第28話 街崩壊

「ばずびばざーぶ、らっくれくきゃり~す」


 鳴動する赤に染まる積乱雲と月の下。照らされた真っ赤な世界で、この異界を作り上げた張本人であるレア・オルシャは、街の中心の広間にてただ一人の狂気と異常の舞踏会へと投じていた。

 

「おぜべっど、なちゃっくおんえもあ~」


 スカートが揺れて広がり舞う度に口ずさみ謳(うた)われるのは呪詛である。悪を崇拝し魔を呼び込む呪い(うた)に他ならならず、低温が透き通り、響くその歌声はオペラの俳優めいて、その踊り、一興一同、指先一つから声までも、この異界を垂れ流すまがまがしさを秘めていながらも華麗で高潔。高貴なその姿はまさしく城で踊る姫君であり、同時に儀式めいた神聖さを秘めていた。


 踊り、声が響くごとに世界に漂う瘴気は濃くなって、異界を更なる異界へと落とし入れて行く。その儀式は何か禍々しい者をこの場にゆっくりであるが、着実に、引き寄せている。

 

 この踊りと謳が終わった時、世界は間違いなく邪悪な何かによって混沌へと沈むことは間違いなかった。


 そんな、踊り魔を呼び寄せる邪悪なレアを見据える邪悪が、ここにもう一つあった。


「流石は元貴族。その背景は不浄で満ち溢れてるけど、貴賓と気高さとその振る舞いは相応たるものね」


 優雅に舞う踊りを見て、それは天邪鬼であるカレンにしても素直に褒め称える程、高貴なものに違いないなかった。

 感想を一重に述べたカレンは民家の屋根からただ一人の舞台を演じるレアを見下ろして、赤い月を背景にただじっとり、同じくただ一人の観客をしていた。


 ああ、だけど……。だけどと漏らしてしまう。


「唱える呪文は悪魔崇拝(願いを叶える唱)。悪魔を召喚してお願いをして叶えてもらう。そのために、生きている人間の魂を奪い取り、それを贄とするなんて。

 確かに、その狂気じみた怨念ならば発動はするでしょうけど……。

 前提から間違っていてよ。

 そもそもここには贄になる人間の魂なんて存在しない。あってもクリアだけだし、あれはこんなことで奪われる貧弱な魂をしていない。そんな場所で、贄を集める儀式などしても意味がないじゃない」


 それを分かっているのか分かっていないのか、そのことをあのイカレている子に指摘しても仕方ないのだろう。例え理解していても、レアは儀式を続ける。そうしないと心が壊れてしまうから。きっと正気では居られなくなる。

 とでも、彼女は忠告しても、壊れた笑みを浮かべて言うのだろう。


「まあ、そういう何か譲れないものがあるというのは素敵だし、他人の趣味趣向に文句をつける資格なんて、カレンにはないけどね」


 常体で先のことなど考えない、今が良ければ良い天邪鬼。そんなカレンにとっては無駄だと分かっていても、あがき続ける姿というのは眩しくて仕方がなかった。

 けれど、同時に滑稽だとも思う。


 あれは発動するが、完成はしない。

 悪魔に魂を売ってまでその願いを叶えようとするその姿は素敵だが、はなから失敗が約束されているのにする行為ほど滑稽な物はない。

 人間みたいな者はいるけど、持っている魂は通常の人間の半分以下。それをかき集めたところで足りない。


「えほうえほう、え~ほ~」


 その上、その半端な条件から生まれる事象は地獄に他ならない。悪魔召喚は確かに願いをかなえるには確実な方法だ。だが、願いを叶えるほどの大規模な儀式にリスクが無いわけがない。

 悪魔というのは何かを贄に願いを叶えるもの。それは代価が無ければならななく、悪か聖で言えば悪であろう。そんな邪悪な儀式はハッキリ言って呪いと変わらない。

 呪いはかければ相応の代償が術者へと跳ね返ってくる。


 それと同じようにこの儀式では願いを叶えても術者に呪いとして帰ってくるし、たとえ完全な発動はしなくても起動している時点でそれは適応する。

 しかも街一つを贄にする規模だ。その呪いの反動は個人だけに関わらず街全体へと伝わるだろう。

 そんなものに救いはない。

 始めた時点で最初から不幸になることは目に見えている。それでもこうして儀式を行うことは狂気としか形容できず、そんなおろか者は自分で召喚した悪魔に街ともども魂を食われることになる。


