第35話 カレン戦闘 前
辿りつた場所は前日にレアとの戦いをした広場であった。
その場所は戦いのあと傷は未だ残っているが、あの謎の黒い腕の存在の痕跡は一切ない。
その、ボロボロの広場でカレンは待っていたかのようにレアが居た場所でわたし達が来た道へ向い立っていた。
待っていたのか? どうやらその考えはあながち間違えでもなく――
「待っていたわ。あの程度で壊れてしまうなんて軟な聖器(ロザリオ)ね」
怪しくそして道化めいて、イヤらしくも不気味な笑みを向けてカレンはわたし達へ言った。
「待ってた? さっきはここにいなかったじゃん!! 嘘つきっ」
煽られるとロプちゃんがそう、カレンへと激を飛ばす。
ロプちゃんはおねえちゃんとここへ一度状況の確認をしに来ているハズだ。
カレンが待っていたというのなら、その時に遭遇してもおかしくはない。けれど、それをしていないということは、待っていたというのはウソになる。
「あら、ごめんなさい。すれ違いでもしたのかしらね。これでも急いで来たつもりなのだけど、ご期待にそえなくて残念だわあ」
謝る言葉とは裏腹に、その表情と態度は明らかにバカにしているようであり、反省など少したりとも見えない。
むしろ、今まで最も楽しんでいるかのようで、彼女の笑いは邪悪かつ凄くイヤなものに満ちてる。
そして何より、そこから感じるのは圧倒的なほどの敵対心。
笑って侮っているような感じでモノではあるが、その実、滲み出ている力の波長は嫌味なほどのイヤらしい笑みと共に肌を刺してビリビリとさせる。
一言、ハッキリ言って怖い。
レアに似た今にもおぞましい悪意の塊によって殺されそうで、生きた心地のしない感覚は間違いなく凶悪的な、殺意そのものが今のカレンなのだ。
だから、会話を交わすと同時にわたし達は反射的に各々の聖器(ロザリオ)を顕現させていた。
「ふふふっ」
警戒と緊張は十分。そんなわたし達を見てカレンは目を細めて不敵に笑う。そして――
次の瞬間にはわたしはカレンの全力の一端を垣間見ることになった。
「え?」
視界に飛び散る血しぶきはわたしの物。
カレンが右手を横に振って小さく呟いた瞬間、わたしの右首から血が吹き出て、それが見えた瞬間にわたしはその場に崩れ落ちた。
「リア!」
横にいたロプちゃんが驚いて叫んだが、わたしは斬られた首元に手を当てて確認して大丈夫とよろよろと立ち上がる。
「でもリア……」
「斬られた痕がないの……」
「え?」
そう、斬られた後がない。だが、確実に切断された時の痛みは確かにあるし、噴き出し首口を濡らす血は自身のモノなんだろう。
その証拠に、吹き出た大量の血に相当するほどわたしはめまいに襲われてふらついた。
「っ……」
恐らくは出血による貧血の結果。そのせいで頭の回転も鈍く考えもまとまらない。
起きた事象に興奮するも、意識がまとまらず呆けたようになっている。これじゃあダメだと大剣を構えなおそうとするも、ふらついて、わたしはその場に膝をついた。
「リア……」
「半分を斬っても半分残っているから死ななかったみたいね。アナタも、他人の心配している暇はなくてよ?」
「え?」
瞬間、今度はミカエちゃんの首から血が噴き出した。
揺れるロプちゃんの体、だが、あくまでもそれは何かに斬られたときの反動であって、当のロプちゃんの傷はさほど大きくはなかった。
せいぜい爪の先でひっかいた程度の切り傷で飛び出す血に過ぎない。無論、それに比例してロプちゃんのダメージもまた大きいものではい。
「いまのっ、カレンアンタ何したの⁉」
「さあ?」
怒号するロプちゃん。だがカレンは当たり前のことが起きたと言わんばかりの態度ではぐらかして、それに興奮したロプちゃんは鎌を構えてカレンへと走り出した。
