第34話 街探索
翌朝。なのだろうか。わたしはいつも通り花壇へと水をあげていた。
世界は未だ、赤黒く、混沌として、そして静かに。
真っ赤な月明りに照らされて、草木が赤色に反射して発光し、じょうろから出てくる水も赤く光で染まってまるで血を花へあげているような光景であった。
すべてが赤く赤く染まって、夜なのか朝なのか見た目の判断がつかない。
時計は朝の時間なのに……。
試練は確かに乗り越えたのに……。
世界は依然として試練の夜のまま。状況は変わらず。
いや、試練の時よりもより状況は酷くなっているに違いない。
異常は試練特融の真っ赤な夜にとどまらず、世界を赤く染める大きな月には一つ大きな黒い影が現れていた。
「城……」
恐怖を抑えながらも、上を向きその影を見てそこにある真っ黒の浮遊する城を視認してぽつりと呟いた。
幾つもの塔が重なり、繋がってできた黒いレンガ組の見たことない装飾達。赤い光を照り返しながらも、その黒さと高貴さは、あの血だまりの月にすら一切侵すことができないほどの高貴さを放っている。
城のあるあの空だけ、恐怖という感覚を上塗りして、高貴という形容できない透き通った感覚が空間を静止させ時すら止まっているかのようだった。
浮遊する闇黒城。
それはまるで物語に出てくる魔に乗っ取られた王国の城。お姫様が囚われているような。勇者を待つ魔王にはふさわしいくも美しすぎるソレ。
「…………」
まがいなりにも敵の本陣であり、この現象の元凶であろう物に、綺麗でうらやましいと思ってしまう。
だって、アレが、あれこそがわたしの憧れだから。
形はどうあれ、それだけは変わらない。
お城に住まうお姫様……。
それがわたしの憧れだから。
あそこへ行ってみたい。勇者としてではなく、あの場に住むお姫様として……。
そして勇者に救ってもらうのだ。
そう思って、まやかしを消そうと首を慌てて振った。
あれは敵の本陣だ。あそこに魔王が居る。
魔王。あの黒くも煌びやかなお姫様が。
あの人はこの世で最も邪悪で誰よりも美しい。今のわたし達には到底かないようのない人。
目の前に立った彼女を見ただけでそう認識させられて、深く心へと刻み込まれてしまった。
あの人には絶対に勝てやしない。
元々レアが出した正体不明の腕にすら太刀打ちできなかったのに、何を言っているという話だが、あの人はそんなレベルの話ではない。
高貴さが違う。
実力が違う。
意志の大きさが違う。
わたし達が苦戦した黒い腕を容易く消し炭にした事実もあるが、目の前に立っただけで実感するほどに全てが規格外なのだ。
勝てるわけがない。
きっと彼女にとって、わたしたちなど息をする程度の圧で殺すことなど容易ない。
そう断定ができるほどに力量差は天と地の差であるのに、どうしてわたし達へと試練を下すのか。
試練など無意味なほどに、圧倒的なのに…。
たとえ勇者となったとしても勝つことなんて……。勇者の資格があったとしても、勇者になったとしても勝ち目なんてない。
「なのになぜ……。試練なんか……」
疑問はついえない。
現状、カレンも居なくなり、試練も終えたのに世界は赤い夜のままだ。これからどうすればいいのか、いつ次の試練がくるのかも分からない。
「せめてカレンだけでもいてくれたら……」
呟いて、見上げた顔を下ろして赤く煌めく花壇へと視線を戻す。
カレンは消えてしまった。というよりも帰ったのだろう。あの天に浮かぶ魔王城へ。あくまでもカレンは私たちが第二の試練を乗り越えるためにいただけだった。だからその役目が終わったから帰っただけ。いいや、この場合は敵へ戻ったというべきだろうか。カレンは元々は敵だ、それがただ目的のためにわたし達を利用していたにすぎない。
と、頭では分かっているけれども。
きっとカレンとはどこかで戦わなくてはいけない。それが本来の彼女の役目であり、試練という構造なのだろう。
レアが第二試練に現れた事実。それを考えればカレンを含む、魔王に従える彼女らと戦いそれを踏破することが恐らくは試練を超える方法。
であれば、カレンの役目は間違いなくわたし達の前に立ちふさがることに違いない。
残り3人。
カレン。フレデリカ。クリア。
その三人を倒せば試練は終わり、あの魔王へと挑むことになる。そうして勝てば元の毎日に戻ることができる、きっと。
だけど――
その時わたしは、戦えるのだろうか……。
カレンは敵。それはそうだ。間違いは無い。散々、訓練といってボコボコにされたし、殺されそうにもなった。そんなことは頭でわかっている。
でも、それでも、わたし達の為に一緒にピクニックをして、楽しんでいたのも事実。あの時のカレンは怖くなくて一緒にいて楽しかった。
だから、わたしの中ではカレンは正直なところ友達も同然となっている。そんな相手に百パーセントの力を出して戦うことができるだろうか?
