錯綜 1-2

 後はだらだらと事務的な質問の動画が続き、答える裕一の声もまったく覇気がない。

「俺、こんなにやる気のない声、出してたんだ。かっこわるいな」

「まあ、あちら側もまったくやる気がなさそうだから、いい勝負だよ」

 兵藤は失望よりも、諦念の口調で言った。

「こうやってだらだら時間を稼いでいる間に、上の教育長や教育委員たちは、当たり障りのない第三者委員会を立ち上げる準備でもしてるんだろう」

「あたしの方は、色々優しく気を遣ってもらったんですけど」

 京子が言うと、

「なんといっても被害者が女生徒だからね。他の女生徒を懐柔しなければ、騒動が治まらない」

 兵藤は、あくまでシニカルだった。

 そのまま動画を流し続けるうちに、

「あれ?」

 裕一が首を傾げた。

「なんか今、変なもんが映りませんでした?」

「サイズ的に、ハードに無理があるんだ」

「でも、デジタルノイズじゃないですよ。俺、けっこう目敏めざといんです。生まれつき動体視力がいいとかで――ほら、また。このバーコード頭――ナントカ課長んとこ」

 言われてみれば兵藤の目にも、学校指導課長の席に、一瞬、安田幹夫ではない黒い影が浮かんだ気がする。

 兵藤はすかさず動画を静止させて、スローの逆再生モードに変えた。

 四分の一のスロー画面に、数瞬後、確かな異常が認められたが、それも一瞬で消える。

 兵藤は再び静止させて、今度はコマ送りに切り替えた。

「これは……」

 兵藤が呆然とつぶやいた。

 同時に京子が金切り声を上げ、裕一にしがみついて、その胸に顔を伏せた。

「なんじゃこりゃ……」

 裕一は画面に釘付けになりながら、引きつった笑顔で言った。

「……死んで何日たってんだ、このオッサン」

 何か、とてつもなく痛快な物でも見るような笑顔である。

 京子は震えながら、

「解説するなバカ」

「あ、ごめん」

 初めて京子を抱きしめながら、裕一は思った。

 こいつの胸は、予想以上にでかくて軟らかい――。

 そうとでも現実逃避しなければ、気が狂いそうだったのである。

 兵藤は過去の調査経験から、安田幹夫は死後二週間程度と、見当をつけていた。

 しかしその腐乱死体が、なぜ市教の役職の席に座り続けているのかは、見当のつけようがない。そもそも、この世の出来事とは思えない。しかし、今横にいる気のいい少年が、わざわざ捏造動画を仕込んだとも思えない。

「リアルタイムでは何も見えなかったんだね?」

「はい、ちっとも」

 そうなると、なぜカメラの撮像素子だけがこの瞬間を捉えたのか、それも不可思議の極みである。

 二十分弱の動画を丹念に調べた結果、ほんの数秒の間に三フレームだけ、同様の映像が紛れこんでいるのが判った。

 兵藤は言った。

「……もう一度、タワービルに行って確認してくる」

「俺も行きます」

「いや、君は……」

「行きます」

 裕一は断固として、

「俺の前に、哀川があそこに行ってるんですよ。江崎もとっくに終わったはずだ。どっちも昼飯前にメッセージ送ったんですけど、既読になってない。それに他の連中だって、今もあそこに行き続けてるんだ。ほっとけるはずないでしょう」

 裕一の迷いのない表情に、兵藤は思った。

 この青山君も、哀川君とは対照的に見えて、実は似た者同士なのかもしれない――。

「――よし、私の車で行こう」

 裕一の腕の中から、京子が心細げに見上げてきた。

 裕一としては、彼女をタワービルに同行させたくなかった。といって、一人にしたくもない。

「京子、おまえは家に帰れ。俺が連絡するまで、ずっと家の人といっしょにいるんだ」

 京子の家は、両親と兄の三人で蕎麦屋を営んでいる。タワービルに戻る途中で、降ろせる場所だ。

 京子は涙目で、こくりとうなずいた。

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