第21話

 市場から帰ったわたし達は荷物をおいて、呼び出された街の外へときていた。

 そこはいつもカレンに言われてギニョールを狩っている場所の一つなのだが、一足先に来て待っていたカレンによってギニョールは一体残らず滅ぼされつくされている。

 そのおかげで、何もない赤焦げた荒野はシーンと静まり返り、昼間なのに関わらずいつも以上の不気味さをわたし達は感じている。


「遅かったわね」

「はあはあっ……。無茶言わないでよ、市場に行ったどこにいるかも分からないリアを探して呼んで来いってだけでも大変なのに、それを急がせるとかっ……」


 走って着いたわたし達にカレンが飽きれた顔で言って見せてくれる。

 いやまあ、市場に行けば伝言を頼まれてどこに行くかわからないわたしが悪いのだけど……。


「まあいいわ。アナタ達を呼んだのはいつも通りよ」

「いつも通りって、まだ昼だけど?」


 そう、ロプちゃんのいう通りまだ昼である。いつもならカレンに言われて戦う訓練は夜に限るのだが、それなのに今日に限っては真昼間であり、おまけに普段はギニョールの処理などしない。だというのに、こんな場所を整えるようなことをしてどういった要件なのだろうか。



「ええ、確かに昼ね。いつもならまだ早い――とても言うのかしら? まあ、それを言いたい気持ちは分かるわ。カレンは夜型で昼間はすごく苦手だし。正直いまでも教会の椅子で寝ていたいという気持ちはある。でもね、今朝何故か起きちゃって思ったの」

「……何を、です?」


そこで奇妙な間を持たせ、問うたミカエちゃんに不敵な笑み浮かべた。背後から当たる日の光が闇を作り、カレンの悪辣さを示すかのように影が目元を覆い隠す。


「……飽きたのよ」


 そうして放たれた言葉は意味の理解ができない一言だった。いやまあ意味は分かる。裏表がないカレンが言うことは文字通り、言葉通りのことだろう。けれども、飽きたとは? 


「だからカレンと戦ってもらう。それで見定めて合格か不合格決めるわ」

「それはつまり、もうわたし達には教える事が無いと?」

「あはははっ、まさか。もちろん教えなきゃいけないことは一杯あるだろうけど。それに、飽きたと言っているの。だってそうでしょ? 一月も経ってもカレンにはまともに第二の試練を超えるようには見えないもの。そんな成長もロクにしないような連中を教えたところで何が面白いというの? そんなつまらないことはカレンは望んでいない。だからここいらで潮時と思っただけよ。とは言え、今まで教えてきた物を簡単に壊してしまっても詰まらない。だから、ちょっとした試験を設けようと思ったの」

「そんな勝手なっ!」


 怒鳴ったロプちゃんに不敵な笑みを浮かべて、死神は薄ら笑いを浮かべ続ける。


「勝手? ええ勝手よ、カレンはいつだってそう。そういう立ち位置だもの、こればかりは楽しくてやめられない。けれども、同時に思うのよ」


 そこでフッと嘲るような薄ら笑みは消えて、見下すような詰めた蒼い瞳が、氷のような冷気を思わせて冷ややかにわたし達を睨みつけて言う。


「その程度でアナタ達、次の試練を超えれるとでも?」


 カレンの言うことは最もだ。ギニョールを退けるようになったといえ、試練の相手はギニョールではない。審判者であるカレン達だ。第一の試練で街の三分の一が吹き飛ぶような自体が起きている以上。次の試練ではそれより難度は上なのは明らかであり、より先はさらに予想を遥かに凌駕する事態となるのは明らかだ。よってすべて死地であり修羅場になるのは自明。越えねば元の街と生活は帰ってこず、失敗すればそこで終わり。死んで街ごと消滅する事になる。こちらの都合などハッキリ言って意味をなさない。


 だからと言って、急すぎるのではないかとわたしは思うけど……。

 既に一月最初の試練から立っている。そのことを考えると、よく一月も何もなかったとも思える。

 もしかして、次の試練がもうすぐに迫ってるの……?

 

 カレンの言葉にわたし達は誰一人、何も言い返すことはできなかった。普段からたてついているロプちゃんでさえも、視線を下げて自信なさげにそれは、と呟いている始末だ。

 だからと言って、わたしはカレンの唐突な行動に、はいそうですかと、納得して了承することはできなかった。


「試練を超えさせるためにカレンがいるんじゃないの?」


 何よりも、この死神が何故、そんな結論に至ったのか訊きださなければいけないと思った。カレンは普段何を考えているか分からないが、実際のところ言っている事はすべて的を射ている。だからこうしてわたし達はなにも言い返すことはできないのが事実だし、素直にしたがって戦う訓練を積んできたのだ。


 そこには無駄はなかったし、最適解だったとでも言っていい。そんなカレンがこうした暴挙へと踏み出したということはそれなりのことがあるのだろう。と、わたしなりの解釈で考えるも、カレンの返答は期待のよらない端的なものだった。

