第9話 自分が弱いということを再確認した


 我が天敵たる海亀の猛攻を凌ぎ、逃げ延びたことで新しいスキルを獲得した。


 ――『魔闘術』


 スキルの説明によれば、MPを使用して身体能力を一時的に高めることができるらしい。


『触手術』による強化と効果が被っている気がするが、こちらは触手のみならず、全身の強化が可能なようだ。それに試してみたところ、別々のスキルということでか、『触手術』と『魔闘術』の強化は重複するらしい。


 おかげで全力強化での触手による突きが、感じる手応えを信じるならば、アルミ缶を凹ませるくらいから、スチール缶を凹ませるくらいまでランクアップした。


 その代わり、たった一撃で10MP以上を消費するのだが。


 たぶんこれって、威力の割にはかなり効率悪いよね?


 いや、他のスキルとか攻撃魔法を知らないから断言はできないけどさ。


 しかし、スキルレベルを成長させていけば、将来は役に立ってくれると信じることにする。


 んで。


 海亀の野郎に引きちぎられた触手についてだが。


 昨日一日を費やすことで、何とか再生に成功している。


 結局昨日は安全を最優先として小魚二匹とヒトデを一匹を狩り、それを消化しながら『触手術』で再生に勤しむことになった。


「空間識別」とかも展開していたので、正確に消費したMPは把握できていないのだが、ステータスを見ていた限りでは100MPくらいを再生に費やしただろうか。


 おかげで日課となっているスキルの鍛練にMPを回す余裕もなかった。


 MPが枯渇して回復を待つ間は、今まで以上に恐怖だったな。何しろ海亀に襲われたばかりだったのだ。また来るんじゃないかという恐怖はどうしても拭えない。


 できることならずっと巨大珊瑚の下に隠れておきたいところだったが、それもできない。こういった隙間はタコやウツボっぽい生き物たちが隠れていることもあるし、そもそもクラゲは傘を開閉していないと死んでしまう。心臓が動いていないのと同義だからな。


 まあ、再びの海亀襲来がなかったのは幸運だった。


 そして一夜明けて。


 転生七日目。


 昨日に引き続いて、見慣れない生物が「空間識別」の領域内に侵入してきた。まったく千客万来だ。嫌な客であるが。


 侵入してきたのは体長30センチほどの魚だ。頭から胴体部分は10センチほどの小さい魚なのだが、尾っぽの部分が異様に長い。その表面の質感は艶やかかつ硬質的で、優雅に泳ぐ度にキラリキラリと光を反射しているように見える。


【種族】ブレイドテイル


 鑑定してみたところ、判明した種族名がこれだ。


 ブレイドテイル……刃の尾、という意味だろうか。鑑定が役に立ったと思えるのは、自分以外を対象としては初めてだ。


 地球世界では太刀魚という名前の、特に捕食する相手を斬ったりはしない魚もいるから断言はできないが、ここが摩訶不思議な異世界であることを加味して、名は体を表すと思っていた方が良いだろう。


 つまり、あいつ斬るぜ。めっちゃ斬るぜ。


 いや何かもう、見るだにめっちゃ斬れそうな尻尾をしているのだ。ゆえにそう感じたのだが、俺の第一印象は間違っていなかったらしい。


 様子見をしている俺の前で、ブレイドテイルに向かって襲いかかる生物がいた。


 そいつは普段、海底の岩場や珊瑚の陰に隠れていることが多いのだが、獲物を狙うときには一気に飛び出し、一気に接近。そして鋭い牙を備えた口で噛みつく。体長は1メートル近く、蛇のように細長い体。


 鑑定で見える名前はこれだ。


【種族】アングリー・モーレイイール


 名前が長い。


 まあ、要するに海のギャングとも称されるウツボのことだ。


 ウツボ氏はゆっくりと珊瑚の周囲を遊泳するブレイドテイルに向かって、一瞬の隙を突くように死角から襲いかかった。


 俺から見ても見事な狩りの手際である。


 両者の体の大きさから見ても、間違いなくブレイドテイルは死んだと思った。


(ふぁッ!?)


 しかし、俺はそこで驚きの光景を目にすることになる。


 ブレイドテイル氏は死角から急速接近するウツボ氏の存在をいち早く察知するやいなや、その体をひらりと翻したのだ。


 そして走る閃光。


 襲いかかるウツボ氏に向かってゆらりと長い尾が振られたかと思うと、直後、ウツボ氏の頭部と胴体が両断され、泣き別れとなったのである。


 まさに一瞬の早業であった。


 っていうか、何だあの切れ味。尋常じゃないな。


 ウツボ氏は哀れにも生物から海産物へと称号を変更し、ブレイドテイル氏に捕食されることになる。とはいっても、ウツボの方がだいぶ体積が大きいので、その全てを喰らうわけではないようだ。


 半分以上をお残しされたウツボ氏は海底へと沈んでいき、珊瑚を棲み処とする小魚たちにツンツンと啄まれることになった。


 一方のブレイドテイル氏は、もはや興味はないとばかりに身を翻し、再びゆっくりと遊泳に興じている。


「――!?」


 そしてそこへ何処からともなく襲いかかる3本の触手!


 食後に消化器官へ血液を取られ、注意散漫になるのは何も人間だけの特徴ではない。消化器官を持ち、脳があるなら当然の生理的反応だ。


 俺はその隙を突いて、『触手術』によって長く伸ばした触手を、一瞬の内にブレイドテイル氏へ巻きつけたのだ。


 奴の尻尾は確かに大変危険な代物だが、観察した結果、それほど恐れる必要はないと判断した。刃を振るうためには対象に尻尾を叩きつけなければならず、人間が刃物を持ったほどには自由自在な攻撃ではないのだ。


 そしてその体の構造上、一度拘束してしまえば、こちらが下手を打たない限り、奴の尻尾が届くことはない。


 加えて――、


(おらおらおらぁッ!!)


 俺は拘束したブレイドテイル氏に、次々と残りの触手も巻きつけていく。


 触手が触れる度にビクビクと激しく暴れる様子からして、どうやら『刺胞撃』は有効なようだ。


 しばらく拘束していれば、体内に注入された毒によって全身が麻痺するだろう。


 その想像通り、程なくして身動き一つ取れなくなったブレイドテイル氏を、俺は傘の下まで触手で運び、覆い被さるようにして捕食した。


 ふう。


『刺胞撃』が効く相手なら、意外と何とかなるものだな。


 やはり海亀は天敵というか、生物としての格が違い過ぎたのだ。


 その点、ブレイドテイル氏はその攻撃力の高さにこそ驚いたが、食物連鎖の階層社会においては、俺とそう変わらない階級だったのだろう。


 そう、思っていたのだが。


(お、流石にレベルが上がったか)


 レベルが上がると体の調子が急に良くなるというか、体の奥底から力が湧いてくるような感覚がある。そのため、ステータスを見ていなくともレベルが上がれば自覚できるのだ。


 なので、自身のレベルが上がったことを察した俺は、ステータスを開いて確認してみた。



【名前】なし

【種族】レインボー・ジェリーフィッシュ

【レベル】10(Max:進化可能)

【HP】22/22

【MP】178/203

【身体強度】5

【精神強度】164

【スキル】『ポリプ化』『触手術Lv.5』『刺胞撃Lv.3』『蛍光Lv.3』『空間魔法Lv.2』『鑑定Lv.1』『魔力感知Lv.2』『魔力操作Lv.3』『MP回復速度上昇Lv.3』『魔闘術Lv.1』

【称号】『世界を越えし者』『器に見合わぬ魂』『賢者』

【加護】なし



 ……何か、いきなり三つもレベルが上がったんですけど?


 どうやらブレイドテイル氏は、俺よりも上級階層の御方だったらしい。


 調子に乗ってすみませんでした。


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