「はあああああああああっ!」
「そう、それでいいのよ……」
振り入れた氷の鎌をカレンはいとも簡単に躱して、顕現させた鈍色の鎌でロプちゃんを弾き返す。
「このっ」
そして弾き返したと思うと、鎌の振り返り際に回し蹴りを放ち、その蹴りはロプちゃんのみぞおちを抉る。
「くうっ」
「ロプちゃんっ」
そのまま吹っ飛んできたロプちゃんをわたしは咄嗟にしんどい体を動かして、地面に激突する前に受け止めた。
「だ、大丈夫っ!!」
「ごほっ……はぁっ……」
呼吸の苦しさと痛みに顔を歪めるロプちゃんだが、当たりどころは悪くも良かったのか、そこまでの重傷ではなかったようで安堵し、わたしはカレンへと向き直り睨みつける。
そして、動きにくくなって、倦怠感のある体に鞭をうち交渉を促す。
「カレンっ、どうして! なんで戦わなきゃいけないのっ⁉」
それはここまでずっと思い抱いていた疑問だった。訓練の時からカレンは少なくとも一緒に楽しく過ごしていた瞬間は一度でもあっただろう。一緒に笑って、一緒に楽しんで、そんな相手とどうしても戦わなければいけない。
あのピクニックがそうだ、あの時は間違いなくカレンは楽しんでいて一緒にいてわたしは楽しくさえ思えた。
なのに、何故。そんな相手と戦わなければいけないと。
わたしは戦えない。そんな――友達なんかと。
だから吠えた、どんなに動きずらい体でもカレンへと問う。何故だと、カレンは本当はわたし達と戦いた訳なんてないと。
そう思って。
けれども、帰って来た言葉はすごく冷徹かつ端的なものだった。
「死になさい」
無慈悲な言葉と共に、飛び出したカレンは真っすぐわたしへと迫って鎌を振るう。
それを、ロプちゃんを下して間一髪のところで大剣で受け止めた。
「っーー」
鎌の重圧に耐えながら伝わる感情の力の波は怒りだった。表面上では穏やかかつ怪しさを出しているが、その実中身は怒り狂って、視線のみで殺せるかというほどの殺意で一杯を振りまき力にし、鎌と大剣が直接ふれあい力を受け止めて感じることができた。だが、同時に余計にこんなにも割り切っているカレンにわたしは理解が追いつかなくない。
どうして、なぜそこまでカレンは怒っているのか。それも分からないし。
どうして、わたし達は友達ではないのか。
混乱する思考のさなか、鍔迫り合いのままカレンは発する殺意の念を強め不気味な笑みを浮かべる。
「感じるわよ、アナタの考えていること。ええ、カレンは怒ってる。それに、アナタの友ではない。何故なら――」
強まる感情とそれによる力の覇道。
土台はもとよりカレンとわたしの力量差はおねえちゃんがおらず降臨(アドベント)が使えない今、言うまでもなく天と地の差だ。
そこに本気の力など出されてしまえばひとたまりもない。
すべてを断ち切る首狩りの鎌は文字通り、わたしの受け止めていた大剣の刃に自らの刃を食い込ませて、大剣ごと今度は間違いなくわたしの首を狩ろうと、豆腐のように容易く切り裂かんと振り落ちた。
大剣が砕けて光の白銀の露と消え鎌が迫りくる。
「………あうっ⁉」
それを致命傷ぎりぎりで躱して、鎌の切先はわたしの脇を骨ごと寸分のゆがみもなく真っすぐ切り裂いた。
そこからカレンから距離を取って逃げないと思ったものの、真後ろで両手膝をついているロプちゃんを庇うためにとどまるが、そこでわたしの体も限界が来た。
「ごほっ……」
体の内側が鈍器で殴られ爆発したような衝撃と共に、バケツ一杯程の血を口から吹き出した。
斬られた傷による損傷は言うまでもなく、何よりも破壊された大剣が問題だった。
あれは聖器(ロザリオ)を変換して創造し創り出したものであり、もっともロザリオ本体に近い分身といってもいいほどに純度は濃い。ロザリオそのものとも言ってもいいそれが破壊されたのだ。
