第11話

 そうして――

 

 真に自分の聖器(ロザリオ)が何かを告げられたわたし達は、ただ教会の席に座り沈黙していた。

 全員黙っている理由は当然カレン。

 いや、そのカレンの提案した内容だった。わたし達を困らせる事に長けていると言えばまああの態度と、正確からはなにも驚くことではないのかもしれないが、わたし達が沈黙し、同時にこうして各々黙りこけているのはその提案に意外性があったからに他ならない。


 アナタ達の聖器(ロザリオ)を使えるようにしてあげる。


 その提案をするカレンの声が頭から離れない。別にその提案自体は今のわたし達からしてみれば願ってもない提案だったのは間違いはない。勇者の試練という訳の分からない災害に見舞われて、ミカエちゃんのようにそれに対抗する手段を掴める、ということであればありがたいことにほかならない。


 だが、その過程が問題だ。


 死ぬかもしれない。真に聖器(ロザリオ)を扱えるようになる簡易的な試練とカレンは言っていたが、その過程で耐え切れなければ死ぬと。だから、ここから先、守られる側であるのか、それとも勇者として守る側に立つのか選べと迫ってきたのだった。

 それからカレンは、わたし達に時間を与え一時的に外へと出て行った。その後からはずっとこうだ。数分しか経っていないだろうけれども、誰も言わず黙っている時間は数時間にも感じられる。

 みんな、これからどうするのか考えているのだろうか。

 わからないけれども……。わたしは、夢、アナタの中身は夢よ。そう告げられて静かに沈黙したまま、手元に聖器(ロザリオ)である絵本を出し、ただじっとみおろろしてその意味を考えていた。


 カレンから告げられた聖器(ロザリオ)の答えとしては明確な物ではなく、抽象的な表現に過ぎなかった訳だが、夢と言われ心当たりがなかった訳ではない。

 幼少期より、ずっと勇者に救われるお姫様というのに憧れを描いていたし、それは今もきっと変わらないのだろう。勇者にまつわる事で過去悲劇に見舞われた私でもそれは変わらない。むしろそれがあったからこそより一層、勇者に救われるお姫さまというのに憧れを描いたのは嘘ではない。

 あの時あの瞬間、戦火に包まれるあの場でわたしをかばって一歩前へでたお姉ちゃんは間違いなく勇者として輝いていたし、同時に憧れと自分がまさに姫様の様だと夢が叶った感覚であった。

 わたしはきっと、あの時の憧れへ恋焦がれ続けている。あの、愛お同じく煌びやかで、わたしの為に世界が回っているような晴れ舞台。どんな災厄でも吹き飛ばしてしまう心強さと、わたしはその人に守られているんだという安心感。あれほど心地よい物は他にはなかったのだから。

 だから、この絵本に現れる内容もそれに付随したものに絞られる。わたしの憧れが尾を引いてそれを体現した物語が生まれる。そう言う仕組みだったとするのえあれば、なるほど。それは理にかなっている。

 使用者本人の分身とも言える聖器(ロザリオ)。ならば、その本人たるわたし自身の心が具現化した事に他ならず、わたしは今もまだお姫様という呪縛にとらわれている訳になる。


 ローザちゃんのお姉ちゃんになる為に、お姉ちゃんに迷惑をかけない為に自分は自分なりに頑張っていると思っていたけれども、やっぱりわたしはまだまだ姉というものに甘え続けたかったのかもしれない。


