合流 5


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 哀川教授のジムニーに先導されて、滝川村の一行は、蔦沼タワービルの地下駐車場に速やかに滑りこんだ。

 トビメは斎実の肩に乗っているが、管生は今も慎太郎の中におり、額から頭だけを突きだしている。

 ワゴン車からは、杉戸伸次だけが降りた。十日前の異変の現場を確認してもらうためである。母親の杉戸寬枝ひろえと、他の山室やまむろ夫妻関係者は、タワービル前の小公園に臨むレストランの個室に移動する手筈だった。夫妻の長男が継いだグループの一店舗なので、時間を気にせず待機できる。

斎実ときみちゃん、大丈夫そう?」

 心配する美津江刀自に、斎実は気丈にうなずいた。

「はい。思ったよりはくは濃くないですね」

 遠目には漆黒に見えたはくの霧も、外部周辺にわだかまっている層の厚さが甚だしいだけで、総量こそ計り知れないものの、濃度自体は今までに経験したけがれの範疇だった。斎実自身が穢れに負けるほどではない。湿度100パーセントの大気中でも、人間が溺れないのと同じ理屈である。むしろ杉戸伸次の全身にまとわりついているはくの方が、濃密な粘液のようで不気味だった。

「じゃあ、吉田さん、この子たちをよろしくね」

「はい。しかしこの状況では、連絡係くらいが関の山かと」

 場所柄、ビルの中に散弾銃は持ちこめない。それに今回の仮想敵は、撃たれる前から死んでいる恐れがある。

御子神みこがみのお二人と違って、私には戦う術のない相手ですから」

「お役所の中をうろうろするんだから、お役人の邪魔が入るかもしれないわ」

「そちらは哀川先生の方が適任かと」

「人間相手なら、コワモテが何よりなの」

 哀川教授も、それにうなずいた。自分の柔弱な容貌は、他人に警戒されない一方、他人を強引に動かす威圧感は皆無である。そんな学者顔の後ろに、吉田の百戦錬磨を思わせる顔が控えていれば、何かと心強い。

「じゃあ、行きましょうか」

 慎太郎が先を促した。

 ワゴンに残った杉戸寬枝は、不安げに息子の伸次を見つめた。

 伸次は迷いのない顔で、母親と目を合わせた。今後自分がどうなろうと、もう逃げる側には戻らない――そんな覚悟を宿した瞳だった。

 ちなみに現在、クルーザーには誰も残っていない。

 あの犬木興産の役職者は、中学入学以前の記憶を消した上で、山間のドライブインのトイレに捨ててきた。七年前の事件も今回の騒動も、会長に指示されるまま動いていただけの男だから、今以上の情報は得られそうになかったからである。他人をおとしめる事によって自分の利益を得る味を覚えたのが中学時代、ならばそこから生きなおしてもらえばいい。もっとも、彼もまた精神病院からの再出発になるだろうが。

 他の男たちは、乗ってきた車ごと、滝川村から山一つ隔てた廃村に放置されている。夏の夜には心霊スポット巡りの若者が絶えない場所のこと、今夜あたり発見され、新たな怪異の犠牲者として末長く語り継がれることだろう。

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