第4話 旅の始まり

「ところで、聞きそびれてしまったが君の名前は?」

「ナヅキです、よろしくお願いします」


気絶してしまったシスターさんを背負い、胸元に押しつけられた荷物をしっかりと抱える。

なし崩し的にではあったが私はシスターさんとタッシャさんとで神託の巫女に会いに行くことになったのだ。


「うむ……ナヅキくん、よろしく……しかしその重くはないのかね?」

「はい?ああ、まあなんか大丈夫みたいですよ」


「……そうか、見かけによらずパワフルだな」


結果的に最強パワーが役に立ってるが、こんなことはロバでもいれば不要な役割だろう。

少し恥ずかしくなってそそくさと歩きだすと、タッシャさんは石板に向かいせわしなく指を動かしながら後に続く。


「あのー……差し支えなければ伺いたいんですけど、さっきから何をなさっているんですか?」


「ああ、これは……まあ、魔法の石板だ。メモを書いていると思ってもらえればいい。気になることは何でも書き留めておくのだ」


「へぇ……」

「そういえば君はシスターの名前を聞いたかね?」


「いえ、聞いてないですね。なんでですか?」


「フフ……それは助かったな、この地方の古い風習では女性に名前を聞くことは求愛を意味する。うっかり聞いていたらまた大騒ぎされていたぞ」


タッシャさんはいたずらっぽく笑う。


「えっ!?そうなんですか!」


タッシャさんは楽しそうだった。


私はなんとなくこの人はいい人だと思った。……そもそも普通に会話できているし。まあ、さっき会ったばかりなんだけどさ。


「ところでシスターさんってどれくらい前からあの村のシスターなんですか?」


私はタッシャさんにシスターさんのことを少し聞いてみることにした。


「つい最近だよ。放置されていた家屋に住み着いて、ここは神様の家だと宣伝を始めてな」


えぇ、勝手に廃屋に住み着くって……そんな野良猫じゃあるまいし。

それでごろつきに目を付けられていたのがわかったものの、何だかなあという感じだ。


「それからシスターは神の加護を与えると称して雑草の練り物を間抜けな金持ちに売りつけたり、老人たちの頭の上にロウソクを垂らしたり、子供に文字を教えたり変な歌を教えたりとやりたい放題でな……」

「は……はぁ……」


やっぱりろくな人じゃなかった。しかしさすがに言いすぎではないだろうか?少し心配になって背中のシスターさんを見る。


「うーんむにゃむにゃ、もう食えません……」


うわっ!絶対寝たふりだろこれ!なんとかフォローしなくては……。


「いや~、なんというか自由な方なんですね!はははは!」


「そうだ、彼女はいつの間にか村の一員になっていた。特に彼女のことを嫌いな子供なんてあの村には一人もいないんじゃないかな?それはひとえに彼女の人柄によるものだ。私のような者には決して真似できないことだ」


タッシャさんは石板を見ながら熱心にシスターについて語る。

……どうもタッシャさん的にはあのシスターさんはすごい人らしい。でもすごい前にただの変な人では……?いやでもなあ……。


「そういえば、ナヅキくんは東からの巡礼か何かの途中だったのか?」

「はい?どういうことです?」


「その衣装だよ。その白い布を幾重にも巻き付けたような服、それは遥か東の民族の間でよく見られるものだ」


そう言われ、改めて自分の体を見る。


肌触りのゆったりとした生地の上に丈夫そうな麻の帯をぐるぐる巻きにしている、変な衣装だ。

……なるほど確かにこれを着ているのはこの村では私くらいのものだろう。言われてみれば巡礼っぽいかもしれない。


「えっと……そうですね……」


うーん……どうしよう?


ここに来る前のことをろくに覚えてないことをタッシャさんに伝えた方がいいのかな?

でもまあ別に隠す必要もないのか?


そうこう迷っていると、タッシャさんはため息をつき小さく頭を下げる。


「おっと……これはまた失礼をしてしまったかな?いやなに君のその服装が珍しかったものでね。私の悪い癖だ」


「い、いえそんな。なんていうか話せば少し長くなるというか」

「そうかい?興味はあるがそれはまたにし……」


その時、村の外れまでたどり着いていた私たちをガラの悪い男たちがいきなり呼び止めた。


「あっ!兄貴あいつらですぜ!!」

「おい!そこのお前、ちょっと待ちな!」


……誰だっけ?

