第12話 幕間 審判者同士の激突 共感とはなにか

 その廊下は深い邪悪さに包まれていた。


 磨きあげられた黒曜石の床にはシミ一つ無く、中央に敷かれた緋色の絨毯が視覚効果によってこの空間の巨大さを強調している。

 いや、実際に広いのだ。伽藍とも言える暗がりな、虚無に等しい空間。

 横幅だけを見ても一般民家であれば丸ごと入ってしまうだろうし、吹き抜けの天井から降り注ぐ証明は満天の星空めいて、漆黒の壁に埋め込まれたいくたもの武具を絢爛ながらも華美に走らず煌かせている。

 このような匠の建築、計算された邪悪の中にある神聖さを醸し出す者が何であるかは理解に容易い。

 魔王――それも並ではない。連綿と紡がれた魔の王は伝説と達し、神(ゴッド)の域にまで届きうる古の破邪の居城だった。


「BAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS(ばずびばざーぶ らっくれくきゃり~す)

 OSEBED NA CHAK ON AEMOA(おぜべっど なちゃっくおんえもあ~)」


 その邪性――何者にも不可侵であるべき魔王の城を紅く血走った放射が蹂躙している。

傷つけ、穢すことこそ我がすべてだと誇るように、血錆びをまき散らし伝染させて罪の魂が悪魔への愉楽を謳いあげる。


 その信仰は貴婦人や皇女を思わせるような静かな振る舞いで、しかしどんな強姦魔をも上回る無恥と残虐(愛)の化身だった。


 絨毯が朽ちた。黒装飾が錆び崩れた。それがただ歩くだけで床と壁面に亀裂は走り、そこから錆びの混じった血潮がじくじくと染み出ていく。

 そうして塗り替えられた新たな意匠は、一言で言えば錆びれた独房だった。絶対的な存在を知らしめるべき御稜威(みいつ)をしての貴き黒き威光を演出していた空間が、一瞬にして血に錆びついた独房のごとく穢れていくのだ。冒涜もここまでくれば神業的と言うしかない。

 事実、その少女は黒きドレスに十字を飾った衣装に身を包んでいた。聖隷を象徴するようでありながら、同時に悪魔に隷属する邪神徒のようなさまは、ある意味彼女にとっての神へ己は純心な使徒であると主張していることは間違いはない。

 曰く拷問狂(アクマ)――レア・オルショリャである。


「EHOW EHOW EEHOOWWW(えほうえほう え~ほ~)

 CHOT TEMA JANA SAPARYOUS(ちぇっとま やなさぱりうお~す)」


 ドロドロと水中のように木霊する懇願(プロセウケー)の奔流。それらは悪魔の召喚術ながら、異形めいている。

 美声に纏わせ紡がれる異界の唄はどこか棒う読みめいていて、内容を謳っている本人すら把握していないようにすら感じられる。実際、その詩の意味その行動自体、適当かつアレンジが加えられており本来の目的を果たすことは到底ない。

 だが、その言葉は確かに魔術的で歴史的に暗黒面であるがゆえに、内容を理解をすれば不快な思いを大部分するし、いかに彼女が狂気に狂っているのか知り嘔吐感と嫌悪感を抱いてしまうのは間違いないのだから。


 そぞろと歩くレアの足は無人の野を行くがごとし。

 事実として彼女がこの城へ帰って来てから、この時までお迎えの類は皆無だった。

 旅団級の戦力は楽に収容できるだろう大城でありながら、衛兵どころか使用人一人すら見当たらない。

 かといって罠が設置されているかと言えばそうでない、門・扉は施錠すらされていない。防備の面で見れば明らかに論外であり、恐れをなした家人たちが総出で逃げ出したかというと嘲笑をされても仕方ない。

 だが、違うのだ。実際問題この城には彼女達しかおらず、雑魚兵がいないという状況は至って簡単な理由からだった。

 それはすなわち、その必要がないということ。

 外敵の一切は兵など不要なほどにこの城に住まう者たちは控えめに言って異常な者。居城を守るに相応しい絶対な強者しか住んでいないがため、兵など不要なのだ。


「……あ?」


 それを証明するかのように、進行するレアが足が歩みを止めた。いや正確に言うと、先だって止められたものがあるから拷問狂の行進は止まったのだ。

 停止されたのは他でもない、この城を蹂躙していた穢れそのもの。壁も床も装飾も、錆び果てていくのが止められたのみならず――


 一瞬にして、再度邪悪な秀麗さに満ち溢れた空間へ塗り替えられた。


「ほう……」


 無論、ただそれだけでレアの力が敗退したというわけではない。穢れはこの少女が常態で垂れ流しているモノに過ぎず、言わば無意識の現象なのだから込められた強さも程がしれよう。

 だがそれだけに呼吸を止められたとも言えよう圧力をレアは与えられたのは間違いなかった。普段当たり前にやっていることを邪魔されたという事実には、それぐらいの意味がある。


 今、再び秀麗を取り戻した廊下の中央、エプロンドレスに身を包んだ少女が玲瓏(れいろう)と立っている。

 息を飲むほどに整った容姿の少女だ。眉目の佳麗さは言うまでもなく姿勢の正しさ、凛冽な気配、すべてが磨かれ、極まっている。

 まるで少女自身、貴人に従える芸術品であるかのように。


「こんなところになんの用?

