第36話
そうして――
最低限カレンから身を隠すために、アタシ達は地下室に隠れていた。
地下室の個室にリアを運んで、ミカエと二人、別室で今後のカレンへの対策について相談していた。
とは言え分かっていることなど殆どない。
あの場でどう戦ったのか、リアがどうしてやられたのかミカエに話したものの結局のところ、分かっていることといえば、カレンは怒っていて本気、そして触れずに体力だけを断つ斬撃を操ること。その強さは驚異的で、リアは二発、リムは一撃でやられた。
けれども、何故だかアタシには余り効かなかったということだけだ。
どうしてアタシには影響が少なかったのか、それは手加減してたのかそれとも何らかの耐性があったのか分からないが、結局のところそもそもの実力でカレンに劣っているのだから、勝ち目などありはしない。
やはり、降臨(アドベント)使えないアタシ達ではどうにもできない。
レアの時のように、狂って自滅をしてくれたならばと思うもののカレンにはそれは望めない。
それはカレン本人から戦い方を教わったから分かる。
道化のように遊んでいるようで、けれどそこには隙は無い。カレンと一緒にいる時、全て計算され誘導し、自分の都合がいい用へ展開するように。嘲笑と共にふざけているようで、同時に仕組まれているように感じる。
だからレアの時のような自滅は望めない。
なによりも、カレンはレアのように狂っていないのだから。
よって結論、現状アタシ達に勝ち目無し。
現状を打破する方法は思いつかない。そして何よりも、カレンがこうしてアタシ達を見逃している理由さえも分からないのだ。
以上、ここまでの状況整理。なにも分かっちゃいない。
とはいえ、現状に至るまでの経緯を話し終えて、流石はミカエだ。
アタシでは気づけないことと不可解な点を指摘する。
「なぜ、カレンの鎌はロプトルを斬れなかったのでしょうか?」
ミカエの指摘したところは、アタシがカレンの鎌に斬られて、切り傷が無かったことだった。
「それは…」
言われてみればそうだ。アタシは今までカレンに鎌で斬られて居るが、その傷は一切ない。
リアは骨を貫通して内臓を抉るほどに容易く腹を切り落とされているのに、あの後アタシはカレンに同じように鎌で斬りつけられている。けれど、その痛みと流れる血はあれど、切り傷はないのだ。
それは確かに不可解と言えばそうだ。
けれどなぜ?
「それとカレンの不思議な力です。その力で首を斬られたリアはアナタと同じように切り傷は無かったのでしょう?」
「うん…。ただアタシもやられたから分かるけど、斬られた痛みとそのれのせいか、走った後みたいに体が重くなった」
そこは、普通にカレンにアタシが斬られた時と感覚は変わらないのだろう。実際受けてみてそうだし。
「なら、普通にアナタがカレンに切り裂かれるのと同じものなのでしょう」
それは恐らくそうなんだろう。自分が斬られることと同じという話はなんとも複雑な話ではあるが、多分そう。
「それが、カレンが力を使ったことで明確に効果として現れた。それは普段からロプトルがカレンの力を受けやすいのか、それとも……」
「それとも?」
なにか含みを持たせ、言うのを戸惑ったのかミカエは言葉を詰まらせる。
見つめるアタシに意を決したのか、答えを告げる。
「同調」
「同調?」
「はい」
オウム返ししたアタシにミカエはうなずいた。
「ワタシ達の力は聖器(ロザリオ)に感情が載せることで発動しますよね」
「うん」
「その中にある、力の使い方にある共感。これではないかと。
この力はリアが使っていた通り、力を使う相手と自身の思いが合致することで力の能力を増す。あるいは相手の力に対する耐性を薄くすることができます。
ロプトルとカレンの場合もそれではないかと」
「確かに。アタシはカレンのことが嫌い。それがカレンの能力を受ける抵抗になっているってこと?」
その問いに、ミカエは頷く。
確かに、アタシはカレンのことが嫌いだ。理由は分からないけれどもあのふざけた態度と振る舞い見て言葉を聞いていると、何故だか腹が立って仕方がない。
正直なところ、理不尽極まりないがそこに居るだけで不愉快とすらいってもいい。
存在そのものが受け付けられないのだ。
だからなのだろうか。
アタシがカレンを嫌っているから。だからカレンの力に対する抵抗力があったということになるのか……。
