第24話 黒色サハギン


 黒色のサハギンを『鑑定』の対象に指定できない。


 大抵ラノベでは、鑑定を妨害したり鑑定できない奴ってのは、それだけ格の高い強敵ってのがお約束だ。その法則に従えば、目の前のこいつはシードラゴンすら上回る強者ということになる。


 いやしかし、流石にそれはないと思うが。


『魔力感知』で感じる魔力も、シードラゴンどころか俺より下だ。横2体のサハギンに比べればだいぶ多いが、とてもシードラゴンより強いようには思えない。


 だが、俺よりも強いのはほぼ確実だろう。


 魔力は俺の方が勝っているとはいえ、それは俺が魔力特化のステータスをしているからだ。しかも肝心の攻撃魔法を使えないという有り様。完全な死にステータスとは言わないが、魔力が勝っているからと言って、黒サハギンに勝てると思うほど自惚れてはいない。


 何よりこいつは、不気味だ。得体が知れない。


 鑑定できないという事実が、それを物語っている。


 俺はここまでを数瞬で思考して――、


(3体で一斉に来られたら、詰むッ!!)


 危機感に命じられるまま、サハギンどもより先に動いた。


 まずは「空間障壁」を二枚展開。展開場所は黒サハギンと平サハギン一体の眼前。少し動けば障壁にぶつかるだろう至近。


 そうしてから、同時にスキルを起動していく。


『触手術』『鞭術』『魔闘術』を起動し、『魔力操作』で注げるだけの魔力を注ぎ込み、銛を保持している4本の触手を最大強化。


 直後、俺は目の前に障壁を展開していなかった残る一体の平サハギンに向かって、全力で銛を突き出した!


「~~~~ッ!?!?!?」

「ッ!?」

「ッ!?」


 狙うは喉笛。


 極度の集中状態がそれを可能にしたのか、銛先は一撃で平サハギンの喉笛を抉った。それを力任せに引き抜くと、海中に大量の鮮血が広がり出す。


 おそらくはこれで致命傷。少なくとも戦闘の続行は不可能だ。


 そして同時、仲間を攻撃されたことで動き出した黒サハギンたちだが、目の前の透明な障壁にぶつかり、俺はその行動を制限することに成功していた。


 奴らが混乱している間に、せめてもう一体の平サハギンを仕留めたい。


 だが、俺のその願いは打ち砕かれた。


「――――ッ!!」


 目の前に何かあると悟った黒サハギンが、手にした槍を一閃する。


 それだけで障壁は呆気なく砕け散った。


 予想はしていたけど、やはり攻撃力は平サハギンなどより上らしい。


 ここはMPの消耗を気にしている場面じゃない。


 怒りの形相でこちらへ近づいてくる黒サハギンの眼前に、再び「空間障壁」を展開する。


(出し惜しみは無しだッ!!)


 障壁3枚の多重展開。


 それが現在のスキルレベルで可能な、最も強固な障壁だった。


「――――ッ!?」


(なにッ!?)


 展開した障壁に衝突しそうだった黒サハギンが、何かに気づいたように急停止する。そうして前方――展開した不可視の障壁にペタペタと触れた。


 完全に障壁の存在に気づかれた。


 なぜ?


 さっきとの違いと言えば、多重展開したことだが――、


(まさか、魔力を感知したのか? 多重展開したことで、奴が知覚できるようになっちまったのか!?)


 おそらく『魔力感知』スキルを持っているのだろう。スキルレベルは低いようだが、最悪だ。一枚なら気づかれない――とも、もう言えない。


 一度その存在に気づいて注意されたなら、単体で展開した障壁の魔力も感知できないとは言い切れない。


 そうなれば、その場から動かない障壁など無視されるだけだ。あるいは極短時間の足止めになら使えるだろうが――って、


「――――ッ!!」


(結局攻撃すんのかよッ!?)


 奴は障壁に向かって槍を突き出した。


 だが、三重障壁は黒サハギンの攻撃を受け止める。それにホッとした俺だったが、次の瞬間、僅かな安堵は絶望に変わった。


 自らの攻撃を防がれて苛立たしげな顔をした黒サハギンが、懲りずに再び槍を構えた。


 しかし、前回とは違った。奴が構える槍に向かって、魔力が流れ込んでいくのを『魔力感知』で知覚する。


 魔力が注ぎ込まれた槍は、どういうわけか淡く光り輝いた。


 輝く槍を黒サハギンが突き出す。


(――――は?)


 障壁は呆気なく砕け散った。


 MP30を注いだ三重障壁が、一撃。


 何だそりゃ!?


(――チィッ!!)


 それが俺の精神に与える衝撃は甚大だったが、愕然としている暇もなかった。


 障壁を打ち砕いた黒サハギンが接近してくる。未だに光ったままの槍を俺へと突き出してくる。


 俺は海底の岩に触手を巻きつけ、下へ向かって移動することで回避した。頭上を黒サハギンの槍が高速で通り過ぎ、ヒヤヒヤしながらもこの隙を見逃す手はない。


 頭上にいる黒サハギンを拘束しようと触手を伸ばし、


(ガァッ!?)


 衝撃。


 気がつけば、いつの間にか俺の背後に回った平サハギンが銛を突き出していた。


 かえしの付いた銛は、俺の傘へと深く食い込んでいる。だが大丈夫だ。致命傷じゃない。ダメージは軽微。それよりも銛が刺さっていることで行動を制限される方が厄介だ。


 俺は急遽目標を変更。


 背後(といっても主観的なもので、クラゲに正面や背中などないが)にいる平サハギンの胴体に触手を巻きつけ、密着するくらいに接近する。その移動に伴い、傘に食い込んでいた銛が俺の体を引き裂きながらも外れた。


 だが、これで良い。邪魔な銛は外れてくれた。そして平サハギンの体に取りつくことができた。これを狙っていたのだ。


 なぜなら上にいる黒サハギンが、こちらに向かって体勢を変え、槍を振りかぶっていたからだ。


 しかし、こうも平サハギンに密着していれば、同士討ちを恐れて攻撃はできまい。その間に、俺は触手を操って平サハギンの背後に回り、どうにか銛で致命傷を与えようと考えていた。


 ――――その必要はなくなった。


(ギィイイイッ!?)


 俺に痛覚はない。だから痛みはない。


 けれど、自身の体の四分の一ほどが「斬り飛ばされる」喪失の感覚は、筆舌に尽くしがたいものがあった。


 黒サハギンは仲間の平サハギンごと、俺に斬撃を繰り出したのだ。


「――――!?!?」


 平サハギンは胴体を斜めに切り裂かれ、大量の血液を海中へ撒き散らしていく。その出血量は絶対に助からないと確信できるほどだった。


 一方の俺は傘の一部とそこから垂れる3本の触手が、今の斬撃によって完全に切り離されてしまった。


 どこか力の抜けていくような、危険な感覚がする。


 クラゲに血や血管はないが、血管の代わりに水管があり、水管の中を体液が巡っているのだ。それが体外へ失われるのは出血と同義だ。


 だが、脊椎動物などに比べて単純な体の構造だからこそ、ここまでの損傷を負っても即死することはない。それどころかまだ行動は、戦闘は可能である。


 いや――本当のところ、このざまでは逃げることもできないのだ。


 ゆえに俺が生き延びる術は、目の前の黒サハギンを倒すしかなかった。戦闘が可能なのではなく、戦闘を続行するしか選択肢はない。


【HP】23/147


 瞬時にステータスを表示し、HPを確認する。


 サハギンを一体倒していたことで、レベルが一つ上がっていた。それに連動して、HPの最大値も少しだけ上昇している。しかし、今はどうでも良いことだった。


 HPは「23」から「22」そして「21」へと、見る間に下がっていく。程なく『生魔変換・生』のスキルが発動するのは確実だろう。時間がなかった。



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