合流

合流 1-1 


     1


「全員捕まえたのはいいが、これだけ大勢いると始末に困るな」

 民治老人が困惑して言った。

「まさかこの場で、事情聴取を始めるわけにもいくまい」

「いっそ車ごと、沢の滝壺にでも沈めましょうか」

 美津江刀自が、そう言って不敵に笑う。

「生かしておくのは、この偉そうな人だけで充分でしょう?」

 両手両足を縛り上げられ、口も粘着テープで塞がれた犬木興産の企業舎弟たちは、それぞれ焦って体をくねらせた。

 無論、美津江刀自の言葉は冗談なのだが、彼女の白すぎる顔貌と風変わりな和装には、敵を本気で怯えさせるだけの禍々しさがある。体質的に紫外線を避けるため、平安時代の貴族女性が外出時に着用した市女笠いちめがさのような編笠を被り、その笠の周りは虫垂衣むしのたれぎぬのように半透明の紫外線防止布で蔽われているから、なおのこと神秘性に拍車がかかる。

 隠居屋敷の関係者しか通らない林道のこと、男たちは無造作に路面に転がされていた。総勢十人、ただし四人の鉄砲玉の内、二人は失神している。運悪く胸のあたりを管生くだしょうに締め上げられて、酸欠状態に陥ったらしい。意識のある二人も、どこかの骨が折れたのか、身じろぎした拍子に大仰な唸り声を発した。

 彼らを囲んでいるのは、山室夫妻と吉田、慎太郎と斎実、そして哀川教授である。その他の同行者は、こうした荒事に直接関わらせたくないので、ワゴンに残ってもらった。管生とトビメは本来の姿に戻り、慎太郎と斎実の肩に乗っている。

「いちいち事情なんて聞かなくても大丈夫ですよ」

 斎実が、あっけらかんと言った。

「慎兄ちゃんがいますから」

 斎実にも他人の心は読めるが、それはあくまで相手の自意識レベルの話で、記憶情報そのものではない。その点、慎太郎なら、相手が忘れてしまった深層記憶さえ、脳のどこかに潜んでいる限りはアクセスできる。

 慎太郎は、皆に訊ねた。

「あくまで蔦沼タワービルに急ぐのが優先ですよね」

 皆がうなずくと、

「そのための応急処置も、俺に任せていただけますか?」

 誰からも異論は出ない。

 慎太郎はうなずいて、肩の管生に言った。

「じゃあ、管生、行くぞ」

「おうよ」

 管生は慎太郎の頭頂に這い上がり、そのまま頭髪を掻き分けて、中に潜りこんだ。髪の中に隠れたわけではない。頭骨の存在を無視して、慎太郎の頭の内部に潜りこんだのである。

 直後、慎太郎の額から、管生の顔をした肉色の瘤が生えた。

 吉田と哀川教授は、ただ目を見張っている。

「まずは全員、眠らせよう」

「合点」

 慎太郎は、額の管生とそんな短い会話を交わし、手近な男の前に屈みこんで、そのまま頭から、するりと男の中に侵入した。

「おお……」

 哀川教授が唸るように言った。

「これは……私はいったい、今、何を見ている」

 彼から見れば、慎太郎は男に融合し、そのまま姿を消したのである。

 吉田は、かろうじて納得した。人と人の重複を見るのは初めてだが、超自然の存在と現実の物体が重複する現象は、過去に何度か目撃している。その現象の理論的な根拠を、自分なりに追求した時期もあった。

 唖然としている哀川教授に、吉田は言った、

「素粒子物理学によれば、現実の物体同士が同一空間で重複する確率は、限りなくゼロに近いにせよ、けしてゼロではないそうです。あくまで理論上の話ですが」

「……確率の問題か」

 哀川教授は、戸惑いながらも首肯した。

「確かに、この地球に我々人間が存在すること自体、限りなくゼロに近い確率の事象が、何億回と積み上がった結果なわけだが……」

 美津江刀自が、惚れ惚れとした顔で斎実に言った。

「これが『霊道行たまのみちゆき』――御子神家の男系に伝わる技ね。斎子ちゃんに聞いたことがあるわ。弟さんの得意技だとか」

「はい。でも慎爺ちゃんより、慎兄ちゃんの方が、ずっと仕事が早いんですよ」

 自分の技でもないのに、斎実は誇らしげに胸を張り、

「慎爺ちゃんが各駅停車なら、慎兄ちゃんは新幹線、それもリニア新幹線くらい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る