錯綜 2-2
別の方角でも木々が揺らぎ、すかさず吉田が発砲する。
「……残念」
しかし車内の男たちは、最初の銃声にこそ肩をすくめたものの、二度目にはほとんど反応しなかった。
「よろしかったら、私どもも協力しましょうか」
ドライバーは、あくまで慇懃無礼に、
「実は私ども、蔦沼の会社でクレー射撃の同好会を結成しております。今日も峰館の射撃場に向かうつもりが、うっかり道に迷ってしまって」
この鉄面皮だと、かなり荒事の場数を踏んでいるな――吉田がそう判断したとき、片耳に着けていたイヤホンに、斎実の声が届いた。
『気をつけてください。その二人、かなりヤバいです』
やはり、と吉田は思った。
『自分じゃ人を殺しませんが、たぶん人殺しをさせる側の奴です』
あの若い巫女さんの眼力は本物だ――吉田は感服した。
無論、プリウスの二人に斎実の声は聞こえていない。
しかし、助手席の男も隠れてスマホを操作していたのだろう、相手の最後尾にいた黒塗りのアルフォードに動きがあった。
一斉にドアが開き、四人の男が道に降り立って、プリウスに近づいてくる。四人とも、これ見よがしに散弾銃を携えている。年齢はプリウスの二人よりも若く、殺気を隠すほどの知恵もなさそうだ。
吉田は苦笑いして、
「クレーと熊撃ちは、ずいぶん違いますよ」
四人の代わりに、車内のドライバーが答えた。
「ご心配なく。彼らも蔦沼の猟友会仲間ですから、熊も猪も撃てます」
吉田のイヤホンに、斎実の切羽詰まった声が届いた。
『そいつら、何人も人を殺してます!』
やれやれ、熊も猪も人も撃てる、鉄砲玉の若い衆か――。
吉田はうんざり顔で、Vサイン状に指を立てた。FJクルーザーの祈祷師コンビにも見えるよう、高めに指を掲げる。第二案に移行、そんな符丁である。
クルーザーの運転席で、慎太郎が言った。
「行け、
「おうよ」
管生が慎太郎の肩から跳躍した。
「待ちかねたあ!」
びゅん、と風を切りながら、
直後、図太い白蛇のようなうねりが吉田の顔の横を通りすぎた。
胴は直径十数センチほど、長さは十数メートルもあろうか。いざとなったら人間くらい呑みそうな、嫌なスケールの大蛇である。しかも蛇の鱗と違って、表皮を覆う純白の短毛が、禍々しいなりに美しい。
その白蛇は巧みに吉田を避けながら、レクサスとその横の四人を丸ごと巻きこむように宙をうねり、あるいは底をくぐった。しかし車体や男たちの体表には、まだ直接に触れていない。
あくまで巻きこむ準備完了――そんな状態で、白蛇は吉田の顔に鼻面を寄せた。
「――こんなものかな?」
にたりと笑う白蛇の顔と声は、元の管生そのものだった。ただ、胴の太さ相応、顔のサイズも犬ほどに膨れている。首の直後にちんまりした前足が残っているのを見ると、たぶん後足も蛇体の後方に残っているのだろう。
吉田は呆れたように、笑顔でうなずくしかなかった。
「……あ、ああ」
かつて彼が見た超自然の者たちは、あくまで人や家畜の姿そのものであり、別の形には変化しなかった。
「ならば、仕上げぞ」
管生は、ぎしり、と筋肉質の音を響かせて、長大にうねる自らの胴体を一気に締め上げた。
レクサスが、一瞬、路面から僅かに跳ねた。
男たちの悲鳴と、車体のきしむ音が重なった。
車外の四人にも車内の二人にも、管生は見えていない。なぜ自分たちが車体に縛り付けられ圧死しそうな苦痛に苛まれているのか、なぜ外の鉄砲玉たちがフロントやサイドウインドーに全身を張りつけているのか、本人たちには理解できない。
黒塗りのベンツ――おそらくメンバーの中では最も高い立場の構成員、裏の呼び名なら
しかし直後、ベンツ全体が、ずん、と激しく震動した。
開きかけていたドアは瞬時に外から押し戻され、その煽りで、
外の吉田は、やはり呆れて笑うしかなかった。
先ほど林の奥で熊の代理を務めたトビメが、さらに巨大化して空中からベンツに襲いかかり、車体の全てを抱えこんだのである。
トビメは管生と違って体形を保ったまま膨張しており、すでに体長は数メートルを超え、あまつさえ伸びた手足の間には、ムササビのような薄膜が広がっている。
管生が首だけ後ろに向け、満足げに言った。
「あやつの力も衰えておらぬな。米国で、軍隊相手に修行を積んだか」
吉田はつくづく思った。
山室夫妻が口にした昭和三十九年の事件とやらの詳細を、一度じっくり聞きたいものだ――。
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