合流 1-2

 以前から斎実が好んで使うその例えを、慎太郎自身は、少々的外れだと思っている。祖父がアナログで自分はデジタル、そんな違いなのである。シーケンシャル・アクセスと、ランダム・アクセスの違いと言い換えてもいい。

 たとえば殺人犯の犯行履歴を探るとして――そんな仕事は今日が初めてなのだが――慎太郎は『殺人』というキーワードを念頭に置くことによって、直感的に、相手の記憶内から殺人行為だけを選別できる。

 ただし人間の記憶の中には、しばしば隠しフォルダが存在する。子供の頃に誰かをいじめて自殺に追いこんだとしても、当人がそれを殺人と自覚していなければ、すぐにはアクセスできない。『いじめ』がキーワードでも同じ事である。当人がそれを『いじめ』ではなく、単なる日常的な気晴らしと自覚していれば、やはり直にはアクセスできない。祖父と同様のシーケンシャル・アクセスで、相手の記憶を直近から過去へと、根気よく遡ることになる。

 ともあれ今、路上で見守る皆の眼前では、手前に転がっている男の体から次の男の体へと、慎太郎が混ざり合ってはまた離れ、そのたびに直前の男たちが力なく横たわってゆく――そんな光景が展開していた。

 その間、僅かに一分少々――。

 男たち全員の体を渡り終えた慎太郎は、管生くだしょうの頭を額から生やしたまま、路上に立ち上がった。

「とりあえず全員、直近の入眠以降の記憶を消しました」

 多少の時間差はあろうが、少なくとも滝川村に関する記憶は残っていないはずである。

 額の管生が、ぼやくように言った。

「まさか、これで終いではあるまいな。ちっとも食った気がしないぞ」

「お楽しみはこれからだ」

 慎太郎は管生に言い、それから皆に、

「あと十分だけ時間をください。気になる奴が何人かいたので」

 皆が揃ってうなずいた。

 慎太郎は、再び男たちの体に同化した。

 今度は相手によって、抜け出すまでの時間に差があった。

 そして十分弱――。

 慎太郎は、再び路上に立ち上がり、

「美津江さんのおっしゃる通り、こいつだけ連れて行きましょう。一人なら扱いも楽ですし、じっくり記憶を探れば、内部事情が細かく掴めそうです」

 慎太郎が指さしたのは、やはり最も年嵩の男だった。

「とりあえず今日、こいつらが蔦沼警察と打ち合わせて峰館に出向いた件に関しては、ほとんど推測通りです。犬木興産の会長に、娘の茉莉をなんとしても探し出せと厳命されて、幹部自ら陣頭指揮に立ったわけですね。会長の犬木郷治は、跡目を継がせる息子たちに不足はないんですが、不惑を過ぎてようやく生まれた末の娘に、ひときわ執着心が強いようです。この男も手下たちも、陰では『出来の悪い娘ほど可愛いらしい』とか辟易へきえきしてるんですが、会長には絶対服従、それが犬木興産の不文律ですから」

 皆がうなずくと、慎太郎は続けて言った。

「蔦沼に着くまで、どれくらい時間がありますか?」

 それには哀川教授が答えた。

「麓のバイパスから奥羽自動車道に乗って、蔦沼インターからタワービルへ――飛ばせば一時間少々」

「じゃあ、車の中で、やれるところまでやってみます」

「他の奴らはどうするの?」

 斎実が忌々しそうに訊ねた。

「あの四人なんか、絶対、滝壺に沈めたほうがいいよ」

「ああ。あいつらは確かに、もう人としてどうしようもない。だから記憶を全部消した」

 慎太郎が言うと、管生も満足げに、

「なかなか旨い奴らであったぞ。物心ついた頃から性根しょうねが腐っておってな。性根ごと一切合切食ろうてやったから、次に目覚めた時は、四人とも赤子同然の脳味噌よ」

 慎太郎が補足する。

「他の連中は、幼稚園や小学校からやり直しになる」

 正確には、精神病院からやり直しになるだろう。昨日までの記憶と知性を残しているのは、最も偉そうな男だけである。

 それでも斎実は、まだ納得できない顔だった。

 慎太郎は斎実に顔を寄せ、ほとんど仏像の慈顔で微笑みかけた。

「生まれた時から汚れてる人間はいない――そうだろう?」

 斎実は怒りを忘れ、思わず頬を赤らめた。

 その優しすぎる笑顔は反則だよ、慎兄ちゃん――。

 慎太郎のアルカイックス・マイルを真正面から受けると、斎実は、いつもそう思ってしまう。他の男と結ばれるという選択肢が、消えてなくなるのだ。

「さて、ちゃっちゃと先に進みましょうか」

 美津江刀自が、ぱんぱんと手を鳴らして言った。

「残りの連中は車に放りこんで、トビメに片づけてもらえばいいわ」

 トビメが斎実の肩で鳴いた。

「きゅん!」

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