ああ、神様の家でシスターさんを脅していたごろつきたちか。


「おい、お前だよ!シスターの腰巾着!」


「私のことですか?」

「他に誰がいるってんだ?ああん?」


6人ほどのごろつきたちは私を取り囲むようににじり寄ってくる。


「あの、何でしょうか?」


私はタッシャさんをかばいながら彼らと対峙した。


「なんでしょうかじゃねえよ!悪いこた言わねえから、その女を置いていけ!」


「なんでですか?昨日は小屋から出ていけって言ってたじゃないですか。これから出て行く最中ですよ」


私がそう反論するとごろつきたちは「それもそうだな」とばかりに顔を見合せる。するとリーダーらしきごろつきが大声で吠えた。


「ば、ばかやろう!お前ら納得してんじゃねえ!いいか?昨日と今日とじゃ事情が違うんだよ!」

「どういうことですか?」


そう聞き返すとごろつきのリーダーは眉間にしわを寄せ、ナイフを持ったまま髪の毛一本残っていないをハゲ頭をガリガリとかく。


「あっ!?い、いぎゃあっっ!!!」

「どうしたんすか兄貴!?」


「くっ、くそっ!ナイフを持ったままなのを忘れてて頭を切っちまったじゃねえか!」


ごろつきの頭から血がボタボタとこぼれ落ちる。ええ……何やってんだこの人。

ちらりと背中を見るとシスターはむにゃむにゃと寝息を立てていた。


「ああ、もう……と、とにかくな、こんなんもう許せねえし、や、やるぞ!お前ら!」

「お?おお~?」


なんともしまらない掛け声と共にごろつきたちがなし崩しに飛びかってくる。


そして私は彼らに向かい合おうと……したところでタッシャさんの魔法の光が炸裂した。


ばこんという破裂音と共に、光の球がごろつきたちの目の前に出現し、その強烈な眩しさで彼らの視力を奪う。


「あぎゃぁあああ!!め、目が!痛たたたたた!」


突然のことにうずくまって叫び声を上げるごろつきに荷物を抱えたままどしんと体当たりしてやると、ごろつきはまるでボールのように吹っ飛んでそのままごろごろと転がっていった。


「お、覚えてろくそアマ!!」


最後までテンプレートの粋を出ないごろつきたちは、そんな捨て台詞を吐いてほうほうの体で逃げ出していくのであった。一体何だったんだあいつら……。


「ナヅキくん、大丈夫かね」

「は、はい。タッシャさん、どうもありがとうございました」


「いやいや、君が守ろうとしてくれたこそ私も勇気が出せたんだよ」


タッシャさんは指を石板に当てながら小さく笑う。


「ナヅキさん、タッシャさん、やりましたよ。お手柄ですねえ!」

「シスターさん、起きてたんですか!」


「寝てたなんてとんでもない。私はいつでも臨戦態勢ですよ!……まあ、今はちょっと眠いですけど」


シスターさんは目をこすりながらむにゃむにゃと口を動かす。


「あ、そうだ、タッシャさんの名前と私の名前って似てるんですよ~聞きたくないですか~~?」


いきなり何を言い出すんだこの人?