 もう、そんなことを言っている場合ではないというのに。今日の物語も、明確に出ては来なかったものの勇者に纏わり、そして少女が救われる物語。

 小さなことからなにも変わっていない。


 けれども 。


 わたしは。


 落ちた心をグッとこらえて哀しみ置き去りにして、ずっとずっとお姉ちゃんになろうと思っていたからわたしは選ぼうと思う。


 もう後悔をしたくない。

 ローザちゃんも、他の子たちも、街も。みんなみんな居なくなって、それでいてこのままずっと守ってもらうなんてそんなの嫌だ。

 絵本の姫様は確かに好きだけれども、お姉ちゃん(勇者)に憧れるだけなのは嫌なんだ。わたしもお姉ちゃん(勇者)になって、一緒に並び立ちたい。お姉ちゃんの場所に。


静かに立ち上がると、黙っていた二人が私へ注目する。


 息を吸い、ゆっくり吐き出すように言葉を紡ぐ。


「わたしは受けようと思う」


 その答えに二人はどうこたえるのか、怖かったし不安だったけど、言わないとダメだと思った。

 このまま黙っていても何も始まらない。進むなら、お姉ちゃんのように誰かの前に立つのなら、こうしないとそう思って。


「リア……死ぬかもしれないのですよ。無理しなくても、貴方はここに残っても。大丈夫、ワタシがどうにかするから、だから」


 わたしの言葉に、心配の眼差しを浮かべるミカエちゃん。当たり前の反応と言えばそうだろう。孤児院の子は皆いなくなってしまった訳だし、ミカエちゃんとして誰ももう失いたくないというのが本音のとこなんだろう。

 けれど、でもね。


「わたしも皆を守りたいの。それは街のみんなだけじゃない、ミカエちゃんもロプちゃんだって守りたい、だから」


 だから、わたしは決めた。

 カレンの試練を受ければどうなるかはしっかりとはどうなるかは分からない。でも、それでもきっと今よりもマシな状況になる気はする。

 少なくとも、何も分からなくて、何も知らないわたし達ではなく、きっとこの先、前に何があっても進められる確かなものを掴めるような。

 なにか保障や証拠があるわけじゃない、ヤケになってる訳でもない。ただ明確に、わたしはわたしの意思で前に進むにはこうするべきだと思ったから。

 もう後悔しないために。


「だからね、やるよ。カレンの提案に乗る」

「リア……どれだけ危険か分かってるの?」

「分かってる」

「嘘……」

「ミカエ」


 否定し止めるミカエちゃんへ、ロプちゃんが肩へ手を乗せ止めた。


「ミカエ、アタシも行く」

「ロプトルまで、何言ってるの。死んでしまうかもしれないのよ」


 決めた私と同じようにロプちゃんも、表情に遊びはない。真剣な表情でミカエちゃんの目を見ていた。


「死んじゃうかもしれない。でも、だからといってこのまま好き勝手されるのは嫌なの。それに、ミカエに守ってもらってばかりとかアタシは嫌だ。ミカエはアタシを守る。ミカエに悪戯できるのはアタシだけなんだからね」

「何訳の分からないことを……」

「そう怒らないでって、アタシだって正直なところ怖いんだよ。でもね、自分の聖器(ロザリオ)を知らないままこのまま過ごす方がもっと怖い。嫌だよ、だってアタシだけ何も知らないままなんて、みんなと違うのなんて。ずっとずっと聖器(ロザリオ)のことは気にしてた、それが今目と鼻の先にあるんだよ。だからね、それをなんとしてでも掴みたい。あんな奴らの好き勝手にさせたくもないし、それを許したくない。アタシがそれを止められる可能性があるなら迷わないよ。

 その為なら、いつも以上にきつくミカエに怒られたってもいい。死ぬなんて言われても実感なんて湧かないし、分からない、ただアタシは聖器(アタシ)を知りたいから。リア、アタシもカレンの試練を受ける」

「ロプちゃん」


 ロプちゃんはわたしの隣へと歩み寄って、ミカエちゃんへわたしと一緒に向かい合う。

 そうして、手を差し伸べる。その先はもちろんミカエちゃんで、ダンスに誘う王子様を連想させるような優しい差し伸べ方で誘う。


「ミカエはどうするの?」

「ワタシは……」


 その手を取ろうとして、躊躇するミカエちゃんの手。

 やっぱり、怖いのだろうか。それはわたしも同じだから分かる。

 だったらやっぱり。


「ミカエちゃん、無理しなくても」

「………」

 心配したわたしの言葉を聞くと静かに瞳を閉じるミカエちゃん。

 それから静かに溜息して、ロプちゃんの手をダンスを受け入れた姫がごとく差し合わせ――。


「まったく、アナタ達だけに任せたら心配で仕方ないですよ」


 ニッコリと微笑んで見せてくれた。


「ミカエちゃん」

「リア、ロプトル。いいですか、絶対に死ぬなんて許しませんよ」

「なんだ、そんなこと気にしてたの?」

「ええそうですよ、アナタ達はだらしがないですから」

「ちょっとなにそれ」

「そうだよ。ロプちゃんはともかくわたしはまだちゃんとしてんだもん」

「いいえ、どちらもダメダメです」


 ええ〜っと、わたしとロプちゃんが同時に羽諸を訊かせて否定して、それがなんだかおかしくて一間を置いてからたまらず皆、笑い出した。

 今さっきまで、悩んでたのが嘘みたいに。

 思えば、あの惨劇から初めて私たちは笑顔になれたのだった。


 そんな中、笑い過ぎてにじみ出た涙を拭いながらミカエちゃんがあることを提案する。


「ねえ、誓いを立てましょう」

「誓いって?」


 問い返すロプちゃんに教会の祭壇の中央に立つ女神の像を視線でさして、聖職者さながらミカエちゃんは返答した。


「女神へ、ワタシ達が無事に帰ってこられるように祈るです」



 わたしたちは女神が見据える前で、お互いの手を合わせて取る。それは円陣のようでだけどそこまで厚々としたものではない。淑女のように清く正しく神に供物を捧げる祈り子のように、清廉で硬い誓い合い。

 儀式の初めはなんだって、祈りの祝詞から始まる。 


「主よ、わたしたちはここに潔白な誓いを結びます」


 それは純に正しく、女神へと誓う聖歌。


「今日という日を迎えられた事へと感謝し、ここに誓いをあうことのえにしに感謝して」


 わたし達はこれからも、変わらず進むんだと。

 どんな悲しい事にだって負けたり何かしたりしない。


「病めるときも、健やかなときも、励まし支え合って、祈りを果たすと誓います」


 きっと、わたし達なら乗り越えられると、万の祈りを込めて祈り願う。

 わたしのこれからしたいこと、絶対にやり遂げたいこと。 

 これが、これからきっとくる過酷な未来に打ち勝つための誓いとなる。


「わたしは、教会をお花でまたいっぱいに」

「ワタシは、もう一度みんなでこの教会で笑い逢えるように」

「アタシは、ミカエに悪戯を楽しくできるように」

「なにそれ」

「えへへ~」


 大切な誓いの間に突如挟まれたボケにツッコミを入れるも、当の本人は満面のドヤ顔だ。


「まったく、懲りない子ですね。

 ――主よ、ここに立てた誓いが果たされる日をどうか見守っていてください」




 「いくよォ――!」


「うん!」


 同時に、わたし達は教会の入口へと並び立ち向き直った。

 左右にロプちゃんとミカエちゃんの握った手の温もりを感じる。

 そうして、三人でそこに居る真白な死神(カレン)へ熱い視線を向け決断するのだ。


「わたし達、全員やるよ試練」


 その答えにカレンは悦な笑みを浮かべて、振り払った手に光の粒子が集約してそれが形を帯びて大鎌となり顕現させる。その姿は神秘的で高貴、女神と常人なら勘違いしても無理はないような恍惚さを纏っていた。

 そのカレンは、その場で儀式の舞をするかのように巨大な鎌を振り払った。


 視界が霞む。

 振り払われた斬撃に直撃したわたしの意識は、自分自身という深い場所へと落ちていく。暗い暗い暗闇が押し寄せる。


 でも大丈夫、ミカエちゃんとロプちゃん。掴んだ二人の温もりは途切れない。超えるんだ、試練なんてもの。


 落ち逝く意識の中、私は未来を確信して眠りへとついた。


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