第31話 レア戦幕間 カレン&フレデリカ

「なってないわね。まるでなっていない」


 異界に落ちて悪魔の儀式に飲まれようとしている街の中、民家の屋根の上に立つ真っ白な死神は、狂気を呼び込む冷ややかなそよ風を浴びながら、死闘を見下ろし冷淡にも厳しい評価の元、感想をぼやいた。


 ただ、なっていないと。

 それは敵と、自味どちらかといえば敵であり、いわゆるリア達のことである。


「何がなっていないの?」


 そう訊かれれば、一言と。


「戦い方よ」


 と、何処からどういう風に姿を現したのか、いつの間にか背後に降り立ったフレデリカに、カレンは端的に突き放すように言った。


「ふ~ん。おまえがそんな厳しいことをいうなんて、なんの心境の変化? 

 バカみたい。肩入れしすぎじゃない? 珍しい」


 カレンの横で、背で両手を繋いで小さな童女らしい動作で同じように戦うレアらを見下ろして、フレデリカは詰まらなそうに、カレンのいつもとは違う振る舞いに珍しと思いつつもらしくないと罵った。


「戦い方を教えて、情でも湧いたの? だとしたら本当にバカねぇ」


 言われて。小賢しくもあざ笑うフレデリカに、態度一つ変えずに怒りもしない。そもそもフレデリカなど眼中にないかのように、カレンは鼻を鳴らしてただ冷徹に応答する。


「フンっ――なんとでも言いなさい。

 だけど、情は湧かないけど、このザマを見てカレンの苦労は何だったのかと怒るのは仕方ないでしょう」


 展開する拷問器具。応戦するリアら。見下ろす彼女たちの戦況を見て苛立ちが無いかと訊かれれば、それもまた無い訳では無かった。


 原因は諸々、細かく出したらキリはないが、大まかに彼女らの戦い方が原因である。

 なんだあれは。

 陣形は乱れ、相手の術中にはまり、傷を負い、挙句の果てには一人は戦闘不能だと?

 何一つ教えたことができていないではないか。


 白兵戦の基本から、戦術、そして力の使い方。一ヶ月ギニョール相手に叩き込んだとは思っていたが、流石にその程度では無理だったかと、無能どもを見ては自分の時間が無駄になった事実に、腹立たしさを感じざるおえなかった。

 それはもう、この場から鎌を投げつけて、あの場に居る全員の首を刈りとってしまいたいほどには。


「へえ」


 そんなカレンの心境を知ってか知らずか、フレデリカは関心したような声を漏らした。


「なに?」

「べつに。娯楽主義のお前でも、そうやって怒ることがあるのだと思って」


 その言葉に、カレンは視線を向けて一瞬フレデリカを見下すだけで返事を返さない。

 気分を害したのか、それとも単に答えるのが手間だっただけなのかはその酷く冷徹な表情からは計り知れないが、少なくとも、この程度で二人の関係がどうこうなるようなことではない。

 とはいえ、そもそも友人ではあるが、そこまでじゃれ合う中でもないのだから、そんな心配は当人達の中では一切ないわけだが。


 再び始まった死闘を眺めて一間はひらき、戦いを見下ろすフレデリカが口を開いた。


「それで? 状況はどんな感じなの? ぱっと見では、ハッキリ言ってあの子たちが劣勢ということ以外どういう状況なのか分からないのだけど?」


 眼下で戦い合う彼女達。レアの優勢は一目瞭然である。

 だが、あくまでそれは現状見た限りでの話だ。フレデリカとしては、ここまでどういった経緯でこうなったのか分からないし、なんの力を誰がどう使っているのかも見た目だけではわからない。

 フレデリカ自体、他者の能力を感じ取る第六感的なものが弱いという事もあるが、そもそも彼女たちの能力の基礎になっているのは感情である。

 力の大小が精神の状態で左右される以上、大事なのは見た目よりも、ここまで、誰が何をして、何を言って、どういったことが起きたか。

 という経緯である。

 全ての能力に感情が乗っているがため、共感性や逆境での勇気、発想の転換で戦況はがらりと真逆になることはありえなくない。

 だから、それを知った上でないと、この後の展開など判断しようがない。だから、フレデリカはカレンへ問うた訳だが――


 返ってきたのは感情の色の見えない一言だった。


「レアが降臨(アドベント)を使った」


 訊いたフレデリカが怪訝な顔をした。理解できなかったのか、そもそもレアが降臨(アドベント)を使用すること自体に疑問を持ったのか。それとも使ったこと自体が気に入らなかったのか。

 敵意に近いそれは視線だけ向けられるが、依然としてフレデリカなど無視してカレンは戦場を戦場を見下ろし続けて、言葉を続ける。


「あれが発動したということは、少なくともレアがここまで一方的な攻撃を仕掛けて、決定打を唐突に受けたということよ。それ以上でもそれ以下でもない」


「………」


 言われ、息を漏らして戦場へと視線を戻す。

 そうして出た感想はごくごく普通の物だった。


「悪趣味ね」

「へえ、アナタと似たもの同士じゃない」


 その返しをされた瞬間、ほんの瞬き程度の瞬間であるが、その場の空気が濁り息を詰まらすほどの衝撃をカレンはぶつけられた。

 

