第19話
同刻――。
暗闇から抜けたリアは、新たな夢の世界へと降り立っていた。そこは赤く焦げた無限に広がる荒野で、リアにとっても既知の風景であった。
ここには何もない。記憶の中にあるこの場は死とうごめく亡者(ギニョール)のみで、他には何も存在しないさみしい場所である。
ここはそう、街の外。とはいえ明確に街の外という訳ではないのだろう。
ここはミカエちゃんの夢の世界であり、事実、既知ではあったが街は何処にも見当たらず、ギニョールの姿もない。
ただ、ただ違っている物といえば――
「ミカエちゃんっ」
周囲を見渡して見つけて叫んだ時、ミカエちゃんは鎖を複数顕現させてすでに何かと戦っていた。それはギニョールのように黒い炎の影を纏って燃えている異形。けれども姿は常のギニョールとは異なり特定の人物の容姿を呈していた。その正体が一目で何かと分かったゆえに、宙に浮かぶソレを見て目を疑った。
「そんな……」
あれは間違いない。もう一人のミカエちゃんだ。
本人とは裏腹に邪性を帯びたさまは、陰と陽の片割れそのもので、わたしの知るミカエちゃんと別物としか形容できないのに、何故か感じる夢の波長は同じだった。
ただ純粋に悪は許さない。鎖を放つ二人からはそういう夢の覇道があふれている。その悪とは一般常識でいうところの、悪とか善とかそういう基準ではない。ただ自分にとって許せないもの。邪魔なもの。主義主張が異なる絶対に通じ合うことがない者のことを指す想いがあふれ出ていた。
それゆにどちらも正義であり互いにとってどちらも悪となる。
だが、だけど何でと。疑問が湧き上がりそれが収まらない。自分自身が自分を否定しているなんて……。
ロプちゃんの時でもロプちゃん(自分)のことを思っての排斥だったのに、これはまったくことなる完全な否定。ミカエちゃんのそれはまさしくそうで、ただ相いれない存在として敵対している。
自分自身なのにそんなの絶対におかしい。
そうやって困惑していると宙に浮く聖器(ロザリオ)のミカエちゃんから鎖がわたしめがけて飛んだ。
「リア⁉ 危ないっ」
「おわっ!?」
次いでミカエちゃんから放たれた鎖が腰に巻き付いて、急に引かれることで、わたしの胸を貫こうとする鎖から難を逃れミカエちゃんの横へ降ろされ着地した。
「どうしてここに」
「どうしてって、助けに来たんだよ。――でも、これはどういうこと? 何があったの?」
「さあ、ワタシがこの場に来た時にはあれが居て、突然襲ってきたのです」
「襲ってきたって――」
「話は後ですっ、リアは下がって!」
「わっ⁉」
ミカエちゃんに突き飛ばされると同時にわたし達がいた場所に数本の鎖が飛来して地面をえぐった。
そこを反撃しようと、ミカエちゃんも負けじと鎖を伸ばし宙に浮く自身の分身(ロザリオ)を撃とうと鎖が伸びるが、それは別の鎖が横から飛んで弾かれた。
浮かぶもう一人のミカエちゃんの表情は見えない。見た目はギニョールと同じでその姿は炎そのものだ。ミカエちゃんの形をもってはいるが、まっとうに人語を介して交渉ができるような見た目ではなく、それは明らかに話などする気などないという、ミカエちゃんの心の現れなのだとわたしは悟った。
意地っ張りなロプちゃんでも少しは話してくれたというのに、これはその隙さえ与えてくれないほどに頑固に心を閉ざしている。
いいや、心がもう決まっているのだろう。
悪を撃つことに迷いはなく、それがたとえ自分であろうとわたしだろうと構わないという、強い意思がこの姿を形作っている。
だから、否定した相手が自分だろうと躊躇なく攻撃ができるのだろうか。
これがミカエちゃん……。
なんて覚悟が決まっているのだろうかと関心するも、なんだかすごく悲しい気持ちにもなる。
「はっ――!」
そうやって感じ取っているうちに攻防は繰り広げられており、超高速で撃ち合う鎖の数は百合を軽く超え、立ち尽くすわたしなど眼中にないというように、二人だけの戦いは永遠に続くようにさえ見える。