カレンだって、本当は戦うことを望んでいないのではないのだろうか?
あのピクニックの時の様子からそういった感じすら伺えたゆえにわたしはなおのこと戦いたくないと思う。思ってしまうが……。
いずれにせよ、今のままではいけない。どうにかして、例え魔王に勝てなくても、カレンと戦えなくても、なんとかしなければいけない。
でもどうやって……。
そうやって、悩んでいるところでじょうろの水は無くなって本日のお水やりは終わった。
「もう一度街に行って、なにかないか探してみようかな……」
どうせすることなんてない。
だったら、この夜を終わらせる為に何かしら手段を探した方がいい。その為にもう一度街に、レアと戦った場所へ行って見れば何かあるかもしれない。
何故ならば、既に街の痕にはもう……。
「リア」
「お姉ちゃん」
じょうろを片付けたところで、お姉ちゃんが教会の入口の方から来て声をかけてくれた。
「外はどうだった?」
「ダメだった」
わたしの問いに険しい顔をすると、そう言って首を左右に振るおねえちゃん。
わたしがこうしてお花の世話している間に、一足先におねえちゃんは街の様子を見に行くと言って先に街を見回りに行っていた。
そして、結果は語るまでもなく、第二試練の傷痕は想像を遥かに超えるモノでそれは一晩明けた今でも変わらなかったという。
「……ねえ、おねえちゃん。この後、わたし街へ行ってきていい?」
「いいけど……。一緒に行こうかしら? 見て回って来た限りだと危険はないみたいだけど、まだ何かあるか分からないし」
「うんん、一人で大丈夫」
「分かったわ。でもきおつけてね。まだ何か起きるかもしれないから」
「うんっ、じゃあ行ってくる」
なんというか、一人で行きたかった。
おねえちゃんと一緒に行けば確かに安全だろう。けれど、それを突っぱねても一人で現実を見るべきだと思った。
見て、考えないと、と。おねえちゃんばかりに頼っていてはダメだから。
いいや、違うなきっともう一度街へ行って、悲しい顔をおねえちゃんに見せたくなかったのかも知れない。おねえちゃんに心配はさせたくないし。こんな時だから、しんみりした感じにもなりたくないから。
そうやって考えながら、教会の敷地から出て街へと向かう。
■
そうして足を運んだ街の商店街はこと静かなものであった。暗く赤く照らされた街は今にも亡霊でも出てきそうな地獄の雰囲気をしていて、同時に虚無感に襲われ、本来感じるはずの恐怖すら感じないほどに静かだった。
「全部壊れちゃった……」
不意に呟かれた言葉にわたしは、悲しくなって声をかけることもできなかった。
すべて、壊れてしまっている。
前日の惨劇のあと傷とそれに見合うほどの流血の後は残っているものの、破壊された街には呟いた彼女以外の人の存在一つ残っていない。
商店街とは、元来大勢の人でにぎわうものだ。
そこに誰一人居ないという異常は、言われた通り壊れたという表現はあながち間違ってはいないのだろう。
だから、壊れている。
聞いて抱いたことは同じ。
わたし達の世界はもう壊れてしまった、完全に、欠片もの修復の余地などなく。
それが悲しくて、怖く、でもどうすればいいのか分からなくて、広場の中心で街を見て呟き立っていたロプちゃんへ近寄ってそっと、横に立った。
「リア」
気づいたロプちゃんが、わたしを呼ぶ。
「何してたの? ロプちゃん」
「何も……。リムに付いて街に来たけど、なんだか帰りたくなかったから先に帰ってもらったんだ。それからずっと、街をずっと見てた」
「街を……」
二人で荒れ果てた街を見る。
何もない。壊れた街。レンガ造りの建物は砕け、露店はひしゃげて木々は粉々、まともに真っすぐ歩けない、廃墟同然の有様だ。
そんなモノを見て何か楽しいことでもあるわけないのに。