 救いようのない。

 

 ゆえにこの第二試練(クリスマ)は、時間との勝負となる。

 儀式が半端でも完了し悪魔が召喚されれば願いは叶わず街ごとレアを食らう。

 だが、召喚される前にレアの格自体を弱体化させれば儀式は安定させることができず、その時点で儀式は打ち止めとなり、中途半端に中止した代価としてレアのみが悪魔に飲み込まれることになる。


「ちぇとま、やなさぱりうお~す」


 呪文は終わり、本格的に悪夢が始まる。


 これから先、攻略の糸口は儀式が完成し悪魔が召喚されるまでにいかにアレを弱らせられるか、そもそもレア自体の心を折って断念させられるかにかかっている。

 

「まあ、お嬢様に左腕を奪われて、片腕になって異常弱体化はしているから、それなりに難度は下がるとは思うけど」


 踊るレアには左腕がない。左肩から先の袖がひらひらと舞いに合わせて揺れているだけで、腕という実態を持ち合わせているように見えなかった。

 おそらくは、ここへ来る前に我慢できず、お嬢様へ喧嘩でも吹っ掛けたのだろう。そうして敗北し、その代償が腕という訳だが。そのおかげかレアの能力にも幾分か能力に制限がかかりはするだろう。

 まあ、あれにとって腕の一つや二つ治すことは造作もないことではあるのだが、そうしなかったのは、単にそれだけ待ちきれなかったということなのだろう。腕がなろうとあとうと、宝物の使い方が遠隔が主なレアにとっては、片腕程度、所詮は些細なことでしかない。

 待ちきれなかったがために、消耗した体で試練を起こした訳で、そういった意味では飢えた牙獣と言ってもいい。

 万全ではないものの、その意気込みと意志は最高と言ってよく、おそらく、手加減は無いんだろうな……。レアに見つかれば例えカレンでも笹甲斐なく襲われタダでは済まないことになる。

 そんな狂人(バケモノ)を相手にしなければいけない。  


「果たして、それがあの子たちにできるかしら。まあ、とやかく言ってもしょうがないわ。お手並み拝見といったところかしらね」


 予測や推測など無意味だ。既に試練は始まっており、残るは結果のみとなるのだから。カレンは手を出せないがために、ここから先どう転ぼうとありのままを受け入れるしかない。

 だからせめて楽しもうじゃないか。この試練。アナタ達にとって初めて立ち向かうものとなる。さあ、あがいてくれ、嘆いてくれ、アナタ達のその雄姿こそがカレンを楽しませる劇となるのだから。


「フフフッ――」


 真っ赤に染まり狂気に狂う街の中、民家の上で教会側から市場へと差しかかかったリア達を横目に、悪魔よりも悪魔らしく、悪意と恐怖を放つ笑顔を浮かべて、カレンは試練の行く末を視聴するのであった。





「そんな……」

「これは……」


 たどり着いた市場は一言でいえば地獄だった。辺り一面を赤い液体が乱雑にまき散らすように濡らし、内臓や、腕や足といった部位が散乱し、それらを貪る人や、街を破壊する人、殴り殴られ、斬られ斬りつけ、果ては自らの肉をかじる人もいる。

