第26話 ポリプ化


 黒サハギンを何とか倒した。


 けれど、ゆっくりしてはいられない。


 俺は屍と化した黒サハギンの手から槍を奪うと、すぐさま海底洞窟から離れる方へと動き出した。俺に残された時間が許す限り、遠くへ離れる。


 その途中、自らのステータスを確認した。



【名前】なし

【種族】マナ・シームーン

【レベル】20(Max)

【HP】1/155

【MP】138/629

【身体強度】18

【精神強度】427

【スキル】『ポリプ化』『触手術Lv.Max』『鞭術Lv.2』『刺胞撃Lv.7』『蛍光Lv.7』『空間魔法Lv.3』『鑑定Lv.3』『魔力感知Lv.7』『魔力操作Lv.8』『MP回復速度上昇Lv.8』『魔闘術Lv.5』『生魔変換・生』『隠密Lv.2』『魔装術Lv.1』

【称号】『世界を越えし者』『器に見合わぬ魂』『賢者』『天敵打倒』

【加護】なし


『魔装術』――武器や防具などに魔力を纏わせ、その性能を向上させる。強化の度合いはスキルレベルと纏わせる魔力に依存する。熟練すれば獲得している魔法属性を纏わせることも可能。



『魔装術』は黒サハギンを倒した時に発動した武器強化だ。どうやらスキルとして獲得することができたらしい。


 普段ならば喜ばしいことではあるが、今は気にしている余裕もない。


 どうやらマナ・シームーンという種族は、レベル20で上限に達してしまうらしい。しかしレインボー・ジェリーフィッシュの時と違い、Maxとの表記はあるのに、進化可能という表記がない。


 俺自身にも、前回はあった「進化できる」という感覚がないのだ。


 つまり、進化できないらしい。いったいなぜなのか?


 進化するための条件を満たしていないのか、それとも、そもそもが進化できない種族なのか。


 今の俺に理由が分かるはずもない。


 ただ、進化できればと思わなくもなかった。その理由は傷を癒すためだ。こうして戦いが終わった今も、『生魔変換・生』は発動し続けている。HPは1で固定され、MPがどんどんと減少していく。


 傘の部分からごっそりと肉体が斬り飛ばされたのがまずかったらしい。『触手術』では傘の再生はできず、こちらは自己治癒力頼みになってしまう。


 しかし、肉体の損傷は自己治癒力の限界を上回っているようだ。


 MPの減少が止まる様子は微塵もない。はっきり言って、このままだと俺は死ぬだろう。


 だからこそ海底洞窟の近くから、できる限り離れているのだ。死なないために打てる唯一の方法を試すために。


(クソ……ここまでか)


 黒サハギンどもと戦っていた場所から、300メートルほど離れた地点で、俺は移動を止めた。


 できる限り体に負担をかけないために、ゆっくりと移動してきたのだが、MPがすでに30を下回ってしまったのだ。


 黒サハギンから奪った槍を捨てていれば、もっと遠くに移動できていたかもしれないが、文字通り命懸けで獲得したこれを捨てるなど、俺にはできなかった。きっと株取引とかしても損切りできずに大損するタイプだな、俺は。


 ここら辺は珊瑚の少ない岩場が広がっているが、海底洞窟のある場所よりは海流が僅かに穏やかだ。そして気休め程度だが距離も取ったので、別のサハギンどもに見つかる可能性も少しは低くなっただろう。


 問題はこの槍だ。


 あのスキルを使っている間、俺自身がどうなるかは分からないが、持ってきた槍がサハギンどもに見つかれば、まず間違いなく奪われてしまうだろう。そこはどうにもならない。運に任せるしかなかった。


 それでも海流で流されてしまわないよう、最後に残ったMPを消費して触手を強化、海底の砂地にできる限り深く、槍を突き刺した。


(さて……)


 準備が整ったところで、いよいよ俺はスキルを発動させる。


 レインボー・ジェリーフィッシュの頃からあったが、今まで一度も使ったことのないスキル――『ポリプ化』だ。


 そもそも寿命がないと言われるベニクラゲは、体が傷ついた時などにポリプへと変化することで若返るのだ。それは傷ついた体を癒すのと同義。ならばスキルの『ポリプ化』も、進化を期待して使うものではなく、今みたいに傷ついた時にこそ使うスキルなのかもな。


(う……意識、が……)


 俺は『ポリプ化』を発動させると、スキルに身を委ねた。


 すると眠りに落ちるように、意識が薄れていった――。



 ●◯●



 はい、というわけで目覚めました。


 朝日と思われる爽やかな陽射しが海中に降り注ぐ中、俺はいつになく爽快な目覚めを味わっていた。まるで生まれ変わった気分だぜ――と、そこまで考えたところで、そういえば俺ってば実際に生まれ変わってから1ヶ月も経っていなかったことを思い出す。


 初めてこの世界で意識を取り戻した時は、残念ながらここまで爽快な目覚めではなかったな。


 ともかく。


 今が朝ということを考えると、少なくとも『ポリプ化』を使ってから1日は経っているらしい。もしかしたら数日とか数ヵ月とか経っている可能性も否定できないが、そんなのは知りようもないので、今日が転生二十七日目としておく。


 んで。


 意識がない間、俺の体がどうなっていたのかは分からない。ただ、まーちゃんに聞かせられた話によると、ベニクラゲなどはポリプに変化した時、岩肌などに付着し、イソギンチャクみたいな見た目になっているのだとか。


 そして小さな触手でプランクトンなどを捕食しながら成長していき、ストロピラと呼ばれる状態を経て、エフィラと呼ばれる状態へと成長し、それがさらに稚クラゲ(クラゲの子供のことね)になって、それからさらに生き延びることができれば、成体となるらしい。


 ただ、ストロピラから生み出されるエフィラは一個体だけではないらしいのだ。


 同じ遺伝子を持った、つまりクローンが何匹も生み出されるらしいのである。


 ということはだよ? 俺のクローンも近くに何匹かいるのかしらん? ――と、心配したわけだが……、


(……どうやら、近くにマイブラザーたちがいる気配はないな)


「空間識別」で念入りに確認してみたが、俺と同じようなクラゲは見つからなかった。


 あと、スキルを発動した場所からほとんど移動はしていなかったらしく、近くにはしっかりと海底に埋まった状態の槍が残っていた。


 サハギンどもに盗まれるのではないかと心配だったが、無事だったようだ。良かった良かった。


 ――で、話は戻るが。


『ポリプ化』といってもスキルであるためなのか、地球産クラゲのそれとは違うのかもしれない。


 そう思ったのは、クローン体であるブラザーたちが存在しなかったこともあるが、何より、自分の新たな肉体を認識した時だった。


(稚クラゲ……というには、デカすぎるよな。でも……前と比べたらかなり小さいか……)


 見た目はほとんど変わっていない。触手の数も12本で、口腕の数も5本と、前と同じだ。しかし、体の大きさがかなり小さくなっていた。


 前は触手も含めて体長1.5メートルはあったんだが、今では触手含めて30センチほど。


 稚クラゲと呼ぶにはデカすぎるが、以前の大きさを考えれば、これでも稚クラゲ状態なのかもしれない。


「進化」の時は最初から成体だったが、『ポリプ化』では稚クラゲから成長しなければならないようだ、たぶん。まさかこの状態が成体ってことはないよね? こんな小さい種類のクラゲだったら、強化どころか弱体化であるので、そう信じたいところだ。


 ともかく、大きさ以外にも微妙に変わったところが二つある。


 まず一つ目は、体の色だ。以前はほぼ透明というか、濁った薄い白色――みたいな体色だった。しかし今は、透き通った青色をしている。海の中でちょっと判りづらいが、スカイブルーだな。


 それから二つ目の変化は、傘の頭頂部とでも言うべき天辺にあった。何かね、ここに透明な石みたいなのがあるんですけど。


 体外に露出しているわけではなく、傘の中に埋没しているようだ。


 これなんぞ?


 尿路結石とか胆石みたいな物だったら嫌すぎる。生まれたてのベイビーなのに。


 そう不安に思いつつ、俺は自らのステータスを確認してみた。



(…………な、な、なんじゃこりゃ~~~ッ!!)



 そしてそこには、驚きの変化があったのである。



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