 まさか、キサマは我(ワタクシ)の邪魔をしようという気? 

 いつからキサマは勇者(あっち)側になったのよ。ねえ――我らが序列一位のクリア。我(ワタクシ)のこの渇き、キサマが少しは潤してくれるのかしら」


 そして瞬間、唐突に火蓋は切られた。


 閉じられた少女の瞳が開いていく。ソレはレアをして意識に霞かかっていくのを自覚するほど凄艶(せいえん)で、そこに居るという真実すら消し去ってしまうほど、幻視を想起させる無だった。

 なぜならその眼差しは死霊のごとく澄み、断じて正気な人間がもつものではない。人が有するべき大事なものを欠落させた者特有の、死者では絶対に有りえない心酔(しんすい)という熱を帯びている。

 彼女は恋をしている。身を裂くほどに焦がれた主君へ忠を尽くすことを生業とし、それ以外の一切を己の存在価値を認めていないかのように。

 その総身は美しく、佳麗(かれい)のまま冷冷とした狂気を纏わせて場の空気を丸ごと震撼させそれを広げる。立ちふさがる玲瓏(れいろう)な少女を前に、血と錆びの拷問狂である悪魔は嗤って、走り出した。


「怖い――怖いですわぁあ」


 恐怖を謳う言葉とは裏腹に、自身へ向けられる瞳の奥に感じる恋獄に愉悦と狂喜に酔いしれて、ドレス衣装を纏っているとは到底思えない俊敏な動きで距離を詰める。


「うふ、あははは、あははははははははははは――!」


 爆発する狂笑は、伝播する呪詛となって空間を覆い尽くした。再び塗り替えをするべく、穢れの奔流を引きつれてレアがクリアへと襲い掛かる。


 走り迫りながら震わせ広げる右手に集まる錆びの混じった血潮は、巨体な形を取り物体として具現化を果す。それは長重かつ重厚で、彼女の身長以上はある血と錆びに汚穢(おわい)した切断器具。ただ巨大な鉄を包丁型に打っただけで飾りもない、刃すらかけてまともな切れ味などあると到底思えない肉断を目的とした屠殺用の包丁だった。


 標的たる美形を跡形もなく引き裂こうと、屠殺の包丁を握った瞬間に、どういう体裁きか彼女の体は二重に幻視させ次の瞬間には跡形もなく美身は消えていた。広く伽藍とした廊下には隠れる場所などなく、まさしく消失したとしか思えない。


 予想外な行動を前にしても、佳麗(かれい)として動揺の類は一切見せずそこにただ立ち続けるクリアは、状況を知覚できなかった遅鈍さを帯びているように見えるだろう。

 ある意味、主を補佐する家臣としては真面目かつ優等だと言え、無論その対応相応に結果もまた優秀さを示していた。


 気づけば、クリアの背後から首を斬り落とそうと振りぬいた欠けた刃が、彼女の首に触れた瞬間、瞬く間に光の露となり浮遊し消失していく。それは飛び立つ無数の蛍のように、幻想的な情景とながら、煌煌しくも華々しく手ごたえさえ感じさせない風貌でそれは起きていた。

 

 それでもレアは切り裂くのを止めない。あえて麗麗とさせるように消えては屠殺包丁を再び創形して、正体不明の体さばきで自身の姿を歪ませながら四方八方から無限に等しい斬撃を放っていく。


 刃は回転し、黒のドレスを翻し円を描く。下段から上段、もはや体を二つに割らんとするその振りさえも、ただエプロンドレスのスカートにさえ触れるだけで、レアの獲物は消失しクリアへは散りホコリ一つすら与えられていない。

 彼女の肌に触れる刃が消失する。彼女の髪に触れる刃が消失する。彼女の衣服に触れる刃が消失する。


「あはははははははは――!!」



 振りかざされ、ありとあらゆる斬撃が無効となり、クリアの素肌、髪、いやもはや彼女が纏うモノ全てに触れるだけで外敵となる者は星屑となって消失を果たすのだ。

 それでもなお、残断をし続けるレアは滑稽かつおどけて見えるものかも知れないが、実際はそうではない。


「いいわ、キサマも愛してあげるっ。愛して愛して愛して愛して―――はぁっ……。同じ恋模様を願った者同士、分かるでしょ、この我(ワタクシ)の愛が」


 理屈は不明。正体不明の歩法はレアの姿を無数にズレて遅れているように見せかけて、あらゆる方向からかける声すらも何十もの合唱となって紡がれる。そこには一分の無駄すらない見当たらない。高度に練られた技術ゆえ、舞うような動きと比喩できるが、実際にはこれはその手の装飾さえ入り込む余地がないものだった。

