第15話 第一異世界人発見!


 転生十七日目だ。


 ……そろそろ、正直なところを、告白してもよろしいだろうか?


 実は俺、帰るに帰れなくなったっぽい。


 いや、どういうことか弁明させてくれ。今も最初にいた小島周辺の「座標」は正常に機能しており、帰るべき方角は明確に知覚できているんだ。


 もっと言えば、途中途中の海域で「座標」を設置していたから、これまでの旅路さえかなり正確に把握している。


 だから、この大海原で遭難する――ということはない。少なくとも、自分がどこにいるか見失うことはないと断言できよう。


 しかし、戻るべき方角と自身の位置関係を正確に把握している事と、そこへ帰還できるかどうかは別問題だ。


 端的に言えば。


 海流とかで流され過ぎてかなり遠くまで来ちゃったから、この貧弱なクラゲボディでここ数日の旅路を泳いで戻ることは、事実上不可能なんだ。


 …………。


 いや、最初から予想しておけよって?


 ……舐めているつもりなんか、これっぽっちもなかった。だけど海は、ボクの想像以上だったんだなぁ……。


 ……どうしよう?


 などと悩んだところで仕方ない。


 これはいよいよ、さらに進んでみるか、命をかける覚悟で元の小島への帰路につくか、決めねばならないようだ。


 そんなふうに、俺が深刻に悩んでいた時だった。


(――あ? なんだ? これ?)


『魔力感知』のスキルに、今まで感じたこともないほどの膨大な魔力を持つ何者かが引っかかった。


 一応は他者の魔力も感知できるとはいえ、これほど鮮明に感じ取れたのは初めてだ。というか、たぶん魔力が大きすぎるからだろう。


(あっちの方か……)


 魔力の主は、まだ「空間識別」の範囲外にいるようだ。にも関わらず、その動きがはっきりと分かるほど、強烈に知覚できる魔力。


 その動き方は妙に真っ直ぐで一定だ。何というか、生物的な動きではない。


 このままならば、「空間識別」の範囲に入ることなく、すれ違うだろうな。


 だが、相手が何者か分からないというのも不安だ。


(ちょっと、覗いてみるか)


 俺はそう決めると、自分から近づくことなく、魔力の主を観察することにした。


 どうやるのかって?


 簡単だ。


 まず、今も展開している「空間識別」の外縁部分に「座標」を設置する。すると「座標」を中心に新たな「空間識別」を展開することができる。そうなれば新たな「空間識別」の半径分、知覚範囲を伸ばすことができるのだ。


 これを何度も繰り返していくことで、俺はその場を動かずとも、どんどん遠くへと「座標」と「空間識別」を展開していくことができるのだ。


 何個も「座標」を設置することになるから、かなりMPは消耗してしまうが、安全には代えられないだろう。


 ともかくそうやって、俺は「空間識別」の範囲を魔力の主の方へと伸ばしていった。


 距離はおそらく、120メートルといったところか。意外と近かったな。MPが足りて良かった。


 そして魔力の主を「空間識別」の領域内に取り込んだ時、俺は思わず言葉を失うことになる。


(お、お、おぉ…………おおッ!)


 それは生物ではなかった。


 明らかなる人工物。木造で3本のマストを備えた――帆船だったのだ。


 かなり巨大だから、その全体を「空間識別」の範囲内に収めるには、さらに魔法を重ねがけして範囲を広げなければならなかったが、MPを惜しいと思うことはない。


 俺の心を占めるのは、ただ感動のみ。いや、あるいは喜びだろうか。


 この世界にも、船を造れるだけの知性を有している存在がいる――のみならず、そこには俺が思う「人間」がいたのだから。


 そう、あの巨大な帆船の甲板で、今も忙しなく働く人間たちの姿を、俺は捉えていた。


【名前】アンドリュー

【種族】人族


【名前】ガルフ

【種族】狼人族


【名前】ライ

【種族】ハーフリング


【名前】ガンツ

【種族】ドワーフ


【名前】ルンド

【種族】魚人族


 甲板にいる船員とおぼしき男たちを、船内にいる様々な人々を、俺は『鑑定』していく。


 種族は様々だが、その姿は間違いなく「人」のものだ。地球にいた現代人と全く同じように見える人族から、獣の耳と尻尾を持つ獣人、ハーフリングと表示されているのは、一見して子供のように見える。そして髭モジャの筋骨隆々とした背の低いおっさんは、ファンタジー御用達のドワーフだ。魚人と表示されている人も、異形という感じではない。耳がヒレのようになっていて、首筋にエラのような筋があり、手足に鱗が生えている以外はほとんど普通の人間と同じだ。


 流石は異世界というべきか。地球など比べ物にならないほど、多様な人種がいる。


(やっぱりこの世界にもいたか……マンが)


 シャーク様――マンハント・シャークの種族名を見た時から、確信に近い予感は覚えていた。だが、こうして実際に目にすると感動する。


(…………)


 俺は船が「空間識別」の範囲外へ行くまで、ただじっと観察していた。


 正直言えば、今すぐにでも人間たちと接触したいと思う。人間たちと暮らし、この厳しき大自然ではない文明的な社会の中で、文化的な生活を送りたいと思う。


 だが。


 それが可能かと言えば、どう考えても可能ではない。


 そもそも言葉が話せない。コミュニケーションがとれない。そしてよしんば言葉の壁がどうにかなったとしても、俺はクラゲだ。この世界にまーちゃんのようなクラゲマニアが奇跡的に存在すれば、ペットとして飼われる可能性も微かにあるかもしれない。しかし、人間たちに接触したとして、それよりは食材や薬の素材として狩られてしまう可能性の方が、遥かに高いだろう。何しろ俺ってば、珍味らしいし。


(…………)


 覚えるのは失望。そして深い悲しみ。


 人間がいたのは嬉しいが、果たしてこの先、俺は人間たちと友好的に交流することができるのか?


 ……やべぇ。どう考えても、そんな未来が訪れるとは思えない。


(クソっ……クソォッ!!)


 俺は嘆いた。


 もしも俺が、触手は触手でも、ちょっと大人なファンタジーで御用達のテンタクルスという触手だったなら、ダンジョンのエロトラップ要員として生まれて人間の可愛い女の子たちとデュフフな交流をすることも可能だったかもしれないのにッ!!


 どうして俺はクラゲなんだッ!!


 この刺胞まみれの触手じゃ、女体をまさぐることもできやしねぇ! クソォオオオオッ!!



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