「とはいえ、それは憶測に過ぎません。レアと違って力の源となる感情は隠ぺいされていてカレンの力は受けてもなんの感情も感じませんし、ロプトルもそうでしょう?」
「それは……うん……」
確かに。何も感じなかった。それは感受性の高いリアですらそうなのだから、ミカエのいう通り隠ぺいされているということなのだろう。
道化じみて何を考えているか分からないその行動に相応しく。力を受けても殺意があるということしかわからない。
「それでも結局は予測に過ぎませんけど……。もしもの時はアナタが頼りですよ」
「え? あ、うん…」
カレンの力に対抗できるのはアタシしか居ない。だからミカエに頼りにされている。正直なところそれは凄くうれしかった。嬉しかったのだけども、一瞬なんだかもやもやとしたものを感じた。
なんだろう、嬉しいとは別に少し怖くなったようなこの感じは。
「どうしたのです?」
「うんん、なんでもない」
きっと気のせいだろう。カレンと戦うことを考えると怖さは確かにある。それを少し感じただけに違いない。
「それより、これからどうするの?」
「そうですね。とにかく今はリアが目覚めるのを待ちましょう。幸い、カレンはこちらへ自ら仕掛けてくる様子はなさそうですし、リアが起きてからリアとリムの二人を含めて四人で話します。
それまでは念のためここに隠れて居るしかないです」
「えぇ、ずっとここに――」
「わっ!? ーーな、なに!?」
「これは……」
突然大きな地響きと共に地下全体が大きく揺れる。
それはしばらくして収まって、アタシ達は顔を見合わせた。
「いまの……」
「守護(マリア)が消されたのかも知れません」
「じゃあ、またギニョールが街に!?」
「かもしれません」
「なんで!? そんなことしても街の人はもういないのに! そうしてカレンはそんなことするの!?」
街にはもう人はいない。アタシ達以外は全て死に絶えてしまっている。
だから、アタシ達でも簡単に対処できるギニョールを街に入れる意味など殆ど無いのに。なぜ今それを。
意図がまったくわからない。
どうして――
「っ――!?」
「今度はなに…」
突然凄まじい破壊音が鳴り響いて、今度はさっきよりも大きな振動で地下室が大きく揺れた。
まるで、外で何かが爆発したような単発的衝撃のような感じの。
「今の、外の教会で何かあったのかもしれません」
「なにかってっ、冷静に言ってる場合じゃないじゃん!」
「ちょっと、ロプトル! 外は危険ですっ!」
アタシはミカエの言葉も訊かず、慌てて外へと地下室から飛び出した。
「―――。
どうして……」
地下の扉から飛び出したアタシが見たものは目を疑いたくなる事実だった。
「教会が、壊れて……」
後から地下室から出てきたミカエが、同じ方向を見て膝を落とす。
アタシ達が見た先、そこには、何かに砲撃されたのか半分破壊されて瓦礫の山となった教会があった。
カレンが攻撃をしてきた?
その可能性が一番だ。
ただ、今は教会が壊れたことを悲しんでいる場合じゃない。
「ミカエ…」
「ロプトル?」
群がるギニョール。
数人、半壊した教会の敷地の外から黒炎に燃えてユラユラ揺れながら迫ってくる。
協会の外には数百を超えるギニョールがいるんだろう。
こうして、警戒している間にも無数に餌に群がる害虫のように集まってくる。
そんなおぞましくも恐ろしい光景に、アタシは恐怖よりも今は、ただカレンへの怒りが強くて――
「教会をっ、アタシ達の家をよくもおおおおおっ!」
怒りを吐き出すかのように叫んで、同時に創形させた氷の鎌をギニョールの群れへ投げ飛ばした。
「凍れエエエエエエエエエエエエッ!!」
クルクルと回転してギニョールを上下二つに分けながら飛んで、群れの中心ほどで鎌は砕け弾けて、塵同然の氷片が舞う。瞬間、そこを中心に周囲は凍りギニョールごと氷塊となって更に膨れ上がり氷山となった。
それで百近くは停止させたが、それでも氷山の向こうから、それどころかアタシ達を囲むように別方向からも集まってくる。
「はあはあ……。カレン、自分でやりにくるんじゃなくて、こんな嫌がらせみたいなこと……」
許せない。許せない。よりにもよって、ミカエの教会をアタシ達の家を壊すなんて。
こんな、こんな――
こんな酷いことッ!
