第26話 日常

「ほら、シート引いてください」

「とうっ」

「コラッ、ロプトル。引いたシートの上で寝ころばない。風で飛ばないようにふちをちゃんと止めてくださいよ」

「ねえねえ、おねえちゃんお弁当にサンドイッチ作ったの、一緒に食べよ?」

「ええ、いいわよ」

「ちょっとリア、アタシらの分はー?」

「ん? 大丈夫。ちゃんとみんなの分も作ったから」

「それより、お茶を頂戴な」

「あーっ、カレンなんでアンタが一番最初にシートに陣取ってるの。てか、いつの間にアンタ参加してんの」

「いいじゃない。こういうのは人数が多いほうが楽しいでしょ」

「はい。カレンお茶」

「ありがとう」

「馴染んでるし。ってリアも何普通にお茶上げんの」

「って言われても……」

「まあまあ、ロプトル。今日ぐらいいいじゃないですか」

「そうよ。せっかくのピクニックなんでしょう?」

「って言っても、教会横の花壇前だけどね」

「それでも、こうして華やかな場所で開けたのはリアのおかげよ。だから、今日はリアのやることに賛同するべきよ」

「リムまで……。分かったよもう」

「ほら、お弁当にしよ」


 広がる青空の下。わたし達はピクニックへと来ていた。来ていたといっても、教会の花壇前だけど。先日、お花屋さんにもらったお花を花壇に植えて、何もない寂しかった花壇はいろんな種類のお花一杯のカラフルな花壇になった。

 そこで、前から計画していたピクニックをすることにしたのだ。


 本当は外へ出たかったが、元々ピクニックにしようとしていた場所が壊れてなくなってしまったので代わりにこの場でピクニックを開いたのだった。


 とはいえ、我ながらよくやったものだ。全滅した花壇をこんな華やかにできるなんて。うん。


「リアお弁当~」

「ロプちゃんまってっ」

「ちょっ」


 バスケットの蓋を開けて取ろうとする手癖の悪いロプろぷちゃんからバケットごと取り上げ、

 懐において、中からサンドイッチを取る。


「最初はおねえちゃんに食べてもらいたいの。ほらお姉ちゃん。あ~ん」

「リア?」


 おねえちゃんの口元にサンドイッチを持っていくと、不思議な顔をされる。


「あの、食べてくれないの?」


 問いかけに、周りを見たわすおねえちゃん。どうしたんだろう。


「―――。ほら、リア」

「はいっ。あ~ん」


 しぶしぶ口を開けてくれたおねえちゃんの口元へ、サンドイッチを持っていく。

 それを、おねえちゃんがじってくれる。


「どう?」

「美味しいわ」

「はいっ。もっともっと食べてね。まだまだあるから」

「ええ」


 おねえちゃんが美味しく食べてくれる。

 やったっ――朝早起きしてパンから作ったかいがあった。

 

「り~あ~」

「あらあら~」


 わたし達をロプちゃんは恨めしそうにして、ミカエちゃんは微笑ましそうに笑っている。


「な、なに?」

「なんでも」


 なにやら意味ありげに珍しくニヤニヤとミカエちゃんがしている。なんだろう?


「り~あ~~~」

「あっ、ごめんねロプちゃん」


 ロプちゃんが恨めしそうにうなっているのに気づいて、抱え込んでいたバスケットをロプちゃんとミカエちゃんの前に置いた。


「はい。一杯作ったからまだまだあるよ」

「じゃあ――」


 ロプちゃんが取ろうとしたサンドイッチが横から別の手がかっさらう。


「あら、美味しいわね」


 そしてそれを平然と、何食わぬ顔で食べるカレンが言う。


「ちょっとカレンっ。いまのアタシが取ろうとしたやつ、ワザとでしょ絶対!」

「気のせいよ」

「まあまあ、まだ一杯あるから……」

「ふんっだ――って……」


 膨れて別のを取ろうとロプちゃんが手を伸ばすと、今度は別の手が更に横からサンドイッチをかっさらっていった。


「ミ~カ~エ~」

「あら、ごめんなさい」


 持っていったのはミカエちゃんだった。

 なんだろう、こうも横から取られるのは何か才能でもあるんじゃないかな……。



「フフッ」

「あ~、リム何笑ってるの」

「ごめんなさい。ついね」


 ロプちゃんにおねえちゃんも笑っている。なんというか、気の毒にも思えてきた。


「もうこうなったらっ――こりゃアタシんだ」

「んっ⁉」


 怒ったと思うと、おもむろにロプちゃんはミカエちゃんが加えるサンドイッチに飛びついて、反対側に嚙みついた。


「んっ――ろふろるっ」

「おわっ⁉」


 勢い余ってロプちゃんがミカエちゃんを押して、ミカエちゃんが耐えきれず倒れて。


「んん――⁉」

「んっ⁉」


 覆いかぶさるように倒れると、二人の唇が。


「わっ……!」


 ロプちゃんがミカエちゃんを押し倒し、唇同士が当たりキスをする形となっていた。


「………」

「あら、大胆ね」



「はっ、ミミミッ、ミカエっ⁉」

「ロプ、トル……?」


 慌てて起き上がるロプちゃんの顔は真っ赤で、口元を押さえてものすごく慌てていて、対するミカエちゃんは顔が真っ赤で放心してる。


 そして何故かカレンが笑みをこぼして楽しそうだった。



「………」

「………」


 沈黙する場。

 なんだろう、凄く気まずい。


「大丈夫……? ミカエちゃん」

「はい……。はいっ。大丈夫です」


 放心状態から帰って来て、気づいたように口元を押さえるミカエちゃん。

 顔を真っ赤にして、凄くなんだろう。可愛い。


 そして、不意に口を開ける。


「あの、ロプトル……」

「なっ、なに?」


 こちらも気づけば放心していたのか、突然声をかけられて慌てる。


「いえ……」


 ミカエちゃんは声をかけたものの、なんだかしおらしくもじもじとしだす。


「えっ……」


 そこで、わたしの隣で我慢の限界が来たみたいだった。


「フフフッ……」

「おねえちゃん?」


 あろうことか、おねえちゃんが口元を押さえて楽し気に笑っている。


「フフフッ――ごめんなさい。なんだかおかしくて」


 その様子はすごく楽しげで、吊られてカレンも小さく鼻を鳴らして、すがすがしいぐらいの微笑ましい笑みを微かに浮かべていた。


「~~~」


 ミカエちゃんが更に顔を赤らめた。


「何笑ってんのっ。ちょっと、ミカエも何か言ってやってっ」

「いえ……」

「ちょっと、なに恥ずかしがってるのミカエっ。こっちも恥ずかしくなるでしょ!」


 ロプちゃんに関しては怒ってるからなのかは知らないけど、二人とももう顔が真っ赤だ。


「もうっ、ミカエのせいで、キ、キスなんてする羽目になったんだよ?」

「あら、ミカエとキスは嫌だっていうの」


 取り乱すロプちゃんに、すかさず、天邪鬼として意地の悪いツッコミを入れるカレン。


「嫌なの?」


 勢いでわたしも訊いちゃったじゃん。これ絶対墓穴掘ったよ。


「いや、そいう訳じゃ……。むしろ、よか……って、リア!」

「えっと……」

「ズルいっ」

「へ?」

「ズルい。アタシばっかこんな恥ずかしい思いして」


 いや、そもそもそれはロプちゃんが、ミカエちゃんのサンドイッチに噛みつくから……。

 と反論しようとしたところ、次の言葉にわたしは仰天する。 


「リアもキスしてっ」

「は?」


 一瞬わたしだけ世界が静止した。


「な、何言ってるの」

「だから、アタシだけこんなのおかしいって。だからリア」


 やはり、本当に墓穴を掘ったようだ。というか、何を言い出してるんだろうか……。


「いや、いやいや」

「バカでしょ。でもまあ、面白そうね」


 否定しようとしたところで、お茶をすすりながら呟いたカレンの言葉で逃げ場を失った。


「おねえちゃん……」

「リア」


 頼みの綱のお姉ちゃんへ助けを求めるも……。なんだろ、ダメ。顔を見て、唇に自然と視線が行き、なんだか急に意識し始めて恥ずかしくなって顔をそらしてしまう。


「り~あ~。

 キース。キース」


 なんだかキスコールまでロプちゃん始めちゃった。


「えぇ……」


 困惑しながらも、わたしは――


「おねえちゃん」

「リア……」


 そっと、隣のおねえちゃんへ向かって、ゆっくりと近づく。

 おねえちゃんも近づくわたしに抵抗する気配はない。


 そうして、ゆっくりを顔をおねえちゃんの顔に近づかせ、瞳を閉じて――


「んっ……」

「………」


 柔らかな、熟れた感触が唇ごしに伝わり、ほんのり暖かな感触に緊張と嬉しさと恥ずかしさに思わず声を漏らした。


 やばい。わたし今、おねえちゃんとキスしてる。

 どうしよう。おねえちゃんと、ヤバいヤバいヤバい…ヤバいしか出てこない……。


「………」

「っ――」


 どうしよう。このままこうしていたい。離れたくない。けれど、恥ずかしい。 


 そうして、恥ずかしさが勝って、ゆっくりと離し瞳を開ける。

 引っ付きそうなぐらい目の前にいるおねえちゃんの顔と、視線が合う。いやもう引っ付いてるけど。ニッコリと微笑んでくれる。それになんだか、さらに一気に恥ずかしさがこみ上げてくる。


「はわ……」


 わたし、わたし、お姉ちゃんと……。


「リア? 大丈夫」

「はふっ⁉」


 離れた顔を近づけられて、上目づかいでのぞかれてわたしはトドメを刺された。

 なんだろう……。もうなんか、幸せ。はあ……。


 そのまま横に倒れておねえちゃんに膝枕をしてもらい、放心状態のまま状況を見張る。


「さて、面白そうね。次はカレンかしら」

「へ?」


 唐突のカレンの言葉に、ロプちゃんが目を剥く。

 それから、何故かカレンはロプちゃんへ踏みよって、覆いかぶさるように肩をグッと逃がさないように掴み顔をへと顔を近づける。


「ちょ、カレ――んんっ」


 迷うことなく近づいた唇は、覆うようにロプちゃんの唇を奪っていた。


「んっ――」

「―――」


 心なしかうっとりロプちゃんはするも、次の瞬間悲鳴のような呻きと共に、ビクッと体が震えた。


「んんっ――ふあっ、ちょっ、かへんっ……しはっ……」

「んっ、ふあっ――ちゅる……ちゅっ……」


 しっ、舌が入ってる⁉ 放心していたわたしもその事実に、意識が飛び起きた。

 はああっ。ああ……。


 言葉にできない。


「――っ、んっ、ふあっ……れろ……れろっ……」

「あむっ……っ、んっ……ぁ……んっ……ちゅるっ……」


 暴れるロプちゃんの首に両腕を回して、逃げないようにして名一杯唇を絡めている。

 それに、ロプちゃんも体から力が抜けてされるがままになっていった。


「ぁ……ちゅ、レロ……ちゅる、んっ……」

「ふあっ……んっ……ちゅっる……チュッ」


 二人の唇が離れ、混ざりあった唾液が糸を引いて、太陽の光でギラギラとひかり凄くいやらしく感じる。

 そうして、カレンは放心常体でされるがままとなったロプちゃんを見て、意地悪く笑みを漏らした。


「あらあら、アナタには少し刺激が強すぎたかしら」

「カレン……。ひゃっ、な、何するの? 来ないで……」


 カレンから離れたロプちゃんが自分の体を抱きしめて、マットの淵ギリギリまで凄い勢いで後ずさりした。

 その目は涙目だ。


「あら残念」

「ふえっ⁉」


 こっち見た。

 瞳を細くしてわたしへ視線が向くと、いやらしく舌なめずりをしてきた。


「カレン」

「やーね、アナタの妹を取ったりなんてしないわよ」


 狙われるも、そこはおねえちゃんからの仲裁が入った。カレンがつまならそうに言って、わたしはどうにか逃れられたようだ。

 た、助かった……。


「つまらないわね。こっちのシスターさんはずっと心ここになしだし。やっぱり、アナタね」

 

 そう言って、再びロプちゃんの方へ視線が向くと――


「ぴゃあっ――⁉」


 振るえるロプちゃんが奇怪な音を発した。


「ダメね。せっかくのピクニックなのに頼まなきゃ」


 少しずつじりじりとロプちゃんへ近づくカレン。もはや、怖がることを分かってやっている。絶対に確信犯だ。


 それから、近づかれ再び捕まったロプちゃんは。抱きしめられて、もうわたしでは口にできない事となって、あらぬ出来事に、わたし、ロプちゃん、ミカエちゃんはしばらく放心してピクニックどころではなかった。







「はぁ……ひどい目にあった……」


 服も崩れ髪もぼさぼさになった、疲れ切ったロプちゃんがげっそりしてぼやいた。


「そう? カレンは楽しかったわ」


 原因となったカレンはカレンとは正反対に、なんだか潤うように元気になっているように感じる。

 なんなんだろうこの差は。というかカレンには羞恥心というのは無いのか。


 ロプちゃんがカレンに、き、キスされた後、もうわたしには口にすることすら危ぶまれる、あんな事やこんなことをされたロプちゃんだが、今はそれも終わって、のんびりとしたピクニックを再開していた。


 まあ、というかみんな思わぬハプニングで疲れ切っていて、もうぐったりしていた。

 わたしを膝枕しているお姉ちゃんとお茶を呑気に飲んでいるカレン以外は。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。ミカエ~、アタシ怪我されちゃった~」


 気づけばロプちゃんは、わたしのようにミカエちゃんに膝枕してもらっている。


「なに馬鹿を言ってるんってるんですか」


 ちなみにミカエちゃんはしばらくして意識を完全に戻した後、こんなことなかったと呟いてはミカエちゃんの中では一連のことは無かったこととされているようだ。


「うう~ミカエェ……」

「ちょっと、ぐりぐりと動かないでください。落としますよ」


 無かったことにしたとはいえ、なんだかミカエちゃんなんだかロプちゃんに刺々しいなあ。


「それにしても、随分と落ち着けるようになったものね。ここも、街も」

「そうね」


 カレンのその言葉に、わたしの頭を撫でながらお姉ちゃんが柳に風と言い流す。


「ぶっ壊した本人がなに言ってんのさ」

「ロプトル。今日はそういった物騒な話は無しですよ」


 ロプちゃんの言うことも確かだが、ミカエちゃんの言うこともわたしはそうだと心の中で同意する。今日は争いごととか忘れて、本来のわたしたちを楽しむのが目的だ。

 だから、ここで壊れた街のことを出したカレンが場違いといえば場違いであるが、その感想に対してはわたしは同意した。


「だって、わたしたち頑張ったもん……」


「リア……」


 そう、精一杯頑張った。頑張って直したし、生きた。破滅当初、あの頃の絶望を乗り越えてわたしたちはこうして生きている。


「だから、あなたたちには絶対に負けないもん。ね、おねえちゃん」

「ええ、絶対に。私たちは負けないわ」


 そう、絶対に。


「フフッ――頼もしい姉妹愛ね。でも、そう……。今でも敵なのね、ならその気持ちを忘れないことよ。変な気を起こしてカレンを撃ち損じることなんて無いようにね」


 そう視線をお茶へと視線を落として、静かに茶を優雅にすする。その姿は孤独で寂しげなものだった。


「ねえ、カレン、あなたはホントは……」


 ホントは、ホントはどう思っているのだろう。

 目的のためだとは言え、わたしたちに戦うすべを教えてくれて、こうしてピクニックに参加しておかしなことまでする。彼女の真意を正直わたしは掴めなかった。


「カレンはいつだって今を楽しむために生きている、ただそれだけよ。だからこうしてアナタたちと慣れ合っているのもただの一興。だって、こんなにかいがいがある子なんて、そうそう居やしないわ。ね」

「悪かったね」

「でも、それは楽しいってことでしょ。ならわたしたちにこれからも協力してくれても……」

「ええ、できることならそうしたいわ……」


 え……?


