第27話 レア導入
ピクニックから翌日、わたしはいつも通りというか久しぶりに花壇のお花にじょうろでお水を上げていた。
今まで、薔薇が全滅して何もしていなかったが、お花屋さんからもらった一杯のお花を植えることで、一角だけだけれども立て直した花壇のお花たちへ優しくお水を与えていた。
昨日は楽しかったな。そう思いながら、ふと思い出すと面白おかしくて笑みがこぼれる。久しぶりに、みんなであんなに騒いだ気がする。
前までは子供たちとのふれあいや、ロプちゃんやのいたずらで賑やかな教会だったけども、ここ最近はぱったり静かだったから。
ロプちゃんも最近はいたずらしないし……。いや、しないこと越したことはないのだけど……。
それにしても、昨日は楽しかったな。
キスしたり、カレンがキス魔になるとは思わなかったけど。
「………」
唇に触れて、あの時の感触を思い出す。
暖かくやわらかい。熟れてしっとりした感覚は、名残惜しくも唇と記憶に焼き付いている。
触れる指よりも柔らかくて、感触だけで幸せで甘い感触。思い出すだけでうっとりと、幸せな気分になりそうでもう一度と思ってしまう。
「リア? どうしたの? そんなにボーっとして」
「ぴゃいっ⁉」
惚けて手が止まっていたわたしへ、背後から唐突に声がかけられて奇声と共に思わず飛び跳ねた。
「お、ねえちゃん。――あっ」
声をかけたのはおねえちゃんで、力が抜けていたのか、気づけばお水はじょうろの口からからすべて花壇の外の芝生に向けて垂れ流し地面がべたべたになっていた。
「大丈夫? ボーっとしていたみたいだけど」
「えっと、だ、大丈夫だよっ。はーっ……」
不意打ちに驚き、今まで何を考えたのか吹っ飛ぶぐらいに心臓がバクバクする。深く深呼吸をし、胸に手を当てて、心を落ち着かせておねえちゃんへと向き合う。
はあ、びっくりした……。
「なあに、おねえちゃん」
「特に何かあるという訳ではないのだけど。暇だったから。それよりリア、何か深く考えごとしていたようだけど、何を考えていたのかしら?」
「何って……」
思わず思い出して、顔が熱くなる。
「なっ、なんでもない?」
「―――? でも本当に? 顔が真っ赤よ。熱でもあるのじゃない?」
「ふぇっ」
不意におでこにおでこをつけられて、本当に熱でもあるんじゃないかと言うぐらい頭が沸騰して視界がぐらつきすらする。
「もう、おねえちゃん。熱なんてないよ」
「そう? 少しあつい熱いみたいだけど」
「だっ、大丈夫」
無理矢理に、おねえちゃんの体を押して放す。
緊張と恥ずかしさで倒れる寸前で難を逃れて、話をそらそうと、わたしはおねえちゃんへとじょうろを差し出した。
「どうしたの?」
「いっしょにお花にお水あげよ」
「そうね」
少し不審に思われたものの、おねえちゃんは優しく微笑んでくれて差し出したじょうろを手に取ってくれる。
それから、二人で井戸から水をくみ上げて、一つずつじょうろを持って花壇へと戻ってきた。
「どこへかければいいの?」
「ん〜と、さっきそっちの方は終わったから、こっち。全体的にお水をあげてないお花がいないようにお願い。わたしはこっちをするね」
「分かったは」
そう言って、先ほどまで水を与えていた花から横の花に指をさして、お願いをしわたしはおねえちゃんから少し離れたところからお水を与えていく。
おねえちゃんも、わたしのを見て同じようにお花へとお水を与える。
「こうして、二人でお花の世話をするのは初めてね」
虹が浮かび上がりそこへお水をまきながら、おねえちゃんが声をかけてくる。
言われてみればそういえばそうだ。
今まではローザちゃんが手伝ってくれたし、わたしもこれがわたしの役目と意地を張って絶対に手伝ってもらおうとしなかった。
手伝ってもらわなかったのは、なんというか、おねえちゃんに頼ってばかりじゃダメだと思って意地になっていたけれど。こうしておねえちゃんと一緒に何かをするというのは悪い気分にはならなかった。
だから、なんだか嬉しくって微笑がこぼれた。
「どうしたの? リア」
「なんでもない。ただ楽しいなって」
はにかんで見せると、おねえちゃんもくすっと笑って。
「そうね。私もリアとこうして居られて嬉しいわ」
二人で微笑み合って、目が合い嬉しくなる。
そうして、微笑み合うわたし達を教会の入口の方から一人見ている者が居た。
「微笑ましいことね」
カレンが飽きれたような、取るに足らないものを見るかのような表情で短くそう言葉を漏らした。
「カレン?」
「珍しいわね、あなたがこんな時間に起きているなんて」
気づいたわたしたち二人は水をやる手を止めてカレンへと視線を向けた。
今は朝早くではないが午前中。いつもは昼過ぎまで寝ているカレンが起きていない時間である。だから珍しい。わざわざこんな時間に起きてきてなんのようなのだろうか。
まかさ、昨日のピクニックで昼夜逆転が治ったのか。
「別に。ただ大事なことを告げに来たのよ」
「大事なこと?」
「ええ」
わたしが問うと、カレンの口元が大きく三日月型に引かれて、明るいのにそこには亡霊でもいるかのような邪悪な雰囲気を漂わせて一言。
「始まるわ――第二の試練が」
滴るような悪意の詰まった言葉。それに、知らず知らずとわたしは恐怖を感じていた。
「………」
「それは、いつ?」
怖がるわたしと似たように、おねえちゃんも警戒するように表情が険しくなってカレンへと訊いた。
そんなわたし達二人の態度に、カレンはフフフッといやらしくも微量の笑いを漏らす。
「フフッ、今よ」