 赤色の月明りで染まった世界で、血によってさらにどす黒い紅へと染められていた。


「なに、これ……」


 ここには秩序というものはもはや一切存在しない。誰しもが自由奔放に傷つけ合い、歓喜を喚き散らす、阿鼻叫喚の狂気と異常を煮詰めて混ぜた魔と貸している。

 見ていれば正気を保っていられない。自分も同じ場所にいるということを否定し、逃げたくなる光景がここにあった。


「っ………」


 地獄などという表現なんて生ぬるい。混沌とした悪夢に全員、震えが止まらず言葉は出なかった。


 そんなわたし達に近づく人物が一人。


「リアちゃああああん」

「ひっ――おばさ、ん……」


 近づいてきたのは、この場に似合う相応のバケモノであった。

 頭部を半壊させ、ユラユラ揺らめきながら歩く、血まみれの野菜屋のおばさんだった何か。

 半壊した頭部からは何かどろりとしたものが垂れて、その目は明らかに正気な人のそれではなく、明らかに狂った人。

 いや、そもそも、頭が半分無い状態で動いている時点で、それはもはや人とは呼べないのだから、それを人と表するのは間違いではある。であればもはや理解を超えた何かであり、そんなものはただ恐怖対象でバケモノでしかない。

 そしてそのバケモノはその総称にふさわしく、目を背けたくなるそれは、次の動作はそれ相応の所業だった。


「あひゃひゃひゃーー」


 不気味に笑うおばさんだったものは、人とは思えない形相で狂いながら、わたしへ掴みかかろうと、両手を振り上げて襲い掛かって来た。


「っ―――」

「リアっ」


 突如走り出して、わたしへ襲い掛かってきたおばさんを前に、遮るようにしておねえちゃんが立ちはだかる。

 が、しかし――


「きゃっ」


 襲い掛かって来たおばさんの頭部にどこからか飛来した鉢植えによって、おねえちゃんが庇うまでもなく、直撃しその場にうつぶせに倒れた。


「なに……」


 振ってきた鉢植えと倒れたおばさんを恐怖のあまりただ呆然と見ていると、次で、今度は花屋のお姉ちゃんがこちらへと歩いてきた。


「りあちゃ~ん」

「おね、さん?」

「ウふっ、うふふふふふふふっ―――」


 お姉さんも、おばさんと同じくまともとは到底思えない感じだった。唯一救いなのは、おねえさんはおばさんのように外傷はなく、姿形は見た目通りいつも通りのお姉さんだった。

 とはいえ、その雰囲気はまともとは言い難い。

 狂った笑いをあげて、目は血走り狂気に破顔した表情が恐ろしい。


「アナタ、何があったの?」


 おねえちゃんが問うも、お姉さんはニタニタと壊れた笑みを浮かべるだけで答えない。


「お姉さん……」

「リア、ちゃん……」


「下がってくださいリア、彼女もまともでは無いみたいです」

「でも……」


 おねえちゃんだけでなく、ミカエちゃんも一歩前へ出てわたしの盾となる。


「お姉さん、どうして……。何があったの?」


 慎重に見えるこのやり取り。その間にも、無法地帯となった周囲では、誰かが誰かを傷付け、自分を傷つけ、哄笑が鳴りやまない。この場に居ては危険だと分かりつつも、事態を把握しなければならない。

 それゆえに、当事者であるお姉さんに訊こうとしたものの、それは叶わぬ願いであった。 


「お姉さんね……。殺したくて殺したくて仕方ないの」

「何言って……」

「殺して、ああ――食べてしまいたい。お腹がすいた……の……。すいてすいてしかないの。ああ、血が肉が……。ちがう……もっと別の何か……。足りない。足りない。あはっ。

 ――アナタを食べさせてぇ、あひゃひゃひゃひゃ―――っ」


「お姉さん……。っ――待っておねえちゃんっ!」


 あがった笑いに耐えきれなくなったのか、おねえちゃんは大剣を顕現させると不快な笑いを続けるお姉さんに斬りかかった。


 斬りつけられたお姉さんは血のしぶきをあげてその場に倒れ動かなくなる。


「リム、貴女……」

「なんで、どうして……」

「手遅れよ。こうなった以上、止められないわ」

「でも……」

「泣いている暇はないわよ。この原因はおそらくはカレンが言っていたレアという奴。そいつを見つけてどうにかしないとこの試練は終わらない」


 涙を流し始めるわたしに顔を向けず、おねえちゃんは周りを警戒して顔を伏せるわたしたち三人へ言った。

 分かっている。おねえちゃんの言うことは最もだ。もう始まってしまった以上、止められないし、わたし達は試練を乗り越えなければならない。でも、でも…こんな……。


「リア……大丈夫?」

「うん……。大丈夫だよロプちゃん……」

「リア……。リム、少し強引ではないですか?」

「強引? この状況を見てアナタ達そんなこと言ってられるのっ」


 言われ、周りを見渡せばお姉さんと同じようにわたしたちを襲おうと、既に数人の人達がこちらへと向いている。

 すでに全員バケモノとなっており、正気なものは一人とない。このままいけば、わたし達が襲われるのは間違いがなかった。

 

