第20話 これが俺の新たな武器だッ!
相手が人間さんじゃないと分かれば、ぶち殺すことに忌避感はない。
しかし問題は勝てるかどうか。
目の前のサハギンはブレイドテイルちゃんよりも高い攻撃力に、銛を使うから圧倒的に長い間合いを持つ。そして泳ぐ速度も俺より遥かに速いだろう。触手を使った移動法を駆使しても、果たして逃げ切ることができるかは微妙なところだ。
つまり、強敵と言って良い。
しかもどういうわけか、こちらを狩る気満々だ。俺を食材として見ているのか、はたまた薬的な何かとして認知しているのかは不明だけれど。
はっきり言おう。
たぶん、海亀以上の強敵だろう。
海亀の厄介なところは、何よりも俺を積極的に捕食しようとするところだが、それは目の前のサハギンも同様。
向こうさんに俺を見逃すつもりがないのなら、ここは戦うしかない。
奴が再び銛を構え直したのを見て、俺は覚悟を決めた。そして念のために障壁を張り直しておく。少なくとも一回は攻撃を防げることは実証済みだ。あとはどうやって攻めるか。
奴の銛をまともに喰らえば、大ダメージは避けられないだろう。かといって防御一辺倒になるのもまずい。何度も障壁を壊されたら、あっという間にMPが枯渇してしまう。
だから、まずは拘束だ。
サハギンが俺に向かって銛を突き出す。
張り直した障壁が再び銛を弾き返す。不可思議な現象に、しかし、二度目ともなれば奴とてすぐに対応してくるだろう。
それは分かっていた。ゆえに俺は、奴の銛を弾き返したタイミングに合わせ、『触手術』で伸ばした口腕合わせて17本の触手を、前方の障壁を迂回させて伸ばす。
まず、銛を突き出していた右腕に触手を巻きつけた。
「~~~~ッ!?」
奴は慌てて左手で触手を剥がしにかかる。しかし、伸ばされた左手へさらに触手を巻きつける。魔力を流して触手の力を強化して、奴の両腕を磔にしたように左右へ開く。さらにさらに、奴の両足もそれぞれ拘束する。
幸いと言うべきか、強化した触手の力はサハギンを上回るようで、奴の両腕をゆっくりと広げていったのだが――、
(あぶねッ!?)
奴は自身の腕に巻きつく触手に噛みついた。
そのまま噛み千切られるかとも思ったが、まるで口の中が火傷でもしたかのように、奴は慌てて口を離したのだ。
(――ん? ……もしかして、『刺胞撃』が有効なのか?)
どうやら、口の中に針が刺さったらしい。
奴の腕や足は、結構分厚い鱗に覆われているため刺胞から針が刺さっている感じはしない。だが、口の中の柔らかい部分ならば刺さるらしい。他にも腹部や首筋、手のひらなども鱗が薄いので針が刺さりそうではあるが……、
(こいつ結構でかいし、全身麻痺させるとなると、どれだけ時間がかかるやら……)
毒が回る時間は、だいたい体の大きさに比例する。サハギンは人間の子供程度の大きさとはいえ、数分やそこらで麻痺させることはできないだろう。
(くそッ、やっぱり攻撃力不足がネックだな)
俺は海中で磔にしたように両腕を広げさせたサハギンを観察する。
俺と奴の間にはまだ障壁があるため、動けない奴は現在、ガラスに顔と体を押し付けたような、ちょっと間抜けな姿をさらしていた。
ここからどう、こいつを仕留めるか。
両足の拘束を解いて自由になった触手で、海亀の時のように首を絞めてみるか。
それでも倒せそうではあるが、この方法はスマートではない上に、大量のMPを消費する。サハギンや海亀くらいなら何とかなっても、それ以上の格上相手には有効ではないだろう。
何とか俺の攻撃力不足を補う方法はないものか。
攻撃の手段が乏しいことは、俺の弱点である。それは常々痛感していたことであるから、これを何とかするための方法をずっと考えてはいた。
そして「空間障壁」という新しい魔法を手に入れた時、思いついたことがある。
上手くいくかどうかは分からない。だが、この際なので試してみよう。
「空間障壁」を横にして、奴を切れないだろうか?
障壁には、ほとんど厚みというものがない。それは薄いということでもあり、鋭いということでもある。鋭く硬い物体は、物を切ることに適している。
しかし、「空間障壁」は俺が認識している任意の場所に展開することができるが、一度出した場所から動かすことはできない。壊れるか消えるかするまで、動くことはない。なので剣などのように振るうことはできない。
だが……。
まず、俺は奴を拘束している触手を2本だけフリーにする。これくらいであれば、拘束が解かれることはない。
んで、自由になった2本の触手で、展開している障壁を押す。すると反作用で俺の体は後ろに下がり、距離を取ることができる。この際、触手の長さが足りないので『触手術』で伸ばしておくことも忘れない。
それから空いた空間に、新たに2枚の障壁を展開してみる。それは横から見た時、「H」の形になっているだろう。
つっかえ棒のように伸ばしていた2本の触手を、サハギンが体を押し付けている障壁から、新しく展開した手前の障壁に移動させる。
これで全ての準備は整った。
あとは……分かるな?
俺はおもむろにサハギンが接触している障壁だけを消去する。同時に伸ばしていた触手を短くしていく。当然、サハギンは俺の方へと引っ張られる形になる。だが、俺とサハギンの間には横になった障壁がある。サハギンは刃のような障壁にグイグイと押し付けられる。押し付けられたその腹部に障壁が食い込み、程なく、海中に赤い血が流れ始めた。
「~~~~ッ!?」
サハギンがイヤイヤするように首を激しく振っている。かなり痛そうだ。
これは上手くいったか?
俺がそう思った時だった。
バキンッ――と、音が鳴ったかは知らないが、サハギンに切れ込みを入れていた障壁が、負荷に耐えられずに砕けてしまった。
サハギンは最後に残った障壁に再び押し付けられる。
薄い障壁一枚を挟んで向かい合ったサハギンを観察して、俺は心の中で嘆息した。
(ダメだったか……これじゃあ殺傷力が低すぎる)
サハギンが負った傷は、かなり浅かった。皮は切れても、その下の筋肉までは切れていないようだ。
どうも、障壁は平面に対して垂直な外力には強いようだが、横から平行に力を加えられると、簡単に砕けてしまうようだ。
障壁で何でもスパスパ切れたら、突っ込んでくる相手に対して障壁を横に出すだけで、無双できたんだが。
流石にそう上手くはいかないらしい。
大人しく攻撃魔法を覚えるまでは、触手で首を絞めるのが無難だろうか。いや、それしかろくな攻撃手段がないから仕方ないんだけど、毎回首を絞めて殺すというのも絵面がちょっとね?
しかし、それしか方法がないのなら、どうしようもない。
俺は諦めてサハギンの首に触手を巻きつけ、全力強化できゅっとしようとして――、
(――ハッ!? これは……! そうか、これを使えば……!!)
そこで訪れるコペルニクス的転回。
攻撃力が不足しているなら武器を使えば良いじゃない!!
武器。
この触手ハンドでは自ら武器を作ることはできなかった。しかし、『触手術』がレベル9に至っている今の俺ならば、武器を扱う程度の器用さは余裕である。
そしてお誂え向きに、武器もすぐ近くにあった。
俺はサハギンの右足を拘束していた触手を解くと、奴が右手に握っている銛に触手を巻きつけた。そうして力ずくで銛を奪い取る。
寄越せオラァッ!!
クラゲ は 骨製の銛 を 装備した!!
銛を軽く振るってみると、意外にもフィットしている。触手ハンドでは簡単にすっぽ抜けるかと不安だったが、触手と銛の柄は強力に密着していた。
たぶんだが、刺胞から反射で飛び出した極細の針たちが、骨製の銛に突き刺さってマジックテープのような役割を果たしているのだろう。骨は硬いが海綿構造をしており小さな穴ボコだらけだから、極細の針が潜り込む隙間があるというわけだ。
俺はクルリと銛の先端を、拘束しているサハギンに向け、柔らかそうな首筋へと何度も突き出す! 突き出す! 突き出す!
くたばれオラァッ!!
クラゲ は さみだれづき を 放った!!
サハギン に 114 の ダメージ!!
クラゲ は サハギン を たおした!
そんなこんなで、俺は勝利した!
そしてレベルが上がった。一気に二つも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます