第4話ナヅキと、旅の始まり

私は気絶したシスターを背負い、

タッシャさんと共に神託を巡る旅に向かうことになった。


「ところで、聞きそびれてしまったが君の名前は?」

「ナヅキです、よろしくお願いします」

私が答えるとタッシャさんは石板に向かいせわしなく指を動かす。


「あのー……差し支えなければ伺いたいんですけど、

 それって何をしているんですか?」

「メモを書いていると思ってもらえればいい。

 こうして気になることは何でも書き留めておくのだ」


「へぇ……」

「そういえば、君はシスターの名前を聞いたかね」

「いえ、聞いてないですね。なんでですか?」

「フフ……それは助かったな、

 この地方の古い風習では女性に名前を聞くことは求愛を意味する。

 うっかり聞いていたらまた大騒ぎされていたぞ」

タッシャさんはいたずらっぽく笑う。


「えっ!?そうなんですか!」

タッシャさんは楽しそうだった。私はなんとなくこの人はいい人だと思った。

そもそも普通に会話できるし。さっき会ったばかりなんだけどさ。


「シスターさんはどれくらい前からあの村のシスターなんですか?」

私はタッシャさんにあの村のことを少し聞いてみることにした。


「つい最近だよ。放置されていた小屋に勝手に住み着いて教会だと宣伝を始めてな」

えぇ……勝手に住み着くって……そんな野良猫じゃあるまいし。

「それから神の加護を与えるために老人の顔に小麦粉をかけたり、

 子供に変な歌を教えたりしてたな……」


「こっ!?いや、なんというか、自由なんですね」

「そうだ、それでも彼女はいつの間にか村の一員になっていた。

 特に彼女のことを嫌いな子供なんてあの村にはいないんじゃないかな?

 それはひとえに彼女の人柄によるものだ。私には真似できないことだ」

タッシャさんは石板を見ながら熱心にシスターについて語っていた。


私はシスターを背負ったまま周囲を警戒しつつ進む。

「タッシャさんの名前と私の名前って似てるんですよ~~

 聞きたくないんですか~~?」

「……」

シスターが後ろで寝言をほざき始めたので、私は無言で歩く速度を上げた。

無視されたことに気がついてシスターが背中で暴れる。

どうやら普通の寝言ではないようだ。


「そうだったんですか?でも今はいいですよ」

「ヒント欲しくないですか?」


シスターがウザ絡みしてくるので私は話を逸らそうと聞いてみた。

「シスターさんは村の小屋に勝手に入り込んだりして

 怒られたりしなかったんですか?」

「小鳥が枯れ木の枝に止まっても森は叱ったりしません!同じことです!」


タッシャさんは今の言葉を聞き、石板に色々と書き込み始めた。

意外と感心しているようだ。


あの小さな石板には私の事も書き込まれるんだろうか、いつか教えて欲しい。


-:-:-:-:-:-


気がつくと太陽は傾き始め、空はオレンジ色に染まり始めていた。

私たちは林道に差し掛かっていた。

足元には落ち葉が積もり、カサカサという音を立てている。

周囲に人の気配はなさそうだ。


「もうすぐ日が暮れますね、今日はこの辺にしておきましょうか」

「ええっ!?私はまだまだ歩けますよ!もっと行きましょうよ」

「シスターさんも疲れているでしょう?無理しないで下さい」

「大丈夫です!ほら元気いっぱいです!」

そう言ってシスターはカサカサと動き出す。背負っている私は迷惑きわまりない。


「……わかりました、でももう少しだけですよ」

「はい!」

嬉しそうに返事をするシスターを尻目に私は林道を見渡した。

道幅は狭く、左右には鬱蒼とした木々が立ち並んでいる。

道は緩やかにカーブしていて先が見えない、かなり暗い道になりそうだ。


「タッシャさん、こういう場所ではどういう危険があると思いますか?」

「危険なものならそこかしこにあるだろう、例えば……」

タッシャさんは立ち止まると、指をくるくると回し、近くの木に手を当てた。

すると、手を置いた部分から光が漏れだし、辺りが明るくなる。


「熊とか狼だ。あとは山賊だな」

「おおぉお!!明るい!!」

シスターが大声で騒ぐ。私は耳を塞ぎながら聞いた。


「……タッシャさんって魔法使いだったんですか?」

「ただ魔法に詳しいだけだ。

 何十年も生きてきてこの程度のことしか出来ない、恥ずかしい限りだ」

「いやいや!十分すごいですよ」

タッシャさんは照れながらまた歩き出した。私もそれに続く。


「……それから、巨人だ」

タッシャさんは独り言のようにつぶやく。

「巨人、ですか?この近くに住んでいるんですか?」

「いや、巨人の集落からも追い出されるような巨人の中でも無能な連中だ。

 奴らはこの手の場所で好んで狩りをする。そいつらの狩りは単純だ。

 物陰に隠れ、獲物が通りかかったら大声を上げて飛びかかる。それだけだ」

タッシャさんは淡々と語る。


「シンプルイズベストってやつですね」

「その通りだ」

「でも……さっきの話からだと隠れて待ち伏せする場所なんて

 たくさんありそうな気がしますけど」

「そうだ。だから戦士たちは常に槍を立て、警戒しながら進むのだ」

タッシャさんはそう言うと、また石板に何かを書き込む。


その時、前方から唸り声を上げて2~3mくらいの巨人がどたどたと駆け寄って来た。

「……不意打ちすら思いつかない個体もいるようだな」

タッシャさんはため息をついた。


シスターが悲鳴を上げ、私の首を思い切りしめる。

「ぎえぇえぇえ!巨人だぁ!殺されるー!」

「ぐえっ、死んでしまう!」

私を犠牲にして助かろうとするシスターをそっと地面に下ろすと、私は巨人に向かって駆け出した。


「うわああっ!やめてください!」

シスターが叫ぶ。

巨人の足に向けて体当たりをすると巨体がぐらりと傾く。

巨人が倒れそうになるのを見て私は追撃を加える。


私は飛びあがると巨人の鼻めがけて手のひらを軽く振り下ろした。

パァンという乾いた音ともに巨人の鼻が私の手のひらの形にヘコみ、巨人の体は力なく倒れた。うーん、これは最強だ。


「お、おぉ……」

タッシャさんが驚いた様子で石板を何度も指でこすっている。

「……すまない、ナヅキくん。私は何もできなかった」

「いえ、いいんですよ。気にしないでください、私がやりたかっただけですから」

私はそう言うと再びシスターを背負い、歩き出した。


「いや、別に背負わなくていいんですけど!自分で歩けるんですけど!」

シスターは私の背中の上で暴れる。

「まあまあ、そんなこと言わずに」

「だって重いでしょう」

「全然重くないですよ、むしろ軽いです」

「そうですよねぇ!」

シスターは私の言葉を聞いて安心したのか、急に大人しくなった。


タッシャさんはそんな私たちの話を書き留めようと石板に向かい淡々とメモを取り続けていた。

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