第23話

「――はああああァァ!」


 攻めの体制を崩さず大剣を振りぬいて、時には鎌と大剣は衝突し、続く死闘で斬り結ぶ鎌と大剣は、もはや百合を超えていた。

 

 リアの大剣が薙ぎ払いのごとく横に大きく振り払われる。その大きな隙をカレンは見逃さず、空いた懐に鎌を振り入れる。


 横腹が裂けた。致命にはならなかったが、鮮血が舞い、着実に、徐々に徐々にと鎌はリアを刈り取っていった。

 先ほどから常にこうだ、リアが切り込めばその踏み込みに対して鎌で肉を削る。斬り結ぶとは似ても似つかない一方的な削り合いで、リアは切り傷だらけ、血まみれの瀕死の状態であった。

 そうであるのに、止まらない。刈られ裂けた肉など気にも留めず、痛みを感じていないのか表情一つ変えていない。


 死神であるカレンとしても、それは率直に言って異常とでも思える所業であり、同時に、傷は受けども、致命的な一撃を全てはずされている堅実さに、ある種の胸が痛み苛立ちを感じていた。


「っ………」


 振られた鎌がふくらはぎの肉を削った。それに合わせて、構うものかと再び大剣が振られるが容易く躱していなし、足払いをして体制を崩させるも倒れる寸前で片手で受け身を取り体制を立て直すリアが煩わしい。


 痛覚を消しているのか。

 起きている事態に分析をするも、それになるほどなと関心などできはしない。

 

ひたむきに、愚直に、続けるリアの事がハッキリ言って気に入らない。

 なんだそれは。そのざまはなんだと、真っすぐ不器用ながらも堅実にしようとする、愚行へ走る姿が過去の自分と重なりイラついた。


 リアの能力は夢を紡ぎ現実に呼び覚ます。文字通り夢を夢で終わらせない願いを叶えるという希望の星だ。それは一重にいえば何でもできる事になる。

 昇天(アセンション)の段階であるのにも関わらず、機能としては降臨(アドベント)を遥かに超えている。それは聖器(ロザリオ)ゆえでもあるのだろう。元より道具の機能自体は力をどれだけ引き出せるかには関わらないから、リアは万能の願望具に近い物だというだけで、ハッキリ言えばその存在だけで完結している。


 ゆえに行き止まりだ。


 すでになんでもできる才を有している。そこにやるやらないはあれど、できるできないはない。

 だが、ただそれだけなのだ。変に何でもできてしまうがゆえに、それに対する誇りやリスクといった物は一切感じない。そのため無いのだ、何か絶対にこれだけはできるという誇れるものが。


 ミカエやロプトルのように何か他人と違う特性を有していたならば、こんなことにはならなかっただろう。やれることできないことがハッキリしている分、そこに価値を見出し夢見るのが人だ。

 だが、リアの場合は夢見れば彼女ら二人ができることはやろうと思えばできてしまう。しかも完全再現というレベルで正確に。


 そのため、突出する得意がない。これという自信がある物がない。

 当の本人は語り部として伝えることに誇りを持っていると聞いたことがあるが、そんなものただ他人の願いにこびりついているだけに過ぎない。伝えることはただの動作であって願いの根本ではないのだから。

 

 そうカレンは断定している。

 

 だから、残るのは忌避する感情のみ。

 使いたくないから力を使わない。自分の趣味趣向に合わないから。その力を使うのが怖いから。理由は大小さまざまだが、ただそれだけで自ら能力を使うことはままならず、勝手に破滅する。


 何か誇れるものがあれば、それを糧にもう少しまともな戦い方をできただろうに、芯がないから、使う力も絞れずに。これでは使い物にならない。

 

 ああ、分かる。分かるとも。なぜならば、自分もそうだったから。

 同じ夢を操る物として、同等の力を持っていたがゆえに分かる。そう、わかるのだ。カレンだからこそ分かる。


 自分もかつてはそうだった。死神として夢を操り同じように何でもできる能力を手に入れて、ただ一つの権利を獲得するため、ある人物のために必死になって戦った。けれど所詮はそれだけだ。なぜならば、カレンは盲目だったが為に。