「このっ」
怒りに任せて再び創形させた鎌をその場で振り下ろし、地面に刃が突き立つと地面が凍って真っすぐそれはギニョールへ広がり、凍った地面に触れたギニョールがそれに巻き込まれて更に凍っていく。
「凍れ、凍れえええ、全部凍れエエエエエエ!」
「ロプトル……」
近づくギニョールを周囲ごと残さず凍らせて、氷山と化す。
そうして、全て収まると辺り一面氷漬けとなった氷は砕けて、さらさらと砂のような氷片となり舞い散って、ダイヤモンドダストのように霧か霞かかりそれが風に吹き抜け晴れる。そうして、辺りにはギニョールの姿が一人も残さず消え去っていた。
「はあはあ、はあはあ……。
やっぱり、アタシのせいで……」
アタシのせいで教会まで。アタシがいたからこんな事に……。
アタシが近くにいるせいでミカエが不幸になる……。
なら、やっぱり。
「ごめんミカエ。やっぱり……アタシ、行かなきゃ」
ミカエを不幸にするぐらいなら離れたほうがいい。それに、こうなったのはアタシが城へ鎌を投げたりしたから。
それで、カレンと会ったからなんだ。
だから。
「ロプトル!」
走り出した。
もう一度、カレンと戦って倒すため――
「って、ぐえっ――」
アタシが走り出すと、突然お腹になにか巻きついてそれがつっかえ、そして引っ張られてその場に尻もちをついた。
え、ていうかなに?
お腹すっごい痛いんだけど……。
驚いて、お腹を縛るそれを何とか触る。
「鎖……、ってミカエ」
鎖に力が入り、アタシの体を持ち上げ宙に浮く。
「いいましたよね。拘束してでも止めると」
「こら、ちょっと放してっ!」
バタバタと暴れるも鎖は緩まず降りられない。
「気持ちは分かります。ですが、行ってはダメです」
「なんで! アタシのせいなんだよ! 教会がこうなったのも、もとはと言えばアタシが城に向けて鎌なんか投げなければ!」
そうだ、自分が全て悪い。
アタシがいなければこんなことにも……。
そんなアタシを無視して、ミカエは強くアタシを睨んでいた。
「確かに、アナタのせいかもしれません」
「そうだよ、だからアタシなんかミカエの近くにいない方が」
だから、いない方が。なのになんで止めるの?
「ですが――」
そこで、アタシは宙からゆっくりと降ろされ地に足がつく。鎖が離れる。
「それとこれとは話が別です」
歩み寄ってきたミカエの左手がアタシの左腕を掴んだ。
「なにが!?」
振り払おうと腕を振るも、ギュッと、掴む力は強く簡単には振りほどけない。
「貴女が居なくなったところで、状況は変わらないでしょうっ!」
「だからアタシがカレンを倒せば! アタシがそれで居なくなればいいじゃん! そしたら不幸になる人なんていない! アタシがいるとみんな不幸になるんだ! だから! だから……」
その時、アタシの腕を掴むミカエの手に力が入った。
「ふざけないで!」
「っ――!?」
右頬に衝撃が走る。
突き抜けた衝撃にアタシの首は右に曲がる。
「そんなハズないです!」
「ミカエ……」
「不幸になんてなっていません。誰が貴女のせいで不幸になったなんて言いました!? 誰もそんなこといっていないでしょう! 今になって勝手に自分のせいにしないでください! 最初の試練の時にワタシ達みんな自分のせいだと言ったではないですか! あの時、貴女は何も言わなかった! なのになんで、今になってそんなこと言うんですか!?
