第17話 そしてまみえる好敵手


 転生十八日目。


 昨日は何もできなかった。


 深い傷を負った体を癒すことに専念した。


 不幸中の幸いか、回復した魔力で触手と口腕は再生させることができた。以前は2本の触手を再生させるのにMPを100以上消費したものだが、『触手術』のレベルが上がったのが理由か、それとも他の要因か、今回は触手12本に口腕2本を合計600MPくらいの消費で再生できたのだ。


 おかげでMPをすぐに消費して回復を待つことになったけどね。


 ろくに「空間識別」を展開することもできなかったので、かなり冷や冷やしたが。


 そして傘に入った大きな裂け目も、今日になって近くを泳いでいたブレイドテイルちゃんを捕食した後、何とか再生してくれた。


 いやぁ、昨日は裂け目も治らず、HPもなぜか20以上に回復しなかったので、かなり焦った。深傷を負った場合、最大値まで回復しないことがあるようだ。


 まあ、それも今では最大値まで回復してくれたので助かったが。


 っていうか、このクラゲ、再生力高くない? 地球にいたクラゲもこんなペースで傷が治るんだろうか? 触手を再生できることは、まーちゃんから聞いて知っていたけど。


 ともかく。


 昨日は散々だったけど、この日はちょっと良い事があった。


 何かと言えば、そう、ブレイドテイルちゃんだよ。俺が捕食したブレイドテイルちゃん。


 ブレイドテイルさんは外洋を泳いでいるけど、ブレイドテイルちゃんは比較的浅く流れの穏やかな海域か、そのすぐ近くを泳いでいることが多い。


 俺が捕食したのはたぶんハグレだとは思うが、もしかしたら近くに穏やかな海域があるのかもしれないのだ。


 今度そんな海域を見つけたら、しばらくそこに居よう。


 俺はそう心に決めて、我が楽園を探して泳ぎ続けた。



 んで。



 さらに日付は変わって、転生十九日目の朝。


 俺が展開している「空間識別」のギリギリ下の方に、海底が入るようになってきた。つまりは、「空間識別」の領域半径と俺が泳いでいる水深を考えると、ここら辺は水深30メートルくらいの海域ということになる。


 もしかして近くに島か何かあるんじゃないか?


 そのことに気づいて、俄然やる気が出てきた。


 早く珊瑚礁広がる小魚たちの楽園に行きたい。俺が願うのはそれだけだ。


 心なし急いでふわふわと泳ぎながら、どんどん水深が浅くなっていくことにテンションが上がる。


 もう間違いない。これは近くに島か何かあるぞ!


 そう確信して喜んでいた時だった。


「空間識別」の領域内に、外から侵入者があった。


 そいつは真っ直ぐにこちらへ向かってくる。その挙動は非常に既視感があった。確認してみれば、俺の予想は正解だったと判明する。わあ、まったく嬉しくない。


(チィイイイイッ!! クソがッ!!)


 現れたのはゆったりと海中を泳ぐ、つぶらな瞳のあいつ。海亀だ。思わず、激しめの悪態を吐く。


【名前】なし

【種族】カワード・シータートル


『鑑定』の結果、種族までも以前襲ってきた奴と同じだった。まさか同じ個体ではあるまいな?


(こんなところで襲われるなんて!? もうちょっと進めばどうにかなったのに!!)


 何しろ場所が悪かった。以前のように隠れる場所もないし、隠れることもできないのだ。


 だんだん浅くなって来たとはいえ、ここの水深はまだ20メートルくらいある。


 今の俺なら最大10メートルまで触手を伸ばすことができるが、ここからだと海底まで届かない。よしんば届いたとしても、ここら辺には珊瑚も海草も何もなく、隠れることができそうな場所が一切ないのだ。掴める範囲に岩もないから、触手を使った高速移動もできない。


 万事休す。


 どうやら「にげる」コマンドが使えないボス戦さながらになったようだ。


(どうする? どうする!?)


 海亀はどんどんこちらへ近づいてくる。俺を丸呑みにするように、カパっと口を開ける。


 もはや考えている時間さえなかった。


(上等だコラァアアアアッ!! ぶっ殺してお茶の間に飾る剥製にしてやらぁあああッ!!)


 選択肢は一つしかない。奴と戦うのだ。


 まずは緊急回避。傘を収縮させることで一気に浮上し、奴の攻撃を躱す。そして同時に――、


(以前の俺と同じだと思うなよ、クソ亀公ッ!!)


 俺の下を通りすぎていく海亀の首に、以前と同じように触手を巻きつけた。


 前は2本だった。すぐに引き千切られた。だが、今回は4本の触手だ。スキルもレベルも前より断然成長している。


(ぐぐぐぐぐッ!?)


 奴は泳ぐ。首に巻きついた異物が気に入らないのか、かなり激しい動きだ。当然、それに引っ張られる俺は為すがままにされるしかない。耐えるしかないのだ。


(ぐぐぐぐぐッ!? ――ん?)


 海中を引き摺られながら、巻きつけた触手を絶対に離すまいと力を入れていると、ふと、気づいた。


 以前の戦闘の時よりは、ずっと余裕があることに。


 進化してレベルが上がり、【身体強度】が上昇したおかげだろうか。何だったら魔力で強化しなくとも、ずっと奴にしがみついていられるほどだ。いや、今も魔力で強化しているんだけど。


(なら、もしかして……?)


 俺は首に巻きつけた触手を縮めると、奴の甲羅にくっつくほどに近づいた。そして他11本の触手と、5本の口腕を操って、奴の前肢2本を、甲羅ごとグルグル巻きにするようにして拘束する。


 海亀は泳ぐ時、大きな前肢を櫂のように動かすことで推力を得ている。後肢は短く、舵の役割があるだけだ。


 つまり、前肢さえ拘束してしまえば、海亀は泳げない。


 流石に激しく抵抗されるため、俺の素の力では無理だが、魔力を使って強化すれば拘束することは難しくなかった。


 推進力を失った海亀が、ゆっくりと海底に沈んでいく。


 その時、俺の頭(どこが頭かは分からんが)に閃きが走った。


 海亀は爬虫類。つまりは肺呼吸。定期的に海面から顔を出して息継ぎをしなければ、溺死するのだ。


(このまま拘束し続けてれば、こいつ死ぬのでは?)


 だが問題となるのは、海亀がどのくらい息継ぎなしで活動できるのか、ということだ。その時間次第では、先に俺の魔力が尽きる。


(海亀が潜っていられる時間……確かどこかで聞いたことがあるぞ……思い出せ、思い出せ……ッ!!)


 命がかかった状況が俺の記憶力を活性化させたのか、記憶の底から情報が浮かび上がってくる。



『たーちゃん、海亀はかっぱつにうごいてる昼間なんかはー、いち時間くらいもぐってられるよぉー。夜なんかのやすんでるときはー、さん時間は息つぎしないでも、だいじょうぶなんだってぇー』



 まーちゃんペディアだコレ!!


 まーちゃんはクラゲの天敵たる海亀やペンギンについても、結構詳しく調べていたのだ。まーちゃんの思わぬ博識さに助けられた。


 とにかく、海亀が潜っていられる時間は把握できたぞ!


 しかし、こいつが地球の海亀と同じという保証はない。余裕で三時間以上息継ぎなしで活動できるかもしれない。


(いや、そこは問題じゃない、か……)


 俺は海亀の拘束を弛めずに、ステータスを表示させた。確認するのはMPの残量だ。それは俺の見ている前で、どんどんと減っていく。


 海亀を拘束するのに触手を強化しているから、大量に魔力を消費し続けているのだ。たとえ「空間識別」を切ったとしても、焼け石に水だろう。どんなに長くても、拘束は10分以上は続かないと分かってしまった。


 つまり、溺死作戦は使えない。


(やっぱり、クラゲに海亀は倒せないのか……)


 諦念が俺の心を支配せんとする。


 だが、その時だった。



『たーちゃん、海亀は甲羅のなかに、あたまをかくせないんだよぉー』


『海亀にもくびのほねはあるみたいだよぉー』



 まーちゃんの言葉が、俺に一つの閃きをもたらした。


 それが本当に可能かどうかは分からない。たとえ全てのMPを使い切ったとしても、力及ばないことがあるかもしれない。もしもそうなれば、MPを失った俺は為す術もなく海亀に喰われるだろう。


 だが。


 それはここで諦めても、逃げても同じことだ。


 ならば俺は戦うことを選ぶ。海亀を倒し、怯えながら生きる生活にオサラバするのだ。


(知っているか、海亀野郎)


 俺は海亀の前肢を拘束していた触手を解いた。瞬間、海亀野郎は激しく暴れ出す。


(脊椎動物は)


 しかし、首に巻きつけていた触手は放してはいない。それどころか、前肢の拘束を解いてフリーになった全ての触手を、首に巻きつける。


 海亀は頭を甲羅の中に隠すことはできないが、ほんの僅かに首を引っ込めることはできる。だが、最初に巻きつけていた触手の影響で、こいつの首は伸ばされた状態だった。


 そりゃあそうだ。俺を丸呑みにしようと首を伸ばしたところに、がっちりと触手を巻きつけてやったのだから。


(首の骨を折られると――――大抵死ぬ!!)


「~~~~ッ!?」


 全力で力をこめた。


『触手術』、『魔闘術』を『魔力操作』でオーバーブーストし、可能な限りの魔力を込めて強化する。


 首を絞められた海亀が狂ったように、恐慌を来したように激しく暴れまわる。


 全ての触手を首に巻きつけているため、支点がなくてテコの原理で首を折ることはできない。しかし、巻きつき、締め付ける触手の圧力はもはや非力とは到底言えないレベルになっている。成人男性の平均を明らかに上回っているだろう。


 頸椎を折れるかどうかは賭けだった。


 しかし、首が弱点となるのは、頸椎があるからだけじゃない。他にもそこには、重要な二つの器官が通っている。すなわち気道と頸動脈。


「~~~~ッ!?」


 何時間も息を止めていられるこいつにとって、気道を塞がられたところで大した影響はないだろう。だが、頸動脈はそうではない。


 脳がある生物は脳への血流が止まると致命的なんだぜ。残念だったな、クラゲのように脳がない生物じゃなくて。


 絞める。絞める。絞める。


 暴れまわる海亀にしがみつき、ただただ首を絞めるだけの単調な時間が数分間続いた。


 こいつの首の骨を折れたかは分からない。必死すぎて、海亀がいつしか動きを止めていたことさえ、俺は気づかなかった。それでも、結果は無言の内に示されたのだ。



(――――あ)



 突如として、体の内側から力が湧いてくるような、もはやお馴染みの感覚。


 レベルが上がったのだ。


 そこで、砂と岩だらけの海底で、俺はようやく天敵にして宿敵たるカワード・シータートルに、勝利したことに気づいたのだった。


 瞬間。


 全てが色付いた。



【名前】なし

【種族】マナ・シームーン

【レベル】15

【HP】52/115

【MP】28/513

【身体強度】15

【精神強度】347

【スキル】『ポリプ化』『触手術Lv.9』『刺胞撃Lv.6』『蛍光Lv.6』『空間魔法Lv.3』『鑑定Lv.3』『魔力感知Lv.6』『魔力操作Lv.7』『MP回復速度上昇Lv.7』『魔闘術Lv.4』『生魔変換・生』『隠密Lv.2』

【称号】『世界を越えし者』『器に見合わぬ魂』『賢者』『天敵打倒』

【加護】なし


『天敵打倒』――自身の天敵となる種族を、己の力だけで打ち倒した者に与えられる称号。天敵たる種族を己の力だけで倒した時、修得している全スキルのスキル熟練度が上昇する。ただし、この【称号】から得られる熟練度上昇は、天敵一種族に対して一度のみ、かつ、自身の種族に対して『キラー』『スレイヤー』『天敵』系統の【称号】を保持している個体に限られる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る