 簡単な話。なんでも願いが叶う能力を持つということは、ただ目的を願えば自然とそれが見返りとして帰ってくるということになる。それはリアに限っては世界の理に関わらずあらゆる事象において有効。であるのに、目的を願わず手段ばかり願ってしまう。目的を達しようとするあまり、その目的を願うことを忘れてしまうのだ。

 これでは本末転倒である。すでに目的を叶えるための力を有しているのにも関わらず、それを使わないのだから。いいや、どうだろうか。

 実際は本当の願いなど叶えたくなどなかったのだろう。でなければこんな結果など起こらない。

 

 カレン達のように夢を叶える力を持つ者は、すべてその能力ゆえに、常に現実を見てしまう。

 夢を操るからこそ、現実との違いを自覚して。自分が普通ではない事をしていることをどうしても知ってしまう。

 ゆえにその幻想に取りつかれるのだ。今この奇跡を続けたいと思ってしまい。目標たる願いを叶えることを忌避して、盲目に手段へと投じる。

 そうして最後には元来目指していた夢すら叶うことはなく、夢に酔い続け破滅する。


 リアはその典型的な例だ。今なお身体的に付与することにしか力を使っていないのがその証拠で、リアは一度も何かを作り出す力を発動してはいない。

 創成するということは、理想を作り出すことに直結する。だから無意識にそれを忌避してその手の力を使わない。


 しかも、不幸なことにリアの場合はカレンよりも夢の能力は絶大で圧倒的。比喩ではなく世界の理を変えることだって可能な代物。だからこそ、より一層盲目になって破滅してしまう。


 とはいえ、そんな悲劇的な結末を迎えるなど痛ましい。せっかくここまで力の使い方を教えてきたのだ。教え子が悲しい未来を迎えるのはまた慈悲だろう。それに、友人の遺品がそんなことになるのは忍びない。


 ゆえに手向けだ、もう眠れ。


 振られた鎌がリアの首を狙う。

 だがそれは、大剣によって弾かれ逆方向に刃が吹き飛ぶ。


「フッ……」


 ああやはり、簡単なブラフにも引っかかるか。

 ただ突撃しか来ない以上、打ちくずには容易い。


 弾かれることなど前提の振りだった。瞬時に握り手を組み替えて鎌は振りかぶったリアの大剣を握る両腕の間に入り込ませる。

 そうして横に振り抜く。



 切り裂いた感触はない。

 そもそも、カレンの鎌に殆ど斬れない物など無いのだから当然の結果で、リアの左肘から上が血潮をまき散らして宙を舞っていた。


 だが、リアは止まらない。痛覚を消している以上、腕が無くなったということすら気づいていないのか、右腕だけで大剣を振ってくる。


 それを、体をそらして躱し、振りかぶった鎌を戻して次こそはと首を確実に刈り取りにいく。


 終わりだ。

 なんともあっけない幕引きだったと思い、同時に、今回も結局は失敗だったと苦悩する。


 が――



「はっ――⁉」



 リアの首を確実に刈り取るはずだった鎌は第三の刃によって受けられて、弾くと同時にリアの頭の横からカレンの胸に向かって、刺突が走った。


「くっ」


 大剣の刺突を紙一重で横に躱して、後ろに跳躍して乱入した第三者へと大きく目を見張る。


「リムっ」


 そこにいたのはリムだった。

 彼女はリアの背後に立ち、突き刺したリアと対になる色彩模様のガラス張りの大剣を引いて、リアの横に立ち並ぶ。


「待たせたわね」

「なぜアナタが?」

「さあ、何故でしょうね。リア、行きましょう私たち二人なら勝てるわ」


 そうリムがリアへ言うと、何も言わず二人で剣をかがみ合わせのように構える。と、同時。

 リムは消えて。

 

 瞬時にその行く先を察知すると、既に背後に現れており、大剣が真っすぐ振り入れられる途中でリムに気を取られていればリアもいつの間にか大剣の射程へと入って来ていた。


 ほぼ同時に不意打ち同然に振るわれる二本の大剣。だが、それでも反応するのがカレンだ。

 背後から襲いかかってきたリムの刃を横に跳ねて躱し、横に逃げたカレンを追撃してきたリアの大剣は片腕のゆえに遅く弾きやすくいため弾いて、ついでに蹴りを腹部へとお見舞いする。


 だが、それはまたも予想だにしない結果をカレンが目の当たりにすることになる。


「っ――」


 リアが重かったのだ。蹴り飛ばすには重くまるで鉄の柱でも蹴りつけているかのようで、びくともしなかった。それは今までならば容易く蹴り飛ばすことができていたはずなことで、同時にあり得ない事でもある。

 リアの身体能力がさらに上昇している? 

 不明な点が多く、カレンは仕方なく蹴るのをやめて今のリアを警戒してさらに後ろへとステップを踏み後退することになる。


 そこを、リムは狙ってリアと入れ違えとなるように真っすぐ飛び込んできた。


 今度は早い。

 それも先ほどの、瞬間移動とは異なり通常の切り込みで早く感じるのだ。

 

 同時にその状況から自身に起きている事を判断するのは容易だった。

 この戦いで最初に受けた、自身強化と外部無効化、それが飛躍的に拡大している。それも、カレンが圧倒的に二人に劣るレベルまでその効力は及んで。


「くうっ……」


 リムの大剣を鎌で受け止めるもその威力は圧倒的で、横に払った力強い薙ぎ払いに鎌ごとうち飛ばされてしまう。


 それだけで終わらず。


「―――⁉」


 リアが力を使う予感も見せず、ロプトルのように物理的に創形した巨大な氷の塊が真上から飛来する。



 吹き荒れる砂塵と冷気と氷の破片。視界は砂と蒸発する水蒸気に覆われて識別不可能であるはずだが、リアはカレンの事を確実に捕えていた。

 カレンはリアの場所を感じ取ることができないのに。


「なるほど……」


 氷をギリギリのところで鎌で砕き逃れた煙の中で、突如として現れた大剣を鎌で受け止めると、カレンは事態がどういうことが起きたのか咄嗟に判断することができた。


「これがアナタの降臨(アドベント)なの。眩しいわね」


 ああ、眩しいわ。酷く……。

 

 何故ならば、リムが現れてからリアは能力を一度も使ってなどいなかったから。いや、能力どころの話ではない。元々戦いの為に教えた聖器(ロザリオ)での身体強化すら……。


 だからリムが現れて以降、リアが突然目の前に現れたように見えたし、何も力を感じないのに氷の創形や煙の中で不意を撃たれた。

 力を使っていない以上、力の気配を読んで戦っていては危機を察知することなどできない。そもそも力を使っていないと以上、脅威にすらならないという至極当たり前なのだが、リアに至ってはそれが当てはまらなかった。


いいや、この場合。リムとリアと言うべきか。

 リアは力を使ってない。それは確かだ。ではリムは?

 リムの場合はその逆だ、いやそれどころか、リアが使っていない力全てをリムが使っており、無能状態のリアに力を使っていると見せかけるほどに、能力でリアに力をかけている。

 そう――力をかけているのだ。


 身体強化はもちろん、先ほどの氷の創形。リアが力を行使しようとする度にそれに合わせて、まるでリアが力を使うよう(・・・・・・・・・・)に。

 