「みんな……」

「覚悟を決めなさい。でなければ死ぬわよ」


 大剣が振るわれる。同時に三人、胴から真っ二つになってその場に肉塊と化す。


「っ――」


 その光景を直視できず、思わず目をつむって逸らしてしまう。


「リア、誓ったのでしょう。試練を超えると。なら目を背けないで前だけをみなさいっ!」

「でも、でもっ、こんなっ! やめて! おねえちゃん!」


 わたしの叫びも虚しく、わたし達を囲むバケモノたちはことごとくが斬り伏せられていく。


 その様子をロプちゃんもミカエちゃんも、ただ見ているだけで止めない。というより止められない。

 このまま何もしなければ、襲われるのはわたし達で、だからこそ真向迎撃しているおねえちゃんの行いは、状況判断として間違ってはいない。それが分かっているから誰一人として止められないのだ。

 こうして叫んでいるわたしでさえも、それは、そんなことは頭では分かっている。

 だから、叫びはするものの、止めようとしても体が動かない。


 ああ、なんて酷いわたしなんだろうか。

 斬りつける人たちは全て見知った人たちだ。おねえちゃんとて、それは変わりあるまい。それでもそんな辛いことを迷わずしているなんて、到底わたしにはできない。だから、その辛い役をおねえちゃんは自ら全てかって出ているし、わたしはそれを止めて代わりを努めようとは思わない。

 むしろ、このままこうしていればおねえちゃんが全てどうにかしてくれる、などと思うザマである。

 そんな自分が酷く悔しくて、涙して甘える自分が恥ずかしい。

 

 だからなのか。


「リア?」


 気づいた時には体は動いていて――


「ああアアアアアアアアっ!!」


 顕現させた大剣を振り上げて、目の前の狂ったバケモノをわたしは一刀両断していた。

 

 吹きあがる血煙は誰のものか。見知った誰かであるものの、そんなことはどうでもいい。ただ切った。人を、生きてる人を。

 そうしてしまったゆえに、わたしはもう戻れない。おねえちゃんと同様、試練を乗り越えるためだけに動くものとなる。


「リア」


 おねえちゃんの心配する声が聞こえる。

 わたしは、わたしは……。


 考えるまもなく別のバケモノが斧か何かを持って襲い来る。容赦なく振りあげられた腕を斬り裂いて切断し、返しの一撃で胴を斬って吹き飛ばす。


 それを見ていたミカエちゃんとロプちゃんが顔を見合わせて二人も覚悟を決める。

 互いに鎖と鎌を出し、わたしと同じように迫りくるバケモノを迎撃する。

 そこから先はもう乱戦だ。


 秩序はなく、誰かが誰かを殺している状態だったが、それは気づけばわたしたちへ全てのバケモノが向いていた。

 無論のこと、互いに襲い合うことは変わらないが、それでも大が小へ向ている問う点で、わたし達対バケモノという構図は間違いなく生まれていた。


 何よりも、この場で一番バケモノを勢いのまま狩りつくしているのは間違いなくわたしだ。勢いに任せ、止まれば後悔と嫌悪と恐怖にわたしは二度と戦えなくなる。そう思ったから止められない。



 聖器(ロザリオ)と向き合い、力を引き出した時点で聖器(ロザリオ)の力によって精神強度は高まり強くなっている。だからこそ、こうしてわたしは強引にでも人たちへ斬りこんでいけている。でも正直、こんなもの無ければよかった。


「ああああああっ!!」


 後悔の念を押し殺し、ただ殺す。大剣を振って振って振って、殺して殺す。バケモノの強さはギニョールに比べれば小さな羽虫レベルなものであったが、脅威に変わらず、斬れば斬るほど心が痛みその度にわたしは慟哭を上げて斬り伏せ続ける。


