第25話 空間障壁の使い方
――――死ぬ。
一手誤れば確実に殺されてしまうだろう絶体絶命の窮地。
普通なら恐怖に我を忘れてもおかしくない。実際、俺の内面はこれまで感じたこともないほどの恐怖に見舞われていた。
それはあのシードラゴンの攻撃を受けた時さえ上回る。
あの時は何がなんだか分からなかった。だが、今は俺にも分かるくらい明確に死の可能性が目の前に提示されている。
――――死ぬのは嫌だ。
こんな短期間に、二度も三度も殺されてたまるか。死んでたまるか!
理不尽な現実に怒りが湧く。それは恐怖を払拭した。
動く。
常に最適と思われる選択をする。
「――――!」
黒サハギンは油断しなかった。
仲間の平サハギンごと切り裂いた俺が、もう死んでいると憶測で判断しなかった。手にした槍を再度振りかぶり、今度は横薙ぎに振るう。
その動作の起こりで追撃を予見した俺は、海底の岩に巻きつけていた触手を縮めた。先ほど移動のために巻きつけていた触手は離していなかったのだ。再度、下へ向かって高速移動する。
俺の頭上で平サハギンの体が胴体から真っ二つに割断された。
銛を保持する触手を動かす。
槍を振り切った直後の奴は、こちらに隙を晒している。がら空きとなった胴体へ向かって、俺は斜め下から銛を突き出した。
「――――!」
瞬間、その銛先が届く前に黒サハギンが槍を切り返した。速い。まるでコマ落としのようなスピード。明らかに今までの動きとは一線を画する速さ。その瞬間、奴の体から決して少なくない魔力が失われたのが分かった。
おそらくは肉体強化系のスキル。『魔闘術』そのものか、似たようなスキルを使ったのだろう。
俺が突き出した銛は奴の体に届くことなく、その先端を呆気なく切り飛ばれてしまった。
(――まずいッ!?)
武器を失えば勝ち目はほぼない。
奴を殺せるだけの攻撃手段がないからだ。
(いや――!?)
だが、と。
俺はすぐに考えを翻す。この場には、まだ武器はある。平サハギン2体が装備していた銛が2本だ。それをどうにか回収すれば、まだ戦うことはできる。
【HP】1/147
(ダメだ!)
しかし、遂に『生魔変換・生』のスキルが発動し、MPが減り始めたのが分かった。体を動かせば動かすほど、HPの減少が加速したのだ。
とても銛を回収している余裕などない。
今すぐにでも黒サハギンを倒さなければ、MPすら枯渇して死ぬだろう。
黒サハギンがこちらへ向かって距離を詰める。俺は焦ったように先端を失い、いまやただの棒切れと化した銛を見た。「空間障壁」と併せれば、奴の槍を受け止めるくらいならできるだろうかと。
(――――!?)
瞬間、認識した棒切れの状態に、俺は閃きとも言えないアイディアを思いついた。
チャンスは一度きり。できるかどうかも分からない。
だが、やる。迷っている暇などない。
(――来いやコラァアアアッ!!)
棒切れの先端を接近する黒サハギンに向かって構える。
真正面から受けて立つ。
逃げない。だからこそ、黒サハギンは俺を攻撃する選択しか選ぶことができなくなった。あと一手で確実に殺せるのだから、そうしない理由がない。
奴は魔力の宿った光り輝く槍を大きく振りかぶり、そして勢い良く振り下ろす。
その寸前――、
(空間障壁!!)
俺は二重の「空間障壁」を展開した。
場所は奴の攻撃が振り下ろされる軌道上――ではない。
障壁が出現したのは、頭上に槍を振りかぶった奴の前腕、その至近だ。
「――――ッ!?」
奴は槍を振り下ろすことができなかった。
今にも振り下ろそうとした槍の先端が、天井に引っ掛かったのを想像してみると良い。これは、それとほぼ同じ状態だ。腕を振り下ろし、勢いが乗る前、動き始めを抑えたならば、黒サハギンは自慢の腕力を発揮することができなくなる。
「空間障壁」は「空間識別」によって認識している任意の場所に展開することができる。その展開速度は一瞬で、展開した場所から障壁を動かすことはできない。黒サハギンは障壁を察知することはできても、それは障壁が展開された後の話。槍を振り下ろそうと動き出した直後に、それを止めることはできなかった。
そして、勢いの乗った槍の先端は防ぐことができなくとも、槍を振るおうとする腕の動きを阻害することは、十分に可能。
黒サハギンは槍を振りかぶったまま、今度こそ無防備に、こちらに胴体を晒していた。
(くたばれぇええええッ!!)
狙うは心臓。
俺はそこに向かって、棒切れの先端を突き出す。
奴によって切断された銛の柄の切り口は、斜めになって鋭利な断面を晒していたのだ。これならば突き刺すことが可能だった。
しかし、強度には不安がある。これだけで奴を一撃で仕留められるか。一撃で倒せなければ、こちらが殺される。
だから真似した。
魔力を注いで武器を強化できるならば、きっと俺にもできるだろう。何しろ魔力の扱いに関しては、俺は優秀なパラメータとスキルを持っているんだ。
魔力を操り、触手で保持した棒へと魔力を流し込んでいく。あるいはその表面を魔力が覆い、そこに留まるイメージ。そして必要なのは「強化する」という確然たる意思だ。
その思念を籠めた瞬間、魔力で包まれた棒切れが輝き出した。
ただただ全力で突き出す。
「――――ッ!?」
その鋭利な先端は、黒サハギンの心臓を貫いて、背骨を砕き、奴の背中から飛び出した。
――そして俺のレベルが上がった。
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