ズルいですよ! ひどいですよ! ワタシ達は誰一人貴女のせいで不幸になってるなんて思ってないんですよ……。
だから、そんなことを言うのは……」
「ミカエ……」
アタシの腕を握るミカエの手の力が緩む。
それから、ミカエは膝をアタシの目の前でついた。
気づけば、その瞳には涙が浮かんでいる。
そして、揺れる声色で言葉をつづけた。
「いいですか……一緒に居るから不幸になると、今あなたがワタシの前から居ないというのなら、それが……それこそがワタシにとっての不幸です……。
ワタシを一人にしないでください」
アタシの服を掴んで、懇願するように願うミカエ。
それに、アタシは何を言えばいいのか分からず、何も言い返せなかった。
だって、ミカエだってズルいじゃないか。
それはないよと、泣いて居なければ言ってやりたい。
アタシがいれば不幸になるのに、アタシが居なくなることが不幸だなんて。
ギリッと、やりきれない気持ちに奥歯をかみしめた。
「じゃあ、アタシはどうすればいいの! 一緒に居てもダメ! 居なくなってもダメ! 勝手なことを言わないでよぉ、アタシがどんな気持ちで今まで居たと思ってるの!
もういやだよぉ、こんなの、泣きたいのはこっちなんだからぁ!」
「だったら、一緒に居てください! どっちもダメだっていのなら! 離れないで下さい! ミカエが居なくて不幸になるぐらいなら、一緒に居て不幸になった方がマシです!」
それから、アタシ達はそこで泣いた。
どれくらい泣いていたのかわからないけれども、アタシ達はその場で泣いて、それから落ち着いてから危険だと判断し、地下室へ戻りリアの安否を確かめて二人で別室へと戻った。
「ねえ、ミカエ」
「はい。なんです?」
「アタシみんなに嫌われるためにイタズラしてた。アタシが居るとみんな不幸になるから、だからそんなアタシに誰も近づかないように、不幸にならないようにって。
でも、ミカエもリアもリムも、教会のほかの子も、何をしてもアタシのことを嫌いにならなかった」
それがものすごく、気味が悪く怖かった。
だというのに、ミカエは微笑んでみせて――
「当たり前です」
なんて言ってくれて、続ける。
「いいですか、そもそも貴女が居るぐらいで不幸になったりしません。むしろ、貴女がいるからこそ幸せなのですよ。少なくともワタシはそうです。
ロプトルが居てくれるからうれしいし寂しくない。貴女の持ち前の明るさがワタシに元気をくれるのです。
だから、例え貴女の聖器(ロザリオ)が呪いの道具だろうと関係ない。
だって、ワタシはロプトルが好きなのだから。その程度で嫌ったり遠ざけたりしませんよ。ここに、ワタシと一緒に居るべきです」
そう言って、アタシの頬にミカエが手を触れる。
顔と顔、吐息を感じるほど近くにミカエがいる。
それはなんだか恥ずかしかったけれども、アタシのことを必要としてくれていること、そしてなによりも好きと言ってくれた。
その事が嬉しくて嬉しくてたまらなくて、アタシも同じようにミカエの頬に手を当てた。
「………」
すぐ目の前にミカエがいる。
くっついて触れあって、彼女はアタシがここにいていいんだと言ってくれるミカエが。
「どうしました?」
「うんん、何でもない。
あのさ……ありがとう」
「ええ、絶対にワタシから離れてはいけませんよ」
「うん」
認めてくれるミカエがいる。アタシはここにいていいんだと、誓って言ってくれるミカエがいる。
今はそれでいいんだと。それがいいことなのかどうなのか分からない。
アタシもミカエが大好きだ。だから今は離れたくない。このままずっとしていたいと思った。
「………」
「………」
お互いの瞳が重なり合い、見つめ合う。
「ミカエ」
「ロプトル」
「―――」
そうして、自然とアタシ達は唇を合わせていた。
「………っ」
柔らかな感触と少しの熱気、くっつきあう体は柔らかくて暖かくて。
こんな、心地よくて幸せな気持ちに初めてだ。
「なんだか恥ずかしい」
きっとアタシ今顔が真っ赤なんだろうな。
「ワタシもです」
みれば、ミカエもほんのり頬を赤く染めている。
一緒だ。
そのことが嬉しくて、不幸しか振りまくことしかできなかったアタシが、いま幸せをミカエに与えていると思うと嬉しくて仕方ない。
だから――
「もう少し」
「はい…」
「このままでいて――」
「ええ、少しじゃなくずっとでもいいですよ」
「うん」
言われ、たまらなく嬉しくて、アタシはミカエはもう一度ミカエと唇を合わせた。
■
そして――
「ゴメンねミカエ」
いつの間にか寝入って居たようで、多分だけれども体感時間的に今は深夜だろう。
夜はあの死神が一番活発に動く時間帯。
夜は死者の時間だとかとうとか知らないけれども、昼夜ほぼ逆転しているカレンは夜中に起きて昼間は寝ていることが多かった。
活動時間的な話で言えば、今が彼女のベストテンションでの動きができる時間だ。
ゆえにこうしている間にも何かしら行動を起こしているかもしれない。
それが分かっているのだから、先に手を打たれる前にこちらか行動すべき。
「………」
というのは結局建前なのかもしれない。
結局はミカエやリアに心配や怪我をして欲しくないから。
だから、アタシは一人で行くと決めた。
今行ってもアタシは勝つことは、難しいどころか圧倒的な力の前に負けるかもしれない。けれども、だからこそなんだ。
みんなの為にも、誰かが不幸になるなんてもういやだから。例え道ずれにしてでもカレンを倒す。
そう誓って。
「だからゴメンね。ミカエがアタシが離れると不幸になるって言ってくれたのは凄くうれしかったよ。でもね、同じようにミカエが傷つくのはもっといやなんだ。だから絶対負けない」
感情をかみしめて。誓って。
起こさないように、静かに部屋を出る。
「リア……」
隣の部屋で眠っているリアの部屋へ、同じように最後に顔を見ておこうと彼女が寝ている部屋の扉を開け、彼女のベッド横に立つ。
「すー…すー……」
「ホント、間抜けなぐらい幸せそう」
戦いがあったことなんてウソのように、穏やかな寝息を立ててリアは眠っている。
それがなんだかうらやましくも微笑ましかった。
「アタシも、アンタみたいに夢に閉じこもっていれば幸せだったかもね」
リアの幸せそうな顔を見てなんだか気の抜けそうになる気分を引き戻す。
「でもね、リアがいてくれたからアタシは自分の呪いと向き合えたんだよ。だから、リアも自分と向き合って。アンタはもう立派な勇者なんだから。あんまりリムにばっか世話駆けさせんじゃないよ」
こんなこと、リアに言えばリムに怒られるんだろうけど、きっと最後だから。
言っておきたから。
「正直リアのことは、アタシのイタズラよりもみんなめんどくさいと思ってたよ。
たぶん……。
ごめんね。悪気はないんだ。ただ、アンタが特別なのはアタシもミカエも知ってたから。知らないのはリアだけなんだ。
きっとどこかで分かってた」
アタシもミカエも、自分のせいで試練が起きた。そうやってせめていたけど。
そうじゃない。
「リムとリアが同時にアタシとミカエの前に現れてから」
今思えば、カレンが訓練をつけてきたのはこのためだったと。
「だから、ミカエをお願い」
リアなら絶対に試練を乗り切れるから。
リアの寝顔をこの目に焼き付けて。
アタシは部屋を出ようと振り返る。
と、その時だった。
「――って……」
「え?」
「ま――って」
部屋全体に響くように、微かに声が聞こえた。
「お願い。待って」
次いで今度はハッキリと。
それも、響くような声ではなく背後から。
「だれ?」
振り返って見てみれば、アタシがさっきまで居たリアの枕元に彼女は居た。
真っ白な、潔白で純粋さといえば良いのだろうか。
とにかく白く、そこに存在を浮き彫りにして現しているかのようで、同時にか弱く触れれば壊れてしまいそうな繊細さを感じる。
白く、そして壊れそうで。
そこに居ること自体が偶然の重なりでできた奇跡のような。
一言、神々しい。
見とれる程に美しい彼女はそこにいて、同時に違和感も覚えた。
「リム、じゃないよね…」
そう、最初はリムなのかと思った。
無論のこと、纏う性質からそれは違うのだとすぐに分かったが、それでも元々瓜二つのリアとリムとそっくりなのだ。
だからこそ、余計に違和感と共にリアが心配になり、少し眉をひそめて彼女のことを見ていた。
そんなアタシに、彼女は頷いてから疑問へ、まるで心を読んでいるかのように単刀直入に答えた。
「大丈夫。リアは眠っているだけで、夢も見てない。リムはちょっと、お休みかな。多分リアが起きる時には戻ってくるよ」
「そっか……」
微笑んで、言われアタシは胸をなでおろし安心してから彼女は向き直る。
「それで、アナタはだれ?」
「エリーゼ」
「エリーゼ?」
問い返したアタシに彼女は小さく頷き、話を続ける。
「驚かないんだね」
確かに、突然現れたエリーゼという彼女に驚かないといえばウソではあるけれども、正直、服装と雰囲気は違えど見知った顔。
そんなに驚く理由がない。
その考えをまたも読んだのか、彼女は又も小さく微笑み言う。
「まあ、そうだよね。リムを知ってるんだもん。そう簡単に驚かないか」
「それは、そうだけど。ありえないことが起きすぎて、もう慣れたっていうか……。
非常識に警戒しきってるて言うか……。
でも、敵じゃないっていうのは分かるよ」
漂わせる雰囲気にはこれといった敵対心など、いわゆる危険な感じはしない。
むしろ、聖なるモノ的な象徴感じも感じるくらいだ。
それは余りにも穏やかすぎるというか、マイペース過ぎるとも言ってもいい。そんな雰囲気に自然とアタシは飲まれていて、だからこそ、敵ではないと認識をしている。
「うん。ありがとう。
ゴメンね、呼び止めて。でも、知ってほしかったから。アナタとカレンの因果と業を」
「それはどいう?」
問うと、彼女は両手を差し出すように広げ、その手の中心に真っ白い強い光が溢れる。
「っ――」
溢れた眩い光は球体となって更に輝き、アタシが目を閉じて開けると、光は収まっておりそこには一冊の黒い革表紙の本があった。
「はい」
そうして、その本を彼女に、エリーゼに差し出しされた。
「これは? リアの絵本……」
差し出されたされたのはリアの絵本だった。
ほぼ毎朝絵本の読み聞かせで見てきたのだから、見間違えるはずもない。
間違いない。
でも、なぜ今それが?
それも、エリーゼの手に。
「ここにアナタとカレンのことが書かれてる。
どう捉えるかはアナタ次第だけど、きっと何かの助けになるはずだよ?」
「アタシとカレンのことが……。
でもなんでそれを……」
そうだ。
この本はリアの聖器(ロザリオ)のハズ。
こればかりは、リア本人でしか出せないもののはずなのだ。
そうであるのに、なぜ彼女はそれを?
リアと同じ、もしくは似たような聖器(ロザリオ)を持っているのか?
それとも別の何かなのかなのか……。
分からないけれども。
アタシはそれを受け取った。
理由はどうあれ、アタシはアタシのことと、カレンがどうしてあんなにも嫌いで、カレンもどうしてアタシのことを嫌うのかが知りたかったし。
それに、これにもしかしたらカレンに勝つためのヒントがあるかもしれないとも思ったから。
「あっ……」
本を受け取ると、彼女は凄く悲しい顔をして目を伏せてそう言って、薄れゆく。
「ごめんね。ワタシができるのはここまで。
きっとワタシがなんなのか気になると思うけど、今は言えない。でもきっと最後にはわかることだから。
そう最後には」
終わりに告げたその一言はまるで自分に言い聞かせるようで、頷いて真剣な瞳をアタシは向けられる。
それから、そこにいなかったかのように最後には消えてかけて――
「このことは、内緒……」
最後にそう言い残し、しーっと右手の人差し指を唇の前にたてて、薄く笑みを漏らすと彼女は消えていった。
「内緒か……」
それも、きっとリアの為なんだろうな。
つくづく彼女は特別なんだと、こみ上げてきたうらやましいという気持ちを噛み殺しながら、アタシにはアタシしかできないことをするために、アタシはリアの部屋を後にした。
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