合流 3-1


     3


 慎太郎たちの三台は、思ったより早く奥羽自動車道に乗った。

 今は哀川教授のジムニーが先頭を走っている。蔦沼タワービルへの道筋を熟知しているからだ。

 気が急いても法定速度をぎりぎり守っているのは、学者らしい自制ではなく、スピード違反で捕まらないためである。交通課の覆面パトにでも目をつけられたら、少々遅れるくらいでは済まない。

 二番手のFJクルーザーは、ずっと吉田が運転していた。

 斎実はトビメを肩に乗せて助手席に座り、慎太郎と管生くだしょうはリアシートで、犬木興産の男の記憶にアクセスしている。傍目には中年の勤め人が一人、座ったままシートベルトを支えに熟睡しているとしか見えない。懐に入っていた名刺によれば、男は『(株)犬木興産 取締役総務部長』だった。ヤクザ社会の序列なら、若頭よりも、最古参の舎弟頭といったところか。

 ちなみに最後尾のワゴン車は、女中の篠川嬢が運転している。山室夫妻に引き抜かれる前はリハビリ施設で働いており、送迎車の運転もお手の物だった。

 やがて一行は、奥羽山脈の中腹に位置する蔦沼インターで高速から外れ、市街に続く県道を下った。

 眼下に広がる蔦沼盆地が、木の間隠れに見え始めた時、

「うわ……」

 助手席の斎実が息を飲んで、吉田に訊ねた。

「蔦沼タワービルって、麓の川沿いに突っ立ってる、あのビルですよね」

「唯一の超高層ビルといえば、あれしかないな」

「……ヤバい」

 斎実は慌てて振り返り、熟睡している男に、もとい男の中にいる慎太郎に呼びかけた。

「慎兄ちゃん、ちょっと出てきて! 緊急事態!」

 ほとんど間を置かず、慎太郎が男から抜けだした。

「……いいタイミングで呼んでくれた」

 顔面蒼白で男の横に座り直し、シートベルトを装着しながら、

「そろそろ休憩したかった。胸糞悪くて吐きそうだ」

 慎太郎の額に、肉色の管生くだしょうが首を出して言った。

「確かにこいつは、若い連中の百倍も腹黒いな。外見そとみは立派だが、中身は畑中の糞壺くそつぼ同然ぞ」

 慎太郎も同感だった。

 さっきの鉄砲玉たちは、確かにひどかった。上に命じられるまま赤の他人をコンクリ詰めにして海に沈めたり、女性を薬漬けにして風俗に沈めたり、およそ人間とは思えなかった。しかし、粗暴で無教養な両親の元に生まれ、義務教育に適応する知能もなく、そのまま裏社会に沈むしかなかった環境を思えば、人外に堕ちるのも一種の宿命と言える。しかし、この上司は違う。一般的な家庭に育って、一流大学を出ていながら、組織の利潤と自分の蓄財のために平然と他人を蹂躙できる人間の方が、よほど始末が悪い。しかも、自分では「殺せ」とも「犯せ」とも口にしないのだ。それは部下の舎弟たちに任せ、自分の口と手はけして汚さない。

 斎実は、そちらの心配どころではなく、

「そんなことより慎兄ちゃん、あれ見て! なんかエラいことになってるよ!」

 車はちょうど視界の開けた峠道にさしかかっており、蔦沼市の市街が、樹木に邪魔されず一望できた。

 斎実が指さす蔦沼タワービルに目をやり、慎太郎は絶句した。

 一見のどかな山合の扇状地、蒼空を衝いて聳える超高層ビルの一部だけが、ドス黒い霧に包まれている。特に地上から三分の一あたりは、濃霧を超えて漆黒に近い。そこから上下に離れるにつれて、霧はグラデーション状に薄まり、ビルの壁面が透けて見える。しかし、いずれにせよ蔦沼タワービルの半分以上が、汚泥のような霧に包まれているのは確かだった。

 管生が感嘆するように言った。

「……これは物凄い」

 慎太郎は呆然と、

「あれは……まさか『はく』?」

 本来『はく』の見えない慎太郎も、管生と一体化していれば視認できる。

「おうよ。千年生きた俺も、これほど大それた『はく』のこごりを見るのは初めてぞ」

「私には、立派なランドマークにしか見えないんだが」

 運転席から吉田が言うと、

「見えないほうが幸せであろう。これからあの中に入るのだからな」

 管生は、皮肉ではない口調でそう返し、それから慎太郎に、

「しかし、ちょっとやそっとの因縁で、ここまでの有り様にはならぬぞ。あの人柱ひとばしらと、何か関わりがあるのではないか?」

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