第8話ナヅキと、教会
林を抜けた後の道中は特に問題もなく進んだ。
皆、旅に慣れているのか、歩くのも速かったし、道もよく知っていた。
はっきり言って私が一番旅慣れていなかった。
タッシャさんは地理に詳しく、シスターさんは野草やキノコ、
食べられるものと腹痛を我慢すれば食べられるものに詳しかった。
私はただ二人の後をついて行くだけだ。
途中何度か魔物に襲われたが、私の最強パワーで追い払う。
こんなことぐらいでしか役に立ってない。
「ナヅキくん、君は本当にすごいな。その若さでその強さ、まるで英雄だ」
タッシャさんは私の戦いぶりを石板に書き留めようと夢中になっている。
「い、いえいえ、そんなことは……」
私は照れ隠しに頭を掻いた。
「うむ、謙遜することはないぞ。君の力は本物だ。誇っていいことだぞ」
「はあ……」
私は曖昧に返事をした。
確かに力はあるかもしれないけど、この力ってただのもらい物だし……。
「でも実際、私なんかそんなに役に立ってないと思いますよ……。
私だけじゃどこに行けばいいのかもわかんないし、
何を食べればいいのかすらわかりませんから」
「いやいや、君がいなければここまで来ることはできなかったからな。
なにしろ今頃私は死んでいたっておかしくないんだからな」
タッシャさんはそう言って笑った。
「……ならよかったです」
私は笑って返したが、心の中では複雑な気持ちだ。
「あっ、あの野草は胃痛に聞くんですよ!」
シスターが道端の草を指さしながら興奮している。
タッシャさんは困った顔をしながらシスターが指さした野草を見てメモを取る。
私は二人の様子を見ながら黙って歩いていた。
「(……うう、私ってほんとにダメだな)」
最強パワーなんかじゃなくてもっと役に立つように努力しないと……私はそう心に誓うのだった。
「あーっ、皆さんやっと街が見えて来ましたよ!」
シスターが遠くの方に見える大きな建物を指さす。
ずいぶん歩いたけれどようやく街と呼べるような場所についた。
シスターさんとタッシャさんに出会った村は交易所周辺に小屋が並んでいるだけの小さな集落だったが、この街はその倍の大きさはある。
街の入口に近づくにつれ人の数も増えていき、賑やかな声が聞こえてきた。
私は少し安心してほっと息をついた。
「そうだな。思ったより早く着いて良かった」
タッシャさんは石板をなぞる手を止め、言った。
「そうですね。それにしても随分おかしな建物ですね。なんの建物なんでしょう?」
シスターは喜びを抑えきれないようで、シンバルを鳴らすような動きと共に小躍りしていた。
「私、この街をよく知ってるんですよ!知り合いもいるんです、
皆さんも私と一緒に来てください!」
シスターさんはそう言うと軽やかな横っ飛びで街中に入っていく。
私もタッシャさんも慌ててシスターを追いかけていた。
-:-:-:-:-:-
妙な作りの大きな建物はシスターが言うに教会らしい。
しかし、そのドーム状の建物の中には見たこともない作りになっていた。
まず、とても暗かった。
青白い壁の内側には数え切れないほどの燭台がありロウソクが灯されている。
そして壁にはステンドグラスのようなものが一面に張られていて、
そこには色とりどりの絵が描かれているのだが、見たことのない生き物ばかりだった。どこかへんてこりんでユーモラスな生き物たちはロウソクの光を受け、キラキラと輝いていた。
そして、中央には巨大な祭壇のようなものがあった。私は恐る恐る聞いてみた。
「ここが教会ですか……?」
私が戸惑っていると、シスターさんは誇らしげに胸を張って答えた。
「はい、ここはムオン様の教会なんですよ!
ちょっと待ってください、知り合いを呼んできますから!」
シスターさんはそう言い残し、奥の扉を開けて行ってしまった。
私たちはどうしたらいいのかわからず、しばらく立ち尽くしていた。
「ナヅキくん、この絵はなかなかに味わい深いな。面白い」
タッシャさんは興味深げに石板をなぞっている。私はというとその奇妙な絵に圧倒されてしまっていた。
「はい……でもなんだか不気味な感じもしますね」
「うむ……まあ、確かに」
そう言うとタッシャさんは石版を見つめながらこっそりと囁くように話し出した。
「……前に話せなかった事を話そう。
ムオンは夜の支配者であり、ロウソクがその象徴とされる。
彼は安らぎをもたらす神であり、寿命の尽きた存在を救いあげて、
輪廻の輪へと戻す役割を担うとされる。
死の冬の次、再生の春がムオンの季節だ。」
私とタッシャさんは辺りを見渡した。
「あのロウソクがムオン様の象徴なんですね」
「そうだ。ムオンはこれまでに二度、地上に現れたと云われている。
そして彼が三度この世界に現れた時、これまでのすべては命を失い燃え尽きて
新たな世界が始まるらしい。信者にとってあのロウソクの光は絶望の中でも
新たな世界の到来を忘れないための希望の光でもある」
「へえ……」
私は感心しながら聞いていた。
その時、シスターが奥から戻ってきた。
いや、シスターによく似た人だった。
「こんにちは。シスターのクジチャグリヤだ。長いだろうしグリヤでかまわない」
シスターと同じ服装とよく似た顔をしているが、頭巾から赤茶けた色の髪の束が数本飛び出している。
強めのアイメイクが施されたその表情は自身に満ちていて、背は少し低めながら肩の筋肉は若干盛り上がりその手は日焼けしており傷だらけだった。
「私はナヅキです。よろしくお願いします。
こちらはタッシャさんです。私の旅について来てくださっています」
私はそう言って軽く挨拶をした。
「妹が世話になったようだな。礼を言う」
「いえいえ、とんでもないですよ!」
私は恐縮しながら彼女が差し出した両手でふわりと抑えた。
グリヤさんのその手はごつごつしていて温かかった。
「そういえば、シスターさんはどちらに……?」
「ああ、あいつなら……シスターさん?……まだ名前を聞いてないのか?」
「彼女は伝統を大切にする人間のようだからな、こちらからは聞いてはいない」
タッシャさんは教会の様子を書き留めるかのように石板をなぞりながらグリヤさんに答えていた。
「だって姉さん!女の人が名前を簡単に!教えるなんて間違っています!」
とかなんとか言いながらシスターは奥の部屋の扉から転がるように飛び出して来た。
「そんなことを言っているのは今どきお前くらい……でもないか、
結婚している私でも未だに抵抗があるからな」
「あのーそれって名前を聞くことが求愛になるというお話のことですか?」
私は思わず口を挟んでしまった。
「ああ、そういうことだ。だからウ……いやシスターが名前を教えるのは
特別な相手だけだ。
ただ、これ自体はムオンの教義とは関係のない地方の風習なんだが」
「いやぁああ!姉さんが!私の名前をナヅキさんにバラそうとしたぁああぁ!!」
騒ぐシスターを無視して、グリヤさんはこっそり囁くように私に話しかけた。
「……聞けば教えてくれると思うぞ?」
「い、いいです!シスターさんのままでいいですから!」
私は気恥ずかしくなり慌てて否定したがシスターさんやグリヤさんにちょっと失礼だったかもしれない。
それにしてもシスターの名前って本人が言うにはタッシャさんと似ていて、グリヤさんの話によると先頭の文字はウなんだな。ウーシャとかそういう名前なんだろうか。
一通りやりとりを終えるとグリヤさんは改めて私たちに向き直った。
「……ところで、君たちはどういう目的で旅をしているんだ?
別に巡礼というわけでもないんだろう?」
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