第13話

 三人が寝入った後、唯一残ったカレンだけが祭壇の女神像を仰ぎ見る。


 「さあ、これからどうなるかしら」


 自らを掴み取ってよくも悪くもスタートラインに立つことができるか、それとも失敗して何もかもご破算に至るか。全ては彼女らの想いと祈りがいかに確固たるものなのかにかかっているだろう。

 悠久の繰り返しの中、ようやく配られたポケットエースさながらの大チャンスであるからこそ、期待は胸膨らみ、同時に待ち遠しくて堪らない。

心が燃える。心が惹かれる。

何故なら今回は、今回に限っては奇跡の組み合わせに等しく、万物を滑る程の奇跡的な能力をもつカレンらですら奇跡と感じさせる偶然の重なりだった。

 特に当事者である彼女らにとっては非常に縁と所縁が深く、自らが信じる最強の道具を引いたに等しいから。

 ゆえにこれで無理ならもう無理だろうと、カレンは歪にも興じて楽しくて堪らなかった。

 そう感じて、無意識に漏れた言葉へと返事を返す者がいない筈の伽藍の空間で返答が帰ってくる。


「もちろん、帰ってくるわ」


 確信に満ち満ちた返答に、振り返ったカレンの目についたのはリムだった。

 教会の椅子に行儀よく座り、胸の前で手を合わせ瞳を閉じる姿は祈っているようで、静かに瞳を開けると凛とつり上がった葵い双眸がカレンを凝視する。美しくも勇ましさと優雅さをもつ顔が、告げた言葉の硬さを物語っているようであった。


 リムに気づいたカレンはどうして居るのかとも疑問すら抱かず、ただ愉悦に垂れ出した樹脂のようにねっとりした笑みを浮かべた。


「久しぶりね。この間を除けば最後に会ったのは60年ぐらい前だったかしら?

 ああ、ごめんなさい。それは前のアナタだったわね」


 挑発に似た言葉だったが、特に気にすることなく今は寝入っている彼女らを見据えてから、淡々とリムが答える。


「さあ、どうでしょうね」

「そう。まあいいわ。

 それよりもアナタは行かなかったのね。自分の妹を信じているのか、それとも――カレンとやり合う気かしら?」


 歪曲する口元はいやらしく、悪意に満ちた言葉と共にカレンの闘気が燃えて、その奔流が外気へと流れ出していく。来いよ来いよと欲を焦がして、いつでもよいつでもいいわよと。見た同然、蒼白ゆえ、さながら不安をまき散らす怨霊のように不吉な雰囲気を広げていく。


 けれども、そんなカレンとは対照的にすわったまま、リムは燐と鋭かったが静寂でいつづける。


「やらない。そんな安い挑発に乗るとでも? 随分と安く見られたものね。あなた相手に私では相性が悪いのは、この間のやり取りでもう見切っているわ。なら、ここでしのぎを切った争いをしても、私にとってまともな結果にならない」

「へえ、あの程度のやりとでカレンの見切ったというの?」


 冷静で静寂に、不変の悪意による問いの答えはすぐに返ってきた。


「あなた、何も望んでいないでしょう?」


 それは正しくカレンの芯に着いた一言だった。


「人にあるはずの夢や願いの一切が欠落している。だから人を信じないし頼る気もない。そんな奴に、私の能力(願い)が通じないのはあなたなら分かるのではなくて?」


 答えを聞いたカレンは悦に満ちて不敵に笑う。ああそうと、正解だと。道化や天邪鬼と呼ばれた自分は何も求めてなんかいない。自分が楽しければそれでよい、これからの展開がいかに楽しいか、自分を飽きさせない人形劇となるか、上映(話)を続けるのが自分の役目だと自負しているがゆえの思考主張とも言えるが、それでよい。それでいいのよ。