言い方が悪いが、ロプちゃんの急増品の氷の鎌とはわけが違う。
あれは、聖器(ロザリオ)の能力で作っているものに過ぎず、聖器(ロザリオ)本体ではない。その為、強度面で言えばカレンに容易く破壊されるほどに低いものではあるが、量産が可能な代物。
だが、わたしの大剣は違う、半分といえども聖器(ロザリオ)本体であり、その強度と威力はその分増す。
とはいえ、そこにはメリットだけではなく無論のことデメリットも存在する。
それが、この事態だ。
聖器(ロザリオ)は言うなれば自分の存在そのものであり、自身のあり方と魂の形が形状化したモノだ。それが破壊されるということは詰まるところ心臓が破壊されるのと等しく、破壊されれば存在そのものが抹消されかねない。なにより、ロザリオを失えばギニョールとなってしまうわけで。
だから、聖器(ロザリオ)本体での戦いは諸刃となる。
それを分かっているから大剣にしているのは半分でリスクを減らしてはいる。が、今回の場合それが裏目に出てしまったのか、それとも幸いだったのか……。
いずれにしても、絶望的な状況には変わりない。
聖器(大剣)を破壊されたことで、一時的でもわたしはわたしを中身から半分破壊された訳で、カレンの斬撃による傷の痛みに耐えようと踏ん張ったと同時に、血を噴き出してその場に膝をついたのだった。
「カレンの友達はレアだもの」
放った言葉と共に、鎌は振られていないのにもかかわらずわたしの首が再び裂けた。
死が、死が襲い来る。
「は……」
意識が遠のく。
流れる血の生ぬるさと傷の痛みも感じず、体が倒れる。
感じるのは血に濡れた石レンガの感覚で、倒れた衝撃で遠のく意識が少し戻ってカレンを視線だけで見上げると、今度はものすごい力で胸ぐらを捕まれて、だらりとわたしの体はぶら下がった。
「リアっ」
後ろからロプちゃんの声が聞こえるけど、意識が定まらず何がおきているかが理解できない。
「勘違いしているようなら言ってあげる。カレンはアナタ達なんて嫌い。ええ、そう、何故ならばアナタ達はレアを殺した。それは許せないわ認めないわ。
もちろん避けていたといっても、あれでも旧友よ、彼女の持つ業だって知っている。それゆえに言えるわ、アナタ達ごときに負けていい子ではない。それが例え自滅だったとしても、あの子は報われるべきだった」
怒り、怒り。
伝わるそれは純粋な怒りで、その中に微かな悲しみが、にじみ出る力の死の覇道によって伝わる。友人が死んでしまった悲しみ。それは間違いなく、わたしがローザちゃんに対していただいた悲しみと同じ。
なぜ死んでしまったのか、何故守れなかったのか。どうしようもなく無力な自分に怒って後悔して、焼き切れそうになる。
その重圧に耐えられるかそうでないかのがわたしとの違い。
わたしは耐えられなくて虚無になったけど、カレンは違う。
心は強くてくじけたりなんかりしない。例え友人が死んだとしてもそれ以上を度返しする目的を持っている。
それでも、行き場のない気持ちは怒りとして目的の動力としている。
だから、だからこそ余計に分からない。
「どう……して…」
天変地異を引き起こすほどの力を持っていること以外はわたし達となんら変わらない。
なのに、どうして――
「しれん…なんか……」
試練、試練だ。それさえなければわたし達もこんな目に合わなかったし、カレンも友達を失うなんてことはなかった。
なのに……。
そもそも、戦って、自分たちが敗北することを目的としている時点で、いつかはこうなることなど分かっていたハズじゃないのか。
なのにどうして。
「それが、唯一だからよ」
誇らしく、そして後悔と悔いを混じらせて、怒りと憎しみで強く言葉で告げられる言葉。