 であれば、形的にはリム一人でカレンの力に対抗しているかのようにも思える。けれども、事はそんな単純な物ではない。

 リアが力を使わないのではなく、リア自体の力がリムに渡っている。リム本来のスペックは分からないが、そこにリアという無限の可能性が上乗せされている。

 それも、もはや力全て受け渡すレベルで。


 それがどういうことか。


 理解したが為に、カレンは眩しいと思ってしまった。


「まさか、自分で力をうまく使えないのなら、力の使える者を作ればいいなんてね。そう――それがアナタの勇者なの」


 紛れもない勇者。自分が望んでいるかつての光のように眩しくて。

 これなら、どんなに自分が夢に落ちていても関係ない。目的を達成するために作られた第三者であれば間違いなく夢を叶えることをする。機械的に。

 夢に憧れた人の前に立ち道を示す勇者のごとく。


 その勇者をリアは呼んだ。この場に。リム(勇者)を呼び、力を託すこと自体があの降臨(アドベント)。

 そうして、守ってもらうだけではないのだからなおも厄介だ。


 呼ばれたリム自身も、リアの能力だけではなく個人の能力を有している。それは最初に出会ったときに体験している。

 リムの能力は相手の夢を引き出し、現実化する力。リアが自分自身の夢を実現させる力というなら。姉のリムは他人の想像や夢を現実にするという能力だ。つまりは他人の能力を自分の力にするというもので、ソレ事態はハッキリ言って使いづらいものであるだろう。敵の夢など叶えれば自身に取って不都合なのは間違いがないわけで、かといって自分の夢は対象外となっている。

 

 だが、それが仲間の夢であれば話は別だ。

 仲間、それも自分の価値観と最も近く、同じ目標(夢)を描くものなら。目的は同じだから使用用途も同じだし。何よりも相手の夢だから自動的に共感性を得て能力には相乗効果が付与される。

 それは、夢を実現させる相手が敵でも変わらず、使えば自動的に想像効果が乗る力と言っていい。

 そんな者が自身の夢を実現させる力を手に入れたらどうなるか。


 他人と自分のどちらの夢も実現する。


 リアの力は他人に自分の夢をかなえてもらうことで、リムの力は他人の夢を叶えること。

 これほどまでに相性の良い組み合わせはなく、そこに生じる力の範疇はそれはもはや全能の域だ。

 相手も自分も例外なく夢を叶えて、発せられる力は神と言ってもいい。どちらの力も、例外なく無限。しかも、そのどちらもリアとの共感性によって二人分に強化されている。


 何故ならば、リアの夢はリムの夢であり同じ目標に向かって扱われるものだから。

 使った力はすべて、例外なくリアとの共感性により強化される。


 だから二人には、現状に対処することにおいて叶えられない夢はない。目標に向かうための手段とという点においては、リアが起点になっている以上変わらないが、そこに目標をかなえるために存在しているリムも加わっているからこそ、終わりを忌避して止まることはない。


 能力というにはいささか変則的ではあるが、こうして戦いが成り立っている以上、これもまた一つの能力なのだろう。


 だからカレンは、思う。

 こんなものを見せられたならば、自分はどうするか。この二人の目標が叶うことがあれ自分は。

 これこそ求めた勇者で、同時に――ああ同時に……。


 リアの斬撃に吹き荒れた疾風により砂煙は振り払われて、リムもカレンへと迫って来ていた。

 そして、そのリムに気づいて反射的に反応した時点で、カレンの敗北が確定した。


 押し勝っていたリアの大剣を撃ち消して、リムの迎撃へと体制を構える。リムが振るった大剣を鎌で弾いて、リムをどうにかしようと鎌の純度を上げていく。あの色彩模様の煌めく剣ごと刈り取れるように。

 けれども。その考えすら浅はかだったのかもしれない。事実、のちにカレンはやはり自分は愚物だなと自嘲することになる。

 

 ここでは、昇天(アセンション)までしか使わない。

 そう最初に取り決めたルールをこの時点で破っていた。先のリアの大剣の威力を消去し返した力はまさしく降臨(アドベント)で、カレンの固有の能力と言っていい。ゆえにその時点でカレンの敗北は決定している。


 だから、それに気づいて、続くリアの斬撃に無抵抗なまま。腕すら夢の力によって再生し両手で握ぎる力強い振り下ろしを眩しく見ていた。


「我よ、理想を抱いて夢現へ導け――形色せよ降臨(アドベント)」


 できるかもしれない。リアとリムならば、二人というのはいささか変則的ではあるものの、まあそこは見た目上の話でも、中身としては一つだからなんら問題はないだろう。

 だって――リアは……。リアは彼女と同じ、待つだけではなく、進むという選択肢を持っているから。




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