まだ目が覚めていないのか、寝言をほざいているようにしか思えなかったので私は無言で歩くスピードを上げる。


すると無視されたことに気がついたシスターさんが背中で暴れ出した、どうやら普通の寝言ではなかったようだ。


「すみません。タッシャさんとシスターさんの名前って似てたんですね。でも今はその話はいいですよ」


「ヒント欲しくないですか?」


シスターさんがウザ絡みしてくるので私は話を逸らそうと別のことについて聞いてみることにした。


「……えっと、シスターさんは村の小屋に勝手に入り込んだりして怒られたりしなかったんですか?」


「ナヅキさん、小鳥が枯れ木の枝に止まっても森は叱ったりしません!それと同じことです!」


タッシャさんはシスターさんの答えを聞くと石板に色々と書き込み始めた。

意外と感心しているようだ。


あの小さな石板には私の事も書き込まれるんだろうか、いつか教えて欲しい。


-:-:-:-:-:-


「もうすぐ日が暮れますね、今日はこの辺にしておきましょうか」


私たちは林道に差し掛かっていた。


気がつくと太陽は傾き始め、空はオレンジ色に染まり始めている。足元には落ち葉が積もり、カサカサという音を立てていた。


「ええっ!?私はまだまだ歩けますよ!もっと行きましょうよ」

「シスターさんも疲れているでしょう?無理しないで下さい」


「大丈夫です!ほら元気いっぱいです!」


そう言ってシスターは背中でカサカサと動き出す。そりゃあんたは歩けるでしょうが背負っているこちらとしては迷惑きわまりない。


嬉しそうに返事をするシスターを尻目に私は林道を見渡した。

道幅は狭く、左右には鬱蒼とした木々が立ち並んでいる。道は緩やかにカーブしていて先が見えない、かなり暗い道になりそうだ。


「タッシャさん、こういう場所ではどういう危険があると思いますか?」

「危険なものならそこかしこにあるだろう、例えば……」


タッシャさんは立ち止まると、指をくるくると回し、近くの樹に手を当てた。すると、手を置いた部分から光が漏れだし、辺りが明るくなる。


「熊とか狼だ、あとは山賊だな」

「おおぉおぉお!!明るいぃい!!」


シスターが大声で騒ぐ。私は耳を塞ぎながら聞いた。


「……あのー、タッシャさんって魔法使いだったんですか?」

「いや、ただ魔法に詳しいだけだ。何十年も生きてきてこの程度のことしか出来ない、恥ずかしい限りだ」


「いえいえ!十分すぎるほどすごいですって!」

「……ありがとう」


タッシャさんは照れながらまた歩き出した。私もそれに続く。


「……それから、巨人だ」


タッシャさんは独り言のようにつぶやく。


「巨人ですか?この近くに住んでいるんですか?」


「いや、巨人の集落からも追い出されるような巨人の中でも無能な連中だ。奴らはこの手の場所で好んで狩りをする。連中の狩りは単純だ。物陰に隠れ、獲物が通りかかったら大声を上げて飛びかかる。それだけだ」


タッシャさんは淡々と語る。


「シンプルイズベストってやつですね」

「その通りだ」


「でも……隠れて待ち伏せする場所なんてここにはたくさんありそうな気がしますけど」

「そうだ。だから戦士たちは常に槍を立て、警戒しながら進むのだ」


タッシャさんはそう言うと、また石板に何かを書き込む。


その時、前方から2~3mくらいの巨人が唸り声を上げながらどたどたと駆け寄って来た。


「……不意打ちすら思いつかない個体もいるようだな」


タッシャさんはため息をついた。


「ぎえぇえぇえ!きょ、巨人だぁ!殺されるうううー!」


シスターさんは悲鳴を上げ、私の首を思いきりしめる。


「ぐえっ、やめてくださいよ!死んでしまいます!」


私を犠牲にして助かろうとするシスターさんをそっと地面に下ろすと、私は巨人に向かって駆け出した。


「ああっ!ナヅキさん、やめてください!」


シスターさんが叫ぶ。


巨人の足に向けて体当たりをすると巨体がぐらりと傾いた。追撃を加えるべく飛び上がると、私は巨人の顔めがけて手のひらをぶうんと振り下ろす。


すると巨人の鼻が私の手の形に潰れて、激しく血しぶきが飛び散った。


「おごぉおおぉおぉお……ばはっ、ばははは……」


巨人は足の親指ほどもある大きな歯を血の混じった粘液と共にぼたぼたと吐き出し、苦悶の呻き声を響かせながらよたよたと歩き去っていく。


どうやら助かったようだ、私はほっと胸を撫で下ろした。


しかしこのパワー、本当に最強だな、こんなことにしか使えないけど。


「お、おぉ……」


タッシャさんが驚いた様子で石板を何度も指でこすっている。


「ナヅキさん!危ないことはやめてください!あれでもし死んでたらどうするつもりだったんですか!」


シスターさんが私を叱る。


「大丈夫ですよ、シスターさん」

「えっ?」


「だって私は最強のムオン様の力を授かってるんですよ?だから負けたりなんかしませんって」


そう言って見せるとシスターさんの顔がぱっと明るくなり、キラキラと目が輝くのが分かった。


「わ……わ、わわあ……わああ……」


シスターさんの頬がうっすらと朱に染まっている。どうしよう、またシスターさんの変なスイッチが入ってしまったようだ。


「……すまない、ナヅキくん。私は何もできなかった」

「いえ、いいんですよ。気にしないでください、私がやりたかっただけですから」


タッシャさんが頭を下げるのを私は慌てて制止する。


「……あのシスターさん。どうぞ」


シスターさんの前にしゃがみ込んで背中を差し出すと、シスターさんは少し恥ずかしそうに私におぶさった。


「いえ、別に背負っていただかなくていいんですけど。自分で歩けるんですけど」

「まあまあ、そんなこと言わずに」

「だって重いでしょう?」

「全然重くないですよ、むしろ軽いです」

「んふふ、そうですよねぇ!」


「ははは、ムオン様のご加護がありますから」


「ナヅキさん、いいですねそれ。私もナヅキさんの強さを信じます!この調子で不届き者たちをばんばんこらしめていきましょう!」


なんかだんだん話が噛み合わなくなってきた気がするがまあいいか。


(……それにしても変な人だなーこの人)


こうして私たちはシスターさんをおんぶして林道を進んでいくことにしたのだった。


「……」


タッシャさんはそんな私たちのやりとりを書き留めようと石板に向かい淡々と指を動かしていた。

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