「なら、そうはできないのかしら」


 おねえちゃんの問いにカレンは目を閉じて左右に首を振った。


「無理よ。存在も目的も違いすぎる。別に道具であるアナタ達をカレンは別に見下してはいない。でも、道具に愛着など湧かないし、例え沸いたとしてもそんなことでカレンの目的は果たせない。むしろ、いっそう破滅する」


 その回答は意味が分からなかった。言葉の端橋、全て、訳の分からない言葉の羅列にさえ思える。

 その疑問の一つに、ミカエちゃんが切り込んでいく。


「以前から気になっていました、何故、ワタシ達は道具なのですか?」


 その問いにカレンはフッと悪意の秘めた笑みをこぼした。


「さあ――道具は道具よ。道具に道具と言ってなにがいけないの? 真実を知りたければ試練を乗り越えなさい。そうすれば最後には嫌でもわかる。そう、嫌でもね。

 でも、今日のことで、カレン達を甘く見ないことね。少なくとも、アナタ達にこうして触れあっている以上カレンは優しい方よ。他はそれこそアナタ達を壊すことに躊躇などない。それはカレンもそうだけど、その度合いが違う」

「なら、せめて他の方について教えてほしいものね。いままで、試練試練と言って肝心なあなた達のことについてなにも訊いてないのだから」


 おねえちゃんのその指摘は確かだった。勇者を求めてる、だからその試練を超えろ。そういわれて今までこうしてきたけど、その試練を出すカレン達のことはわたしたちは何も知らない。


「なら、絵本でも読んでなさい」

「絵本?」

「ええ。カレン達を知りたいなら勇者の物語を語り続けることね。そうすれば、どれかはカレン達のことにいくつくかもね」

「それは、どういう――」

「ああもう! いいよリアっ、こいつ結局話す気なんてないんだ」


 わたしが疑問に思った時、ロプちゃんはもう我慢ならないとミカエちゃんの膝から跳び起きて言い放った。


「こんな奴放って置いて、本を読み聞かせてよ。最近はずっと読み聞かせもなかったし」


 確かに、教会の子供たちが居なくなってから絵本を呼んでいない。

 それはミカエちゃんの言う通りだけど、カレンの含みのある言葉が気になるのも確かだ。 

 絵本を読めば何か分かるかな……。


「うん」


 おねえちゃんの膝枕から体を起こして、ありがとうと言いつつ、わたしは座り絵本を顕現させる。

 手元で瞬いた白い光と共に、光が弾けた次の瞬間には厚手の古本が姿を現した。


 そうして、静まった真昼の教会の庭で、静かに未知なる物語を語る。




 少女は愛されていた。

 母に。父に。世界に。

 愛されて愛されて、それはもう大切に育てられていました。

 どこかの貴族でお城で住み、豪華なドレスを着て美しく。教育はもちろん一流の指導者の元で、言葉から計算、いろんなもの。

 そして、母からは拷問を学んでいました。


 針に槌に鎖にムチ。ありとあらゆる人を苦しめるだけに作られた器具。それらの使い幼い少女は無邪気に学び、そして彼女も学び物の中で、もっとも拷問が嫌いだったのです。

 綺麗なドレスを着て、いろなことを学んで、優雅に暮らす生活。それはとても幸せな時でした。


 けれどある日、少女は悪いことをしました。

 母の大事にしていていた花瓶を落とし割ってしまったのです。


 そうして、少女はお仕置きを受けます。わるいこにはお仕置きを。

 いつも拷問を学ぶ牢獄で、貼り付けられて――



「リアストップっ!」

「えっ? ちょっと」


 読んでいた本を奪い取られ、投げ捨てられわたしは現実に帰ってきた。

 投げられた絵本は光を放つと、消失する。


 わたしは今、何を読んでいた?

 そうして、どういう話かを考えてみればその異常さに恐ろしくなる。

 なんて、ひどい話を……。


「絵本としては少し過激すぎね。どうしたの? リア」

「うんん――大丈夫。なんでもない」


 あんなひどい話を読んでも何も感じない。

 それは物語であり、現実ではないことを分かっているからこそ当たり前ではある。話は話、所詮は作り物で現実ではない。

 けれど、あんな狂った意味の分からない書き出しになにも気持ちを抱かない訳などない。

 少なくとも、読んでいれば人を気づつけたり、恐ろしい話となればわたしも嫌悪しない訳がない。

 ある種、語り部として物語は物語を割り切って読むよいうこしては正しいことではあるが、わたしはみんなを怖がらせる話などしたくない。

 だから、こんな話、気づけば読むことなど即座にやめているのに。


 読んでいて、何故か引き込まれて無意識のうちに語っていた。まるで、物語にわたしが読まされているように……。


「でも、びっくりですね。こんな話が出てくるなんて。いままでも話の展開上、憚れる部分があるものありはしましたけど、そういうのは濁すかそもそも話としてはなかったのに。

 こんなにも正面から酷いものはなかった……。

 カレン、何かしました?」


 ミカエちゃんの言葉に、全員の視線がもう何杯目になるか分からないお茶のお替りを飲むカレンへ視線が集まる。


「なにもしていないわよ」


 何気ないことかのように、視線を無視して一言。


 そうして、お茶をすするカレンからはまったく知らない様子で悪意一つなかった。


 であれば、わたしに何かあったのだろうか……。


 前よりも過激な話なのは確かだが、物語への没入感(・・・)がすごかった。それもロプちゃんから止められるまで、話に引きこまれて読み続けるぐらいには。


「ただ――」

「ただ?」


 思い当たることがあるかのように、オウム返しのように問うたミカエちゃんの後に続ける。


「話というのは無限にある。なら、そういう話もあっても不思議なことではないのではなくて?」

「それはそうだけど……。明らかにこんな怖いの……」

「それが、たまたま今日出たというだけでしょう。それもこれが偶然ではないとでも?」

「………」

「カレン。リアを怖がらせることを言わないでちょうだい」

「あら、そんな気はなかったの。ごめんなさい」


 おねえちゃんに咎められ謝るも、悪意の混じった笑みをするカレンはこれっぽっちも悪いとは思っていないことは分かった。


「それよりも、楽しい楽しいピクニックなんだから、少しは楽しんだらどう? そうねえ、肉を焼くなんてどう? そのあとに麺を焼くとか」


 それはピクニックじゃなくてバーベキューなんだって。ていうかまだ食べるの?

 カレンもなんだかんだこのピクニックを楽しんでいて、こんなしんみりしたのは望んでいないのだろう。じゃなきゃこんなバカみたいな冗談を言うはずないと思った。

 だからみんな思うことはあるとは思うけども、わたしはカレンの冗談に面白おかしく乗ることにした。


「ふざけないでって」

「やーね、ふざけて無いわ~。多分」

「じゃあ、野菜も切ってこないとね」

「リアもなんでそんな話にのっかってんの、正気?」

「はぁ……やるなら夜にしてください。今はもうお腹いっぱいでしょう?」

「リア。今度は私にも手伝わせて」

「うん、一緒に準備しよおねえちゃん」

「なんでも楽しいほうがいいじゃない」

「それはそうだけど……。なんかすごいはぐらかされた気がする」

「気のせいよ」

「………。ほんと、今日だけだかんね、アンタと仲良くすんのは」

「それは、何よりよ」


 何故なら、怖かったから。試練も絵本に起きた異変も。

 一重の不安であっても、この先、どうなるか一抹の不安を抱きたくなくて。

 わたしは、カレンと同じく今を楽しむことにした。




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