けれども、それは少しずつであるが、わたしの知るミカエちゃんが押されていた。
別にわたしが足を引っ張っているとかそういうことではい。そもそもわたしなど眼中にないようで、他人がいるからとかで戦況が変わるような戦いではなく。
その戦況を分けていたのはただ純粋に聖器(ロザリオ)を扱う練度とその威力の差であった。
当たり前だ。
相手は聖器(ロザリオ)そのもの、自分の特性、その扱いかたまでも自分自身がよく知っているに決まっており、誰よりも鎖(ロザリオ)を扱うプロフェッショナルと言ってもいい。
いくら普段からギニョールと戦っていたミカエちゃんだからと言って、技量で劣っている時点で同じ条件ではかなうはずがないのだ。
それに、仮に二人の戦況が逆だとしても……。
「まって、ダメだよミカエちゃん!」
「リア、危ないから下がってて下さい!!」
戦う二人を止めようと声を上げるも、それは聞き入れてもらえず争いは続く。
「ダメだってミカエちゃん! このまま続けても……」
そう、たとえ見事逆境を打ち破ったとしても、このまま敗北しても。二人はミカエという一つの存在には変わらない。
ロプちゃんと同じようにどちらかが傷つけば、片方も同じように傷つくかもしれない。
鎖が空を斬る。二人の鎖が絡み合う。お互いに引き合い、それが外れると弾けて二人とも飛んだ。そしてどちらも隙が生まれるが、宙に浮いた体から同時に放たれる鎖はどちらも互いの心臓を狙った必殺で。
「だめ」
幸い、今はどちらも被弾しておらず傷はどちらも負っていない。たとえロプちゃんの時のようにはならなくとも、片方が欠落してしまうというのは何か嫌なことが起きる気がして……。
「ダメええええええ!」
駆けだしてミカエちゃんに飛び着くと同時に鎖が空を裂いた。それはわたしが飛びついたことで、ミカエちゃんが被弾を回避することを表していたが。
同時にもう一方の敗北を意味していた。
ミカエちゃんから飛び出してた鎖は、もう一人のミカエちゃんの心臓を穿っていた。
「――――!」
貫かれ、声にならない叫びを上げる様子から、ダメージは致命的だということが分かる。そうして、宙に浮くもう一人のミカエちゃんである聖器(ロザリオ)は次第に膨張して黒炎をまき散らしてあっけなくはじけ散る。
「そんな……」
木っ端みじんに吹き飛んで、同時に完全にこの場から跡形もなく焼失したのだった。
「ありがとうリア。――大丈夫です?」
見上げ、その事実を恐れるわたしを見てミカエちゃんは心配した様子で聞いて来る。
「わたしは大丈夫……」
「ミカエちゃんは?」
「もちろん、リアのおかげで大丈夫ですよ」
本当に?
見たところ、わたしを心配するミカエちゃんには何の変化もない様子だが……。
今ので試練は終わったの……?
胸騒ぎがする。
言葉にできない、言い知れない奇妙な感覚がするのだ。あまりのあっけなさと静けさに違和感がしてたまらない。
だって、聖器(ロザリオ)を倒すことがカレンの試練の突破条件じゃない。
聖器(ロザリオ)はわたし達が戦うための道具だから、これは理解し使えるようになるための試練。だからそれを否定して破壊するなんてことが突破(クリア)の条件に当てはまる訳ないのだ。
なら何が、何が起きる。
何が。
「どうした……っ、あっ……」
「ミカエちゃん!?」
途端、現象は起きた。
考え込み呆けていたわたしへ触れようとした瞬間、彼女は目の前で胸を抑え苦しみ始めた。
「あっ……く……」
胸を抑えたまま倒れ、息ができないのか口をパクパクとして剥いた目で何かを訴えようとしていて――
「ミカエちゃん、――待って何で!?」
しゃがみミカエちゃんの手を取ろうとした時、わたしは何かに引かれてミカエちゃんから遠ざかる。
吸い込まれるように、どこかも分からない場所に飛ばされて風景が次々に過ぎ去って、世界が凝縮される様を見た。
これは、わたしの時と同じ。夢が終わろうとしている!