そうして放たれた言葉と共に、世界は朝と夜が反転した。
「ほらぁ」
「なっ!?」
「えっ!?」
それも、わたし達が最初に体験した絶望と同じ、真っ赤な夜に。
さっきまで明るかった空は日が沈む時のように真っ黒に染まって、空を覆いつくす赤く光る月が空の果てから、落下して地へと近づく。
それは手が届きそうな錯覚を感じさせる距離で止まり、いつ落ちてきてもおかしくないという圧迫感と恐怖感を与えてくる。
あれが落ちたら、この街はもちろん世界が破滅だってしてもおかしくない。それほど大きく、きっとわたしたちが居る惑星(世界)と同等の大きさ。あれが落ちるということは惑星(世界)同士がぶつかり合うことをしめす程の巨大な血に濡れた月は、その光で身の回りのすべてを赤く染め上げ真っ赤に照らしていた。
世界は今、黒と赤に包まれている。これはそう……街の外からギニョールが入ってきた時と同じ。
紛れもない。守護(マリア)が消えた時とまったくと言っていいほど酷似していた。
「どうして……」
あまりのショックに力の抜けたわたしの手からじょうろが落ちて、横に倒れて水が漏れる。
「そろそろレアの我慢の限界だとは思ったけど、タイミングはばっちりね。ああ、安心しなさいな。守護(マリア)は今回消失しないわ。って言ってももっと悲惨なことになっていると思うけど」
暗がりに溶け込むかのような悪意の塊であるカレンが、異常事態をまるで世間話のように言ってくれる。
でも、カレンのいう通り街を守る守護(マリア)は消えてはいない。それはギニョールが街へ侵入しないことと一回目の試練と違うことを意味している。でも――
「もっと悲惨なこと?」
続く疑問を、おねえちゃんがカレンへと恐る恐る問うた。
「ええ、もっと悲惨なことよ。街に行けば分かるわ。試練はもう始まっている。それじゃあ、カレンは特等席で見させてもらうわね。ああ、攻略条件は悪魔(レア)の排除よ――」
「ちょっと、カレンっ!」
それだけ言い残すと、振り向き歩き始めると同時に亡霊さながら世界に溶けるようにカレンは薄れその姿を消失させた。
「リアっ!」
それから突然、教会の入口の方からロプちゃんの叫び声が上がる。
「ロプちゃんにミカエちゃん」
二人が血の引いた顔をして、慌ててわたし達の方へ走ってきた。
「リムも居たのですね。良かったです」
「ねえ、何があったの? カレンは? さっき外へ出ていくの見かけたけど」
「それが、おねえちゃんとお花に水やりしてたんだけど、カレンが来たと思ったらこうなって……」
「カレンが言っていたわ。第二の試練の始まりだって」
「試練って……」
二人は言葉を失い唖然として沈黙する。正直わたしも何を言って何をどうすればいいのか変わらない状況だった。
一間が流れると、ミカエちゃんが強い表情をしておねえちゃんへ向き直って訊いた。
「カレンはどこです?」
「消えたわ。試練の突破方法はレアの排除と言い残して」
「レアの排除……」
「あと、なにが起きているか街に行けば分かるって、酷いことが起きているって……」
「酷いことって?」
「さあ」
ロプちゃんに訊かれて、わたしは左右に首を振る。
「リム、なにか知らないですか?」
お姉ちゃんは過去に試練を体験している。だから知っていてもおかしくはない。
無論のこと、わたしもその時の当事者であるけども、小さかったからその時の記憶は殆どない。
でも、これだけは分かる。酷いことが起きてるって……。
少し、言い方に悩んだのか、少し遅れておねえちゃんが答える。
「不確定要素が多くて何とも言えないわ。そもそも私の時はカレンなんて現れなかったし、守護(マリア)も消えていた。だから、同じとは限らないわよ」
「それでも、聞かせてください。状況を打開するヒントになるかもしれません」
真剣に問われて、再び一間持たせて、言い渋っていた言葉をおねえちゃんは小さく呟いた。
「食い合うのよ」
「食い合う?」
反射的に言葉を返したロプちゃんにおねえちゃんが深刻な顔をして頷く。そうして、告げられるのは想像しがたい内容だった。
「人が。ギニョールみたいに生きたまま食い合って殺し合う。全員凶暴になって言葉なんて通じないし、何故だか争い合うのよ」
「そんなこと……。本当に? ねえっ、なんでそれ今まで言わなかったの」
困惑しながらも、ロプちゃんはおねえちゃんを睨んで訊いた。確かに、それはどうなのかとわたしも思った。
知っていたら、覚えていたなら教えてくれればよかったのにと。
「言ったでしょう、私の時と違うと。カレンが来た時点であまりにも私の時と違いすぎるから、そうならないと思ったの」
というより、そうなると思いたくなかったのだろう。わたしならきっとそう思い込む。
「ロプちゃん、あまりおねえちゃんを責めないで」
だから、おねえちゃんを責めないであげて欲しい。
「責めてなんか」
「とにかく、ここで話していても仕方ないです。一度、市場へ行って様子を見ましょう。それからどうするか考えても遅くないハズです」
「そうね」
ミカエちゃんのその言葉に全員が顔を合わせて頷く。けど、本当におねえちゃんが言ったようなことが起きていたら……。
そう思うと怖い。自然とわたしは手を力ませていた。
「リア、大丈夫よ。何があっても私が守るから」
「うん……」
「二人も、覚悟だけはして置いて」
「分かっています」
「わかってる」
「行きましょう」
わたし達は覚悟を決めて真っ赤な街を市場に向けて走り出す。
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