 だが、カレンは微動だにしない。

 それどころか、ただそこにいるだけでなにもしないないのにもかかわらず、フレデリカの圧はただ無意識レベルで、指先一つ視線一つ程度の些細な動きすらせず、それは相殺されていた。


 それに互いに何も言及することはせず、目の前の戦場についてただの話し合い程度に続ける。


「知っていると思うけど、あの能力は自身の受けた傷を事前に直接傷をつけた相手に全て返還する能力。でも、それ自体は別にさほど脅威じゃない。

 レア自体攻撃的だけれど、そもそも愛に酔っているアレが、相手に一撃を与えられるほどの技量は発揮できないから、ある程度戦い方が分かっている奴なら被弾などまずしない。シラフなら話はべつだけれどもね。

 ただ、今のレアだとしても仮に攻撃を受けたとしたら」


 そこで、カレンは含みを持たせ、一瞬間が開く。

 

「レアはもう一つ別に常態で念を垂れ流してるでしょ。

 あれはあの子が居るだけで勝手に発動するし、勝手に巻き込まれるから防ぎようはないわ。

 最初の試練の時はクリアが居たからかき消されていたけど、今はそうじゃないし。

 だから、もし仮にレアからの攻撃を受けてしまえば……手詰まりね」


 後は見ての通りと、視線で示す。

 それに、フレデリカはなるほどと、これまでの経緯を納得して、カレンに次いでフレデリカが口を開く。

 それは、これまでの感情のない会話と違い、敵意と嫌悪を放つ強い言葉で。


「どんな怪我でも、痛みを感じる以上、治しても痛みは消えない。

 痛みは愛だから、愛しているから傷つける。だから愛は気持ちいい。

 ……勘違いも甚だしい。反吐が出る」


 そう言ったフレデリカの瞳は、強く熱い恋情に溢れていた。同じ者に想いを寄せるがゆえの対抗心なのか、それとも、単にレアの主義主張が気に入らないのか不明であったが、少なくともそこにはレアと、相まみえないという恋敵に対しての敵意がむき出しになっていた。


 その言葉に、フレデリカへ珍しいなどと思い視線を一瞬だけ向けて、フッと鼻でカレンはあざ笑っただけだった。

  

「まあ、いい趣味とは言えないわね。

 痛みを跳ね返す条件として、一定以上強い刺激、少なくとも指一つ折れるぐらいの痛みを受ける必要があって、しかも一度跳ね返せばもう一度傷を与えて対象を固定しないといけない。

 痛みを与えることでしか好意を示せないレアらしい能力と言えばレアらしい能力とだけど、

 痛みを受ける事と、相手に痛みを与えること、どっちが目的なのでしょうね。アレ。


「知らない。あのバカはそんなこと考えてないでしょ。ただ、自分が良ければいいだけなんだから。バカみたい」


 破綻している。

 そもそもが好きなのに傷つけるという自体が矛盾した思想であり、それだけではなく、レアはその目的すらも自分の快楽と愛のどちらを取っているかも理解していない。

 狂っている。

 あれは、もはや身に残留する痛みに心をやられて、疲弊し擦り切れている。救いようがない。

 だが、二人はそんなレアに同情などせず、むしろカレンはレアを愚弄して、フレデリカは嘲弄をした。


 残留する痛みは幾つか。

 指の爪は剥がされ。瞳がえぐられ。焼けた鉄棒を打ち付け垂れる。常人では意識を保っているのが、ありえない痛みをいくつも残留させ生きている。

 そこまで苦しみながら、例え快楽を求め狂おうとも愛を謳うレアに、彼女らは敬意はないが憧れはあった。

 あの、執念。あの、執着。

 煮えたぎり、どろりとした邪的なものではあるが、それを体現し示す想いは間違いないなく人の心を動かし、世界すら転覆させるものに他ならない。


 だからこそ、同時に強く否定した。

 フレデリカは自身の信じる愛情ゆえに。

 カレンは、アレがまかり通れば誰も幸せになれないと。


 だからバカにする。知りつつも切り捨てる。


「まあいいわ」


 脱線した話を戻し、カレンはもういいと全てを見切って、黙って戦いを見下ろす。

「フレデリカ、アナタはまだ見ていきます?」


 その問いにフレデリカは一瞬レアを見下し、瞳を閉じて――


「バカみたい」


 呟いて、カレンと同じく結末を見切ったフレデリカは、それから会話もなく二人はただ見下ろす。

 そこから会話は一切なく、二人はただ、熱い視線で結果を期待しているのであった。


 果たして二人が見切った結果とは……。

 死闘は今なお続く、だが彼女らは結果を確信して、だからこそ不敵に笑い、見下す。

 異界に沈む街と、破滅のカウントダウンだけがただ迫っていた。


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