 そんなわたしを悼んでか、ミカエちゃんがわたしの視界にいるバケモノを数人を鎖で吹き飛ばした。

 横からおねえちゃんがわたしと共に並び立って、同時に大剣を振り下ろした。

 市場の奥、バケモノがまだいる場所がロプちゃんの力で街ごと凍り付いてこれ以上敵を増やさまいと、氷の壁を創形した。

 

 同時にその場にいたバケモノ全てをわたし達は斬り伏せていた。

 後に残るのは死者の残骸で、数十からなる肉塊により血にまみれた市場は狂気を逸していた。


「―――どうして!」


 鼻につく血の匂いに胃が逆流しそうになるのに、耐えて、耐えて、耐えきれず、悲痛と後悔に思わず叫び大剣を投げ捨てた。


 投げ捨てた大剣が地面を跳ねて、滑りその場で露と消失する。


「リア」

「どうして! こんなんじゃ意味がないじゃんっ! こんなんで試練が終わっても……」


 そうだ、例え試練を乗り越えたとしよう、それで生き残ったとしよう。それで? それから誰一人と街の人が生き残っていない場所で、どうしろと。そんな場所をわたしは望んでいないし、みんなを守るために試練を超えるのではなかったのか。

 であるのに、これでは意味がない。こんな状態で試練を超えたところでなんの意味もない。


 それに、自ら目的を壊すようなことをさせるなんて。


「ひどいよ、ひどいよこんな……」


「リア……」


視線を落とすわたしをロプちゃんが抱きしめる。


「それでも」

「ちょっとリム、少し強引すぎるんじゃない!」

「ロプトル」

「……ロプちゃんまって、分かってる」

「リア……」


 それでも、もう止められない。

 止まれば街の人たちだけではなく、今度はおねえちゃんやミカエちゃんやロプちゃんを失うことになる。

 修羅場にはもう慣れた。だから、そうならないように、三人が居なくならないようにしないといけない。

 死ねば助かるなんて考えはわたしにはできないから……。

 止められないし、止められない。状況はひしひしと絶望に向かっているけれども、それでも立ち止まることを現実が許してくれない。こうしているうちに街の人は殺し合って、わたし達を殺すために前に現れるかもしれない。

 だからたとえ、自暴自棄と言われようとも進むしかない。試練を終えるために。三人のために。


「ありがとうロプちゃん、もう大丈夫だよ」


 抱きしめられている状態から離れて、ロプちゃんへ笑顔を向けておねえちゃんへ向いた。


「ごめんなさい、取り乱して。もう大丈夫だから」

「本当に?」


 何も言わず、静かに頷く。

 

「二人もごめんね」

「リア大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、ロプちゃん」

「本当にですか?」

「うん」


 ロプちゃん同様、心配するミカエちゃんにも頷いて、笑顔を向ける。

 それに、分かりました、と、すこし心配する面影を残しつつもそれ以上は深く追求してこなかった。


「そうですか。リアがそう言うのでしたら」


 きっと、悲痛と後悔に不安になっているのはわたしだけではない、場を混乱させない為にも、これ以上はこのことでもめていても仕方ない。

 だから、ミカエちゃんは心配するその気持ちを飲み込んだんだろう。証拠に二人は少しだが肩を震わせている。

 怖い。それは互いに変わらず、追及してしまえばギリギリ聖器(ロザリオ)で保てている正気も壊れてしまいそうだったために。


「リア、ロプトル、ミカエ。大丈夫、怖いのは私も同じよ」


 わたし達の様子を見てか、おねちゃんがそんなことを言ってくれた。

 そうか、おねえちゃんも怖いのか。と、その言葉だけでもなんだか嬉しくも安心する。


「だから、こんなことすぐに終わらせましょう」


 その言葉に全員が頷いた。


 そうして、気持ちを切り替えて試練へとわたし達は挑むことにする。

 

「でも、これからどうするの?」

「とりあえずこの場を離れない?」


 周りの惨状を見て言われる。辺りに散らばるのは死者の残骸。わたし達が斬って壊して殺し、肉塊に変えた血まみれのソレらだ。あるものは腕はなく、あるものは元から半壊していたのか頭部や腹から内臓をぶちまけている。常識ではありえない光景であり、リムに言われて、全員がそれらを見ると全員が全員、直視することをおそれて視線を逸らした。


「行きましょう」


 目をそらしながらも、小走りでその場から逃げるようにして移動をする。


「何処に行くの?」


 ロプちゃんが訊くが確かにそうである、今は何処に行ってもあのバケモノが争いあっている、そんな場所に行く当てなどない。

 まして、これを起こしたレアが何処にいるかも分からない。そんな状況で何処に行けばいいというのか。


 そうわたしも疑問に思った時、ミカエちゃんがおねえちゃんに提案をする。


「リム、ワタシに行き先を決めさせてもらえませんか?」

「ええ、構わないけど、何処か行きたい場所でも?」

「行きたい場所、というよりは違和感を感じるというか、呼ばれているというか。兎に角、なにか尋常じゃないものを感じるんです。それを追って行けばなにか分かるかと」


「なにか感じる……?」

「みなさんはなにも感じないですか?」

「何も」

「アタシも」

「私もだわ」


 どうやら、ミカエちゃんだけが何か奇妙な違和感を感じているようだった。


「分かった。二人もそれでいい?」


 おねえちゃんに訊かれて、わたしとロプちゃんは頷く。


「案内して」

「ありがとうございます。――こっちです」



 そうして、ミカエちゃんの案内の元、凶器に満ち溢れた異界の中を進み移動をする。

 無論のこと、移動する間にも数度バケモノが襲いかかってきたが、単体の脅威はさほど無い以上障害にはなりえず撃退していった。


 そうして、小走りで進みながらミカエちゃんが疑問を口にする。


「それにしても、妙だと思いませんか?」

「何が?」


 ついて言われたのは確かに、奇妙な疑問であった。


「何故、あの方たちは死んでも消えないのでしょう?」


 それはこの世界において、当たり前の現象に対しての相違点であった。

 通常、人は死ねばどんな状態であろうと光になって消え去る。それはローザちゃんの時のように、なんの前触れもなく起きることで、血痕などの死者の後は残すものの肝心な遺体自体が二つに裂かれ分かれた肉体であろうと全て消え去りなくなり消えるのだ。

 であるはずなのに、わたし達が斬り伏せたバケモノは全て消えずにその場に残り続けている。これは異常極まる事態だ。

 人は死ねば必ず消える。それはギニョールでもそうで、こんなことが起きた事など見たことなどなかった。

 死んでいるのに、なぜ消えない?

 バケモノだから? でも本人たちの意識はそのまま本人として残っている。少なくとも完全にバケモノになっている訳ではなくて“人”であることは変わりない。

 だから、余計に訳が分からない。


 これが完全に姿かたちも異なる、正真正銘のバケモノであればそういうこともあるだろうとある程度は納得はする。

 もしかして、本当にみんなバケモノになっているのか……。


 みんな言われて考えるもその答えは出ず、ただ極めて奇妙であること、不快であることでしかなかった。


「分からないけど、レアが何かしているんでしょう。そもそも、腕や足ならまだしも、頭やお腹が吹っ飛んで動いてる者もいるのだから、何が起きてもおかしくない。

 今は兎に角、ミカエの感じる場所へ行きましょう。話はそれからよ」


 おねえちゃんの意見は最もである、レアが何かしているのだから、わたし達の常識は通用しない。

 何が起きてもおかしくなくて、だからこんな悲惨な現実が今あるのだから。


 違和感に奇妙な感じを覚えつつ、わたし達はミカエちゃんの先導に従って走る速度を上げる。


 そして――


 ただ一人、街の中心の大通りにて踊りは高貴かつ佳麗。

 この異界に世界にバケモノ同様に孕んだ狂気は属しているのに、その容姿や指先の動き一つまで気高く高貴差を挺して、まったくと言っていいほどこの異界には属してない者が。


 狂気渦巻く異界の中心で、彼女は麗々と舞い踊りそこにいた。




 

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