第5話ナヅキと、焚き火

途中、狼たちも襲ってきたが私が手を叩いて大きな音を鳴らすと腰を抜かしてひっくり返り尻尾を巻いて逃げていった。


「驚いた、君は本当に強いんだな……」

「いやまぁ……ははは」

「まるで神話の戦士のようだ」

タッシャさんはそう言いながら石板に文字を書いている。


「ナヅキさんの力はきっとムオン様のご加護によるものですよ!

 ちゃんと書き留めてくださいね!」

シスターが興奮したように話す。

「ムオン……様か。ああ、わかってる」

私はタッシャさんの表情を伺う。タッシャさんは特に気に留めず歩いている。


「あの、タッシャさん……」

「何だ?」

「ムオン様の他にも神様がいるんですか?」

私はシスターさんの前でつい他の神様について聞いてしまった。

「マダグラ、ムオン、サイレイン、ミオテイス、オチン、ミエンガネ、

 スロウボロウ、ナブル、アカチャケタ……」

タッシャさんはぶつくさと呟くように言った。


「……すみません、ちょっと覚えられませんでした」

「いや、構わない。知らない人も多いだろう」

私はタッシャさんの横顔を眺めながら、その横顔がどこか寂しげなのを感じていた。

タッシャさんはその後もしばらく歩き続けた。


「ええと、じゃあ、タッシャさんはどの神様を信じているんですか?」

「私か?そうだな、私は……ムオン様かな」

タッシャさんは何かを恐れるかのようにそう答えた。

「そうだ、ムオン様ってどういう神様なんですか?」

これから会いに行くであろう神様のことを少し知っておきたい。


「ムオンはだな、休息、安らぎを持たらす夜を支配する存在であり、

 伝統的にはロウソクが彼の象徴とされ……」

「ひ、ひぃいいいいぃぃ、しゃべってるぅう!

 ムオン様についての説明の機会が!今!私の手から奪われようとしている!」

シスターが騒ぎ出す。うるさい。


「ああ、これは失礼した。シスター。どうぞ」

タッシャさんは石板を見つめ、シスターに話を任せることにした。

「ムオン様はですね!とっても強くて優しい方なんですよ!!」

「そうなんですか」


……え、それだけ?


「はい!!!」

シスターは元気よく返事をした。

「えぇと、他に何かないんですかね」

「うーん……特にないです」

シスターは首を傾げる。


「そうなのか、では書くこともあまり無いな。

 まあムオン様が強いという評価は初めて聞いたが」

タッシャさんが困ったような顔をしながら石板に書き込んでいる。


さっきのタッシャさんの説明だとやはりムオンという神様が私に最強パワーを与えたようには思えなかった。


もっとこう、いたずら小僧っぽい存在だったよ。なんかさ。


-:-:-:-:-:-


「あ、もうすぐ日が落ちますね」

「ええ!?私はまだまだ歩けますよ!もっと行きましょうよ!」

あんたずっと私の背中にいたでしょうが。


「うーん、でもそろそろ野営の準備をしなくちゃいけないんじゃないんですか」

「そうだな。確かにこの辺りで休むべきかもしれないな」

タッシャさんも同意する。


「えーやだー!私、こんな所じゃ身の危険を感じてしまいます!!」

「ぐえっ、同意見です。首を絞めないでください」


それからしばらく歩き、林から少し開けたところにある小川の近くで私たちは休むことにした。


お金があれば馬車にでも乗れたんだろうか?

やっぱり最強パワーよりお金ですよね。


「はぁ~、生き返るーーー」

タッシャさんが荷物の中から取り出した水入りの袋を飲み、一息ついてからシスターが話し出す。

「なんか怪物とか獣が全然危なくない気がしますね。

 私たちって最強なんじゃないですか?」

シスターは照れながら頭をかいた。


うーん、私たちっていうか……。いや、そうですね。

シスターやタッシャさんがいなかったら退屈と絶望で死んでたかも。


「いやまぁ……そうかもしれませんけど」

「そうでしょう!そうに違いありません!神様のご加護さえあれば安心ですよ!」

シスターは満面の笑みを浮かべながら私の肩をバシバシ叩く。


「いや、本当に凄かったぞ。君のおかげで助かっている。感謝している」

「いえ、そんな。気にしないで下さい」

私は恐縮しながら答える。


そうだ、それよりも焚火の準備をしないと。


私は火をつけようと拾い集めた枯れ木をこすり合わせると、粉々に砕けた。

ええぇ……これじゃ火も付けられないんじゃ……?


私は自分の手の中の木片を見て戸惑っていた。


「あーもしかしてそんなことも出来ないんですか~。

 まいったな~これじゃあ私がいなくちゃ生きていけないかもー」


シスターがニヤつきながら煽ってくる。くっ、なんて憎たらしいんだ。

しかし、どうしたらいいかわからない。

少し力を込めただけで木がボロボロになってしまうのだ。


「うふ、うふふ、うふふふ」

シスターが不気味な笑い声を上げる。


「ど、どうかしましたか?」

「いや、だって、うふ、うふふ、ぷはははは!」

シスターが突然吹き出し大声で笑う。


「な、何がおかしいんですか?」

「だっ、だって、あなたがあまりにも不器用すぎて思わず笑っちゃいました!

 ごめんなさい!」

「う、ぅ……」

なんだか馬鹿にされているようで腹立たしい。


「まあまあ、怒らないでください。

 じゃあ、私が代わりにやってあげますよ!」

シスターはそう言うとは木々の繊維を集めて束を作り、次に木片にナイフで穴をあける。そして枝を差し込み両手で挟み込むとキコキコと回転させ始めた。


「うおおおおおおおおお、神のご加護ぉおおおおおお!!!」

シスターが全力で枝を回転させ続けると焦げ臭いにおいがあたりに漂いはじめ、木の穴から黒い木屑があふれだしてきた。

シスターは穴から零れ落ちた焦げ臭い木屑をそっと繊維の束に移す。すると小さな炎が上がりパチパチと弾けだす。


「後はこうやって息を吹いてあげれば……」

シスターの吐いた息によって勢いを増した火種を枝で囲むとゆっくりと火の勢いが強くなり、焚き火が燃え上がった。

「す、すごい!そんなことまで出来るんですね」

「神のご加護ですよ!」

シスターが得意気な顔をしながら手を上げて『山』のようなポーズを取る。

そこに木の枝を拾いに行っていたタッシャさんが戻ってきた。


「よし、では夕食の準備を始めようか」

タッシャさんは背負ってきた荷物の中から干し肉を取り出し、小刀で切り分けている。

「あの、それ私も手伝いましょうか」

「うん?ああ、いいよ。君は休んでてくれ」


何だろう、私って何にも出来ないんだなあ。少し恥ずかしくなってきてしまった。


私たちはそれから語り合った。

星の話や好きな食べ物など他愛もない話をたくさん。


なんだか友達みたいだった。

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