「ほかに選択なんてない。ゆえにカレン達は止まらない。止まれない。
もういいわ、だから死になさい」
■
リアが目の前で投げ捨てられて、全身が正体不明の刃に切り裂かれて無数に裂けてゴミ屑のようにわたしの前に転がり落ちる。
真っ赤に濡れたボロボロに裂かれた布切れのようになって、生きているかどうかが分からない。
「リアぁ……」
動けよ、動けよアタシの体。
受けたダメージと目の前で起きた事の恐怖に怖気ついて震えて動かない。
動け、動いてっ。
「さて……」
知らず震えているアタシへ、一歩踏み出して元の邪悪な笑みを浮かべて、ゴミを見据えるようにアタシのことを見下ろした。
「アナタの魂(中身)は幾つかしら?」
意味が分からないことを呟いて、アタシの首が跳ねた。
いや、正確には最初に入れられた一撃と同じ、アタシの体が触れて首から血が迸る。
「―――っ!?」
それから、同時にリアのように全身が粉微塵と見えない刃によって切り裂かれて全身から血が弾けた。
体がぐらつく。
けれど、それだけだ。切り傷は無く、いくら血が出てもただ体が気だるくなるだけだ。全身が斬られ血まみれになるも、それによってその傷分の体力が削られているだけでさほど問題はない。
そしてそのおかげて、痛みと共に震えは消えて動けるようになった。
「カレン…」
静かに、何が起きているかは分からない、けれどこのままじゃいけない。そう思って怨敵を睨み、氷の鎌を創形させるとそれを杖に立ち上がる。
「やっぱり、アナタはそうよねぇ。そうなる訳だ。ならもっと命を狩らなきゃね」
死の風が吹き抜けて、体が揺れる。腕首が切れたけど裂けていない。
股が斬られたけど斬られていない。
「っ――」
頬から血が飛び散った。
体は揺れて、気づけば緩やかな風は死風となってアタシを蝕もうとしていた。
けれど、それはただそれだけだ。大した問題は特になく、薄っすらと知覚できる死風を心地よいとすら思ってしまう。
「ははっ…」
それが意味が分からなくて、カレンに遊ばれているようで馬鹿馬鹿しく思えて、笑みがこぼれて、今後は歯をグッと食いしばる。
リアを、よくもリアをと。
悲しみよりも、怒りが勝って、氷の鎌を構えて飛び出す体制を取り、飛び出す。
「目障りよ」
飛び出したと同時に額を避けた反動で体がのけ反る。
そこをカレンは見逃さず、雷鳴のごとく踏み込んで、アタシの鎌が胸を裂いた。
「ぐうっ」
けれど、それだけだ。斬られた感覚と血が噴き出すが、実際には体は裂けていない。
なぜ? 分からない。
「たああああああっ!」
だけど、それでもいいっ。ソった体を戻して、氷の鎌をカレンへと振り入れる。
それはカレンの鎌で流れるような捌きで弾かれてアタシの鎌は砕けるも、負けじと再び顕現させて振るう。
今起きた事。カレンの謎の力。それは手加減しているように見えてそうではない。圧倒的な圧力と殺意はそのままで、向かうアタシにずっとそれをかけ続けている。
だから、アタシの体がそれに耐えられている今しかこうして責める機会は今しかない。
攻めろ、攻めろ。もっと。止まるな。
二度三度、十度。振るう度に氷の鎌が砕けちり氷の欠片が迸るが、それでも氷の鎌を出し直して斬り入れ続ける。
その間にもアタシの体が裂かれ血は舞いながらも。
「だったら…」
「ごほっ――!」
アタシが十度斬りつけるたびにカレンの斬撃は数百度アタシを斬りつけている。それでもアタシは止まらず、そのおかしな状況の中。カレンは切り裂くことから対処法を変えてきて、横腹らを蹴りが抉った。
「ああっ」
そして、そこから右の拳が顔面を抜いて、足を払われて転倒しかけた胸をカレンの足が踏みつけた。
「っ―――」
一瞬にして行われたことに理解が追いつかず、気づけば体を地面に打ち付けて、その衝撃で何が起きているのか理解する。
「カレン…っ」
踏みつけられてる力は強く起き上がることができず、カレンの足を掴みどうにかしようとするもびくともしない。
そんなアタシをカレンは終始、じっと見つめていた。
怨敵を殺す殺意はそのままで、けれども致命となりゆる一撃は入れず。まるで観察するように、睨みつけてそして、爛れた笑みをこぼして言う。
「フフっ、哀れね」
踏みつけて見下し、鎌を首元に突きつけてカレンそう感想を述べた。
「なにが…」
何が哀れだというのか、ふざけるな。
見下すカレンへ激昂し、腕に力を入れるもしかしやはり動くことはできない。
「自分の真実も知らず、そうやって地に這いつくばっているところよ。カレンを幻滅させないでちょうだい。でないと」
「ぐっぁっ」
強く踏みつけられて、重圧によってあばら骨が軋む。
肺が押しつぶされて、苦痛と共に息が苦しくなる。
「っ……」
その時、苦しむアタシを不気味な笑みを浮かべながら、ジッと見て、カレンは不思議とスッと真剣な顔をした。
「ねえ――ヨミ。アナタはいつも肝心な時にカレンの邪魔をするのね」
語られた言葉は誰への者か。何かを懐かしむように、細舞った目で知らぬ名なのか何かを言われて、アタシにかけられた言葉と共に、殺気は一瞬消えて、鎌は引かれると。
途端、爆発すると憎悪と共に鎌は振られた。
死ぬ。そう覚悟した。
目をつむり身構える。
けれども。
金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響き、アタシを地面に押していた圧力が消え去った。
それは、カレンがアタシから離れた気配と同時であって、何かにトドメを阻まれたことだと直感的に理解した。
「な、に…?」
ゆっくりと目を開けると、アタシの横を雷光のごとく駆け抜けて、大剣を振りかぶったリムの姿があった。
「フフフッ、アナタ、運がないわね」
「五月蠅いっ、よくもリアをっ!」
バックステップで大きく下がってカレンは不敵に笑っていった。
それに、反論するようにリアの現状を見知ったために、怒り全力で駆けるリムは叫び返している。
リムが助けに来てくれた? ミカエも……。
けれども、振り返り辺りを見渡すもミカエの姿はない…。
何を期待しているのだ、アタシは。ミカエを、みんなを助けると決意したばかりなのに、今もこうして助けられて、挙句ミカエに救いを求めるなんて…。
そう思った自分を悔いて、恥じて、けれども状況はそんな余裕を許してくれない。
「アアァッ」
カレンへと真っ直ぐ飛び出していたハズのリムの悲鳴があがる。それに気づき目を向けてみると…。
「――――⁉」
なんで……。
思考が止まる。景色が滲んで時が遅く感じた。
「リムッ!」
どこからか、叫ぶミカエの声が響いて聞こえた。
けれど、なんで…どうしてこうなった。
アタシは何を見せられている。
「リムっ!」
反射的にアタシも叫んで、立ち上がろうとしていたところで鎖が舞ってアタシの体へ巻きついて引き上げた。
なんだこれ、どうして、なんで。
リア…。
リアも同時に鎖に引き上げられて宙に浮いている。
そして、そこから強引にカレンと首が跳ねて胴と分裂したリムから遠ざかって。
「まって…」
首をいとも簡単に正体不明の斬撃で跳ねられたリムから、強制的に猛スピードで遠ざかっていった。
景色は逆再生のようになって、アタシの叫びも悲鳴も無視して宙を浮遊し、そして――
■
アタシ達は教会へ逃亡し帰還していた。
「………」
鎖で強引に高速でゆれられた反動により揺れる感覚に気持ち悪く吐きそうになりながら、起きた事象に頭を整理する。
あの時何が起きた?
どうして、アタシとリアは教会の花壇の前で倒れている?
「ロプトルっ、良かった……! よかったぁ……」
「ミカエ?」
突然、飛びつき泣きながら抱き着いてくるミカエ。
どうして、ミカエは泣いている?
どうして、この場にリムは居ない?
どうしてどうしてどうして。
疑問はついえず、ミカエに抱き着かれ放心しながらも何が起きたのか記憶をたどって、そうして、ミカエが落ち着いたところで答えへと行きつく。
別に、呆けている訳ではないし、記憶がなくなった訳ではない。
ただの冷静な事実と現状確認。
「ミカエ、リムは?」
「………」
抱き着くミカエを離し問うと、目を伏せて首を左右に振った。
「そっか」
ということは、アタシの記憶間違いはなく。
リムはやられたのだろうな。
そこに悲しくる気持ちがあるが、ただ、そうかと。至って冷静に受け止めた。
そうして、隣で血まみれで倒れているリアを見る。
「リア……」
「大丈夫です。死んではいません」
リムのことはともかく。今はリアだ。リアはアタシよりもカレンの能力の影響をモロに受けていた。そんなリアを心配すると、ミカエはアタシに告げた。
鎖で包んだ時にリアの状況を確認したのだろう。近寄って横から見るも、傷はリムの置き土産か既に癒えていて、今は静かな寝息を立てている。
それを見て、内心、良かったそう安堵しながらも、悔しくなった。
「ゴメン、守れなかった。アタシ、守るって言ったのに……」
リアがやられた悲しみよりも、言ったことが何一つできてない自分が悔しくなって、恥ずかしくて自分で自分にムカついて自然と手に力が入って拳を握っていた。
なぜ、自分はこうも何もできないのか。なぜ、こんなにも弱いのか。
レアとの戦いで怖くなったのか、カレンにお腹に一撃入れられただけで怖くなって震えて動けなくなって、そのせいでリアはカレンにやられた。
「アタシが、あの時一緒に戦えていれば………」
こんなことには……。と。
悔いても何も変わらない。結果としてこうしてアタシはリアの力になれなかった。だからこうなった。
「ごめんね、リア」
それを聞いて、ミカエがアタシの握る手に自分の手をとる。
「いいえ、素早くあの場に駆けつけられなかったワタシも。ロプトルだけのせいではないです。それに、ロプトルの鎌が空に飛んでカレンの鎌に撃ち落されたのに気づいたのはリムです。
実際問題、ワタシも何も役に立てていない」
拳を握るアタシの手を両手で包んで、優しく言ってミカエは悲しい顔をしている。
「違う。ミカエはこうして危ない状況から助けてくれたよ。
だから、今度はアタシがどうにかしないと。こうしている間もカレンがここに来るかもしれない。ミカエ、アタシ行くよ。カレンをどうにかしなきゃ」
握った拳はそのままで、むしろさっきよりも強く握って、リアとミカエの力になりたくて立ち上がる。
「ロプトル?」
現状、危機的状況は切り抜けたが、絶望的な状況は依然と変わらない。
アタシ達はカレンからは逃れられていないんだ。
アイツならアタシ達の居る場所なんて、何らかの力ですぐにわかるだろうし、こうしている間にもこの場に現れるかもしれない。
逃げ場なんてないんだ。この街、いや、この夜(世界)にいる時点で。
「リアのことよろしくね」
だからもう一度戦場に行く。
リアのミカエの力になって守るために。
けれども、立ち上がり、奮い立つアタシの前にミカエも立って立ちはだかった。
「ダメですっ!」
真剣で、そして怒っているような。
いつもの説教の時のような怖い瞳を向けてアタシの道を塞ぐ。
「どいて、ミカエ」
「どきません」
どいてと訴えるもミカエはかたくなに道を開けてくれない。
「どうして、なんでミカエ」
「アナタは今怪我をしているでしょう」