「まるで、アタシの心の中みたいに何もない。リアなら分かるでしょ? アタシの夢に入ってきたから」
「う、うん……」
言われ、見える景色の雰囲気とロプちゃんの夢の世界を思い出して照らし合わせる。
何もない街道、虚無で居ればその空虚な世界に恐怖を感じる。それは全てを破壊されて誰一人として無いこの場と酷似していた。
「アタシね、この街が嫌いだった。街のみんなは全員アタシを虐げていたことを教会に入ってから、なにもなかったかのように忘れていて訳が分からなかったし。都合の悪いことを無かったことにして、ズルいなって……。
だから、そんなの全部無くなっちゃえばいいのにって思ってた。いるのはミカエだけでいいって、そう思ったのに……。
いざ無くなって見ると、案外、嬉しくも悲しくもない。アタシは一体なにに悩んでたのかも分からなくなったの。
だから、見てたら何か分かるかなって。そう思ったけど……」
「ロプちゃん?」
言って、瞳を閉じて顔を伏せる。
それからギュッと拳を握ってその力が強くなるのを感じる。
「腹が立つんだ」
開いた瞳は壊れた街を睨んで、その言葉は力強かった。
「あの時、アタシにもっと力があれば全部守れたんじゃないかって。試練を超えるための力の使い方も、嫌いなカレンに教わったのに……。
なのに、アタシが一番に倒れちゃって、気づいた時にはミカエが変なことしようとしてたし。
この街を見てたら、そういうのを思い出して、何もできなかった自分に腹が立つんだ」
「ロプちゃん……」
確かにレアとの戦いで最初に意識を失ったロプちゃんだけど、ロプちゃんのおかげでミカエちゃんは無事だった。
だからそんなに負い目を感じる必要はないのに。
むしろ、責められるべきはあの時、目の前を横切るミカエちゃんを止められなかったわたしであるべきなハズ。
そう思うと、声もかけられなかった。
その事で責められるのも怖かったし、なにより、言ってしまうことはロプちゃんを責めるようなことにもなりかねないと思ったから。
でも、そんなわたしの心配は無用だったみたいだった。
「心配しないで、リア」
ロプちゃんが突然その手に氷の鎌を顕現させて力強く握る。
ロプちゃんは激高している。誰かに怒る訳でもなく、ただ自分に怒って。敵へ敵対する心を燃やしている。
「アタシは大丈夫だよ。決めたんだ、この街を見てて。今度こそ、壊さないように守るって。ミカエも、リアも。
だからまずあの城っ!」
勢いよく振り返ったロプちゃんが、その勢いのまま自分よりも大きな鎌を空に浮かぶ暗黒の城へ投げ放った。
氷の鎌はクルクルと車輪のように高速で回転して宙を飛んで真っすぐ城へとゆくが――
「―――っ⁉」
瞬間、空中で氷の鎌は別の方向から数倍の速度で飛翔した別の鎌によって、氷の鎌はひかれるようにぶつかり粉砕された。
「あれは、カレンの……」
飛んで行っていた鎌を見ていたわたしは、その鎌に見覚えがあった。
ロプちゃんと同じ形の大きな鎌。
元々、ロプちゃんがカレンの鎌を模しているから形は似ている訳だが、だからこそ見間違えない訳がない。
氷の鎌を破壊したのは間違いなくカレンのモノだ。
それは空中で大きく旋回すると、砕けてきらきらと粉状になった氷の鎌の残骸すら切り裂いて飛び出した場所へと戻っていく。
「リア」
「うん」
あの鎌の飛んで行った場所にカレンがいる。そう二人の意見は合致した。
カレンであれば交渉しこの状況をどうにかできるかもしれない。なにより、現状について不明点が多すぎる。いきなり現れた黒い城についても、訊かなければいけない。
だからわたし達は顔を見合わせると、頷いてカレンがいるだろう方向へ向かうことにして、夜の街を駆けていく。
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