第9話ナヅキと、空腹の戦士

私はこれまでの経緯をグリヤさんに話していた。


「なるほど。ナヅキ、君は神託を得るために巫女に会いたいわけだ」

「はい」

次にグリヤさんはタッシャさんの方を見る。


「で、それから、えっと……すまん。

 そこの、おほん、ちょっとかっこいいあんた……」

グリヤさんはタッシャさんのことをどう呼べばいいか困っているようだった。


「……タッシャだ」

そう言うとタッシャさんは顔を上げて、石板から手を離し、旅の経緯をグリヤさんに話した。

「なるほど貴方は作家で、新作のアイデアが欲しくて、この旅に同行したと……」


グリヤさんはそう言うと、最後にシスターを真っすぐに見据えながら問いかけた。


「じゃあ、あんたがこの旅に同行する理由はなんだ?」

「はい……私は……その、シスターとして、人々の悩みを聞き、神様の教えを伝えることで、少しでも多くの人を救いたくて」

シスターはそう言いながらも、自分の言葉が照れくさかったのか頬が赤くなっているのが見える。


「へぇ……だが、それが理由か?本当のところはどうなんだ?」

シスターさんはグリヤさんに圧倒されたのかそわそわしはじめた。


「前にいた村の教会を追い出されそうになったので、

 行くあてがなくなって……ナヅキさんが旅人だって言うから、私も……」

シスターは恥ずかしくなったのか顔を伏せてしまった。


「おいナヅキくん、それは本当なのか?」

「いや、まあ、その……はははは」

そんな理由だったのか。あの時、微妙に会話が成立しなかったのは誤魔化してたんだな。

本当にこの人は……。私は苦笑いするしかなかった。


「だって姉さん!ナヅキさん、私がいなくちゃ何も出来ないんですよ?

 ついていってあげないと心配じゃないですか!」

シスターはそう言ってグリヤさんに素早く詰め寄ったが、グリヤさんが顔を向けると同じ速度で後ずさった。


「そ、それに巫女って人がいんちきじゃないかと疑ってるんです。

 出来れば本当のことを知りたいな~、なんて……」

シスターの言葉は弱弱しかったが、グリヤさんから目を逸らすことはなかった。


「そうか、わかった。なら、私はもう何も言わない」

「はい!」

シスターの返事は早かった。

グリヤさんはシスターの返事を確認するとドアへと歩いていった。


「今日はここに泊って行くといい。どうせ金はないんだろ?

 部屋を用意しておく。食事ができたら呼ぶよ」

「ありがとうございます」

「……私は仕事があるから、また後でな」

グリヤさんは振り返らずに片手を上げてそのまま出て行った。


-:-:-:-:-:-


「姉さんは厳しい人だけど、本当は優しいんですよ!

 姉さんって私と似ていると思いません!?」

私の目の前でシスターは嬉しそうに語っていた。


「うーん、そうなんですか、むむ……そ、そうですね」

私はそんなシスターを眺めながら椅子に座り腕を組み、とある出来事について考える。


「一体どうしたんだナヅキくん?」

タッシャさんが心配そうに私を見つめていた。


「いえ、ちょっと考え事をしていまして……

 その、なんで私の部屋に皆さんが集まるのかなあって……」

皆それぞれ部屋が割り当てられていたはずなのだが、今は何故かタッシャさんもシスターも私の部屋に集まっている。


「えっ!駄目なんですか?」

「いや、ダメってことはないですけど」

「そりゃあ、同じ目的を持つ者同士なんだから仲良くしておいた方がいいだろう」


「そうですけど、たまには一人の時間を作った方がよくありませんか……?

 ほら、タッシャさんは新作のこととかもありますし」


「ああ、それなら大丈夫だ。

 ちゃんと合間をぬってコツコツ書くようにしているからな」

「そ、そうですか」

「ああ~そうだぁ~!タッシャさんってどんなお話を書いてるんですかぁ~!」

シスターはタッシャさんの書く物語に興味津々のようだ。でも今は勘弁してほしい。


「いや、その、あまり人に話すような内容では……」

タッシャさんは少し恥ずかしそうだった。

そうだその調子だ、タッシャさん、今は話さなくても大丈夫ですよ。期待してますからね!


「ええ~、いいじゃないですか!教えてくださいよぉ、ねえナヅキさん?」

シスターは身を乗り出して私たちを見回す。

うわあぁああ、頼むから静かにしててくれ~~。


「ううーん、皆がそうまで言うなら仕方がない、

 昔ある町にやって来た一人の戦士が空腹に耐えかね……」

ん、あれ……?なんか嫌な予感がするぞ?私は慌ててタッシャさんの制止を試みた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「む、どうしたんだい?」

「あ、いやその、やっぱりそこは本になってからのお楽しみにしたいのですが……」

「大丈夫だ、ほんの序盤だから!主人公が腹を空かせて倒れたんだぞ!」


私たちはその後、行き倒れた主人公が宿屋の子供に助けてもらう、という内容の話を1時間近く聞かされるハメになった。


「……と、まあこれが序盤の簡単な流れだ!」

「タッシャさん、面白かったです!で、ムオン様は何時登場なさるんですか?」

「おいおい、そんなすごいの出したらお話が終わっちゃうじゃないか。

 こらまいったな、はっはっは!」


いや、お話は終わってくださいよ……。私は思わず言いそうになってしまった。

でも楽しそうな二人に水を差したくなかったので必死に言葉を飲み込んだ。

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