第13話 クラゲは外洋へ躍り出す
転生十三日目。
俺は穏やかなこの海域から、外洋へと躍り出すことを決断していた。
というのも、だ。
進化してから消化吸収能力が向上したことにより、結構な数の獲物をハントしてきた。それでも五日間で上昇したレベルはたったの三つである。
これは進化したがゆえに必要な経験値が増えたとも考えられるが、単にこの浅瀬の海域では、今の俺にとって獲物が弱すぎるということでもある――のかもしれない。
このまま比較的安全なこの海域で、スキルの鍛練をしつつゆっくりとレベルを上げていても、いつかは強くなれるだろう。
だが、俺は海亀の襲来を忘れてはいない。
天敵が襲って来たら逃げるしかない。いつまでもそんな状況にいるのは我慢できないし、何よりいつかは逃げ切れない時が来るのは明白だ。
ゆえに、一日も早く強くならねばならない。
そして強くなるためには、より多くの経験値を稼がねばならないだろう。
そのため、この小島周辺の海域から、少し外洋へ向かって遠征してみようか、という話なのだ。
なあに、心配はいらない。
小島周囲には幾つも「座標」を設置している。つまり、ここへ帰るための方角は常に把握できるため、戻ろうと思えばいつでも戻れるのだ。
ちょっと沖合いに進んでみれば、経験値をたくさん持った獲物と出くわすこともあるだろう。
確かに危険はある。だが、この危険は未来での平穏な生活を得るための危険だ。未来で常に危険に怯えて暮らすか、今は危険でも未来で平穏に暮らすか。
俺は未来で平穏に暮らす方を選ぶ。
そんなわけで、俺は沖合いに向かってふわふわと海中を泳いで行った。
●◯●
(ブレイドテイルさん、ちわー)
小島から少し離れると、ちらほらとブレイドテイル氏を見かけるようになった。
どうもこいつら体は小さいくせに群れるということを知らないのか、単独で海を泳いでいることが多い。この大海原で食物連鎖の上位に君臨しているというのならいざ知らず、体長30センチ程度の「小魚」が群れたり、他の生物と共生関係を結んでいないというのは、なかなかに恐いもの知らずである。
こいつら、馬鹿なのかしらん?
などと思いつつ、挨拶がてらに圧倒的間合いの有利を活用して触手を巻きつけ、毒を注入して麻痺させてから捕食する。
あ、レベル上がった。
やはり経験値が美味しいぜぇ!!
大した危険もなく狩れる相手としては、やはりブレイドテイル氏たちは美味しい相手だ。元いた海域よりも断然遭遇する確率が高いので、ここら辺なら俺も比較的安全にレベリングできるのではないかしらん――などと思っていた時、彼は現れた。
そいつは体長2メートルを超える大きな魚で、硬質で鋭利な輝きを宿す立派で長い尾ひれを持っていた。
見た瞬間はっきりと分かったね。勝てるわけねぇって。
ガクブルと震えながら鑑定してみた結果は、以下の通り。
【名前】なし
【種族】ブレイドテイル
あ、はい。
どうやらブレイドテイル氏は、成長するとかように立派なお姿に変じるらしい。
今まで俺が出会ってきたのは、まだまだ子供のブレイドテイルちゃんだったというわけだ。
そりゃあ、こんだけ強そうに成長するなら、大勢で群れる必要はないのかもしれない。
俺は息を殺すように、刺激しないように気配を消す。幸いにして巨大ブレイドテイル氏は、クラゲなんぞ我が舌には合わずと思って下さったのか、こちらに目もくれることなく泳ぎ去っていった。
……いや、まあ。
成長したブレイドテイル氏は狩れないけど、ブレイドテイルちゃん(子供)ならば、問題なく狩ることができるのだ。近くに親がいなければ、どんどん狩っていく方針を変える必要はないだろう。
負け惜しみなんかじゃないんだからね!?
で、転生十四日目。
沖合いで夜を明かしてさらに進む。
清々しい陽光が海の中に降り注ぐなか、俺はピカピカと光を発しているらしき存在を見つけた。「空間識別」で注視してみると、どうやら鱗や体表で光を反射している魚類ではなさそうだった。
そいつは何処と無く親近感を抱かせるような、ふわふわぐんにゃりした姿形をしていた。
【名前】なし
【種族】レインボー・ジェリーフィッシュ
……どうやら、海流によって沖を流されている我が同胞のようだ。
今や種族が違うけど、俺の進化前種族と同じである。ピカピカ光っているように認識できたのは、どうやら『蛍光』のスキルを使っていたようだな。なんでやねん。
呆れつつも去ろうかと思ったところで、俺はふとまーちゃんの言葉を思い出していた。
『クラゲはなんでもたべるんだよぉ。クラゲもたべるんだよぉ』
……。
人間世界では忌避される同族喰らいも、厳しき大自然では良くあること。しかも強さでは確実にこっちが上だろう。
触手で拘束し、捕食するのは容易いことだった。
しかし、経験値的には美味しくはなさそうだ。試しに倒してみたが、もう喰うことはあるまい。南無。
転生十五日目。
俺はまだまだ外洋を進んでいた。
目的地などない。ただ帰るべき場所だけは、はっきりとしている。当初の予想通り、小島周辺に設置した「座標」の反応は未だに消えていないからだ。
ならば進むべきだろう。どこまでも。
そんなふうに決意を固めていた俺だが、すぐに後悔することになった。あの穏やかな海に今すぐ帰りたい。
そう思った理由は、この日に遭遇した恐るべき海洋生物どもが理由だ。
まず一つ。
【名前】なし
【種族】マンハント・シャーク
いつか見たホラー・シャークをも上回る巨体。硬くて分厚そうな鮫肌に、鋭すぎる牙。まるで王者のように威風堂々と泳ぐその姿は、根源的恐怖を呼び起こさずにはいられない。
っていうか、マンハントって。
やっぱりいるのか、マン。
それはともかく、奴は大海の覇者のごとき風格だった。おそらく、食物連鎖の頂点に君臨する存在だろう。出会ってしまった俺は、おしっこちびりそうになってしまったが、あちら様にクラゲを食そうという気がないのが幸運だった。
ただ息を潜め、気配を殺してシャーク様が通りすぎるのを待つばかりである。
が。
そこへ襲来する存在があった。
体長20センチほどの小さな魚である。ただし群。圧倒的群。イワシの群のごとき群体であった。全部で何匹いるかなんて、とても数える気にもならない。
そしてこいつらは、イワシのように無力な存在ではなかったのだ。
一匹一匹は小さいものの、全ての個体が鎧のような分厚い鱗に覆われている。しかも僅かに覗く口内には、明らかに肉食だろうという鋭い牙が生え揃っていた。
奴らはシャーク様へと急速接近すると、圧倒的な数の有利を活かして四方八方から襲いかかった。
まるで竜巻のような魚群にシャーク様のお姿が隠されて、数分が経過した頃だろうか。
興味を失ったように、群は突如として進路を変え、俺の知覚範囲外へとあっという間に去って行ってしまったのだ。
残されたシャーク様のお姿は……、
(――骨!?)
皮も内臓も眼球も肉も、一切のお残しなく、綺麗さっぱりと食された後だった。
海の中で陽光を反射して白く輝くシャーク様であったモノが、ゆっくりと海底に沈んでいくのを、俺は沈黙と共に見送るしかなかったのである。
……シャーク様、全然、大海の覇者とかではなかったわ。
何て恐ろしいんだ、この世界は。
ちなみに、シャーク様を寄って集ってガブガブした魚どもは、こんな名称だった。
【名前】なし
【種族】アーマー・シーピラニア
恐ろしすぎるわ。
あんなのに狙われたら、シャチどころかクジラでさえ一溜りもないのでは?
んで、目の前で行われた惨劇に巻き込まれないよう、必死に気配を殺していたからだろうか。気がつくと、俺にこんなスキルが生えていた。
『隠密Lv.1』――気配を殺し、他者に気づかれにくくなる。
あ、はい。
……これは、良いスキルが手に入りましたわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます