムを持ってくる頻度が減ってきていた。そのせいで、尚更俺の存在意義が揺らいでいたのかもしれない。


「……帰るか」


 考えていると悲しくなってきたので、まだ日が高いけども街へと出ることにした。……ここにいると気が滅入るだけだと思ってしまったから。

                 

 

                †



「お、おっさん、もう帰りか? いいなぁ、暇そうで」


「シータ、言ってやんなって。おっさんにそんな大量の仕事があるわけないだろ?」


 帰り道の途中、二人の男が俺に声を掛けてくる。名前はシータとラルフ。ギルドの中でも上位の能力を持っている奴らだ。ことあるごとに俺を煽ってくるところを見るに、どうやら俺のことが嫌いらしい。


「まぁ、帰りだな。今月でクランを辞めることになったし、新しい仕事を探そうと思ってな」


 俺は説明を兼ね、二人に現状を伝えた。二人の煽りに怒りを覚えるほど子供ではない。


「あっはっは!!! 聞いたかよラルフ!? ようやくハルトが決断したらしいぜ! おっさんがもっと早く辞めてれば悩まずに済んだのにな!」


「まぁ、倉庫番なんて成績が悪いやつがやればいいだけだし、一任する必要なんてなかったからな。費用の無駄だろ」


 正論をラルフに言われてしまう。確かに、俺がクランにいる意味はそんなにない。でも歳上のしての矜恃があった。


「シータ、マスターの事を呼び捨てにするな」


 俺はシータの態度に対して説教をする。しかし、シータは嫌味ったらしい顔をしながら俺を蔑むように笑う。


「もう辞めるおっさんに、そんなこと言われたくないんですけどー?」


 くそっ、聞く耳もたねぇなこいつ。そりゃ、ギルド最弱の俺に言われたところで響かないのも当たり前だろうけどよ。


「シータ、言い過ぎだ。そろそろ行くぞ、報告があるだろ」


 そう言って、ラルフはシータの肩を引っ張った。


「お、おい引っ張んなって!」シータは身体を引っ張られながらこっちを睨んでくる。


「おっさん! ラベル貼りなんて誰だって出来るんだよ! 無能なおっさんはどこだって雇ってもらえないだろうよ!」


 シータは最後にそう残していく。皮肉だな、ユニークスキルが『ラベル貼り』だからか、レッテルが貼られてしまった。、これが他の人から見た俺の評価。


「くそっ、なんで俺はこんなしょうもないスキルなんだ!」


 悲しみと共に苛立ちが湧きあがってきた。それでも現状は変わらない。俺には『ラベル貼り』の才能だけしかないのだから。


「……今日は家に帰るか」


 次の仕事を探すやる気が出ず、俺は家へと戻ることにした。歩いている最中『無能』という言葉が俺の脳裏をぐるぐると回り続けていた。

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