第14話 もはや後には退けぬ


 転生十六日目。


 惨劇の現場を目撃しながらも、俺は来た道を戻ることは選択しなかった。


 何だかんだ、危険生物とは遭遇しつつも、俺を捕食するような相手とは出会わなかったのがその理由だ。シャーク様もピラニアどもも、俺に興味を向けなかったしね。


 たぶん、どこかで楽観していたんだろう。


 この後、その楽観のツケを支払うことになるとは気づかずに、俺は外洋をふよふよと泳いでいた。


 とはいえ、油断しているわけではない。昨日手に入れたばかりの『隠密』スキルは常に発動している。レベル1ではどれほど効果があるのかは疑問だが、使わないよりは良いだろう。何よりこのスキル、MPの消費がないところが素晴らしい。もうずっと発動させておこうかな?


 ――んで。


 進むに従って、ブレイドテイルちゃんの姿を見かけることはなくなっていた。やはり彼らも小さい内は、比較的浅く海流も穏やかな海で暮らしているらしい。昨日辺りから遭遇するのはもっぱら、巨大に成長したブレイドテイルさんだけだった。


 それは他の生物たちも同じで、遭遇する相手は軒並み大きなものか、群を成しているものがほとんどになっている。


 つまり何が言いたいかというと――俺が狩れる手頃な相手がいねぇ! ということ。


 もはやお気づきかと思うのだが、俺が狩れる相手というのは基本的に、俺よりも圧倒的に小さい存在か、もしくは『刺胞撃』が有効な相手だけだ。


 皮が分厚かったり、殻を纏っていたりするような相手は、お手上げなのである。


 なので仕方なく、俺は「もう喰うことはあるまい」と判断した同胞たちを捕食することになった。そう、レインボー・ジェリーフィッシュの諸君である。


 あいつらたまーにあちこちを流れていくんだよね。


 俺はそれを触手で拘束し、口腕で口に運んで捕食したというわけだ。彼らも一応は抵抗らしい抵抗をするのだが、はっきり言って余裕。レベルが違うぜ!!


 なので、ほぼ一方的に無慈悲な展開になるのだが、どうか許して欲しいものだ。これは餓えを凌ぐための仕方のない行為なのである。


 ともかく。


 そうしてクラゲを喰らって餓えを凌いだのが昨日の話だ。


 今日こそはクラゲ以外のものを口にしたいと願う俺に、「それ」は空から現れた。上空から海中へと、文字通り飛び込んで来たのである。


 それは鳥――――では、ない。


 トビウオ――――でも、ない。


 ならば何かといえば、そいつは「イカ」だった。


 群で飛行してきたイカが、海中に次々と飛び込んできたのだ。


 何を言っているか分からない? それとも異世界なので空飛ぶイカが存在しても、おかしくはないと思うだろうか?


 いやいや。地球でもイカは実際にトビウオのように飛ぶので、気になる場合は「イカ 飛ぶ」でググってみてほしい。奴ら、水を勢い良く吐き出して水面から飛び出し、耳と触手を広げて風に乗って飛行するのだ。


 幸いにもイカが飛行するショッキング映像をテレビで見て知っていた俺は、「空間識別」の領域に高速で侵入してきて、空から海へ飛び込んできた存在がイカであると知っても、狼狽えることはなかった。


【名前】なし

【種族】カタパルト・スクウィッド


 咄嗟に鑑定した結果がこれね。


 一匹一匹は、そんなに大きくない。体長にして30センチくらいだろうか? ヤリイカみたいな、どことなく鋭利なフォルムをしている。


 そして群の数は、10匹ちょっとだ。


(イカなら勝てる!)


 タコはちょっと手強そうだから戦うのを自重していた俺だが、イカが相手ならば勝てると判断。


 奴らが何処かに消える前に、一匹のイカに狙いを定め、『触手術』で伸ばした触手を巻きつけた。これで拘束完了! 後は毒が効くか分からないが『刺胞撃』で毒を注入し、弱らせたところを捕食すれば良い。


 前世ぶりに食すイカのお味はどんなものかと、味覚はないけど期待を膨らませたところで。


(――ウボォゲェエアアアッ!?)


 衝撃。


 何かが俺の体に突撃してきたのだ。


 慌てて「空間識別」で注視してみると、突撃してきたのは、俺が今しがた拘束したばかりのイカだったらしい。


 どうやら奴は、空を飛ぶ時の要領で水をジェット噴射のように吐き出し、その反動でこちらに高速の体当たりをしてきたのだ。


 その勢いは凄まじく、奴を拘束していた触手2本が、呆気なく千切れてしまったほど。


 ステータスで【HP】を確認すると、今の一撃で10もダメージを受けていた。


 そうだよ。ここは異世界。魔力があり魔法がありスキルがある世界だ。ただでさえ驚きの生態を持つイカが、異世界ならば更に驚きの能力を持っていもおかしくはないじゃないか。だいたいアイツの種族名にカタパルトってあったし。なぜ俺は予想しておかなかったのか。


 慢心、ダメ、絶対。


 俺は自戒するように心に刻みつつ、けれど、諦めることはしない。


(このクソイカがぁあああああッ!!)


 残る10本の触手と5本の口腕を操って、今にも逃げんとしていたイカ野郎を拘束する。精密に操る必要がないのならば、ただ同一の対象に巻きつけるのならば、全ての触手を同時に操ることは、もはや難しくない。


 その上で『魔力操作』で大量の魔力を流し込み、『触手術』と『魔闘術』を強化する。


 一瞬でMPを30以上も消費する握撃は、奴が再度突進するより先に、その体をぐしゃりと握り潰した。


 MP効率を度外視した全力の力業は、俺の弱点である非力さを補って余りある効果を発揮したらしい。直後、開いていたステータスがレベルアップを告げたのだ。


 今までは捕らえた獲物を消化することで倒していたが、今回は握り潰すことで倒してしまった。おそらくはさっきの一撃なら、スチール缶すらグシャグシャに潰すことができるだろう。それくらいの力だった。


 んで、レベルアップのタイミングから考えると、こいつはブレイドテイルちゃん以上の経験値を持っていたようだな。一撃で倒していなければ、突進攻撃以外にも何かしら面倒な事をされた予感がある。たとえば墨を吐くとか。


 まあ、何にせよ、勝利だ。ちょっとした油断はあったが、今回のことは教訓としよう。


 この日食べたイカの味は、きっと苦かったことだろう……。いや、味覚ないから味は分からないけども。



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