第8話 ネタ振りからの華麗なフラグ回収
(今日も良い朝だ……たぶん。よし、打倒海亀に向けて頑張るか……!!)
転生六日目。
眠りから覚めた俺は、海面から差し込む朝日を眼点で認識すると、気合いを入れて今日も一日頑張ろうと思った。
何しろ『魔力操作』による『触手術』の強化によって、海亀に対抗し得る可能性を見出だしたのだ。
水と安全はタダと言われた現代日本で生きていた俺にとって、安全の確保は何よりも優先すべき行動指針だ。近所に殺人鬼が徘徊していますと言われて、安心して暮らすことができようか? 今の俺が置かれた状況は、それにも等しいのであるからして。
(まずは、「空間識別」を展開して、と)
もはや呼吸レベルで習慣になった「空間識別」を展開する。
そうして仮初めの「視覚」を手に入れたところで、さて今日は何を狩ろうかと考える。
ヒトデや小魚よりも経験値的な何かが多い獲物が良い。それでいて、やはり安全に勝利できるような相手が望ましいのだが……はて、そんな都合の良い相手がいるかどうか。
(何が良いかなぁー)
「空間識別」の領域内を、目を皿にするようにして注意深く精査する。
ヒトデ、小魚、珊瑚は論外として、他にはカニ、エビ、貝、タコ、ウツボ……みたいな生き物もいるな。カニ、エビ、貝は狩ったとしても殻ごと取り込むことになるから、何だか消化に悪そうだ。タコは同じ触手を持つ者として親近感があるが、たぶん今の俺よりも強いぞ。逆に捕食される未来が見える。ならばウツボかと言えば、こいつは鋭い牙を持っているし、ちょっと恐いんだよね。
何かもっと手頃な相手はいないかと探していく。
すると――、
(ん? 何か来たな)
「空間識別」の領域内に、何か他の生物が入って来た。
大きさは50センチくらいの生物。なぜかこちらに真っ直ぐ向かってくる。そのスピードはなかなかに速かった。
いったい何が来たのかと意識を向けた俺は、その生物を認識する。
それは頑丈な甲羅を持つ生物。すなわち――、
(ふぁッ!?)
クラゲを捕食するクラゲの天敵、海亀だった。
(ちょッ!? 待って待って待ってッ!? 速い速いッ!?)
海亀は真っ直ぐこちらに泳いでくる。そのつぶらな瞳は、完全に俺をロックオンしていた。
突然の天敵の襲来に混乱の極致にあった俺は、わたわたと無意味に触手を震わせることしかできなかった。
(きッ――緊急回避ィッ!!)
だが、流石に至近まで接近されれば反射的に行動に移ることができた。
俺は危機感の命ずるまま、膨らませた傘を一気に収縮する。
傘の下面から放出された海水の反作用で、飛び上がるように上方へ移動。そんな俺のすぐ下を海亀が通りすぎていった――のだが、
(うぼぉぇえええッ!?)
俺の体が何かに引っ張られるようにして、急速に移動する。
混乱の中、「視界」に意識を集中してみれば、その理由が分かった。
俺は確かに海亀の攻撃を回避したが、完全に回避できたわけではなかったらしい。すなわち傘の縁から下へ向かって垂れる幾本もの触手。その一本を、海亀の野郎は通りすぎざまに咥えて行ったのだ。
海亀に引っ張られる形になった俺。
しかし、触手を咥えただけでは海亀も俺を捕食することはできないと判断したらしい。
程なく奴は俺の触手を口から離し、俺は解放された。
だが、危険が去ったわけではない。海亀は旋回するように大きくカーブを描くと、再びこちらへ向かって接近してきた。
どうやら、まだ俺を諦めたわけではないらしいな。クソッタレめ!
【種族】カワード・シータートル
『鑑定』をかけてみたが、相変わらず種族名しか表示されない。こいつが強いのか弱いのかはっきりしないな。
それでも俺より強いことは間違いないだろう。なぜなら。
(ぐッ!?)
再び俺を喰らおうと急速接近してきた海亀から、こちらも再度緊急回避。上方へ一気に浮上しながら噛みつきを避ける。いや、噛みつきというよりは、俺を丸呑みにしようとしているのだろうが。
ともかく。
今度はただ回避するだけじゃない。
回避すると同時に、こちらから通りすぎる海亀に向かって触手を絡ませる。狙いは海亀の首だ。
そして狙い通り、奴の首に2本の触手を巻きつけることに成功した。俺は海亀に引っ張られて、海中をあちらこちらへと引き摺られる。
海亀は首に巻きつく触手を嫌がっているのか、かなり激しく動いている。触手が千切れそうになるが、魔力で強化して何とか耐える。
このまま巻きついていれば、いずれは倒せるか?
いや、俺はその可能性を否定する。
巻きついた触手から海亀に刺胞が刺さっているようには思えない。甲羅に比べれば遥かに柔らかい首筋でも意外と皮が厚い。
毒を注入できないとなれば、時間を稼いだところで無駄だ。むしろこちらの魔力が尽きて、触手が千切れる方が先か。
(なら――ッ!!)
甲羅も首筋もダメならば、攻めるべき場所は一つしかない。
激しく海中を引き摺られながらも、俺は海亀の頭部に向かってさらにもう一本、触手を伸ばした。
魔力で強化した触手を、奴に向かって刺すように突き出す。
狙いは眼球。
「~~~~ッ!?」
これも火事場の馬鹿力というべきか。
俺の触手は一回で奴の眼球を捉えることに成功した。
触手の先端が奴の眼球を突く。アルミ缶ならば凹ませることができるくらいの力強い手応えだ。しかし、奴はこれまで以上に激しく暴れまわった。途端、その勢いでブチブチと絡ませていた触手が千切れてしまう。
(ダメか……)
一頻り暴れまわった海亀が、距離を取って再度俺に向き直った。
眼球を攻撃するというアイディアは間違ってはいなかったようだが、それで倒せるかどうかは別だったらしい。確かにダメージは与えたようにも思えるが、戦闘不能に追い込むには全然足りていない。
万事休す。
俺では奴を倒せない。
(まあ、最初から分かってましたけどね。……なら!!)
懲りずに海亀が向かってくる。
このまま戦闘を継続すれば、いずれ倒され、捕食されてしまうのは必定。
そして傘の動きを利用して上へ向かって回避しても、奴から逃げきることはできないだろう。クラゲは海亀ほど速くも自由にも泳げない。
俺は覚悟を決めた。
(このクソガメがぁあああッ!!)
触手の一本に魔力を流す。
ただその一本に魔力を集中させる。
魔力を通じて触手へと、ひたすら「強化する」と思念を込める。
海亀が俺の眼前へ迫ってきて、その口を大きく開けた。瞬間――、
(戦略的、撤退ィイイイッ!!)
俺は『触手術』によって5メートルほどにも伸ばした触手を、海底の珊瑚に絡ませた。
絡ませた触手を縮めることで、海底へ向かって急速移動。
俺の頭上を海亀が通りすぎていく。
回避は成功。だが、これだけではすぐに追撃で捕食されるだろう。ならばどうするか? 決まっている。逃げるのだ。逃げ込むのだ。海亀が手出しできない場所へと。
(急げ急げ急げ急げぇええッ!!)
次々と珊瑚に触手を絡ませていき、それを支点に移動を繰り返す。向かうべきは巨大な茸のように傘を広げた形の珊瑚――その下にある、僅かな隙間だ。
俺の体長は1メートルくらいあるといっても、それは触手を含めた長さ。傘の部分だけとなれば、それよりもずっと小さいし、そもそも体は柔らかいから僅かな隙間でも入り込むことは可能だ。
まあ、ずっと身動きできない場所にいたら死ぬけどね。
ともかく。
俺は海亀が追撃してくるより先に、巨大珊瑚の下へ潜り込むことに成功した。
狭い隙間の中でじっと身を潜ませる。
ここならば、海亀が入り込むことはできないはずだ。
実際、「空間識別」で動向を注視していた海亀は、俺が潜んでいる珊瑚の上辺りでしばらくウロウロしていたが、程なく、俺を喰うことができないと悟ったのか、「空間識別」の範囲外へと去って行った。
(た、助かった……)
九死に一生を得た。
俺に心臓があったなら、今ごろバクバクと激しく脈打っていることだろう。
俺は十分に安全を確認したところで、触手を使って珊瑚の下から這い出した。
(クソっ、触手が2本無くなっちまった。ちゃんと再生するんだろうな、これ……)
海亀に千切られた触手は中途半端に短く、その姿は痛々しい。しかし、『触手術』の効果には触手の再生も含まれていたはずだから、魔力を流していれば再生するはずだ。どれくらいの時間で再生するかは、試してみないと分からないが。
(こんなことが何度もあったら、命が幾つあっても足りないぞ)
クラゲに転生してから海亀を見るのは初めてだ。
五日間は何事もなく過ごせていたから油断していた――ということはない。ちゃんと注意していた。だが、注意していたからといって、危険を未然に防げるわけではない。
マーフィーの法則だ。
失敗する余地があるなら、失敗する。つまり、俺が海亀に喰われる可能性があるなら、いつかは喰われるということだ。
これを防ぐためには、やはり最低限、海亀を正面から打倒し得る戦力を持たなくてはならないだろう。
だが、果たしてそんなことが可能なのか?
弱気が俺の心を支配せんとする。
(いや……神は俺を見捨ててはいないッ!!)
先ほどの攻防でどれくらいMPが減ったか、それを確認するために開いたステータスに、またしても新しいスキルを見つけた。
何やら、条件を満たしたことでスキルを獲得したらしい。
つまり、神は俺にこう言っている。
まだ諦める時ではないと……!!
『魔闘術Lv.1』――魔力を用いて身体性能を強化する。強化される性能は【身体強度】に依存し、強化の倍率は使用MP量とスキルレベルに依存する。
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