 言葉はこの場にレアとクリアの間に置いて、確信的な揺さぶりをかけて高まっているが、動きはまるで扉を閉じるように。すなわちどこでも当たり前の日常行動にしか見えぬ。実情の残忍さと比較すれば、見る者の常識を崩壊させ得る落差だと言えよう。

 だが、常識(ふつう)を無視しているのは言うまでもなく彼女だけではない。

 ここは魔王城。数多の非常識(異常)と思惑が渦を巻く恐怖と不浄理の世界なのだから。


 クリアは動かない。無数に刻まれようとされているものの、それに動揺する気配の一切なければ、ブレるレアを目で追いすらしない。虚空を思わせる瞳はただ虚ろに空を見みつめ、呆然とされる様はただの人形めいていて、それは彼女へと絶対に傷をつけられない証明であった。

 これまでどのように攻撃しようと明確な斬撃(キズ)を与えることが出来ておらず、処刑人の斬撃を当たり前にいなしている。

 振り下ろされる刃は光の瞬きとばらけ、形を失い、すかさず触れた刃は同様に煌煌と露と散る。

 舞い散る銀粉は、星屑のイルミネーションを纏っているように見えぬこともない。しかし、それは城の邪悪さと相容れないのだ。

 この魔王城(場)に住みながら振りまく神聖は明らかに正反対の属性を帯びており、血錆びへと浸食された空間においても輝きは絶対不可侵を象徴している。それは、一言でいえば、二人の間には圧倒的な力の差があることを示していた。


「さあっ、こっちを向いてっ。愛してるっ、あははは―――! 

 ねえ、キサマなら分かるでしょ? 我(ワタクシ)の愛が、この気持ちがッ、ねえねえ――ねえっ」


 レアは止まらない。絶対な力の前に酔いしれるように愛を謳って、屠殺の包丁が消えれば再び創り出し振り続ける。


「愛してる、だからどうかしたいの。傷つけて傷つけて、我(ワタクシ)の愛を証明するの。だから傷ついて」


 狂気に歪んだ咆哮は、下賤で卑劣で破綻していた。まともな思考の一切を持たない己の押し付けだが、しかしそれだけに対象の精神を否応なく不快に煽る。殺し合いの最中に飛ばすものとしては、ある意味では有効的なものだと言えよう。


 もっとも、当のレアに心理戦の類をしているつもりは微塵も存在せず、ただただ、自分の思いを謳っているだけ。好きなのだ。愛しているのだ。だからこの溢れる気持ちは抑えが効かず声に漏れる。とまあ一種の生理的言動に過ぎず、それゆえ気分は高揚し力の奔流はうねりを上げて爆発的な域までに膨張し膨れ上がっていくのだ。

 そして、なにより、偶然なのか天性の才能なのか、この場に置いては確実にその言葉の一言一句、全てが勝敗の天秤を着実にずらし始めていた。


「分かるでしょう? ねえっ、ねえっ、ねええええっ!!! ずっと焦がれ続けてきたキサマなら、気づいて欲しい、構って欲しい、だから虐める、あははははっ―――! 

 はあっ、別に気傷つけるのが好きなわけじゃないの、だってそうしてないとみんな我(ワタクシ)に気づいて(愛して)くれないから、キサマもそうでしょう? 

 だからほら我(ワタクシ)を見て、じゃなきゃ壊してしまう。見て、見なさい、愛してるのよ、好いているのよぉ。 ははははっ、ははははっ――!!!」


 背筋が凍るほどの卑猥で恐怖の象徴たる笑いに、訴えかけられる美しい少女は、恐怖するのか。激昂するのか。

 否、どちらでもない。彼女の表情は依然として艶(つや)めく陶酔(とうすい)に濡れたまま、紫の瞳は主への忠誠だけを抱えている。

 彼女も彼女で狂気の所業だ。眼前の狂気に満ちた愁いと対峙しながらも、その実まったくもって相手を見ていないことになる。先の訴えなど例外なく、耳に入っていても気にも止めていないのだろう。


 の筈なのだが、唸りを上げて狂い裂こうと連続して続ける攻撃は回転率を上げていき、いっかいな勢いは衰えるどころか加速して、ある異変を見せつつあったのだ。

 感情は荒れて擦れて、簡捷(かんしょう)に。喩えるなら、そう、台風のような。責め続けるレアは、無垢な神聖を削り始める。

 いいや、あるいは想いそのものが遂げられようとしているのか。


 クリアの完全性――その防御力は確かに脅威の代物だが、現象自体は相手の能力をただ否定し無効にしているだけに他ならない。

 そこには難しい仕掛けや思いが絡み合っている訳でもなければ、彼女達にとって特殊な能力を行使している訳でもなく、言ってしまえば、ただ巨大な力で相手の力を飲み込んでいるだけで間違いない。

 ならば、それは言い換えれば、突破するには同じように巨大な力をぶつけて、相手の力を上回るのがもっとも手っ取り早い単純な力勝負だ。

 明快である反面、自力で上回らなければ絶対に通用しない。

 