 なぜならカレンは既に■■■■のだから、求めはしても願い望んだりはしない。求めるのはあくまでも現実的な藩中の事で、この世の中ありえないことや、そもそも身の丈に合わないものは望まない。楽しむという欲ですら目先の選択肢を選ぶ基準でしかなく、その後、最終的にどうなろうと知った事ではない。

 今がいい、今が素敵。ゆえに何も望んでいないと言える。

 だから、イザナミカレンという不純な存在にはリムの能力は通じるどころか発動すらしない。

 

 元来、リムの能力は自身の望みや願いと言った、少女の妄想を自分の力として現実化させるために夢を相手に見せるという能力に他ならない。

 それは願望や妄想などの夢を見る生き物には、程度はあれど絶対的にハマるもので発動条件自体はさほど難しくない。誰が相手だろうと、扱い次第では相手に合わせることができる汎用性のある能力である。


 だが、カレンの場合は例外だ。そもそものなにか願望や夢を見るということ自体が実現しない。何故なら、今だけしか見えてないカレンは先のことなど想い描いていないから。

 ゆえにリムの能力は発動すらせず、カレンは一方的に能力を扱えるという圧倒的に不利な状態で戦わざるおえなくなってしまう。

 それでは、ハッキリ言って勝ち目などない。幾合も切結んだカレンの仲間であるフレデリカすら、能力の一端を使いようやく対等に戦えた程であり、一方的に能力が扱えるカレン相手に素で勝てるほどリムは力を有してはいなかった。

 

 それを理解しているからこそ、リムはここでは争わない。彼女個人的な見解では、今でもカレンは倒してしまいたい相手には間違いではないが、それが成せない以上その限りではない。


「ゆえに、せいぜいあなたにはリアの為に役に立ってもらう。あなただって、その方が光栄でしょ」


 今はこちらの補佐を、助力をしてくれるというのなら、それを手厚く受けようじゃないかと、図々しくも懸命に判断した結果だった。


 それを聞いて、カレンは悪意に満ちた笑みに口元を三日月に歪ませて見せると、すっと不吉な雰囲気を自身の中へと取り込み臨戦態勢を解く。


「そうね、その方が面白そうだもの。さて、この子たちが戻ってくるまで暇でしょう? ねえ、少しお茶にでも付き合ってくださる? カレン的にはぁ、美味しいローズティーを所望したいわ」

「あなたねえ……」

「あらっ、これでもカレンはお客なのよ? なら、それ相応の対応をするのが教会でなくって?」


 先ほどの空気はどこへやら、まるで友人にでも声をかけるような気軽さで、カレンは椅子に座って言って見せる。そんなカレンの図々しさにロプトルを思い浮かべながらも、リムは溜息を漏らしてヤレヤレといった感じに立ち上がる。


「あなたにはせいぜい抹茶がお似合いよ」

「それはそれで、嫌いじゃないわ」


 リムは嫌がせで言ったのだろうが、思惑とは裏腹にカレンは意外にも微笑んで見せ、ソレを無視するようにリムは茶を取りにキッチンの方へ歩いて行って消える。


「さてと、まあ、しばらくは彼女達の寝顔を菓子にもしてのんびりしましょうじゃない。

きっと試練へ立ち向かうさまを見てて欲しいだろうし、いつでも助けに行けるようにねえ。そう簡単に、自分が何者なのかを知る試練なんて乗り越えれるものじゃないのだから。のんびりとしましょう。

 しばらくは、ね……しばらくは……」











 この日、勇者へと至る資質を持った彼女らは正真正銘の試練へ踏み入れた。

 よって、これにて回り始めた歯車はもう止まらない。

 まず舞台となるのはカレンの試練――自分自身の過去と役割(ロザリオ)を知り、戦う力を手に入れることから始まる。

 夢の中、本能むき出しの自分と対面。


 欲望は満ち満ち、悪夢が膨張するのは止められない。



「さあ人形劇(ククロセアトロ)の上映よ――楽しみましょう!」



「いくよォ――!」


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