合流 2


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 蔦沼タワービルに戻った兵藤信夫と青山裕一は、一階のロビーのソファーに陣取っていた。

 そこからなら、正面玄関が見渡せる。中学で裕一の同級生だった椎名加津夫が、いずれ姿を現すはずだ。

「その椎名君とやら、本当に信用できるのかい?」

 裕一の隣でノートパソコンを操作しながら、兵藤が言った。

 事態が今後どう転ぶにせよ、あの不気味な録画内容に再現性があるかどうか、一度は確認しなければならない。学校指導課長の安田幹夫を、誰かに再撮影してもらう必要がある。

「はい。とにかく無口な奴で、周りに言いふらしてほしい事を俺が教えても、黙ってるような奴ですから」

 哀川拓也とは別の意味で、裕一とは対照的な生徒なのだが、椎名の家は代々仏具店を営んでおり、宮大工の青山家と代々親密であるため、跡継ぎの息子同士も気心が知れていた。椎名なら、例の腕時計型カメラを安心して預けられる。

 裕一は、椎名が今日の午後に市教を訪ねることを知っていた。しかし正確な時刻は聞いていなかった。椎名の家に電話してみると、加津夫はすでに家を出ていたが、聴聞ヒアリングの予定時刻までは家族も聞いていないとのことだった。椎名仏具店は既製品の小売だけでなく、自店の工房で特注の仏壇を製造している。お盆を控えた繁忙期の真っ只中、息子の挙動まで気が回らないのだろう。

 椎名加津夫は、今時の少年には珍しくスマホが苦手である。時を選ばず一方的に着信するのが煩わしいと、自分の気が向いた時にしか電源を入れない。つまり彼の気が向かない限り、誰も彼とは連絡がとれないのである。

 市教の受付で予定時刻を聞き出す手もあるが、今後の成り行きが不透明である以上、裕一が同じ受付に何度も顔を出すのは避けたかった。

 

 小一時間の間に、裕一の中学時代の同級生が、時間を置いて三人ほど正面玄関から現れた。

 三人とも裕一に気づき、これ幸いとばかり聴聞会ヒアリングの様子を訊ねてきた。ほとんどの同級生が気兼ねなく話しかけてくるほど、裕一は顔が広い。

 兵藤は、裕一とは他人のような顔をして、ノートパソコンを使っている。

 裕一は三人との会話の中で、それぞれの予定時刻を訊きだした。遅刻ぎりぎりの生徒もあれば、タワービル見物を兼ねて早めに着いた生徒もあり、実際の聴聞ヒアリング予定時刻は様々だった。

 結果、三人目の佐藤の開始時刻が判り、アイウエオ順なら、次が椎名のはずである。

「もうすぐ椎名が現れます。時間にはうるさい奴ですから」

「こっちも、いくつか収穫があった」

 兵藤は、パソコン画面に目を向けたまま、

「あの安田幹夫に、市教の他の連中と違う要素が見つかったよ」

「へえ」

「彼だけが、このタワービルに住んでる」

「え? ここに?」

「上のマンション階だよ」

「教育委員会って、そんなに給料いいんですか?」

 展望階に近い部屋なら、いわゆる億ションのはずだ。一番下でも、たぶん他のマンションのどこよりも高い。

「まさか。退職金や年金は並の企業よりマシだろうけど、給料自体は変わらないさ。元々資産家の家に生まれたか、それとも株か何かで当てたか――役職によっては、汚職で稼ぐ手もあるな」

「どのみち俺んじゃ無理ですね。逆に口利き料をたかられてる側だ」

「住んでるのが何号室かも判った。いきなり突撃したって、入れちゃくれないだろうがね」

「宅急便か何かに成りすませばいいんじゃないですか? テレビのサスペンス物とかで、よくやってますよ」

「実際にやったら警備員に捕まって警察に直行だよ。市営団地や安アパートじゃないんだから」

「そりゃそうだ」

「あと、このビルの各階の見取図も手に入った。一般向けのパンフレットじゃなく、警備用の詳細な資料だ」

「へえ、さすが事件記者」

 そこに、ようやく椎名加津夫が通りかかった。

「よう、カッチン」

 裕一が声をかけると、加津夫は「ああ」とも「おお」ともつかぬ、くぐもった声を返しただけだった。しかし表情は、食後の秋田犬のように屈託がない。なるほど、これは無口で律儀な東北人そのものだ、と兵藤は思った。

 裕一が加津夫に兵藤を紹介し、午前中と同様、隠密取材の一環として再盗撮を頼みこむ。加津夫も中学や市教の態度には不満を抱いていたらしく、すんなり快諾してくれた。

 午前中の盗撮動画に妙な物が写りこんだ件は、あえて教えなかった。騙すようで少々心苦しいが、すでに聴聞ヒアリングを終えた生徒たちには、ほとんど連絡がとれている。誰の身辺にも異常は生じておらず、あの学校指導課長と接することが、危険に直結するとは思えない。連絡の取れない哀川と江崎は、たまたま電波の届かない場所にいるか、電池を切らしただけなのだろう。

 兵藤と裕一は、椎名加津夫といっしょに十八階まで上り、念のため展望エレベーター前のベンチで待機することにした。

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