 そうした事実を踏まえてみるに、クリアと力比べをして競うのは恐らく無駄だといえよう。ここまでの流れが証明しているし、そもそも、純粋な力の強さはレアどころか他のカレンやフレデリカでもクリアを上回る程の力を有してはいない。


 よって、流れを変え始めた理由は別の角度からのアプローチだ。その一つに共感性というものが存在する。

 異界(この世)における彼女らの異能には願望(祈り)という属性が付与されている。それはすなわち術者の精神強度であり、どれほど強くその感情を強くもって想っているかによって決定されるため、これの前提おいてはどうあがいても個人の精神性が勝負を分けてしまう。

 それは単純に能力の威力が個人の願う強さの度合いということであり、見た目相応の夢見がちな乙女達がぶつかり合う理(ちから)としては至極当然で、現実にも適応される真理に近いものであろう。がしかし何事もそうであるように陥穽(かんせい)が存在するのだ。

 すなわち、それこそが共感性。

 想い願った願望(祈り)を伝え、他者に受け入れてもらうこと(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。

 その伝えるとは、無論のことただ言って教え伝えればいいということではなく、願望の神髄と同じ、強い拘りや哲学に反ったまったく同系統の思いを相手に発露させなければならない。

 ゆえに戦闘という、極限の否定し奪い合い、ぶつかり合っている中では、そもそもお互いのすれ違いから争いが起きている訳だし、それゆえ成立させるのは至難だが、決めた時の見返りは凄まじい。

 たとえば、一人の人物に恋焦がれた少女がいたとしよう。その少女は今まで恋などしたことが無く、真っ当なアプローチというものの仕方が分からないがために、相手に振りむいて欲しくて嫌がらせをついついしてしまう癖をもっている。

 もちろんそれは、そのまま考えれば当たり前に矛盾したことだろう。好いている人間の嫌がる行動がまともな行動であるわけでもなく、愚かしい真似に違いない。

 だが、その真理としては合理的かつ純情な思考と思惑が根本にある。それは”ただ振り向いて欲しい”、そういった経緯や願望を行動とは裏腹に、それを相手へ愛を伝えれば、どう思いとう解釈するか。

 おそらく、こう考えるのではないのだろうか、振り向いて欲しいから何かちょっかいをかけるのは当たり前。むしろだから今までちょっかいを、と思い返す。

 そのとき、両者の間で共感が生まれるのだ。

 確かにそうであると。

 

 瞬間、敵は自ら能力を受け入れ、防御力に歪が生じるか、受ける能力の威力が格段に跳ねあがる。

 これは、敵自らお前の力は正しいと受け入れた訳で、言わば共同技なのだ。ゆえに抗うことはまず不可能。他ならない己自身が受け入れたことであり、さらに共感を得たことにより相手の力にも相乗効果があり力は上乗せされる。一人で跳ね返すことなど出来ない通りだ。


 共感の合一――


 それは想いという属性を帯びている異能同士の戦いならではの発想転換とも言えるだろう。敵の力を減じたり、己の力を上昇させたり、そのどちらでもない何かを自分の器では成せない領域で実現させる。

 法則はハイリスク・ハイリターン。共感が難しければ難しいほど効果はでかく、決定的だ。

 先の例にならうなら、相手は恋をしたことがあるということと、そもそも好いている相手が嫌がることをするという思想こそが重要点になる。

 それらの思想そのものが当てはまらなければ、共感は成立しない。

 だから、根本的な願望を相手の価値観に合わせて、結果を悟らせない、自然な流れで相手が納得する形で、思想を揺さぶり誘導して共感を得ること。


 まさに、レアがやっていたことは意図せずそれにハマっているものだった。

 弱点が無いのなら弱点をうんでもらうようにしていたのだ(・・・・・・・・・・)。


 静止し続ける冷淡と無垢と神聖の象徴たるクリアに向けて、鈍器もかくやという大振りが放たれる。依然として効果はゼロだが、まったく無視して数度、五撃、十撃、二十と狂振りが空を突き破らんと威力を上げ到達した瞬間のこと。


「全ては、我が主の意のままに……」


 初めてクリアが、自ら回避らしい回避に打ってでた。正面から虚空を破り裂く屠殺の包丁を、足場を小さくだが蹴って忌避し一歩下がった。


 そうして城に響き渡ったのは、火花散る剣戟の調べだった。それは取りも直さず物体同士が衝突した事実を示し、すなわち拷問狂がクリアへ触れたという証明に他ならない。


「――お見事です」


 同時に、ここまでの戦闘で穢れ切った城内の不浄を残らず圧倒的な圧力で吹き飛ばし、少女は初めてレアと視線を合わせた。

 賞賛する言葉とは裏腹に少女の瞳の奥には、絶対に許せないという怒りに満ちたものが溢れている。それでもなお、容姿を裏切らない美声であるものの静寂なのは変わらない。あくまでも停の体は変わらず、だが明らかにレアを認識している。

 それはつまり、聖女(クリア)が悪魔(レア)を対当以上の存在と知覚したということで、同時に今まで一方的であったが戦闘が正式に成立したということになるだろう。

 その緊張と圧に、今まで狂いに狂って愛を謳い上げてたレアは本人も気づかないレベルで本能的に一歩後ずさった。それは、もし仮に第三者が見れば、レアが勝っているのにという感想を浮かべる筈なのだが。


「まさか、ワタクシにアナタのような卑劣な感情があるとは思いませんでした。同じ穴の狢というのは、ワタクシ達みたいなものなのでしょうね。ですが、先ほどから聞いていれば、好きだの分かるのだの愛しているのだの。まったく……なっていない」


 言いながら、レアを見据える精緻な人形のような美形は頬を微かに裂けていた。それは即座に消えていくが、経過を見る限り明らかにクリア自身が意識した回復能力に間違いはない。仮に、力同士のぶつかり合いであればクリアが力を放った時点で、自動的に傷は癒え残っている訳のないハズ。やはり、レアは少女へと一太刀入れている。それも外界的にではなく、内部的に。だからこそソレを讃え、淡々であったが敵として認め否定してたのだろう。


「ああ……やっとこっちをみてくれた……」


 気づいてもらえた悦に入りながら不敵に笑い楽しそうに言った。

 思い返せば、両者が会敵して以降、それが初めてのまともな会話という会話なのだが、そこに会話の定などほとんど見受けられない。容姿を裏切らない清閑(せいかん)さのクリアは石が喋っているかのように平坦で、もはや誰かに喋っているというよりは独り同然であり、レアにいたってはただ自分の想いを吐き続けているだけである。


それでもなお、彼女らの間に一種の意思疎通が成立するのは同じ異常者ゆえなのだろう。


「いいわ、おいでえ、愛してる。この時この瞬間だけ、我(ワタクシ)はキサマだけを見ているの。傷つけてごめんなさい。ほらきて、キサマが好きな事をしてあげる。クリアは潰れそうなほど抱きしめられて、お互いの舌を絡めるのが好きだったわね。

 抱きしめて、絡め合って、唾液を胸いっぱい飲んで飢える。中も外も満たして犯して欲しいだなんて、そんな純情でもあげる。ほらだから来て、愛してあげる」


 両手を広げ歓迎し、いまだ陶酔(とうすい)の中にいるレアへ神聖な家令はただ思ったままを告げる。


「なんて、中身のない…」


 対当以上と証明する視認さえも擦るように、道端に落ちる塵同然に取るに足らないと罵った。


「アナタの言葉には中身が無い。吐き続けているそれは、食べて寝るという欲求となにも変わりのないものですよ。自覚は、無いのでしょうね。

 ゆえにこらえ性がないただの野獣同然、そんなもので誰かの心を動かしえる訳がない」


 澄んでいる瞳の奥に深くある炎、それはただ誰にも気づかれない奥底で冷炎のごとく燃え上がっていく。初めて確かな芯をもった感情の色を帯びた言葉がとぶ。


「我が主(あるじ)にアナタは相応しくありませんわ。そんなに愛を語りたいたいのなら――

 まずはお嬢様(エリザベート)と対当になってからにおしなさい」


 その冷めた視線と冴えたその言葉に対し、レアはどう応じるのか。


「ふはっ――」


 その名を叩きつけられた瞬間に、レアの満足顔(ペルソナ)が剝がれ落ちた。

 熱でも冷やすかのように、すうっと笑みは元のいやらしくも癲狂(てんきょう)としたものへと戻る。

 怒っているのか、いやそれとも……。


「全然笑えないわぁ。(我)ワタクシらごときが、あのお方と対等であると思っているのでして。

 お母様と同列になるとは、大きくでたわねえ。うふ、うふふふふふふ……」


 虚無の城へ響く哄笑(こうしょう)は、無数に反響して何十にもなってやがて廊下を震撼させる爆音となり、轟々と荒れ狂う災歌となった。

弾け狂うレアの咆哮。

 まるでおとぎ話にでも登場する魔女のように悪魔は謳う(わらう)。


「駄目よ駄目よ――話になっていない。期待外れよ、せっかく同じ恋敵として、愛して裏切りに目を瞑ってあげようと思ったのに。もういいわ、壊しましょう。キサマはなにも分かっちゃいない!」


「言いましたわね。自ら身を引くような事を言う、負け犬風情をワタクシが通すとお思いで?」


 これまでの数倍であろう邪気を正面から叩き込まれ、それでもなお少女は微塵たりとも臆していない。むしろ口元に微かな笑みさえ浮かべながら、真向迎撃する姿勢を見せる。

 先の攻防で彼女は一度、レアに防御を破られている。結果は掠り傷程度のものだが、効果は一度ハマった時点で継続中。であれば、これから先はまごうことなき死闘となる。

 レアも無論、まだ本領の一片たりとも見せてはおるまい。今なお膨れ上がり続ける邪念の覇道が、地獄の悪意に底など無いことを証明している。

 よって双方、これより本気の第二局。もはや遊びは存在しない。


「――バカじゃないの?」


 入り混じった無限の覇道による圧力。その間をさくようにして、どこからか届いたかんの高い声と共に――


「――なあに」


長い廊下の先からレアの背後へ向けて、巨躯な黄金斧が高速回転しながら襲い掛かった。


 それは容易く屠殺の包丁でいなして弾きかれ、両者の間へと突き刺さる。


 そして次の瞬間には、その斧は黄金の輝きを放ち薄暗い廊下を照らし煌めかせた。爆発する閃光は視界をほんの刹那奪い、晴れていく。


「バカみたいバカみたい」


 そうして姿を現したのはこの場の誰よりも小さい無垢な童女であった。紅いドレスをはためかせ、宙から着地した彼女が左右どちらも子バカにし、美術館の飾り物でもあるかのようで、精緻な人形のように整った顔が意地悪く微笑する。

 フレデリカ――彼女はここへ、唐突に割り込んで来たのだった。


「なに、キサマも裏切るというの? フレデリカ」


 空気の読まない割り込みに、もはや呆れすら感じたのか、レアは冷めた声で問いを童女へと投げかけた。

 

「うふふっ……。おかしなことを言うのね、あたし達は元から敵同士でしょう?」


 見た目相応にはしゃぐようにして子バカにする態度は依然として変わらず、だがその翡翠目は言動とは裏腹に笑っていない。

 彼女もクリア同様。恋をしている。身を捧げても足りぬほど、それは一度ハマったら抜け出せない底無し沼のように自ら沈んで、今なお堕ち続けている。

 ここにいる全員が、恋敵なのだ。同じ相手に恋焦がれ愛して、求めて、沈んでいく。形的には協力体制を取ってはいるが、結局のところ彼女らは、自分の思いを遂げ果てたいと恋模様を謳う同志(てき)に過ぎない。

 それを味方などと下らない括りで縛ろうとするレアを見て、フレデリカは愉快でたまらず、口を歪めたのだった。


 その様子に無論のこと悪魔は怪訝な雰囲気を纏わせるが、それでも童女の無邪気さは変えられない。むしろソレを見て、いっそう楽し気に破顔するのだ。


「フレデリカ、言葉を選んで下さいまし。あのお方が聞いていれば悲しみます」


 先ほどまでとは百八十度変わった態度は、もはや一片の戦意など見受けられない。フレデリカが現れた時点で、クリアは動きを止め、即座に戦意を解いている。

 それも病気的なものだ、一瞬見せかけた殺意すらも感じさせない、相も変わらず停の虚無へとなり果てて、その切り替えは機械的を通り越した恐るべき職業理念と忠誠心。もはやレアの事など見えていない。レアは二人の拍子抜けな態度に呆れ、ついに溜息をもらして獲物を消失させた。


「卿が醒めた。あーあ……。理由があるのでしょ? こんな詰まらない気にさせたのだから、メイドらしく少しは機嫌を取りなさいな」


「御意……」


 短く返して軽く一礼するとクリアは今度はフレデリカへと向き直る。


「フレデリカ、傷は?」

「もう治ってるわよ、見て分からない?」

「それは失礼しました。では、わざわざ止めたということは、アナタも、ですわね?」

「ええ」


 問われたフレデリカも、短く返した。まるで敬意を表すように、小バカにしたような表情を止めて、見た目相応の悪意のない無邪気な顔で。

 

「場所を変えましょう」


 そうして、半歩遅れて傍に立ち、順路を示すクリアは紛れもない貴人に従える従者といえよう振る舞いで、それにレアとフレデリカは大人しく従った。


 しばらくして訪れた廊下の終点。遮光ガラス張りの扉の前で、クリアは立ち止まると静かに戸を開けて二人を中へと誘導した。



 各々、黒曜の煌びやかな部屋の中で座りお互いに向かい合う。


「さて、なにか飲みたいわね」

「あたしは紅茶がいいわ」

「あら、じゃあそれで」

「畏まりました」


 紙のような薄き磁器へ湯気のたつ琥珀色の液体が注がれると、二人の前へ静かに置かれる。レアとフレデリカはそれぞれ手に持ってから共に微笑み、ゆっくりと喉に流した。

 その様子だけ見ていれば、ただの仲のいい姉妹にしか見えないが、実情とは雲泥の差だ。常人からしてみれば、先ほどまで殺し合いをしていた同類(恋敵)どうして、どうして平然していられるのだと、疑問が生じるだろうが。そこはやはり一線を超えた人格者同士、まともな常識など入る余地のない振る舞いという物があるのだろう。


「はあっ、ほいしいわあ」

「そうね」

「クリア、キサマまた腕を上げたのね」

「それはいえ、お褒めの言葉の言葉を頂き恐縮でございます。ですが、紅茶に関してはまだまだ訓練中なのです。最高のおもてなしができず、申し訳ありません。

 よろしければ、ワタクシの腕が磨かれた際には再度、茶会を開かせて下さいまし」

「ええ、その時があるのならば楽しみにしようじゃないかしらあ」

「クリア、おまえも座んなさい。これはあたし達三人の茶会じゃない」

「では、失礼して――」


 そしてそのまま、三人は何でもない世間話にしばらく興じた。それぞれの思い出話に、女子会ならではの恋のはなし。しいてはこの先自分たちがしたい事ややりたいこと。望んだ幸せについて。そして――三人が愛した者の好きなところと嫌いなところ。

 まるで友人同士のたわいのない極々普通の日常的会話で、本当に彼女らが仲が良いというのが浮き彫りとなる。ただの協力関係、そんなことを思えないほどに、嘘のない微笑み合いをしているのが、やはり腑に落ちない違和感を渦巻かせている。それは、乙女同士であるからこその、ある種駆け引き的な物なのかもしれない。相手の話を聞いて理解して自分も負けじと高め続ける。正々堂々の恋(勝負)だから、いつどんな時でも深い根の部分では油断をしない。というところだろう。


 そんな奇妙さを残しながらも談笑は続き、レアが二杯、フレデリカが三杯、クリアが一杯飲み終えたところでようやく話の本題に入った。


「アナタたちは相変わらず強引なのですね。そういう振る舞いだからあのお方もよく心配なさっていらしたのですよ」

「あらぁ、よく言うわね。その強引な我(ワタクシ)たちをこき使っていたのはキサマでしょう? 言うこときかなければ毎回メンドウな説教されるわ、すねるわで、ご機嫌取りするこちらの身にもなって欲しかったわ。その度にあのお方はキサマのことを心配していたのよ」

「それは……、そもそも言うことを聞かないアナタ方がですね――」

「バカみたい。なんでも自分で引き受けるから、あたし達が少しは仕事を変わってあげるっていうのを、いうことを聞かないと言うなら――おまえこそ強引じゃない? それでぶっ倒れたことあるの忘れたの?」

「…………」

「まあ、意地悪もそれぐらいにして、いい加減本題にしましょう。で? キサマ、今度はどんなメンドウなことを想い描いているの?」


「はい、至って簡単なお願いですわ」


 元の上品にも崩れた姿勢をただし、クリアは先ほどまでの砕けた物腰を捨て去って真面目に言った。


「一時的で構わないので、あの子らへのちょっかいをかけるのを止めて頂きたいのです」

「ほう」

「あら」


 クリアの放言に二人はそんなことかと、微量な反応を示しただけだが、一瞬殺気にも近いものを浮き上がらせた。当然だろう、そのお願いとやらは、自分たちの目的を捨てろと言っているのに等しい。


「ふざけている、訳ではないのでしょう? だとしたらキサマ、それなりの採算があっての提案ということでいいのでしょうね」

「ええもちろんです。この期に及んでアナタ方を裏切るなどと考えるほど、ワタクシ、バカじゃありませんので。その上でお願いしたいのです。

 まさかアナタ方も気づいていない訳ではないでしょう。今回の道具は全てワタクシ達に取とって懐かしくも、信頼に値する物だということを」

「それはあの天秤にぬいぐるみや日記のこと?」

「そう、元々の所有者であるワタクシたちにとって大切な物です。

 そして、この状況を期待して宝物庫に納め、こうしてなんの縁なのかその中のいくつかが同時に現れたのですから、ならそれ相応の対応をしなくてはなりません」

「それで、手を出すなと?」


 視線だけを動かして、フレデリカが睨みつけて問う。


「はい。今までのようなスパルタめいたことをしても意味が無い事は結果の通りです。なら、やり方を変えてみるのもまた一興ではありませんか?

 ですから、試練を与えるだけではなく、守って育てあげるのです。そのために今は手出しは無用。大人してくしていただきたいのです」

「へえ、あたしは賛成だわ。このままにしてても何千年かかるか分からないし。たまにはやり方変えるってのもありじゃない? レア、アンタは?」


 その問から少し間を持たせて、レアが睨みを利かせ返事を返す。


「……それはお母様は承知の上で?」

「いえ、こればかりはワタクシの独断です。いまお嬢様に言ったところで、結果は大して変わりませんので」

「それは、許可されないからでしょう?」

「はい。そうです」


 微かに面白がっているような響きを声に乗せて、クリアは小首をかしげさせてみせた。年相応ながらの少女の可愛らしい仕草だが、レアに向けた眼差しは生真面目な騎士のそれに近い。


「なるほど、それで我(ワタクシ)に言うとはね。ふざけてるのもいい加減にして欲しいわ。そもそも、命令に純真な女中(メイド)のキサマはお母様に従うのが勤めでしょう? それが逆らうことがまず解せない。

 キサマ――何を企んでいるの?」

「なにも、というのはいささか説得力が無いですわね。ええ、もちろん。ワタクシの最終的な目的はなにも変わりません。あくまでも勇者の創生。あの煌めきをもう一度――あのお方と添い遂げるために。それがワタクシ達が協力し合う理由でしょう」


 その時、今までで初めてクリアの口元が横に広がった。つね鉄仮面だった虚無の少女がほんの一瞬だったが見せた微笑みは、不気味にも美しくもあり、レアをしてソレは不快に思わざるおえなかった。


「………。キサマが笑うときは大体ろくでもないのよ」


 過去にクリアが笑った時は、死ぬ思いをするような大災害にあったり、自分も叱られるようなことになったりと、大体が彼女にとって都合の悪いことが最終的に起きてきた。その経験から、今回もどうせろくでもないことしか起きない。と、もはや確定の域までに断定できてしまうゆえ、肩をすくめ話し合いを投げ捨てるように背もたれにもたれた。


「別に、お嬢様へ言っていただいても構いません。たとえそれで、止められたとしても、ワタクシはその命を聞くことはないでしょう。ワタクシは、あくまでもあのお方の従者であるゆえに」

「あーもー、はいはい、勝手にすれば。すきにおしなさよ。どうせ止めたって、何を言ったって聞きやしないのだから」


 しっしっと、体ごとそむけて手で振り払うようにするレアは、もはやクリアと話し合いをする気などなかった。というより、こうなることなど最初から分かり切っていたがために、それが想像通りのことがこうして繰り広げられたため、もうあきらめたのだ。

 クリアはこの中で誰よりも頑固であると。自分が戦意を解き話し合いに興じた時点で、もはや答えなどとうに決定していた。それを分かって少し反論してやろうと意地悪を考えたのだが、そんなことなどクソの程にも意味がなかった。クリアは変わらず石よりも感情の色が殆ど見えない。そんな奴と喋っていても意味がないとレアをもってしても諦めたのだった。


 一連のやり取りを見て、フレデリカは童女らしく小さく笑っている。彼女とて最初から結果が分かっているがゆえ、クリアに賛同したのだろう。

 どうせ何を言っても聞かないバカは、勝手にやらせておけばよいと。それはこの世のすべて、あざ笑いバカにしているフレデリカとしては当たり前の判断であり、クリア自体もソレを理解してのこの茶会だろう。

 結論からして、もはやここにはクリアを止める物など最初から居なかったのだ。抜け目がないと言えばそうだが、ある意味、他の者がクリアを信頼しているからこその結果でもある。

 でなければ、裏切り行為である今回の件を目を瞑るなど、この世で一番といっていいほど欲望がつよい彼女らにとってありえない。クリアだから見逃したのだ。クリアだから諦めたのだ。クリアだから――と、愛に浸かり切った貪欲ゆえに、恋敵のお前ならそう言うこともあるだろうと。などと、結局のところ何をどう理由をつけようと信頼なのだ。レアとフレデリカはクリアを信頼している。それは自分たちの上司的立場に当たる魔王が相手とて変わらない。

 とはいえ、それでは腹の虫が収まらないのもまたレアである。


「それでは……」

「――でも、駄目よ。これでも我(ワタクシ)はお母様を最も尊敬している。その忠誠(信頼)に嘘はつけない。だから交換条件としましょう」

「その条件とは?」

「いまキサマ。いや――カレンとクリア、キサマらしようとしていることが澄むまで、それ以上は待てない」


 その言葉に最も関心したのはフレデリカだった。彼女は本当にカレンが協力していることなど知らないようで、面白そうに口元を広げ関心していた。

 

「へー、今日はいないと思っていたけれども、あーそういう。ふーん。バカみたい。カレンはもう動いているのね」

「はい。すでにカレンにはあの子たちの本来の力を取り戻すべく、出てもらっています。ですがレア、それでよろしいのでしょうか? いささか条件としては軽い物とだと思うのですが」

「はぁ……。フレデリカ、キサマからも何か言ってやったら?」

「って言ってもねえ」


 二人は顔を見合わせて、肩をすくめた。それを見てクリアはなんのことなのか分からず首を傾げるが、レアとフレデリカは今度は深いため息をするのだった。

 そうして同時に言い放つ。


『誰かさんが意地っ張りだからよ』



 その言葉に、クリアは目を丸くしていた。言われた意味もどういう意図かも理解しかねるという感じに瞼をぱちくりさせて瞳孔すら開いて、呆けてすらいる。

 それは、誰なのですか? といまにも訊きそうな雰囲気ですらいる。それを見て、レアは睨みつけて、フレデリカはバカみたいとあざ笑い両者立ち上がった。


「あの?」

「話にならない」

「あーあ、怒らした。ほんと、バカみたい」

「ソレは一体……。レア、分かっています?」

「さあ? 答えは自分の胸に聞いてみなさい。 キサマなんか大嫌いだわあ」


 あきれ果て、悪魔さながらに耳まで避けるような悪意じみた笑みを、戸を開けた先の暗闇浮かべ、一瞥を返すとそのままレアは立ち去っていってしまう。そうして、フレデリカもまた、同じように見た目相応の子供じみたいじらしい笑みを向けて、言うのだ。


「バーカ」


 その一言だけ告げると、ルンっと鼻歌まじりにスカートを翻し180度回転して部屋を出ていった。

 誰が閉したのか、キィという耳障りなガラスが擦れる音とともに、扉は独りでに閉まっていき、後には首を傾げた無表情な人形のようなそれがいただけだった。



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