第20話

「ん~、こっちがいいかな~。いや、こっちも~」


「ははっ、どっちも一緒だよリアちゃん」


 わたしは街の露店で並べられたキャベツの中から二玉見比べて、どちらが新鮮か悩んでいた。無論、目利きの仕方など知る由もなく、その才も持ってはいない。

 ようはただのそれっぽい事をしての自己満足ではあるが、今夜の夕食のおいしさを左右する一種の自己暗示的なものだ。

 

 自分で気に入った食材を選び、それがベストだと信じて作り食べる。

 そこには無論食材の良し悪しがどうこうということはなく、自分が満足して選び作ったものだから美味しいという自負が乗っている。であれば、よほどおかしな調理方法をしない限り美味しくない料理ができるわけがない。

 という、わたしなりの勝手な美味しい料理を作るプロセス。

 料理は失敗してしまうことはあれど、食材選び(これ)ばかりは失敗しないという謎の自信を秘めていた。


「じゃ、こっちでお願いします!」

「あいよ」


 とまあ、なんとなく土が多くついているほうが新鮮で栄養豊富だ、などと思って選び、それを袋に詰めて買い出し用の手提げのバックに入れる。

 買い物はこれで終わりだ。野菜がバックに入っている中にまた一つ加わった事で、重心が揺らめいて体がよろめく。


「大丈夫? 重くないかい?」

「いえ。これぐらい大丈夫です」


 よろめいた体を戻して、満面の笑みで八百屋のおばさんへ返した。



 ――という、かりそめの楽園を満喫していた。

 わたしが倒れてすでに一月程たっている。

 ミカエちゃんも目覚めて、この通りわたしもピンピンとして生活をしていた。


 街の復旧はほぼ元通りに戻っており、壊れた巨大な街を覆う外壁と完全に崩壊してしまった街の三分の一以外は悲惨な惨状はもうどこにもない。建物は復旧され、汚れた街並みはきれいにあるべき姿へと整えられていて。街の人は悲しい顔など僅かも見せずみんな笑顔で暮らし、試練なんてなかったかのように生きている。


 無論それはわたし達も変わらず、この通りこうしてわたしが至極当たり前のように街で買い物しているのがその証拠である。

 争いのあと傷はいま目の前には、何一つなかった。


 そう、何一つ。


「………」


 それを考えると、辛くなる。


 みんなみんな忘れている。見えていない。


 今いる場所、つまり街の市場に当たる場所は確かに復旧されたのだ。

 それも、完璧と言っていいほどに。

 元の記憶に残る市場の影を丸々投影するようで、その戻り方には寸分の狂いもない。

 だが、それ以外は?

 それ以外はどうなのか?

 

 答えはNOである。すべてそのまま。瓦礫の塵芥となった街の三分の一はいまだそのままで、誰も近づこうとすらしなければ、誰もそれを見ようとはしない。


 その行為は徹底されて、もはや潔癖とまで言っていい。

 知り合いが住んでいたいた家にも埋葬もせず、ましてや生きている者がいることを考えてその地へ踏み込もうと考える者もいない。

 なにか物が不注意でその領域へ飛んで行っても、だれもそれを拾おうともしない。むしろ、そんな物はなかったというような有様で、本当に忘れているようだった。


 線引きされている。そう前にも感じたが、それはまさしくそのまま。カレン曰く彼らには本当に見えていないのだという。


 それどころか、記憶すら改ざんされて認識すらできておらず、消えた街はおろかそこに住んでいた友人や隣人、惹いては思い人すら記憶に残っていないのだと。

 

 それがこの小さな箱庭の節理だとカレンはそう言った。すべては試練の為に起きた現象。

 その当事者であるがゆえにわたし達は、壊れた場所の知覚できているだけと。

 

 試練を遂行させる舞台装置の中にわたし達はいる。


 その事がすごく怖くて、同時に早く試練を終わらせて元に戻さないととも思った。だからこの一月の間すごく頑張っていたのだ。


「あ、そうだリアちゃん。またいつもみたいに伝言頼まれてもらってもいい?」

「はい? いいですけど……」


 街でのわたしは、よく伝言を頼まれることがある。なんでも、わたしの伝言はそのまま伝えるのではなく、伝言の意図を読み取って説明するから相手へしっかり伝わるそうで、何かとそれが受けているようだった。


 正直、普段から協会で絵本を読んだり協会の子たちに勉強を教えていたりしていた事から、あまり意識せず同じようにしているようだが、それが丁寧で良いのだとか。


「それで、伝言というのは」

「それがねえ、ウチの主人今日の弁当持っていくの忘れちゃって届けてほしいの。ほんと、最近帰りが遅いから心配だっていうのに」


 それは伝言ではなくお使いでは?

 まあ、伝えたいことはなんとなく分かったけど……。


「分かりました。今日は早く帰って来てほしいと……いえ、このお弁当を届ければいいんですね」


 野菜屋のおばさんはおじさんに対しては素直じゃない。言えばきっと不快にさせるだろうと思い、失言するのを止めて手渡された布に包まれた弁当箱を受け取った。


「それじゃあ、よろしくね」

「はい」

「あっ、頼まれてくれたお礼に、いくつかサービスしちゃう」


 そう言っていくつか野菜をいただいて、重くなった荷に嬉しみを覚えながら、おばさんの頼まれごとを遂げるためにその場を後にする。



 そうして、市場を行く。



 目覚めてからのこの一月、なにもただ優々と遊んで過ごして居たわけではない。

 来るべき試練に向けて、カレンの指示の元、街の外に蔓延るギニョールを相手取りわたし、ロプちゃんミカエちゃん、もちろんお姉ちゃんも一緒に戦う訓練をしていた。

 みんなと一緒に連携して、街に近づくギニョールを狩ってそれなりに聖器(ロザリオ)の扱いに慣れて来てもいる。

 

 わたしの聖器(ロザリオ)――それは、ある人が書き残した夢の日記。その内容は分からないし実物だって創形して出すことはできない。

 けれども、それでカレンはいいのだという。もとより日記というのはあくまでも力を形にした抽象的な形でしかないから、その日記のちからさえ扱えればいいのだと。


 そして、その力は夢を操る力だ。


 思い描いた事象を具現化して、この世にあるはずの無いものをわたしの想像できるレベルで実現させる。

 力は想像と等価交換。わたしが明確に想像できる事象は起こせるが、そうでない物は起こせない。

 ようはわたしの身の丈に合わないことはできないということだ。想像を超える物は無論明確な想像がないわけでできないし、明確な想像が必要なため、わたし自身これは絶対にできることだという認知がなければ成立しない。

 そこに一瞬でも迷いや疑いをかけてしまえば能力は発動しない。

 大事なのは、現実でも夢は絶対に叶うという、自己暗示に等しい芯のある意志が必要ということとなる。


 とはいえ、それが分かっていてもできないのがわたしだ。夢は夢だとわきまえているがゆえに、現実は残酷で非常だという現実をしっているから、どうしてもそこにできることとできないことの境目が生じる。夢は夢、それは現実ではないし、あくまでもわたしの理想だから。

 できたらいいなと思う反面、今できないことだと分かっているから夢なのだ。でなければ、夢ではない。夢という大前提は自分が持ちえない理想というのが詰まるところわたしの解釈だし、それ自体をカレンは否定していない。


 それでも、わたしの力はその前提を度返しできる可能性を持っている。カレンはそう言っていたし、事実、カレンの試練である夢の世界ではそれに等しい力を発揮していた。


 まあ、あれは夢の中だからという認識のために一種の相乗効果(バフ)みたいなのが働いてたのは間違いないのだけど……。

 逆説的に言えば現実が夢だと認識すれば、夢の中と同等の力を行使することができることであり、わたしはそれに近いレベルを今は目指している。


 それがわたしの自身(ロザリオ)力だから……。



 でも、そこで一つ疑問が出てくる。

 聖器(ロザリオ)とは何なのだろうか。


 カレンに言われて、力を求めて試練を受けて今も力の使い方を訓練している。

 でも、なら、聖器(ロザリオ)はそもそもどこから来たものなのだろうかと。無論のこと、聖器(ロザリオ)がわたし自身を形容するものだということは良くわかっている。

 いわゆるタイトルや肩書き、わたしが何者でどういった存在なのかを道具にした物。それが聖器(ロザリオ)だ。

 それらはこの世に誰一人例外なく宿している物であるはずで、自然の節理であり、節理の一つなのだから、どこから来たなどと考えるほうが間違いといえばそうだが……。


 カレンの試練の中で会った聖器(ロザリオ)のわたし――劫の日記(アイオンの日記)エリーゼは確かに明確な意志をもってそこに存在していた。

 それも、わたし自身ということをわきまえた上で、別の何者かとして。


 ロプちゃんの時もそうだ。過去のロプちゃんという別の意志でロプちゃんの中に居た。


 でも――ロプちゃんの場合はわたしのと少し違う感じがしているのも事実。何故なら、もう一人のロプちゃんは紛れもないロプちゃんでたとえ過去の姿をしていたとしても考え方は間違いなくロプちゃんのものなのだ。

 それは一度ロプちゃんに拒まれた時に認識している。

 ロプちゃんはわたしを守るために自分を殺そうとしたし、無意識に拒んでいたがゆえに、もう一人のロプちゃんがそれを示していた。

 そこには二人の考え方に相違はなく、間違いなく同じ人物と言えるだろう。


 なら、ミカエちゃんは?


 ――ミカエちゃんもそうだ。まともな会話はできなかったし、ロプちゃんのように過去については分からなかったけれども、ミカエちゃんからは酷い否定と怒りが感じられた。それは聖器(ロザリオ)のミカエちゃんであるギニョールからはまったく同じ否定の念が湧き出ていたのだから。

 ゆえにミカエちゃんも自分自身と邂逅したのだろう。


 けれども――二人とは何かがわたしの場合は違う。

 エリーゼは明確な個人としての意志を持っていたし、何よりエリーゼというわたしの知らない名を持っている。

 そこがロプちゃんやミカエちゃんとの大きな違いであり、聖器(ロザリオ)とは何か考えるきっかけとなっていた。


 いや、正確には聖器(ロザリオ)とは何かというより、わたしとは何か? という方が正し。

 リアという語り部は何なのか。そもそもそれが本当にわたしの役割なのかと……。だって、おかしいではないか。

 わたしの真の聖器(ロザリオ)は日記だ。

 日記とは記録するものであって、語るものではなければ、今まで出していた絵本にすら結びつかない。

 確かに、カレンは聖器(ロザリオ)のほんの少ししか力をつかえていなかったと言ったが、たとえそうであろうと、真の一部であれば何らかの関係性がうまれるはずである。

 だというのに、わたしの場合はつじつまが合わない。エリーゼだって、聖器(ロザリオ)だって、夢見がちという点以外において、何一つわたしとはずれていると言っていい。

だから、こうして街に出ることは、自分の存在意義を再確認する為でもあった。それがなにか意味があるのか分からなかったけれども、こうして何かしないと居ついていられないのも事実だったから。


「リア……リア」

「はい?」


 俯き、考え事をしながら歩くわたしへ聞きなれた声をかけられて、わたしは考えながら歩く足を止めて振り返った。


「おねえちゃん」

 

 そこに居たのはリムお姉ちゃんであった。リムお姉ちゃんもわたしと同じ手提げを肩にかけて何か買い出しをしている途中のようであった。


 あれ? でもおねえちゃんは今日は街の復旧をしているんじゃなかったっけ?


「どうしてここに?」

「瓦礫を撤去していたのだけど、瓦礫を運ぶ台車が壊れてしまったから治す為に部品を探しに来ていたの」

「そう……なんだ」

「どうしたの? うんん何でもない」


 お姉ちゃんはカレンの試練以来、街を元に戻すために誰も立ち入らない破壊された街のほうへ行き壊れた街の整理をしている。いつか、試練がすべて終わってみんな戻ってきたときにすぐに元通りの街にするために……。


 無論のこと、それはわたしだけじゃなくみんなで何度か手伝った事はあったけれど、何せ範囲が範囲だ、街の三分の一という広範囲はたった3人ではなかなかに作業は進まない。

 それでも少しづつであったが復旧は進んでいた。

 だから、忙しいだろうと思って、暗くなった心を消し飛ばして首を振って心配するお姉ちゃんを否定する。



「そう、なら良かった」


 笑顔が帰って来て、わたし達は並んで二人で再び歩を進めていく。


「リアこれからどこへ行くの?」

「えっと、野菜屋のおばさんからお使い頼まれちゃって」

「お使い?」

「うん。おじさん、また弁当忘れたんだって。だから届けてほしいって」

「あら、それは大変ね。まあ、街もほぼほぼ直っているけど、まだまだ直さなきゃならないところが多いから仕方ないかもしれないけど。

 リア、荷物重そうだから持ってあげるわ」

「大丈夫だよ」


 軽いとは言えない荷物に、気にかけて手を差し出してくれるけども、そこまで頼るわけにはいないなと思い荷物を抱え込む。


それに少し不満の混じった溜息を漏らして、お姉ちゃんは本当に? と念をおして来るけれども、わたしは、うんっと大きく返事を返した。



 そうして。

 市場を少し抜けて一つの家の前へ到着する。

 家の周りには木で足場が組まれており、いかにも工事中といった感じ。家の屋根もいくつかレンガがかけていて、きっとそれを直しているのだろう。


「おじさーんっ!」


 屋根を直しているなら屋根の上にいるのではないかと思い、上を向いて声を張り上げる。

 そうしてすぐに、にょきっと屋根の上からおじさんの顔が生えて出た。


「おーリアちゃんじゃないかい。どうしたんだい?」

「お弁当ー、おばさんが届けてって」


 お弁当を片手に持って、両手を振り上げてアピール。その動作に隣でお姉ちゃんが口元を抑えてくすくすと笑った。


「なんだか、小さな動物みたいね」

「もう、お姉ちゃんからかわないでよ」


 のんきなお姉ちゃんに膨れている間にも、おじさんは慣れた手つきで屋根の上から降りてきており、わたし達の前へ来ていた。


「はははっ、なにそんなに膨れてるんだい?」

「だってお姉ちゃんが――」

「お姉ちゃん……はて……。

 それより、わざわざお弁当を届けてくれるなんて悪いね」

「どうってことないですよ。あと、おばさんが早く帰って来てほしそうにしてましたよ。多分、寂しいんだと思います。最近おじさん帰り遅かったですよね」


 街の復旧も多いし、仕事が大変だから。おばさんも心配してるんじゃないかなって思った。それなら、たまには早く帰ってあげてほしいなって思ったから。


「ははは、リアちゃんには隠し事できないな。なんでか知らないけど街のいたるところがボロボロで最近忙しいからね~。大きな事故が起きる前に直さないと。それでこそ大工ってもんだろ?」

「はい……」

「どうしたんだい?」

「リア……」

「いえ、なんでもないです」


 やはり忘れている。いや気づいていないのか。街がギニョールに襲われたそれら記録のことごとくがもはや認知されていない。

 ゆえ、おじさんにとっては彼が言う通り理由は分からないが、仕事が増えたぐらいにしか

思われていない。

 それがすごく恐ろしくて、暗い顔が漏れてしまうも、おじさんとお姉ちゃんが心配してしまうと思ってまたも首を振って、笑顔を返した。


「おじさん、この通りお弁当です。今日は早く帰ってあげてくださいね」

「ふむ……。リアちゃんがそういうなら仕方ない。とは言ったものの――この後花屋の鉢植えを置く台を直す予定が入っていてね。

 ――そうだ、リアちゃん。申し訳ないんだけど、花屋へ行って修理は今日じゃなくて明日と伝えてくれるかい」

「はい伝言ですね。分かりました。あっ、でも大丈夫ですか? 明日にしてしまって。早く帰るように言った手前、できればわたし達が直しに行っても……」

「ははっ――大丈夫だよ。もともと急ぎの仕事じゃないから。それに、街の壊れた物を治すのはおじさんの仕事だからね、いや使命とでも言ってもいい。だから大丈夫だよ」

「そう、ですか……」


 街の人たちは自分の役目を聖器(ロザリオ)がある手前、神様からの天命だとか使命だとかそういった領域で誇りに思っている。だから、自分の仕事を取られるのを極端に嫌う。

それはわたしも同じだ。

 そう、同じはず。


 わたしの役目。それは語り部、絵本の……。

 でも、絵本はわたしの一部でしかない。


「どうしたんだい? リアちゃん。今日はなんだか元気がないね」

「あっ、いえ――そんなことないです。この通り」


 両腕を曲げて引き締めて、元気アピールをとる。


「はははっ、なら良かった」

「じゃあ、わたし行きますね」

「ああ、ありがとうね。今度お礼に教会の修理を優先するから。花屋によろしく」

「はい、ありがとうございます」


 頭を下げて、花屋へ行くため市場へと戻る道程につく。




 それから来た道を戻りながら、おじさんが見えなくなった辺りでお姉ちゃんと話す。


「お姉ちゃんやっぱり……」

「ええ、みんな知らないみたいね」


 試練が起きたことを知覚してないのを改めて確認して、暗くなりつつお姉ちゃんへと話を振った。


「さあ? 恐らくそうでないと都合が悪いのでしょ」

「都合が?」

「ええ、試練というのだから私達は少なからず、いちいち混乱されていては試練に邪魔なるからだと思う」


「………」


 混乱したら邪魔になる……。

 どういうことだろう。わからず首を傾げる。


「周りが混乱していたら、恐らく街の復旧だってままならないし、食べ物だってまともにあるかも分からないわ。それに、争いだって起きるかもしれない。そんな中で私達を鍛えるなんて面倒なだけでしょう。だから、おそらくこれはカレンの計らい」

「カレンが……」


 そこでふと思い立る。


「お姉ちゃんの時もそうだったの?」


 お姉ちゃんは既に一度試練を受けている。その結果はわたしの知るところ悲惨な結果をたどったことだろう。けれど、実際に細かなことまではわたしは知らない。わたしは小さかったし、あの時はただ、お姉ちゃんにてを引かれて逃げるので精いっぱいだったから。


「………」


 わたしの質問にお姉ちゃんは前を見て歩くだけで答えない。なにを思っているのか分からない。そんな遠いまなざしでどこかはるか先を見ているかのようで――。


「お姉ちゃん?」


 心配になってわたしは恐る恐る声をかけた。訊いていないことを訊いたそんな気がして。いいや、気ではない。実際にお姉ちゃんにとってもつらいことなんだろう。

 最初の試練で街は三分の一が崩壊するほどの試練。それを経験しそして失敗したのだから……。

 既にわたし達の街は滅亡している。生き残りがほかにいるかは分からないけれども、すくなくともあの町から生還したのは多分わたし達だけだ。お姉ちゃんは必死にわたしを守って必死に逃げてくれた、いまはそれでいいじゃないかと。そう思ったとき――。


「違うわ」


 一言、短く帰ってきた。


「違う?」

「ええ。わたしの時はこんなことはなかった。そもそもカレン達みたいな奴らなんか出てこなかったのよ」

「じゃあ――」


 じゃあお姉ちゃんは誰に負けたの? などと、口が裂けても言えなかった。

 言えるわけがない。だってそれはお姉ちゃんにとって最大の侮辱だから。いくらとろいわたしでもそれだけは分かる。

 それに、訊きたくもなかった。だってお姉ちゃんはここにいる(・・・・・)。誰にも負けていない。ならならば、試練の敗北とは死を意味する。そんな大事なこと当の前から理解してるがゆえに、わたしは漏れかけた言葉をぐっと飲み込んで、ただ首を振って何でもないと笑顔を返した。現実を見ずに盲目のまま。


「――まったく、大丈夫よ。今は私だけじゃない、ロプトルやミカエだって居る。あなた達なら絶対に試練を乗り越えられるわ」

「うん」


 頷いて、ともに歩く。それから――。



「ほら、お姉ちゃん。お花屋さんはあそこだよっ」


 市場の入口辺りへと戻ってきて、わたしは指をさして先に走る。


 実はお花屋さんへ来るのは初めてではない。

 もともと花壇の薔薇を手入れしていた時は育ちすぎて、花壇からあふれた薔薇をこのお花さんへ度々おすそ分けしに来ていた。

 とはいえ、その薔薇が売られて今なお健在という訳はなく。


 不思議なことに、あの薔薇は教会でしか育たず、教会の花壇から離れれば数日で枯れてしまう物でもあった。

 それは例外はなく、肥料や水を与えてもお日様をいっぱい当てても枯れてしまう事だった。だから、お花を枯らしちゃうのはすごく忍びないから、お祝いの時にだけ度々届けにきてた訳だが。ここ最近は、教会の修復やカレンの訓練が忙しくて来れていなかった。

もともとお花屋さんにはわたしは常連であったのに。来なくなったのはきっと、ここに来ると薔薇のことやローザちゃんの事を思い出しちゃうからだと思う。


 けれども、今は大丈夫だ。もちろん薔薇が燃えてローザちゃんが消えてしまったことはすごく悲しいけれども、それで悲しんでもいられない。

 次の試練はいつか来るし、わたしが悩んでばっかっじゃ他のみんなも心配するから。頑張るって決めてる。


「おねーさーん」

「あらあら。リアちゃん久しぶりね。そんな荷物もちながら走っちゃころんじゃうわよ」

「えへへ、大丈夫だよ~」


 大急ぎでお花屋さんのおねーさーんの前にたどり着く。その後ろをお姉ちゃんがゆったりとついてきていた。


「どうしたの? そんなに急いで」

「んーと、おねえさん伝言があるの」

「伝言?」

「うん。大工のおじさんが今日直す予定だったお花の台を明日にして欲しいって。今日はおばさんの為に早く帰るんだって」

「あら、そうなの。リアちゃんはそれに伝えに?」

「はいっ」


 そうかー偉いねーとおねえさんが頭を撫でてくれる。って、わたし、お姉ちゃんが見てる前で別のお姉さんへ。

 はっとして、お姉ちゃんを見るとお姉ちゃんは微笑み返してくれる。


「どうしたの? リアちゃん」

「ん? 何でもないよ」

「そっか。そうだ、伝言を伝えてくれたお礼に――ちょっと待っててね――」


 そう言うとおねえさんはお店の中に入って行ってしまう。なんだろうか。お姉ちゃんと顔を見合わせ、お互いに首を傾げた。



 それから少しして。


「――ごめんリアちゃん待たせちゃって」

「いえ、あのそのお花は」


 おねえさんは戻ってくると、両手いっぱいの花束を持ってきた。そのお花は、いろんな種類に色とりどりですごくいいにおいがする。


「ミカエちゃんに訊いたのよ。教会の花壇まだお花なにも植えてないんだってね」

「はい…」

「だから、代わりとは言ってはなんだけど、どうかなって」


 そうして渡されたお花を両手いっぱいに抱えて――。


「えっと……」


「ん? どうしたの? ぼーっとして」


 なぜだか言葉が詰まった。

 何を言っていいのかわからず、ただ一言。


「こんなにいっぱい……」

「いいの。街のみんなリアちゃんに感謝してるんだよ。毎回こうして伝言してくれて。

 だから、これはワタシと街からのお礼。まあワタシなんかが街を代表するのも変だけどね。

 でも買い出しで忙しかったんだよね。ごめんねそんな時にわざわざ。今度は暇なときにまた来てほしいなって思ったから。最近リアちゃん忙しそうみたいだったし、ねっ。

そのおだちんってことで」


 今日は街の暗い部分を見て正直少し怖くて、喉が潰れそうなほど辛かったけど、わたしは今日街に出てよかったなっ思えた。だって、こんなに一杯なお花に、おねえさんの笑顔が見えれたから。ううん。お姉さんだけじゃない。野菜屋のおばさんに大工のおじさん。それに街をすれ違う人たち。


 はっきり分かったことがある。


 わたしはやっぱり語り部だ。こうして人の話を誰かに伝えて人と人をつないで笑顔にする。絵本だってそう、聞かせて楽しませて笑顔になってもらう。

 わたしとは何かを伝えてみんなを笑顔にする物なのだと。改めて誇りを持つことができた。



「あの……ありがとうございますっ!」


 体半分が地面に水平になるぐらい頭を下げて、勢いよくお礼をいう。それにお姉さんはそんなお礼なんてと言いながら、照れながらわたしの頭を戻してくれる。


 こんな幸せで嬉しい事なんてないと感じて――だから思う。街は確かに、壊れたりみんな忘れたりしているけど。元のままなんだって。これを守らないと、と。


 カレン達の好きにはさせないし、絶対に壊させはしないって。


「って、渡したのはいいけど、流石に一杯過ぎちゃった?」

「い、いえ……」


 正直なところをいうと、割と手一杯だ。肩には今日の夕ご飯の食材が入った手提げに両手いっぱいに抱え込むように花束を持っている。正直、前が見えない。

 お花のいい香りがして凄く幸せだだけども……。


「ん~。一人じゃ全部は無理かぁ」


 おねえさんも腕を組んで困っているようだ。っとその時。


「リアーっ」

「ふえ?」


 なんだろう? 遠くでわたしをロプちゃん呼ぶ声が聞こえた。相変わらずお花いっぱいで前は見えないけど。


「ロプちゃん?」

「リアーっ、……あっ居た!」


 たたたっと軽い駆ける音が聞こえて、それが目の前に近づいてきたと思ったら、両手いっぱいに抱えていたお花の半分を近づいてきた何のかに奪われた。


「――あれ、ロプちゃん?」


 花を取られて開けた視界向こうにはロプちゃんが花を持って不満げにわたしを見ていた。


「あれっ、じゃないよ。ミカエと探してたんだよ? 野菜屋のおばさんに訊いたらおじさんの床にいるって訊いたのにいないし。今度は花屋にいるって言われるし。

 やっと見つけたと思ったら買い出しサボって何やってるの」


 いや、サボってはないのだけど……。


「まあまあ、リアちゃんはおねーさんたちのお願いを訊いてくれただけだからそう責めないで上げて」

 

 言われて、ロプちゃんは不満げな顔をしながら溜息をついた。


「ロプトル、リア」


 そこにミカエちゃんがロプちゃんの後ろに続くようにやってきた。


「こんにちはお姉さん」


 ロプちゃんと違いミカエちゃんは礼儀良くお辞儀してお姉さんへと挨拶を交わす。


「ええ、こんにちはミカエちゃん。リアちゃんちょっと借りてたわ」

「はい、またですか」

「うん。だから怒らないで上げてね」

「だそうですよ。ロプトル」

「―――」


 言われて、顔をしかめてロプちゃんは膨れる。


「ごめんね。でもちゃんと買い出しは終わってるんだよ」


 言って肩の手提げを重さにふらつきながらもアピールする。


「もー、ふらついてるじゃん」


 ふらつくわたしを見かねて、お花に加えて手提げまでわたしからロプちゃんが奪い取ろうとする。


「いや、これはわたしの仕事だから大丈夫だよ?」

「いいから、貸してって」

「――はいはい。それはワタシが持ちますね」


 ロプちゃんと意地を張って荷物の取り合いをしている、その間からミカエちゃんが手提げを掴み横から奪っていった。

 

「まったく。ロプトルも機嫌が悪いのは分かりますが、もう少しリアの事を考えたらどうですか?」

「だって」

「だってではありません」

「―――」


 膨れるロプちゃん。

 どうもロプちゃんが不機嫌なのはわたしのせいでは無いらしい。まあ、多少道草したこと自体に怒っていない訳ではないだろうか。

 と、いうより――。


「そういえば、二人ともどうしたの?」


 なんでわざわざ二人ともわたしを探していたのだろう。

 別にこの後、予定はなかったと思うけど……。


「カレンがリアを連れて全員で来いって、なにか大事な話があるみたいだよ」


 不満げにロプちゃんが呟いた。


「カレンが?」


 今まで呼び出すことは多々あったが、それは訓練のために夕方が多く、こんな真昼間からなんてことは無かったのだけど。

 そもそも、昼間何やっているかと思えば、大体お茶を飲んでるか昼寝か散歩だし。


「はい。なのですぐにでもワタシ達と来ていただきたいです」

「分かった。おねえさん、お花ありがとうございます」

「いえいえ、こっちこそ伝言ありがとね~」


 頷いて、お姉さんにお辞儀をすると、二人とわたしは教会への帰路へとつき行く先を急ぐ。

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