合流 3-2

 慎太郎は、ついさっき目撃したばかりの、男の記憶を反芻しながら、

「七年前の冬、あのビルがまだ基礎工事の途中だった頃、この男と部下数人は、一人の男性を現場の底の穴に突き落とし、その上を塞ぎました。落とされたのは蔦沼市役所の職員、佐伯康成です。彼を葬った理由は、この男自身も把握していません。当時の先代会長直々の指示で、命じられた通りに仕切ったようです」

 そうした血生臭い話を聞いても、吉田は動じなかった。人を殺した経験はないが、逃亡する凶悪犯を追跡した経験は少なくない。

「佐伯康成――佐伯――聞いた名字だな」

「はい。例のいじめ事件の被害者と同じ姓ですね。その子と繋がりがあるかどうか、俺には判りませんが」

 そこに管生が口を挟んだ。

「しかし、あのり口は、どう見ても人柱であったぞ。穴を塞いだ後に、巫女が呼ばれて祈祷しておったではないか。霊鎮たましずめのお札まで用意してな」

「ああ。確かに封印してた。でも、あれは人柱の儀式じゃない。地鎮祭と同じ要領だ。この男だって、迷信深い先代会長が余計な手間をかけたくらいに思ってる。手配したのも先代会長自身だし、杉戸土地開発があちこちの地鎮祭で重宝している優秀な巫女、そう教えられたからな」

「杉戸土地開発? それも聞いた社名じゃないか」

「はい。伸次君の父親――寬枝さんの旦那さんの会社です。昔から犬木興産と繋がりがあったんでしょうね。同じ土地の有力者同士ですから」

 固唾を飲んで話を聞いていた斎実が、おずおずと訊ねた。

「……慎兄ちゃん、その巫女さんの名前ってわかる?」

「ああ。えーと、確か溝口みぞぐち――そう、溝口寬子ひろこだ。御子神うちと同じ単立法人だけど、蔦沼では護国神社の神主より信用があるらしい」

「……それって、寬枝さんのお母さんかも」

 斎実は、消沈した顔で言った。

「さっき山室さんの家で、あたし、寬枝さんの心を読んだでしょ? 寬枝さんの結婚前の名字、溝口なんだよ。杉戸寬枝になる前は、溝口寬枝だったの。で、お母さんの名前が……寬子さん」

「……マジか?」

 慎太郎も、親子の可能性は高いと思った。名前も一字違いで、親子にありがちな命名である。そもそも同じ市内に、同姓同名の祈祷師が二人いるとは思えない。

 慎太郎は即座に、後ろのワゴン車に連絡を入れた。

 美津江刀自はスマホを持ち歩かないが、夫の民治老人は、後期高齢者には珍しくスマホを活用している。

 あえて七年前の事件は口にせず、民治老人を介して寬枝に確認した結果、

「――やっぱり母親だそうだ」

 斎実は泣きそうな顔をして黙りこんだ。

 吉田は、あくまで冷静に、

「伸次君に、滝川村の山室夫妻を訪ねるよう勧めたのも、祖母の溝口寛子だろう。伸次君からタワービルでの怪異を聞かされた時、当然、七年前の仕事を思い出したはずだ。まさか人殺しの後始末とは知らなかったにせよ、同じ場所で霊的な異変が起きたのは確かだ。杉戸家と犬木家が絡んでいる以上、自分で孫をかくまっても、その線から足が付きかねない。といって、一般人の親戚や知人では頼りにならない。だから折り紙付きの霊能者、美津江刀自に頼った――そんなところかな」

 慎太郎と斎実には、違う想いがあった。

 溝口寛子に、美津江刀自も認めるほどの力があるなら、目の前の地下に突き落とされたばかりの人間がいることを、悟れないはずはないのである。

「……一度、溝口寛子に会う必要がありますね。何か詳しい話が聞けるかもしれません」

 慎太郎は暗澹たる表情で、車窓から蔦沼タワービルを見やった。

 明媚な山国の夏景色の中、そこだけが依然として濁色の濃霧に包まれている。

「できれば、事前に会って話したかった」

 すると、慎太郎の額で管生が言った。

「いや、むしろ面白いではないか。先の楽しみが増えたと思えばよい」

 管生は、口の端を歪めて笑いながら、

「おぬしや慎一じいさんとの仕事は、どうで先の読めない手探りの仕事ばかり。あの馬鹿でかい、墓石みたようなビルヂングも同じ事。いかに無念を残したとて、ただの市役所職員が、あれほどの『はく』を吐き出せるはずがない。この因縁話、まだまだ底が知れぬぞ」

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