 いいやこの場合、期待は満たしていたけれども、わたしの中に残っていた助けてくれるという期待を、最悪な意味で裏切ってきたのだった。


「そろそろレアの我慢の限界でしょうからね。

 第二試練――それはレアの悪魔召喚よ。あれは今度こそこの街を崩壊へと導く、悪魔召喚の贄としてね。あんな殺し合いの悪夢を正直ここまで教えてきたアナタ達に見せるのは忍びない。って言ってもう教えるのは飽きたし」


 だから――

 そう言って、カレンの手に死神の鎌が創形される。優雅にくるりと舞って構えた構えが空を切って、触れたものを例外なく惨断する切れ味を持つ鎌は間違いなく渡したいに向けられていた。


「来なさい、これも訓練の内よ。もちろん手は抜いてあげる、手抜きしたカレンにかなわないということはそれまでよ」


 それは訓練の名を借りた死闘の幕開けの合図であった。

 同時に、真横にいたロプちゃんが飛び出していた。


 その手には氷の鎌を創形して、まっすぐ狩猟者のごとく突き進む。決してロプちゃんは速度が速いタイプではない、けれども誰より最初に出た速さはそれは先にこの場の誰よりも戦闘の準備ができていたかの違いだろう。

 ロプちゃんは元からカレンを敵視している感じはあったし、それは今でも変わらなかった。だからこうして素早く反応できたのかもしれない。

 

 ならば、わたしもためらっている場合ではない。

 

 ロプちゃんを追いかける形で、わたしもステンドグラスの大剣を顕現して後を追う。


 一か月頑張ってきた。けれど、たかが一か月だ。その程度でまともにカレンとは渡り合えるとは思っていない。だと言うのにこれから命がけの死闘を繰り広げようとしているのは随分無茶な事だとは思う。けれども、気持ちで負けていてははなから勝ち目などない。ならば今はやれることを全力でするしかないだろう。


 二人で自らの間合いに入り込み、左右からカレンの逃げ道を塞ぐように振り落とす。それは阿吽の呼吸で互いに会話もルールも定めていないのに完全な連携。同時にカレンへと刃が落ちる。


「たあっ」

「はっ――」


 勝負は初手一撃で決められようとしていた。が、しかし――


 二人同時に放たれた攻撃がカレンへと直撃するが、まるで岩を殴りつけているように固くびくともしない。命中はしているし、今もこうして刃はカレンへと突き立てられている。だというのに、それは衣服すら切り裂く様子も見せず、ただの棒切れをカレンへと押し付けている形となってしまっている。

 それだけではない。


「そんなっ」

「どうしてっ」


「――このっ」


 切りつけている鎌と大剣などないかのように、ただいつも通りの動作で軽く押しのけて鎌が引かれる。


 なにこれ……。まずい。

 カレンに鎌を振らせてはいけない。現状(・・)のカレンとわたし達の実力差は天と地の差だ。ならば真向から戦っても勝つことなど難しく、三人の連携で攻撃のスキを与えないことが不可欠である。だからこそ、わたしはロプちゃんに続いて先制をしたし、いまもカレンに攻撃のスキを与えないようにと大剣を振り下ろし続けている。だが、そうした企みもかなわなく、引かれた腕は止まらず――


「っ――」

「きゃっ⁉」


 振り放たれた鎌の斬撃は、わたしとロプちゃんを塵芥クズ同然に軽々と吹き飛ばす。

 いくら非現実な能力を扱っているとは言え、連携は明らかに取れていたのに、こんなにも歯が立たず簡単に吹き飛ばれるとは思っていなかった。わたしが着地を決めて防御の体制に入ったところで、再び攻撃に入ろうとしたロプちゃんをすり抜けて、カレンは雷と化す。


 まっすぐ雷撃のごとく疾走して、その狙いはわたし達より後方に居るミカエちゃん。今だ鎖を創形して戦闘準備に入ったばかりのミカエちゃんに先手必勝で突撃を仕掛ける。

 それはこの場における弱点への一撃であり、カレンはわたし達の中で最ももろい場所を的確なタイミングで狙ってきたと言えよう。

 

「―――⁉」


 ミカエちゃんは中距離遠距離タイプだ。その上、なんの合図もなく始まったこの戦闘にうまく対応しきれておらず、今ようやく聖器(ロザリオ)を創形したばかり、そんな隙だらけのミカエちゃんの懐に入られればどうしようもない。近距離に入られた時点で即死は必至。カレンは包み隠さずわたし達を殺しに来ているし、その時点でわたし達三人による陣形やそもそもの戦いの活力(テンション)などそのショックにより維持できない。

 間違いなくミカエちゃんが斬られた時点で、終わりだ。

 

 だからなのか、いいや。だからこそ、そうはさせまいとロプちゃんが真っ先に動いた。


「――させないよっ、凍れ!」


 突き立てた氷の鎌の先から、地面は凍結してその氷は這うように地面を凍らせながらカレンよりも早い速度で追い、カレンをとらえる。

 足に氷が触れた瞬間カレンの足が止まり、地面へと凍って捉えられる。


 だが、そんな足止めは単なる一時的な事にすぎず、振られた鎌によって氷は切断されてカレンの足を完全に凍り付かせる前に砕け、容易く破壊され再び駆け抜ける。


 けれど――。


「リア!! 早くアレを!!」

「うんっ」


 この程度でカレンを止められないことなど百の招致だ。ゆえに手はまだある。カレンには見せていない、ひっそりと相談して試していたアレが。

 わたし達はまだ少しも本領を発揮などしていない。これからが本番だ。


「今日(こんにち)、われらに与え給え――昇天(アセンション)」


 祈り、口にした言葉は無論ただのつぶやきなどではない。自身の思いの強さによって力の強弱が変わる聖器(ロザリオ)の力。それを発動させるにあたり、自らの思いを口にすることは、その願いを明確にすることで発動に必要な手順(トリガー)にもなる。高度な力になればなるほど、より鮮明に自分の意志を強くする必要がある分、それを発揮する言わば覚悟の宣誓に他ならない。

  

 そうして祈り紡ぐ能力は夢の顕現。聖器(ロザリオ)本来の力をその身に宿し、その力を開放する力。その能力は個々の聖器によって人それぞれだが、わたしの場合は夢を顕現させる力である。それを最大限まで引き出す。その力の範囲は何かものを作り出す事だけに収まらない。

 願ったのは自身強化と外部無効化、反する力をわたしだけにとどまらず、ここにいるカレン以外の者へと力を規模は及ぶ。これにより、劣っていたわたし達の能力は飛躍的に上昇し、同時にカレンの能力は弱体化をする。

 

 能力の段階的に、全四段階あるうちの第二段階目。昇天(アセンション)。


 夢は物理的な物に収まらず、やろうとすればこの世の法則すら捻じ曲げることができる。これが、わたしの本来の力である。


「きたっ――」


 能力強化が発動したのを感じて、同じくミカエちゃんも思いの丈を高鳴らせる。

 外部無効化によりカレンの速度は若干だが遅くなっており、それはミカエちゃんが力を発動するには十分な余裕だ。


 高鳴る想いの果て、ミカエちゃんの力は発動する。


「われらを、悪より救い給え――昇天(アセンション)」


 唱えられた言葉と共に都合十本の鎖が舞った。

 未だミカエちゃんは自身の聖器(ロザリオ)とは和解できていはない。だが、それでも元より聖器を扱えていたため、力を引き出すことはできている。とは言え、不完全と言えば不完全だ。ミカエちゃんは聖器(ロザリオ)が実際はどんなものなのか知らずに扱っているし、認識のズレによって元来の能力値(スペック)を発揮できていないのは確かだ。けれども、力に対しての認識に多少のズレがあろうとも、根本的なところは違っていないのだろう。


 でなければ、たとえ一欠片でも力の行使などできるはずがなく、発動などしないのだから。とは言え発動してもその力が本領を発揮できていないのもまた事実。だから、ズレていて発揮できない部分はわたしの力によってカバーしている。

 わたしの能力は身体能力だけにとどまらない。相手の想いすら強くする役を担っている。


 そうして、わたしとの協力で現れた能力は、罪人の捕縛であり、そこから罪を償わせるという力である。その束縛は絶対で、巨体な象数十匹掛かりでも引きちぎることはできない。


 宙から振り落ちた絡み合い太く一本の鉄の線となったそれは、カレンに巻きつくと、どういうことか、元から絡まっていたかのように鎖の中へみのむし状に、カレンの体は埋もれて止まった。

 カレンは完全に停止して、鎖を振りほどこうとギチギチと金属の擦れる音が鳴る。


 だが、それだけではわたし達の攻撃は止まらない。


 罪人を捕縛し、罪を償わせるということは、同時にそれ相応の断罪者が居るという事だ。


「分かってはいましたけど、すごい力です。長くは持ちません。油断するとこちらが持っていかれます。――ロプトルっ早く!!」

「了解っ」


 呼ばれたロプちゃんが断罪者として役割を担う。

 氷の鎌を構え直して、走り出し、同じくロプちゃんも祝詞(のりと)を呟く。


「われらの罪を赦し給え――昇天(アセンション)っ」


 唱えられ、ここに真の力は発動する。

 ロプちゃんの力は一言でいえば呪いだ。今までその呪いで自身が不幸にあってきており、その力は訊くところに絶対なのだと言う。

 事実、夢の中でのもう一人のロプちゃんの力は災禍を起こすほどに凄まじかったし、今まで聖器が使えなかった分、わたし達の中である種、聖器への執着と自身が最も強いのはロプちゃんだ。それは、力の相乗効果を飛躍的に上げるプラス方面へ繋がり、間違いなく万全の一撃を生み出すに違いなかった。