じゃあ、これで試練は終わり? でもミカエちゃんはまだ取り残されて……。
そんな予測も驚きも後悔も、わたしの気持ちは無視されて、なすすべなく世界の外へと投げ飛ばされた。
ミカエちゃんの世界は闇へ呑まれれていったのだった。
■■■■■■■■■■
「ちょっ……おわあっ」
「――!?」
「リア!?」
そうして投げ出された場所は教会だった。
何故か鎌を構えている二人のちょうど間に宙に渦(ゲート)ができて、そこから落っこちてきたわたしに二人は目を見開いて驚いていた。
痛いし、体が重い。
夢の中のような体が軽々とした感覚は消え去って、まず倦怠感がわたしを襲った、それから落下による少しの打撲の痛みを感じて、夢の中で肉体的な力の増加が消え去っていることを理解する。
そしてそれは同時に、ここが現実ということを示していた。
「いたた……」
「リア大丈夫?」
「うん……。それよりミカエちゃんが」
「ミカエが?」
寄ってきたロプちゃんにすがって、二人で苦しんでいるミカエちゃんを見た。
「うあっ……くっ」
「ミカエ……」
その苦しみ方は尋常ではなく、息ができないのか呻いて悲鳴を漏らしている。
それを見て心配するわたしとロプちゃんをよそに、わたし達の前へカレンは歩きながら言う。
「失敗したのね」
「失敗ってどういうこと。リア、何があったの?」
「それは……」
わたしとロプちゃんのやり取りを無視して、カレンはわたし達の前に立つと、手に持つ大鎌を構えた。
その表情は口元が緩んでいて、何かを楽しんでいるようであった。
「ああああああああああ―――っ!!」
そして、途端、ミカエちゃんの悲鳴は大きくなった。
「ミカエ――ちょっとなんで止めるのっ」
びっくりして駆け寄ろうとしたところを、カレンが鎌で遮り止める。そして言葉を続けるのだ。
「別に今すぐ死にたいなら止めないのだけれども。でも、それだと詰まらないじゃない」
「何言って――」
「ミカエちゃん?」
揉める二人の人の間からミカエちゃんを見た時、彼女の体全身から突然黒い炎が吹き荒れた。
真っ黒な、どす黒い炎が教会の天井にうなぎ上りに伸びて、あふれた炎が人型を形作っていく。まずは頭、それから胴、そして足。最後には――あれは……。
「なんで……」
最後に造形されたのは体から生える鎖で、それが背から左右に三ずつ分かれて都合六本。ゆらゆらと揺らめいて生きた蛇のようにこちらを向いている。
それは、そう。まぎれもないミカエちゃんの聖器(ロザリオ)とまったく同じで、姿もミカエちゃんそのものと言っていい。間違いなく夢の中で見たもう一人のミカエちゃんそのものなのだが……。
ソレの足元には本来居るはずのミカエちゃんの姿もない。どう見てもこのギニョールがミカエちゃん本人だということを指名していた。
強まり周囲を圧迫する炎にわたし達二人は後ずさり、目の前の光景にロプちゃんは恐怖していた。
「何こいつ……」
「ふふふっ――何って、見てのとおりよ。アナタの大好きなミカエ。って言っても、もはやただの器だけだけれどもね」
戦慄するロプちゃんにカレンは面白そうに笑いながら答える。その姿が黒炎によって癖のある髪が照り返されて、カレンの悪感情を表しているかのようであり、まるでギニョールが
カレンのしもべのようにすら見えるようだった。
火花チラシ黒炎の鎖が舞った。
「――そう慌てなくても。抜け殻の癖にカレンの神器(ロザリオ)を食らおうだなんて随分と贅沢な奴ね」
カレン目掛けて振るわれた鎖は巨躯な鎌によってはじかれ、地をえぐり椅子をいくつか吹き飛ばすと、再びに生きているかのようにうねりギニョールの前へ構えられる。
「アンタ何したの!?」
「やーね、何もしてないわよ。この結果を招いたのはあの子自身よ」
そうでしょ、とロプちゃんにつかまれるカレンはめんどくさそうにわたしへ質問を投げてくる。だけど、それがどういうことかわたしには分からない。
「なに不思議な顔をしているの? アナタはあの子が自分で自分を壊すのを見たんじゃないの?」
「それって……」
そんな、まさか……じゃあ、ミカエちゃんがギニョールになった原因って。
「リア何があったのっ」
最悪な事実を推測し、立ち尽くすわたしの肩をゆすり必死にミカエちゃんが叫んでいた。それにわたしは薄く反応して――
「カレンが言ったとおりだよ。ミカエちゃんは夢の中でもう一人のミカエちゃんを倒した……」
ならば、倒したらどうなるのか。
その結果が、あれだ。
目の前で黒炎を燃やし荒れ狂うギニョール。
「きゃっ!?」
「わっ!?」
鎖が周囲を無差別に破壊し、砕けた椅子の破片がわたし達のすぐ横に吹き飛んでくる。
このままでは教会はおろか、わたし達までやられるのは時間の問題だった。
でも、なんで、どうしてこんなことに……。
「よく分かっていないようだから教えてあげる」
混乱する中、目の前でカレンは鎖を弾き返し、走り出すと邪悪な笑みを浮かべながら鎖の攻撃を跳ね避けながら真実を言うのだ。
「ギニョールというのはただの抜け殻なのよ」
頭上から二本襲い掛かってきた鎖を宙がえりをして後ろに跳びながら続ける。
「抜け殻、要は聖器(ロザリオ)の器なのよギニョールってのは。
だから中身を壊せば必然こうなる。
そして、中身を失った器は空っぽの中身を戻そうと聖器(ロザリオ)を求め、アナタたち道具の襲い奪おうとして食らうの。
って言っても、ただ中身を取り出したとろこで消失するだけだから、食べる事はありえないのだけどね」
着地したカレンは今度はわたし達へ襲い掛かってきた鎖をはじき返して、そのまま真っすぐミカエちゃんだったギニョールへと一気に距離を詰める。
「ちょっと待ってよ、それじゃ元々ギニョールは普通の人で、そのそいつがミカエってこと見たいじゃんか!?」
「ええ、さっきからそう言ってるのだけど。そんなことも分からないのかしら」
弾かれた鎖が方を描きカレンを追う。
背後から追うように戻ってきた鎖を回転して弾き返すと、そのままギニョールの正面へたどり着いて走る勢いのままギニョールに向けて鎌を振り払ったのだった。
響く金属音は甲の高い轟音で、同時にギニョールが力に負けて後ろへいくつか椅子を破壊しながら吹っ飛んで地面へと転がった。
「あら、まだ出せたのね」
鎌を構えなおすカレンの前でギニョールは立ち上がると、そこには左右に鎖を二本追加して都合十本の黒炎の鎖が浮遊する。
どうやら、新たに出現させた鎖で直撃を免れていたようだった。
「最初の試練でおかしいとは思わなかった? 街に侵入するギニョールの数に対して街に出没している数の多さに。
あれは街の人間がギニョールに聖器(ロザリオ)を奪われて、ギニョール(化け物)になったからよ。
今起きているのもそれと同じ。
とは言え、ガワを破壊せずご丁寧に中身だけ破壊したからこんな面倒くさいことになっているのだけれども。
長らく聖器(ロザリオ)が定着した器はその名残を残すみたいだから、こうして力の一端を宿してるのだけど――聞いてる?」
繰り出される攻撃を紙一重でありながら流れるように躱し語られる真実。それを聞いても返す言葉がないわたし達の反応のなさをカレンが懸念した時だった。
「うそだよ……うそだあああああっ―――!!」
「ロプちゃんっ」
ロプちゃんが氷の鎌を振り上げて、カレンが攻撃を避け宙に舞った着地の瞬間を狙って追撃したのだった。
「――うぁっ!?」
金属の弾け合う音が響いて、弾かれたロプちゃんが元のわたしのところまで飛ばされ靴を滑し着地をする。
「一応訊いてあげるのだけど。なに?」
そうしてカレンが首を曲げて放った言葉には、今までで最も冷たくどす黒いものが詰まっていた。
それは殺意、なのかもしれない。
こんなにも直接、悪感情をすぐ目の前で向けられた事がなかったわたしには分からないけれども、ただ怖い、そう思わせる威圧が込められていて、明らかに今までの周りを馬鹿にしていた態度や雰囲気と一転していた。間違いなく、この場でギニョールさえも超えうる恐ろしさがひしひしと伝わって、明らかな敵意がカレンからわたし達へ向けられていた。
楽しみを邪魔された子供のように、外敵への不快感がそのままに。
「うるさいっ!!」
「ちょっとロプちゃんってば」
そんなカレンの雰囲気などものともせずに、再び走り出して鎌を振るうロプちゃん。
すべて大振りの武の心得なんて一切ないそれは容易く躱されて、それでも振るうロプちゃんは涙を瞳に滲ませていた。
「ギニョールがミカエだなんて嘘だッ!」
叫び振るわれる氷の鎌は死神の鎌によって弾かれる。
弾いて躱し、ロプちゃんの攻撃をことごとく簡単にあしらって、そこに混ざるギニョールの攻撃からも自身を守るだけではなく、ロプちゃんすらもギニョールから守っている。そのカレンの動きはもはや神業と言ってもいい。状況的に、カレンが遊んでいるだけのようにすら見えるのだけど――
それだけに、わたしはどうしたらいいのか分からなかった。
ロプちゃんへ手を貸すべきか、カレンへ手を貸すべきか。
いや、そもそもわたしなんかが入る余地なんかありえないのだと。
確かにカレンは敵であるが、今この場において敵ではない。それはたとえ少しでも怒りを露わにしているようでもロプちゃんへ攻撃をせず、受け身でいることが事実だし、少なくともギニョールからの攻撃からロプちゃんを守っているのが事実だったから。
だからといってカレンへ手を貸すことなどできない。
ロプちゃんはわたしの大切な友達で、友達の敵になることなんてわたしにはできなかった。
どうすれば……。
「はあ……仕方ない。まずはアナタからね」
「ぁ――」
「ロプちゃん――!」
カレンの溜息と共にロプちゃんが大きく吹き飛んだ。
たった一発の大きな薙ぎ払いだ。しかもそれは鎌の斬撃が当たったわけでもなく、振られた際に起きた、ただの風圧で周囲の瓦礫ごと吹き荒らし、それだけでロプちゃんはことごとく吹き飛ばされてしまう。
「いっ――。大丈夫だよリア、こんな嘘つきアタシがぶっ飛ばすから」
「何言って……」
「ミカエがギニョールになったなんて嘘、絶対に許さない」
「待って、ロプちゃんっ。違うの」
再び跳び出すロプちゃん。
違う、違うの。待って。
カレンは嘘なんて――
告げようとした時には走り出していて、冷たい視線を向けたカレンが鎌を振るった。
「やっぱり、アナタは周りを不幸にする呪いでしかないわね」
振るわれた鎌はギニョールの鎖を弾いて、その弾いた先にはロプちゃんが居て――
「まって、ダメっ……ダメえええええっ!!!」
振られた鎖はそのままロプちゃんの胸へ目掛けて……。
え……。
世界はその時、静止した。
それは、弾かれた鎖も、カレンも、ギニョールになったミカエちゃんさえも。
この場に居合わせたすべての人物のみにおさまらず。風や小鳥などの動物、小さな土煙の粉塵さえも。皆々すべてが硬直し止まった。
いいや、よく見ると止まってはいない。ゆっくりとだが、それはたしかに動いていて鎖は本当にかすかだが、ロプちゃんの胸を目掛けて浮いていた。
「なに……これ……」
突然のことに、困惑したわたしへ声がかかる。
「リア、言ったでしょだから大丈夫って」
どこからか聞こえてくるそれは紛れもないおねえちゃんの声。空間を響かせるようで、わたし自身の頭へ直接話すような音だったけれども、おねえちゃんはそこにいた。
振り返ったわたしに優しく微笑んでくれる。
「あなたは……」
それとその後ろにもう一人。背に隠れるようにして立っていた。
「エリーゼ……どうして」
エリーゼ。聖器(ロザリア)のもう一人のわたし。その子がおねえちゃんの背後から一歩踏み出してこちらを見ると静かに瞳を閉じる。
そして、一間を置いて瞳を開き言うのだ。
「言ったでしょ。もう少し自分と向き合ってみようって。
あなたが自分と向き合い続ける限りわたしはあなたの力になる。あなたはわたしだから、 心配しないで、大丈夫あなたなら何だって叶えられるから。
あなたが思う夢はみんな現実。だから大丈夫だよ、あなたが強く思ってさえいればきっと全部ハッピーエンドになるから」
「ハッピーエンド……」
胸に手を置いてその言葉の意味を想う。悲しい結末なんて望まない。ミカエちゃんがギニョールになってロプちゃんがその鎖で死んじゃうなんて。そんな、そんな悲しいこと。
絶対に、絶対にあってはならないことで、そんなのは嫌だから……。
「ほら、来たよ」
指を刺される先はギニョールの鎖。
その先の刃は鋭く、間違いなく静止するロプちゃんの心臓目掛けて一直線に向かっている。
このままいけば間違いなくロプちゃんの即死は免れないだろう。
だけど。
まだ――
「どうするの?」
問うもう一人のわたしの言葉は冷徹で、けれどもどこか期待を孕んでいて、何をすればいいかは次のおねえちゃんの言葉ですべては決まった。
「リア、おねえちゃんの力を知っているでしょ」
瞬間、世界は元の速さを取り戻した。
高速で移動する視界と共に、振り上げられて振り下ろされたそれは乱舞するように舞って、切先から金属が弾ける音を響かせてロプちゃんへ向かっていた黒炎の鎖を弾き飛ばしていた。
のみならず、わたしは飛び出そうとするロプちゃんとカレンの間へと割って入っていたのだった。
「リア……」
「アナタ……」
常人では絶対に不可能な瞬間移動同然の移動に、結果として二人ともあっけにとられていた。
そして、それはカレンすらがあっけにとられたのには訳がある。
わたしの手に握られているのは剣。それは色彩模様のカラフルに彩られたステンドグラスのようで、重厚かつ精緻な作りをされた両開き式の扉の片割れのようでもある。
高貴に光を透かし反射する身を持った巨大な剣を握って、わたしは、まさにそれで鎖を弾き返していたからだった。
これは夢の創造。おねえちゃんがかつて使っていた勇者の聖器(ロザリオ)で、ちゃんとした勇者ではないわたしではけっして持ち合わせない代物でもあった。
おねえちゃんの力。勇者の力。誰かを守り助ける力。それをわたしはただ思い出して、創造したにすぎない。
ただの模造刀でもあるが、それが何かさえわかって形さえ覚えていれば夢の実現という形でいくらでも創造ができるのがわたしの特性。
そこに本物か偽物かなど関係はなく、わたしが思い願った力が実現する。ゆえに今ここで願ったのはロプちゃんを守り二人を止めるということ。
それが単に高速移動という結果を導き出しただけにすぎず、その能力もまたその時かぎりの能力の一遍でしかない。
まあ、もちろん無我夢中でやったことでもう一度同じことをしろと言われても再現は難しいかもしれないけど……。
だからこそ、突発的かつ予想を遥かに上回る能力に、カレンはこうしてあっけにとられて止まっていたのだった。
目の前のわたしを見るカレンは我を戻し一度目をつむると、同時に瞬時に飛んできたギニョールの鎖を弾き飛ばしてわたし達から背を向けた。
それは表情を隠しているようなどうさであり、一瞬ちらついて見えた口元は大きく広がって笑みをこぼしているように伺えた。
けれどそれは今までのような悪意に満ちた物ではなく、ただ面白いものを見たという、少女さながらのやわらかなものだった感じがする。
「リア、今のは……」
「ごめんねロプちゃん、正直自分でもよくわからないんだけど、落ち着いて聞いて」
剣を地面に置いて、ロプちゃんの両肩を掴み言う。
「カレンの言う通り、あのギニョールはミカエちゃんなの」
「リア何言って、そんなの嘘だよ!」
「違う、嘘じゃない。でもね、助ける方法だってあるはず。だからお願い、ロプちゃんの力を貸して。ミカエちゃんを一番知ってるのはロプちゃんだから」
笑っている時も、怒っている時も、わたしよりも二人が長い付き合いだということもあるけれども、ミカエちゃんのいろんな表情を誰より知ってるのはミカエちゃんの大親友であるロプちゃんだから。
「分かった」
わたしの強引なお願いでも、必死さを感じ取ってくれたのかロプちゃんは涙を拭きとって頷いてくれた。
ならば、あとは。
「カレンっ」
ギニョールと戦闘を続けるカレンへわたしは叫びかける。
「なに?」
返事をするも、顔はこちらに見せず、ギニョールのミカエちゃんを向いたままだ。
「ミカエちゃんを助けたい」
「そう……。警告はするけども、一度壊れた聖器(ロザリア)はすでにこの世に存在しない。だから直すなんて簡単な考えではダメよ?」
だとしても、ミカエちゃんを助けたい。
「大丈夫。そんなことで(・・・・・・)二人の絆は揺らいだりしない」
「そう……」
一言、帰ってきた言葉は寂しそうで、とても短い物だった。
けれども、次には大きく動くギニョールを自体を鎌で弾いて、地面に倒れさせて足で踏みつけて――
「ロプちゃん行こ」
「でも……」
「大丈夫、今ならカレンが止めてる」
ロプちゃんの手を引いて、カレンが踏みつけるミカエちゃんの元へと走った。
無論、その間ミカエちゃんからの抵抗がなかった訳ではない。
鎖は飛び交い、わたしやロプちゃんカレンを襲うが、それらすべてを鎌を振り時には投げてすべてカレンが梅雨払いをした。
そうして、カレンに踏みつけられ地面に横たわるミカエちゃんの元へわたし達三人は集まった。
「ミカエッ」
燃える体をロプちゃんが勢いあまって抱きしめて。けれどもそれは熱くなさそうだ。もとよりギニョールの炎はただのオーラ的な物でしかない。だから燃えて熱くなるということはない。だから必死にギニョールを抱きしめるロプちゃんを見て必死にわたしは思うのだ。
どうか、二人が幸せな夢を見続けますようにと。
その二人とはミカエちゃんとロプちゃんで、二人が永遠に幸せであれと願う夢。
もちろん、永遠なんてないなんて他ならないわたしは知っている。だけども、夢のなかだけは、今だけはと強く願って夢を駆動させる。
わたしの力はこれしかないから。という自嘲を含みながらも、わたしはロプちゃんの願いと夢を贄に能力の奔流を発揮させる。
廻れ廻れわたしの意のままに、この世のあらゆるものすべてわたしが願う夢の通りに。
それはたったひと時の夢でもいいと願う切なる願いで。
ただ、ロプちゃんがミカエちゃんを思う切なる思いのかけら。
だからお願い、わたしの願いよかなってと。
わたしの願い、いいや――ロプちゃんの願いはミカエちゃんと……。
「へえ……」
黄金の天秤が脳裏によぎり、同時にあふれる黒炎は吹き荒れてその炎すべて吹き飛ばす。
漏れたカレンの声と共に、ミカエちゃんは元のミカエちゃんの姿を取り戻していた。
そこには元の通り、眠ったままのミカエちゃんが横たわっていて。
今は苦しそうにうめき声も出していない、ただ静かに寝息を立てているだけだった。
「ミカエっ」
ロプちゃんが、ミカエちゃんを心配してゆすっている姿がかすかに見える。
かすかに? ああ、ダメっぽい。目をこすってもうまく見えないや。
そこで足の力が抜けて倒れる感じがした。
「リアっ!」
ロプちゃんの声が聞こえる。
よかった。生きてるし、何でもないみたいだね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます