第16話

「んっ……」


 意識が途切れて数秒単位の暗闇を感じたと思うと、ひどい倦怠感が襲ってきて夢の中では感じにくかった体の重さを感じて目を覚ます。現実へ帰ってきたと自覚してテーブルの上に突っ伏して寝ていた体を起こした。

 

「おはよう」


 意識がまだハッキリとしない目覚めたばかりのわたしへ、不意に最近聞き知った声が駆けられた。その反動で意識と視界が定まり靄が晴れて風景が鮮明となる。わたしはいつ置いたのか、出所不明の教会には不釣り合いな大理石の丸いテーブルに着いていて、その対面にこれまた不釣り合いな渋い湯呑でお茶をにがなどと、美味しそうにカレンが呟いて飲んでいた。


 なんなんだこの状況は。


 世界観の統一性のないごちゃ混ぜになった情景にわたしは理解を惜しみながら、こんなよくわからないことを平然としているしてなごんでいるカレンに頭痛すら感じる。いや、というかあなた、こんな間の抜けたような感じだったっけ。

 なんかこう少し意地悪で、不気味な感じだったような気がするのだけど。


 目の前で難儀に茶を飲むカレンは敵意や悪意などの、いわゆる悪感情を一切感じさせない。見た目通りと言っていいほど悪(黒)か善(白)でいうところの善(白)であり、同時に何故かこんな馬鹿げた風景が懐かしいという謎の感情が湧き上がってくる。


「どうしたの? そうな呆けた顔をして、馬鹿に見えるわよリア」


 そんなことを今のカレンには言われたくないのだけど……。

 カレンの言葉で謎の感情は吹き飛び、きっと今嫌な顔をしているだろうわたしは、自分の意識をようやくハッキリさせ周囲を見渡した。


「ロプちゃん、ミカエちゃん!」


 そうして二人を見つけると、反射的にイスから立ち上がって長椅子をベッド代わりに仰向けに寝かせられている二人へ駆け寄った。

 二人は死んでいるかと錯覚するほど、安らかに寝息を立てて眠っている。それを見てホッと安堵して胸をなでおろした。


 良かった、二人ともまだ大丈夫そう。


「もうしばらくはなにをしても起きないわよ。アナタがありえないほど早く目を覚ましただけだから。

 まあ、カレンとしてはもう少しは苦戦するかと思ったけど、見当違いだったみたいね意外とカレンが思うよりも早かった」


 お茶をすするカレンはのんびりと自分の推測を言う。それは意外と本人が言っている通りで、少し関心しているような感じの含みを持っていた。


「ねえ、それよりお茶が切れてしまったの。おかわりを用意してくださらない? あと甘い茶菓子が欲しいわね」


 和み過ぎでしょ。


「あはは。やーね、そんな嫌な顔しないでちょうだい。これでもアナタが目覚めるまでの間、アナタ達の安否を見ていたのだから、少しはカレンを労ってもいいと思うのだけど? 流石に全滅されちゃあたまったものではないからねー」


「それはまあ、ありがとう。って、そうじゃないよ。二人は大丈夫なの?」

「さあ? それはアナタみたいにその二人が素直だったら死なないでしょ」


 ぶっきらぼうに、テーブルにひじつきをして興味なさげにカレンは返した。


「素直って……」


 どういうことだろうか? 二人とも自分と同じようにもう一人の自分とあっているのなら、危険なんてない筈ないと思うのだけど。

 ほんのちょっと悲しい思いはしたけど、別に命に関わることなんてなにもなかった訳だし……。

 そう考えるも、そもそもあれが何だったのかすら分からないため、実情は不明だった。


「ねえ、あの夢が試練だったの?」

「ええ、そうよ。自分自身が何者かということを知る試練。道具を霊体化して実際に言葉を交わせるようにした夢の世界。そこで、アナタは自分の中身に会ったのでしょう?」

「それはそうだけど……。中身って言われてもなんていうか……。目の前に居るから別人見たいで、確かに考えは同じだったけども……」


 なんというか、自分自身と会うなんて不思議なことを改めて思うと、はいそうでしたとは納得しきれない。

 あれは本当にわたし自身だったんだろうか? いや、うんわたしだったけども……。

 起きた現象のインパクトがデカすぎて正直夢としか思えない。まあ、あれ自体は夢の中のできごとなんだろうけど……。


 あーダメだ、なんだから話がごちゃごちゃして訳が分からなくなってきた。


「ふ~ん、じゃあアナタは何に会ったっていうの」

「何って、劫の日記(アイオンの日記)――エリーゼ」


 問われ、ぽつりと彼女が言っていた名前を呟いた。

 その言葉を聞いて、カレンは何故か怪訝な顔を浮かべわたしに向かって顔をしかめて首をかしげたが、すぐに常態へと表情を元に戻した。


「どうしたの?」

「別に、アナタの前に現れた物がそういったの?」

「そうだけど、何か知っているの?」

「さあ、どうだったかしら。懐かしい名前を聞いたと思っただけよ。他意はないわ」


 それは明らかに何か知っている様子であったが、カレンは話をそらすように別の質問をわたしへ問いかけた。


「他には何も教えてもらえなかったの?」


 他に、他には何かと聞かれてもそれ以外特にもう一人のわたし、エリーゼは特に何も教えてくれなかったといえばそうだ。


「その感じだと何も教えてもらえなかったようね。というより、自分自身なのだからそもそも言葉で意思疎通するということ自体が考えとしてズレているのかもね。

 自分だから言葉で伝えるまでもなく分かる(・・・)のだから必要すらなかったのでしょう。思い当たることはなくて?」

「ん~、って言われてもな――」


 急にそんなことを言われて困っていた、その時だった。突如静かに寝ていたロプちゃんとミカエちゃんの容体が急変する。


「うっ…はあっ……」

「あああああああっ!」

「二人ともっ」


 二人とも急に苦しみ出して、ミカエちゃんはもはや悲鳴に等しい。


「あっ……なんで……」

「ああああああああっ――!」

「カレン、これは⁉」


 振り返り、詰まらなそうに空になった茶飲みの口を指でなぞって遊んでいたカレンへどういうことか問う。


「あらまあ、どうやら苦戦しているようね。このままだと二人とも死んでしまうかも」

「死っ、なら早く助けないと」

「そうねー。取りあえずお茶のおかわりいただけるかしら?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ」


 こんな時までおかしな和み方している場合ではないだろうに、慌てるわたしに平然とカラの湯呑をフラフラと振っておかわりを請求をしてくるカレン。それにど怒鳴ったわたしだが、カレンは小さくため息を漏らすとまあまあとなだめてくる。


 ふざけてる。

 これではカレンは当てにならない。ならもうと。


「苦戦してるってことは、助けにいけないの?」


 わたしがどうにかするしかない。


「はあっ、カレンとしてはアナタが乗り越えた時点でどうでもいいのだけどね。他はおまけに過ぎないのだし。

 まあ、ちょうどいいじゃない。自分の力っていうのを使ってみてはどう? チャンスは一度きり、このままだと二人ともお陀仏だし時間なんてない。さあ――どうする?」


 そう言うカレンの表情は、この教会でであった頃の悦に満ち溢れた悪戯な物に戻っていた。


 それをわたしは不快に思いながらも考える。


 助けるって言っても……どうやって。やり方なんて分からないし、なにもわたし(エリーゼ)は教えてくれなかった。

 教えて……本当に?


「じゃあ、そういうふうに仕向けられているようで癪(しゃく)だけども、一つヒントをあげるわ。

 ”他人の夢に繋いで触れるなんてアナタの十八番(おはこ)でしょう? その点に限ってはカレンより優れているのだから何を迷う必要があるというの? 思い出しなさいな、力の使い方を。それとも、まだあの結晶の中で眠っているというの?”」


 言われ――。

 考えろ、カレンは天邪鬼であるが嘘はつかない。はぐらかすことはあるが、それ以外は真実を語っている。言葉をそのまま受け取り余分な疑問なんて抱いてなんていけない。少しでも疑問を抱けば考えが濁る。

 まっすぐ素直に、言葉通り、夢を繋ぐ、わたしの十八番――得意分野。思い出すんだ力の使い方を。わたしはきっと知っている、眠っていなどいない。


 思考をフル回転させて、苦しむ二人の声すら届かぬ自分の深い奥底の部分へと入っていく。


わたしに二人を助けるすべは何処にある? なければ死ぬ二人とも。カレンが助けてくれるなんて、甘いこと考えてはダメだ。

 カレンはもともとわたし達の敵だ。彼女はすでにわたしが試練を超えた時点でその目的を果たしている、ゆえに助けなどありはしない。

 チャンスは一度きり、失敗すれば取り返しのつかないことになるし、悠長にしている余裕など皆無。


 考え、導き出すんだ、思い出して。


 集中して静かに深呼吸し、記憶をたどり導きひも解く。

 まず大事なのは夢を操り繋げるということ、そして次に力の使い方であり、最後に最も必要なのは、奔流、願い、誇り、祈り、数多駆け巡り記憶を幼少期までたどった刹那――


 二人の苦しむ悲鳴と呻き声が教会に響き渡る。胸を押さえ頭を押さえ体をまげて苦しむ二人を助けなきゃ、そう自分を信じて……。


あらゆる過去を思いだして、そしてさらにその前(先)、救わんとする想いは今ここに過去も現在も超越する。


「二人とも今助けるよ」


 真っ白な閃光が瞬いたとき、目の前に絵本は顕現する。それは一瞬にして細かな光の粒子となってとけるが、消えはせずむしろその粒子の量は増加して渦を巻く。

 そうしてだんだんと銀河のごとく肥大化すると人一人程の大きさにまでなって一つの道(ゲート)と化した。


「へえ」


 背後からカレンの感心した声が聞こえる。


 白銀の渦に別の世界が映り出す。


「できた……。ロプちゃん!」


 それは映るというよりは別世界と繋がるに等しく、渦の先に夕暮れに染まる街の背景に血を流して倒れ居るロプちゃんの姿と、血の付いたナイフを握る小さな子供の姿があった。

その光景は異様で同時に早く駆けつけなければという興奮を駆り立てた。

 恐る恐る渦へと触れるとそこは確かな空間で、夢と現実の境界を超えてあちら側へ行けるのは確かだった。


 グッとこぶしを握りしめて身を引き締めて、進む覚悟を決める。

 恐怖は皆無、むしろ清々しい程に心身ともに好調で、大丈夫という言い知れない確信がそこにはある。


「先に行っておくのだけど、生身で行く以上、あちら側で何かあればアナタもただでは済まないわよ?」

「大丈夫。ただちょっと言って帰ってくるだけだから」


 警告するカレンへ笑顔で返すとわたしは渦(ゲート)へと躊躇いなく駆けだした。


「ロプちゃんっ」


 

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