 

 呪いは膨れ上がり、鎌は氷であるのに燃えているかのように黒煙を立てながら大きく振るわれる。その一撃は呪いの一閃。触れれば強制的に理不尽な事象が起こりえる。その効果は絶大であり絶対。ロプちゃんのポテンシャルの高さも乗っているので、過去最大規模で効果範囲も呪いは最悪なものへと至る。


 その呪いとは……。


 振り放たれた氷の鎌に触れる寸前、動いて鎖を抜けようとしていたカレンがなぜか止まった。


「取ったっ」



 繋がれた鎖で守り耐えようとしているのか、諦めたのか。いずれにしてもその点は抜かりはない。


 ミカエちゃんの能力は捕まえて捕らえることに特化した能力であり、同時に審判者となるものには鎖は邪魔にはならない。鎖は罪人にしか触れることはできず、裁くものには透き通りすり抜ける。どんなに鎖に絡み合っていようが罪人の切断は可能。ロプちゃんの鎌がカレンを捉える。



 だが、そう簡単に行かないのがカレンという死神である。


 動きを止めたのは脱出を諦めた訳でもなく、ただそんなことする必要がなかっただけであった。

 握っていた自身よりも大きな死神の鎌を指先でくるりと回し、まるで豆腐か紙切れかのように容易く鎖は寸断されて束縛から容易に抜け出る。

 それだけにとどまらず、ロプちゃんの鎌を自身の鎌ではじき返し、よろめいたロプちゃんにさらに追撃をすることを忘れない。

 

「おわっ⁉」


 だが、ただではやられないのがロプちゃんだ。

 体制を崩されつつも、カレンの鎌を首元擦れ擦れで交わして鎌を振り返すと、氷の鎌に触れることを忌避してかカレンが跳び引いた。


 確かな手ごたえが感じられている。いまやわたしを含め全員が昇天(アセンション)の領域まで到達し発動できており、カレンと拮抗し跳び引かせるところまで来ている。

 このまま流れを掴みいけば必ず勝てる。

 そう確信してわたし達は構えた。


「どう? カレン。わたし達もただやられるだけじゃもうないんだよ」


『さあ――』


「やろうか? カレン」

 

 ここから先、わたし達の力に不備はない。構えた大剣を握りしめて、わたしはカレンへと言う。


 そうして再び構えるわたし達を前に、睨む冷めた華麗さはそのままに、鎌を構えてカレンは不敵な笑みを漏らす。


「なるほど。それなりの力はつけているということね。粗削りではあるものの、全員が昇天(アセンション)を発動させて力を引き出している。さっきの鎌の呪いなんて、流石のカレンでも触れればただではすまなかったわね。

 認めてあげるわ。アナタ達は確かに強くなった。これなら、認識を改める必要がある可能性も出てきたわ」


 そこで、カレンは鎌を大きく引いて突撃の構えを取る。


「なら――」


「どこまで何ができるのか見せてもらおうかしら」


 振り払われた鎌から飛んだのは、空気の刃による射か。普通ならば視界に映らない不可視の無数の刃がロプちゃんを襲った。


 今までならばその時点で即死は必死なのだが――


「カレン――試すのならば、そんな小細工ではなく本気を出してはどうです? 見えていますよ、そんな物。貴方、意外とこういう細かな芸当苦手でしょう? 雑すぎてはっきりと見えましたよ」


 空気の刃は全て、ことごとくミカエちゃんの鎖によって撃ち落される。


 そして、鎖はそのまままっすぐカレンへ向けて反撃をして、わたしもまたそれに合わせて切り込む。


「そう」


わたしの大剣は鎌によって受けとめられるも、後から合わせて飛んだ鎖がカレンの胸を穿とうと迫る。


「見ていているねぇ」


 大剣を弾いてスカートを大きく広げながら回転してして、その間を鎖がカレンから狙い外れるが、先に迫っていたロプちゃんが背後から氷の鎌を振り入れた。

 だが、それも今度は宙がえりをしてロプちゃんの背後に逆に回り込む。


「っ――」


そこへ、わたしはロプちゃんへ鎌を振られる前に大剣をまっすぐ振り下ろしたのだった。

それは躱されるもカレンはそこから反撃をしようとせず引き下がる。


「本当に見えているのね。いいわ。ならより鮮明に、力量というのを教えてあげる。カレンの実力は復活(レザレクション)、昇天(アセンション)、降臨(アドベント)、秘跡(サクラメント)、四段階あるうちの降臨(アドベント)の段階。

 そのうちの二つの能力はアナタ達の知っての通り」


 そう唐突に解説を始めたカレンへとそこが隙だと攻め込むことはそう簡単にできなかった。今も冷たい視線は囲んでいるわたし達を観察していて、艶めく眼は厳しくわたし達の隙を見極めている。


「復活(レザレクション)はロザリオの顕現。本来の道具としての自分自身を創形、顕現して表すこと。アナタ達が武器として扱っているそれが、復活(レザレクション)

 そして第二。昇天(アセンション)。今アナタ達が扱っているその力のこと。

 聖器の力を引き出して、その力を能力者自身へと宿し常人よりも数倍の身体能力を得る。その上、物によってまちまちだけれども、異能という形で一時的に聖器を中心に力を世界へと解放できる。

 中身が元々それなりの宝物(ほうもつ)である以上、カレンの鎌と同等、もしくはそれ以上の異能を格子することができるわ」


 そこで、ヘンな間を持たせ場が静まり返る。

 その異変に緊張が走りわたし達はそれぞれ身構え、切迫するわたし達などいざ知らずカレンが続けた。


「そして第三。聖器を聖器としてではなく、媒介として扱い使用者本人の意志を能力として発動させること。もう分かっていると思うけど、聖器の力は使用者の思いの丈がどれほどかで決定するわ。

 それは言い換えれば、自分に合わない聖器では能力を百パーセント発揮できないと言うこと。

 て言っても、元々聖器であるアナタたちにそんな条件なんてあまり関係ないのだけど。

 けれども、道具である以上、そこにはスペックという物があり、聖器のスペック以上の事はどうやってもできない。

 その次元を超えるのが降臨(アドベント)よ。

 まあ、どういうものかと言うのならば、いわば個々の固有能力使用ね。

聖器のスペックに左右される昇天(アセンション)とは違い、能力自体が使用者自身の渇望そのものだから、思いが強ければ能力は天井知らずに膨れ上がる。

 能力は個人の主義主張、心中で最も芯がつよい部分が力となるから、能力自体は昇天(アセンション)と異なり局所的な物にはなるけども、その力は絶大で、絶対に昇天(アセンション)では止められない。


カレン。いや、この場合カレン達というべきかしら? アナタ達に試練を与えるクリアを除くカレン達三人は皆、降臨(アドベント)の領域へと至っている。

 その意味分かるかしら?」


 その問いかけに、わたしは疑問も持たず問い返す。


「今のわたし達じゃ絶対にカレンにはかなわないということ?」

「ええ」


 静かに冷徹に、冷ややかな表情はそのまま頷いてカレンは同意する。


「なら、アナタ達はここですべき事はわかるわよね?」

「それは……わたし達も降臨(アドベント)への領域まであがれということ?」


 カレンが言うように昇天(アセンション)では降臨(アドベント)に適わないというなら、たとえわたしの力によって、皆が強化されてカレンが弱体化されている今の状態であっても意味がないのだろう。

 それは外部無効化をかけているのにもかかわらず、その影響をまったくと言っていいほど受けていないカレンが証明しているし。それであるにも関わらず未だ降臨(アドベント)ではないという。

 確かに、この力は意志さえ強ければ跳ね返せる物ではあるものの、それがまったくと言っていいほど効果していないということは、わたしとかカレンとの精神力の差に天と地の差がある。

つまり、まともに力を使われれば勝機は皆無ということ。


 とはいえ、降臨(アドベント)の段階に上がる条件や方法とは?


「でないと、あの子たちの中で最も弱いカレンの相手すら務まらない。

 安心して、ここでは昇天(アセンション)までしかカレンは使わない。今のあなた達に本気を出すまでもないもの。

 でも……それすら超えられないという乗らなら」


「―――っ⁉」


 視界に映るカレンの姿が揺れたと思うと、彼女の殺気強まり、瞬間、姿が消えたと思うとわたしの目と鼻の先に、鎌を振りかぶった状態で現れた。


「ここで死ぬのみよ」


 咄嗟に大剣を盾に防いだものの、斬れないのなら吹き飛ばそうとでもいうかのように、スカートを大きく振り乱し蹴りで大剣ごとわたしを凄まじい力で落ち飛ばされた。


 そこには、可憐な少女のような慎ましさは一切なく、荒くれ者のような雑さしかない。雑ゆえにその力は今までの中で最も凄まじい。

 けれども、そこに生じた隙をロプちゃんとミカエちゃんが逃しはしなかった。


 雑ということは、それなりに大振りであり隙が生じるということになる。そこを狙って、ミカエちゃんの鎖が追撃しようとしたカレンの腕を締め上げて、ロプちゃんの氷の鎌がカレンの首を狙って振り落ちる。


「はあああアっ」


実力的にカレンの力がわたし達より上ということは招致の上であり、今は拮抗しているとはいえど一人でも欠ければ戦況は一気に崩れ破滅するのは未だ変わらない。降臨(アドベント)へ上がる条件は分からない。

 なら、それをわたし達は分かっているがゆえに、仕掛けることは皆変わらない。

 

 今の状況を崩さない。拮抗している以上、それさえすれば、たとえ五割、いいや、数で優っている以上、七割、六割は固い。今は分からないことなど、高望みせずに、下手な動きは控えたほうがいいのが鉄則だ。


 そう信じて、たとえ愚行だと罵られようともわたし達は切り込むのを絶やさない。


「やあああああああああっ」


 腕を鎖で繋がれたままロプちゃんの攻撃を避けたカレンへと飛ばされていたわたしは着地をして、弾丸のごとく突っ込み大剣を突き入れる。


「ひゃっ」


 それを繋がれた鎖をミカエちゃんごと引っ張り、地を蹴り宙へと飛翔して、わたしの攻撃は躱される。


 形的にはまっすぐ宙に飛んだカレンにミカエちゃんが鎖で吊られ宙ぶらりんになるというどちらが鎖で縛っているのか分からない奇怪な状況にもなるが、それで構わない。


 延ばされた鎖数本は地へと刺され踏ん張り、残りの数本はカレンの体を縛り上げて、カレンの動きを制限していた。


「くっ……。ロプトルっ、リアっ畳んでしまってくださいっ!」


 鎖を引くカレンの力は依然としてミカエちゃんを超えている。それでも足止めとしては十分。


「リア、乗ってっ」

「分かってる!」


 摩訶不思議な異能を扱う以上、飛翔し宙を飛ぶことなど造作もないだろう。最初に会ったときに、杭の上などという常人では登れない場所に宙から降り立っていたからできることは知っていたし。飛ばれてしまえばカレンを的確にとらえ攻撃することなどできないことなど分かっていた。

 だから、それの対策案として、こうしてミカエちゃんが鎖でつないでいてくれればそれを制限できる。


 現在、飛ぶ手段をわたしは持ちえない。ゆえに同時に高く飛翔する方法も必要となるが、それは抜かりはない。


わたしは地面についたロプちゃんの鎌に足をかけて、振り上げられると同時に飛翔し、縛られて動きを止めているカレンの背後へとたどり着いた。


「たああっ」


 カレンよりも少し高い位置から大剣を振り下ろす。大剣は鎌によって防がれるものの、その勢いにより、カレンは弾丸並みの速度で真下に弾かれて、地面へと激突する。


 同時に巻き上がる爆発的な砂煙により周囲の視界は一気に失われる。確実に入った大きな一撃。だが、それで終わりはしない。

 今度は、ロプちゃんが巨大な氷を落ちたカレンの真上で作り出した。その氷は触れる大気を蒸発させて湯けむりを放つほどの冷氷。素手で触れればやけどをする冷たい凶器だ。

 わたしがそれを蹴って大きく飛んで最も離れた位置へと着地をする。同時に、隕石もかくやという巨体はカレンへと墜落した。


「――どうです?」

「……やりすぎた?」


 砂煙で見えないが、直撃したのは確かであろう。ここまで完璧な対応であり、出てこない様子に確かな手応えを感じるが――


「かはっ――」

「えっ……⁉」


 次の瞬間にはロプちゃんとミカエちゃんは血を噴き出して倒れていた。


「なっ……」


 突然のことに理解が追いつかない。目の前で二人は、砂煙から飛び出した頭一つ分ほどの氷の刃に直撃して、血を流して倒れたていた。同時に砂煙は竜巻のごとくつむじとなって吹き荒れて、吹き飛び四散する。

 そこから現れたのは。


「カ、レン……」


 なんの消耗品も見せない敵の姿だった。

 優雅な可憐さはそのままに、凍り付くような視線がわたしを次の獲物を刈るために、見つめていた。


「残念ね……。それでは生き残れない。あなた達ごときの意志力なんて、睨み一つで跳ね返せること、まだわからないの?」


「リア……」

「ミカエちゃんっ。っ――」


 辛うじて意識を保っていたミカエちゃんが呻き漏らす声に反応したカレンが、もはや反射レベルで生を刈る死神として鎌を振り上げて飛び掛かる。同時にわたしも瞬時に判断をして飛び出して、その鎌を大剣で受け止めてミカエを守も、先ほどまでも圧倒に重い振りだった。



弾かれ着地をしてから、倒れるミカエちゃんを慌てて脇に抱え、続くカレンの攻撃を足が壊れるのも構わず夢を行使し強引に上げた脚力で蛙飛びにロプちゃん側へ飛び抜けた。


「い…っ……」


 今の緊急により、足に骨にヒビが入ったのか折れたのか、激痛が襲い顔をしかめながらも回収したミカエちゃんをロプちゃんの横に放して、大剣を杖代わりに立ってカレンへと目をやる。


 彼女はこちらを睨み、鎌をゆっくりと構え返している。今ならば、わたし達を全員殺すことも容易くないだろうに。この機を狙わないということはいつでもそんなことはできるという、余裕の表れなのだろうか。

 なんだかそれに腹が立って、痛みを怒りで抑えた。


 足の痛みぐらい大したことないと、それよりもロプちゃんやミカエちゃんの方が重症だと意志を自足させて、二人を背に大剣を構える。


「リア…足が……」

「問題ない。それよりも、今は二人の怪我の治癒が先。ミカエちゃん、お願い。ロプちゃんを助けて」

「でも……」

「でもじゃない。こんなの大丈夫だよ。カレンの相手はわたしがする。だから早くっ。ロプちゃんを死なせたら許さないよ」


 青く晴れた足を見てミカエちゃんが心配するも、それよりも重傷はそっちでしょと、返して、ミカエちゃんに自身とロプちゃんの傷の治癒をお願いする。

 

 ミカエちゃんは聖職者ゆえに少しであるが治癒が可能だ。それは罪人を捉えるという聖器(ロザリオ)の能力とはズレてはいるものの、元よりミカエちゃんの聖器は本当はどんな物かなんて分かっていない。曖昧だから縛られずに治癒の力が使えるのか、そもそも治癒の力も含むものなのか、あるいはそれ以外の理由がなにかあるかははわからないが、今この場で瀕死の状態を治療ができるのはミカエちゃんしかない。だから、ロプちゃんを助けられるのはミカエちゃんしかいないのだと。


「―――っ」

「大丈夫。これでもわたし、結構丈夫なんだ。だから……ここから先はわたし一人で十分だよ。任せて!」


「分かり、ました……」


 しぶしぶ了承したミカエちゃんに振り向かず頷く。


 足の痛みなどもう感じない。カレンとの傷の修復に力を回している余裕はなく、だから痛覚の無効を願う。これによって大抵の痛みは感じなくなるけど……。

 正直、今までも戦いながら受けてきた衝撃はこの力である程度は相殺していた。そうでもしないと、わたしには到底耐えられるようなことじゃなかったから仕方ないとは言えば仕方ない。だが、完全な無痛化というのは初めてだ。

 怖い。だって、こんなことはそもそも感覚が消えるに近いから、後々何が起きるか分からなくて、怖くてやりたくなかった。

 戦いで消耗した体は疲れや痛みは感じないが、この力で耐えている以上、いつガタがきてもおかしくない。ならもはやそんなことに構っている場合ではないだろう。背に腹は代えられない。


 だいいち、カレン相手に足を負傷して戦うなど不可能。


「カレン、わたしが相手だよ」


 治癒を始めたミカエちゃんを後目に数歩前に歩き、足がなんともないことを確認して二人から距離を取るべくカレンの前へと出る。

 



「ねえ、カレン。わたし達の意志力なんて簡単に返せる、そうだよね」

「ええ、そう言っているじゃない。今のカレンに昇天(アセンション)で対抗したところで意味がない」

「分かった――」


 結果から、今のわたし達がどんな連携を取ったところで意味がない、ということはこの通りだ。なら、カレンが言う通り、降臨(アドベント)の段階まで上がらない以上対抗方法がない。であれば、迷う理由はない。


「ここで降臨(アドベント)へ上がればいいんでしょ」


 意気込むわたしに不敵な笑みが帰ってくる。


「そう、それでいいわ」


 上がるための方法や仕組みが分からないなら、導いてもらおうじゃないか。当の本人はどうやらそのつもりみたいだし、他ならないカレンは言うのだ。それはわたしがこの戦いで降臨(アドベント)へと上がれる可能性を秘めているということだから。

 固有能力の創造。それもわたしが最も心に秘めている願いを、今この場で引き出してもらう。


「道具ではないアナタ自身。それをこの死戦場で引き出してあげる。

 考えないで、感じなさい。自分が最も欲しているものが何なのか分かるように、頭を空っぽになるまで――アナタが死ぬまでに見つけなさい」


 そうして、たった一人で死戦場へと身を投じる覚悟を決める。

 そう、たった一人で。


「いくよカレン!」


 呟き、わたしは全力で地を蹴っていた。


 瞬く間に間合いが詰まり、鎌の切先が持ち上がる。同時にわたしも大剣を振りかぶり間合いに入った瞬間、大きく縦に振る。

 それをカレンは真上に弾き大剣ごと腕を真上に持っていかれて胴がら空きとなる。カレンはその隙を逃さない。

 振られた鎌は巻き返すように逆サイドから胴体を真っ二つにすべく迫ってくる。


 どうする? 剣の勢いに腕が持っていかれている以上、腕力での振り返しは後手となり間に合わない。不可能だ。ならば大剣を捨てて下がるか。ダメ、それでもカレンはあわせてくるだろう。

 それに、そんなことをすれば心が持たない。少しでも弱気になったとたんに、カレンの殺気に飲まれて戦意は喪失する。


 ならばここはもう一度飛ぶしかない。


 伸びた体を強引に引き戻し、曲げた足にバネを夢みて両足で大きく跳躍する。

 結果、擦れ擦れでカレンの鎌を躱して、空中で前転してその勢いのままムカつくぐらいの整った美形に振り下ろした。


「はっ――⁉」


 だが、それすらも、カレンの表情は冷たいまま変えることなく躱すどころか、落ちてきたわたしはボールのようにわき腹を蹴り飛ばされる。

  その行動には華やかさのない、乱暴な動作。


 「くっ……」


 ボールのように転がって、地面に膝をついて横腹の痛みに耐える。

 

 さっきも、同じような強引な喧嘩じみた蹴りが飛んできたけど、カレンの本来の戦闘スタイルは今のような優雅さとは真逆な荒々しい物なのかもしれない。

 

 そして、その予測は的中し、鎌が直接飛んできた。


「っ⁉」


 クルクルと高速で回転して、膝をつくわたし目掛けて迫りくる。


「このっ――⁉」

「残念」


 鎌を大剣で弾き飛ばすと、その後ろからカレンが突撃してきていて振り切った先に顔が目の前にあり。


「ああっ」


 胸ぐらを掴まれたと思うと、次の瞬間には頭と背に鈍器で殴られたような強い衝撃が走り、意識が揺らいだ。


「ぁ――」


 そうして気づけば、服の襟首を左腕で掴まれてわたしの体は宙に浮いていた。カレンの右手には弾いたはずの鎌が握られている。

 所持している武器が聖器である以上、どこに飛ぼうが瞬時に手元に創形が可能。投げたところで、カレンは武器を失うことはない。

 

 そこには驚かなかったが、何よりも驚いたのはカレンが、ここにきて戦闘スタイルを変えてきたということだ。

 死戦場で引き出すと宣言をした通り、わたしの攻撃をいなす戦いから、攻めて壊す戦法へと変わっている。しかもその攻めがハンパなく強引なのだ。生半端な振りでは力でこちらが負けるし、不透明なブラフはもちろん、本来なら隙にならないタイミングで防御を突き破って一撃を入れてくる始末だ。

 カレンの鎌の鋭さは最も警戒するべき物であったが、いまはそれ以上に雑なカレンの体術が一撃必殺となって致命傷になりうる。

 そうして、それがこの結果。


 大剣を放さなかったのは不幸中の幸いか。それとも単なる意地なのか。

 だが、そんなこともはや無意味だ。

 

「うっ――ゴホッゴホッ――」


 先ほど衝撃であばら骨でも折れたのか、咳と共に喉から血を噴き出す。もはや瀕死の状態で、手足は動かない。ずっと剣を握りしている事でさえ、何故そんなことができているのか分からない不思議。無痛にしている能力も切れかけて、全身に痛みが戻ってくる。もうどこがどう痛いのか分からない状態で、戦いの続行は不可能だと思った。


 カレンは何も言わず、鎌をわたしの首を落とそうと振り上げる。


「――ねえ、一人足りないと思わない?」

「ぇ……」

 

 鎌を振り上げたまま、カレンは不意にそんなことをわたしへ言ってきた。

 意図が分からない。何故、このタイミングでそんな訳の分からないこと。


「アナタ達、四人(・・)じゃなくて?」

「なに……い……」

「アナタに、後ろにいる二人。足りないとは思わない?」


 本当に何を言っているのだろう。わたし達は三人だ。わたし、ミカエちゃん、ロプちゃんだ。四人なんかでは……。


「なるほど。自己嫌悪が都合がいいように邪魔をしているのね。それとも、ここまでしてもまだ余裕があるのかしら……」

「あっ」


 何故かわたしは放り投げられた。


「っ――ゴホッ、ゴホッゴホッ……。はぁっ……」


 投げ捨てられたわたしは地面を転がって、ぼろ雑巾みたいに倒れたまま血を吐き視線だけでカレンを見る。夢の施行は追いつかなければ、体は動かない。痛い。怖い。

 こんな状態で、もう戦う気力はない。なのに握っている剣は手から離れないで、わたしへ戦うことを強いているようで嫌になる。なのに、手は離れず投げ捨てられない。


「簡単に死ねるなどと思わないことね」


 まだ戦えって言うの……。


「っ――」


 痛みが怖くて、強引に無痛の能力を増してその苦痛を消す。

 楽になったものの、思うように動かない体を起こして、手を離れない大剣を杖に立ち上がる。


「ガハッ……はぁ……っ……」


 バケツ一杯の血を吐きだす。めまいがする。痛みは感じないのに体が思うように動かない奇妙な感覚と共に体がふらついて、体の重心が定まらない。


 ああ、立ち上がっている自分が、バカみたいだ……。

 

 そう思うのに、もういやと思っているのに、諦めていない自分が居る。

 自分が自分じゃないような気すらする。やめたい。諦めたい。もう楽になりたい。なのに、わたしは頼れない(諦めれない)。


「夢見がちなのはいいけれど、それじゃあまだダメよ。それとももっと夢に落ちてみる?

 構えなさい。まだ動けるでしょう」


 もはや死に体であるわたしへダメ押しで戦えと言う。死神ではなくもはや悪魔か鬼か。スパルタじみた訓練はなおも続く。

 

「ああああああああああ――!」


 だからわたしは壊れた体で訳も分からず走り出した。












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