合流 6
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教育委員会に向かう椎名加津夫を見送った直後、展望エレベーターから慌ただしく出現した一団に、青山裕一と兵藤信夫は、ベンチから腰を浮かせて面食らった。
山着姿の屈強な中年男性、やはり山行き姿ではあるが上品な装いの中年男性、寺の境内を箒で掃いていそうな作務衣姿の青年、そして、どこか巫女衣裳を思わせる和服姿の、
それら見知らぬ人々の中に、あの杉戸伸次が加わっているのに気づき、裕一は叫ぶように言った。
「伸次! おまえ、どっかに逃げたんじゃなかったのか?」
杉戸伸次は、裕一以上に面食らっている。
「光史や茉莉は、いっしょじゃないのか?」
伸次はどう答えていいか解らず、ただ首を横に振った。
そんな二人をよそに、哀川教授は裕一の肩に手を置いて、
「青山君! うちの拓也を見てないか?」
「え?」
裕一はそこで初めて、その知性的な中年男性が、哀川拓也の父親であることに気づいた。中学時代、父兄も参加する学校行事の際、拓也に紹介されたことがあったのである。
「午前中、ここに来たはずなんだが、スマホが繋がらないんだ!」
裕一は返答に窮した。拓也の父親の焦り具合を見ていると、拓也や江崎に連絡がつかないことが、やはり看過できない重大な問題に思えてくる。
「実は俺も、拓也君に連絡できなくて――」
隣の兵藤は、二人の会話から相手の素性に気づき、
「拓也君のお父様ですか?
「『週間文潮』?」
哀川教授の顔に、露わな警戒心が浮かんだ。
数多ある週刊誌の中では定評のある老舗だが、近頃の記事は、いささか煽りに走っている。とりわけ先頃の蔦沼市教を告発するスクープは、社会的意義を損ねるほど扇情的すぎた。あれでは被害者とその家族が、惨めな捨て駒になってしまう。
兵藤も、蔦沼で取材を始めてからは、相手にそんな顔をされることが少なくなかった。そもそも前任者や編集長の報道姿勢に、彼自身も常々疑問を抱いている。
何か弁解しようと、兵藤が口を開きかけた時、
「――!?」
斎実と慎太郎が、顔色を変えた。
ひときわ濁った霧が、斎実と慎太郎の視界を遮ったのである。
エレベーター・ホールの正面の通路は、さほど
しかしホールのすぐ先で右に分かれている通路から、むせるほどの霧が流れこんでくる。
思わず後ずさる斎実の肩を、慎太郎が支えた。
「おい、大丈夫か?」
「うん。ちょっと不意打ちを食らっただけ」
教育委員会のロビーに続くそちらの通路に、哀川教授が目を走らせて言った。
「とにかく私は先に行かせてもらう。伸次君、こちらへ」
「は、はい」
吉田もうなずき、
「みんな行こう。自己紹介は後回しだ」
挙動に窮している裕一に、慎太郎が声をかけた。
「君たちは、ここにいたほうがいい」
「でも、この奥で何が?」
「どうも、例のいじめ事件に輪を掛けて大変な事態が、持ち上がってるらしいんだ」
「まさか……ゾンビみたいな奴がいるとか?」
慎太郎は目を見張り、
「そちらでも何か心当たりが? 伸次君によれば『ゾンビの群れ』――つまり歩く腐乱死体のような連中が、このフロアのどこかに潜んでいるらしい」
裕一と兵藤も、あわてて一同の後に続く。
裕一は青ざめた顔で、
「兵藤さん、もしかして、あのバーコード頭だけじゃなくて、実は他にも、あんなのがウヨウヨ?」
「今はなんとも言えないが……」
「加津夫の奴、大丈夫かな」
「少なくとも、当分は大丈夫だ。あれの正体がなんであれ、今は常人を装ってる。衆人環視の中で、人を襲ったりはしないさ」
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