「大丈夫だよこんなの!」
だって、殆ど傷はないんだ。血まみれではあるけれども、実質的な目に見える怪我はしれている。
だからたいした問題なんてないのに。
そんなこと、リアの容体が分かっているミカエなら、アタシの事だって分かっているはずだ。怪我なんて殆どしてないってことを。
なのになんで。
「落ち着いてください。怪我は全くないっていう訳ではないでしょう。
それに、カレンはこうして今居ない時点で恐らく大丈夫です。確実にワタシ達を取りに来るつもりならこんな簡単に逃げられるはずがありません。
ロプトルも知っているでしょう、カレンの強さは。
それに、あの時リムは何の前触れもなくやられていました。
一瞬ですよ。それができるのに、あの時しなかったということはワザとそうしたということです。
あの天邪鬼はそうやってこちらへ揺さぶりを駆けてきます。
それは散々されてきたのだから分かるでしょう?」
「それは…」
ミカエの言う通りでもある。射程は不明だが触れずに首を刈り取る謎の攻撃。アレのせいでリアとリムはやられてしまった。それがあの時同時に使えなかったという可能性を抜いて、そもそもカレンはアタシとリアという荷物を持って逃げるミカエを捕まえられないとは思えない。
なにせ、アタシ達の中で一番動きの早いリアと、訓練で対等以上に斬り結んでいたのだから。それも、手加減あっての可能性だってある。
ゆえにワザと逃がした。逃がされた。
何を考えているか分からないけれども、ミカエの言うことには一理あった。
でも、だとしてもこうして居ても、何も解決にならないじゃないか。
だから、アタシがどうにかする。ミカエを守るために。
ミカエの力になりたいから。
「でもっ! ワザとじゃないかもしれない」
「だったらなおさらです。ここでアナタ一人で行ってこちらにカレンが来て入れ違いになったらどうするんですか? この場合、二人で居たほうがいい。戦力は分散するべきではありません」
「それは…」
ミカエのいう通りだ。もしカレンの狙いがミカエとリアで入れ違いになったら? それでは二人を守れない。
けれど、それじゃあミカエを助けるんじゃなくて、また助けられて……。
「それでも行くというのなら、拘束してでも止めます。今は体を休めるべきです」
ミカエが数本鎖を顕現させる。背から生えた鎖は、蛇が首を上げるように浮遊して切っ先がこちらを睨む。
ミカエの態度は本気みたいだ。
でも行かないと……。
だけど、ミカエと争いたくない。アタシはミカエを助けたくて、傷つけたくはない。
結果的にミカエにしたがわ得ず終えなかった。
「……分かったよ」
握った拳を柔らかくして、渋々アタシはミカエに従った。
「はあ、良かったです。
とりあえずリアを中へ運びましょう。それからアナタの怪我の手当てです」
ミカエが鎖を消す。
「アタシは別に…」
「ダメです。そんなに血まみれて何を言ってるんですか」
リア程の怪我は殆どしていない。だから大丈夫だというのに……。
それでも、ミカエは怒るようにして言ってくる。
「………」
「はい。は?」
今度は両腰に手を当てて胸を張って、いつものいたずらの説教みたいに怒ってくる。
「ふふっ…」
「何笑ってるんですか!」
なんだか、それにアタシはおかしくなってついつい笑みがこぼれてしまった。
なんだろう。さっきまで意地を張っていたのがバカみたいに思える。ミカエを助けたい。
だけど、ミカエに心配をかけたくはない。
「分かったよミカエ」
「分かりましたでしょう?」
「………」
「分かりました」
「よろしい」
ようやく納得したミカエと共にリアを運んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます