第10話ナヅキと、教会の教え

ふいに扉をノックする音が聞こえる。


「夕飯が出来たぞ」

グリヤさんの声だった。

「ご飯ですって、皆さん、いきましょう!」

シスターはどたどたと足音を立てながら部屋から出て行った。


久しぶりにちゃんとしたご飯にありつけそうだ。

シスターおすすめの鼻水のような味と感触のキノコはもう食べたくない。


「……やれやれ、私たちも行くとしよう」

タッシャさんはそう言って立ち上がった。

「そうですね」

私もそれに続き、食堂に向かった。

テーブルの上には湯気の立つスープが置かれていた。パンもある。


「姉さんは料理が上手なんですよ」

シスターはたぶんそういう意味のことを言いたかったんだと思う。

口にパンを突っ込みながらぐふぐふ唸っていたのではっきりとは断言できないが。

タッシャさんはそんなシスターを見て苦笑いしていた。


「今日はいろいろあったからな。疲れただろ。ゆっくり食べるといい」

グリヤさんはそれだけいうと自分の席に着き、お祈りをすると食事を始めた。


「さて、これからの予定だが……」

タッシャさんは食事をしながら今後のことについて説明してくれた。

「ここから先はいくつかの町を経由して、最終的には聖堂のある都市で巫女に会うことになると思う」


「巫女に会えばムオン様のお言葉を聞くことができるんでしたよね」

グリヤさんはちらりと私の方を見たが何も言わなかった。

「姉さんは巫女って人が本当に神様の言葉を聞くことが出来ると思います?

 やっぱりいんちきですよね!」

シスターは興奮気味に身を乗り出し、グリヤさんに向かって話しかけていた。

「知らん。私たちはムオンから必要な知恵を全て与えられているはずだ」

グリヤさんは無表情のままそう答えた。


でも、巫女の話が嘘だったらどうなるんだろう。

そこに行っても無駄だって事になるわけだしなぁ……。


「ナヅキさんはどう思いますか?」

唐突にシスターに聞かれた私はなんて答えるべきなのか迷ってしまった。


「えっ?えっと……そうですね……ええと……」

私は巫女のことではなく、この世界に来る前に聞いた、あの恐ろしい声について考えていた。私に力を与えこの地に放り出した、有無を言わせない恐ろしい力を持つ声。


「うーん、もしかしたら神様じゃなくて……

 悪霊の声を聞いていたり、という可能性はあるかも……」

「あ、悪霊!?」

シスターは驚いている。

「あ、ごめんなさい、変なこと言ってしまって……」

「いえいえ!全然変じゃないですよ!むしろすっごく面白い意見だと思います!」

シスターは何故か嬉しそうだった。


「……確かにその可能性もあるかもしれないな」

タッシャさんもそう言っていたが、その顔はどこか複雑そうだった。


顔を上げ、今度は真剣な眼差しで天井を見つめながらタッシャさんはグリヤさんに問いかけをした。


「もし、本当にムオンの声が聞けるとしたら貴方たちムオンの信徒は

 どうするつもりなんだ?」


グリヤさんは少し沈黙し、そして口を開いた。

「聞かない」

グリヤさんは一拍を置いて続ける。


「すでにムオンは去った。この世界に知恵だけを残してな。

 我々の使命はその残された知恵だけを使い、ムオンの言葉なしに生きることだ」

「もしこれから先、ムオンの言葉が必要だというのなら彼の知恵も我々の使命も

 無意味だったということになる」


グリヤさんの話はタッシャさんが以前に話してくれたムオンの話にはないものだったけれど、タッシャさんは真剣にその話を聞いているようだった。


「姉さん!難しい話はやめて!みんな困ってるでしょ!」

「じゃあ、お前の子供の頃の話をしてやろうか」

シスターは絶叫する。

こうして私たちは夜遅くまで語り合った。


「さて、そろそろ寝るとするか」

食事を終えたグリヤさんはそう言って席から立ち上がり寝室へと去って行った。


「そうだな。私も明日に備えてゆっくり休むとしよう」

「タッシャさん!ナヅキさん!私はまだ眠くないですよぉおおおおぉ~!」

シスターはそういいながら拳をシュッシュッと突き出す。


「……もうちゃんと休みましょうよ、また明日から旅をするんですから」

あっ、そうだ。食器を片付けなきゃ。と、木の皿を取ろうとした瞬間、目測を誤り手で弾いて落としてしまった。

私が慌てて空中で皿を掴むと、ピキピキッとヒビが入る音が聞こえる。

うわぁ、最強パワーなのを忘れていた。


「ああ……すみません。ちょっと力加減間違えちゃいました……」


はぁ、弁償しなきゃ。

やっぱり最強よりもお金ですよね。


-:-:-:-:-:-


「ああ、そんなことか気にするな」


次の朝、グリヤさんは笑いながらお皿の事を許してくれた。

「ありがとうございます!」

「大丈夫だ、何度も妹を助けてくれたんだろう。しかし君は強いんだな。

 この手からは想像できない」

彼女は私の手を取りまじまじと見つめてきた。


「いや、まあ……ははは……」

彼女の瞳は澄んでいてとても綺麗だったが、見つめられると恥ずかしくて目を逸らしてしまう。

「妹も中々のもんだが君には遠く及ばないな」

「そ、そうですか……ええっ!?シスターさんって戦えるんですか???」

私は驚いてグリヤさんに尋ねた。


「もしかしてあいつ君たちといる間、何もしてなかったのか……?」

「いえ、何というか、キノコを取ったり、火を起こしたりしてくれました」


正直、私よりも役に立ってたと思う。

あれで戦えるっていうんならますます私の最強パワーなんか出番が無くなるなあ。


「あ、そう言えばシスターさんにご加護だってロウソクを垂らされたんですけど

 あれって何の意味があったんですか?」

グリヤさんはそれを聞くと歯を見せながらニヤリと笑った。何か相当嬉しい事のようだ。


「ああ、それはな……」

グリヤさんが何かを言いかけたとき、シスターが私たちの間に割って入ってきた。

「姉さん、ナヅキさん、おはようございまぁあす!!」

「あっ、おはようございます、シスターさん」

「おはよう、ウ…シスター」


グリヤさんが間違ってシスターの名前を呼ぼうとするとシスターはまた興奮しだした。


「いやぁあぁあ!また姉さんが私の名前をバラそうとしているぅう!!

 今の聞きましたかぁああ!今の聞きましたかぁあ!」

シスターはそう言いながらグリヤさんの頭をポカポカと殴るふりをしたが一喝されてしゅん……となっていた。


「うるさいよお前、それより友達の足を引っ張るんじゃないぞ」

「分かってますよぉ、うっふ、うっふっふ」


グリヤさんはやれやれといった様子で息を吐くと、私に別れの挨拶を交わして去っていった。しかし顔以外はまったく似てないなこの姉妹……、いやまあ似ていたら困るんだけど……。

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ナヅキと、 でぃくし @dixie_kong

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