第4話 クラゲに心臓はない


「空間識別」によって姿を捉えたそいつに、俺は『鑑定』をかけてみた。


【種族】ダッパー・スターフィッシュ


 スキルレベルが低いためか、鑑定できたのは種族名だけだ。


 しかし、そいつが何者であるのかは、ステータスを見なくても姿を見ただけで一目瞭然だ。


 細長く伸びる五本の足(?)を備えた、星形の生き物――つまり、ヒトデだ。


 そいつは海底のゴツゴツとした岩場にへばりついている。俺は記念すべき最初の獲物に、このヒトデを選んだのだった。


 なぜか? 理由は簡単だ。


 ほら、ヒトデって何かノロマそうに見えるだろ? それに俺より大分小さいし、カニみたいなハサミとか、牙とか爪とかもない。反撃される心配も少なく、比較的簡単に狩れると思う。


 あと、一部のヒトデの卵ってウニみたいな味がするらしいよ?


 俺が狙っているやつが卵持っているかは知らんけど。おまけに俺に味覚があるのかも知らんけど。


 ――ともかく。


 俺は傘を開閉して海中を泳ぎ、件のヒトデがへばりついている岩場まで移動していく。


 そうしてヒトデの真上まで来ると、意図的に傘の動きを止めることで、重力によって下へ沈んでいく。


 ちなみに、ずっと傘の動きを止めていることはできない。


 クラゲには心臓がないが、他の生物の血管に相当する水管というものがある。傘を開閉することで、水管に圧力を発生させて体液を全身へ送り出しているそうだ。つまり、傘の開閉が心臓の収縮に相当するために、傘を動かさないと死んでしまうのだ。


 とはいえ、すぐにどうこうというわけでもなく。


 俺はヒトデに向かって降りていきながら、触手が届く距離にまで近づくと、ヒトデを捉えようと一気に触手を動かした。しかし――、


(ふぁッ!? 何だとッ!?)


 俺の触手が触れるか触れないかというところで、いきなりヒトデ野郎が動き出した。


 五本の足(?)をウネウネと動かすと、岩場を走るようにして逃げたのだ。


 その動きは、意外なほどに速い。というか、見ていてちょっとキモかった。


 こいつ、こんなに速く移動できんのかよ。


(くそッ、逃がすか!)


 俺は小刻みに傘を開閉させながら、ヒトデの後を追う。


 ヒトデにしては確かに俊敏な野郎だが、何しろ体の大きさが違う。ヒトデ野郎は直径10センチ程度の大きさ。対して俺は、触手を含めれば1メートル近い大きさだ。追いつくことは難しくなかった。


 ちょこまかとあっちこっちに動き回るヒトデ野郎を捕らえるのには、少々苦労したが、触手の一本が奴の体に触れれば後は簡単だった。


 クラゲの触手表面に並ぶ刺胞細胞には小さな針があり、獲物に触れるとそれが飛び出して刺さるようになっているのだ。


 一つ一つの針は物凄く小さいが、幾つもの針が刺されば簡単には抜けない。


 後は獲物にくっついた触手を引き寄せるように動かせば、自分より軽い獲物なら手繰り寄せることができるし、自分より重い獲物でも逃がすことなく接近することができる。


 俺はヒトデ野郎にくっついた触手を絡ませ、手繰り寄せる。そしてさらに他の触手も巻きつけることで、完全に捕らえることに成功したのだ。


(はぁ、はぁ……て、手こずらせやがって……!!)


 もっと簡単に狩れるかと思ったが、思わぬ展開になったぜ。


 ともかく、ヒトデを捕まえることには成功したのだ。まだヒトデ野郎はウネウネと元気に動いているが、死ぬまで待っていたら何時になるか分からない。このまま踊り食いするしかないな。


 というわけで、いざ実食だ。


 俺は触手を動かして、ヒトデ野郎を傘の下部から内部に取り込むように持ち上げる。


 ちなみに傘内部、中央には口柄という器官があり、ここから食物を取り込み、消化器官で消化することができるのだ。


『口柄はこうへいって読むんだよぉ』


 とは、まーちゃんの言葉だ。


 日本人男性みたいな名称である。


 ともかく。


 俺は口柄から体内へとヒトデを取り込み、後は逃がさないように気をつけながら、じっくりと消化していく。


 消化している間は、他の獲物を狩っても喰うことができないので、ぷかぷか海中を漂っているだけだ。


 そうこうしている内に、どうやら太陽が沈んだらしい。


「空間識別」で認識している空間から、徐々に光が失われていくのが分かった。とは言っても、暗くなったからと言って「空間識別」には何の影響もなく、しっかりと周囲を把握することができる。


 だが、問題は別のところにあった。


(ふぁッ!? なんだ!? どうした!?)


 いきなり、「空間識別」によって得た「視覚」が無くなり、何も分からなくなったのだ。


 突然のことに数秒ばかり慌ててしまったが、何か異常が起きたのかとステータスを確認したところで、理由が判明した。


【MP】0/116


 MPが底をついていたのだ。つまり、魔力切れで「空間識別」を維持できなくなったらしい。


「空間識別」の維持には一分につき1MPが必要となる。かなり燃費は良い魔法だと思うのだが、ずっと展開していれば魔力が底をつくのも当然だ。


 連続で展開できる時間は116分。


 ……いや、たぶんそれだけの時間があったら、MPも自然に少しは回復するはずだから、もう少し長く維持できるだろう。


 だが現状、周囲の情報を得るには「空間識別」に頼るしかない俺には、不安でしかない。魔力が無くなれば、天敵が近くにいても逃げるどころか気づくことさえできないのだから。


 ……やべぇよ。


 これは早急に、MPを上げる必要があるかもしれない。


 と言っても、どうすればMPが増えるかなんて知らないんだけど。


(――ん? お? 何だなんだ?)


 だが、悩む俺の目の前で、開いたままにしていたステータスが変化する。なぜか「0」だったMPが一瞬にして「8」に増えたのである。


 その理由は、ステータスの他の部分にも目を通すことで判明した。



【名前】なし

【種族】レインボー・ジェリーフィッシュ

【レベル】2

【HP】5/6

【MP】8/124

【身体強度】3

【精神強度】112



 レベルが2になってる。


 つまり、消化中だったヒトデが遂に息絶えたことで、俺のレベルが上がったらしい。


 やはりレベルが上がれば、MPその他のパラメータが上昇するようだな。


 それはまあ予想通りなのだが、できればレベルアップ以外にもMPを上げる方法があって欲しいものだ。異世界モノのテンプレなら魔力を消費することで増えるってのが定番なのだが……果たしてこの世界ではどうだろうか。


(MPがちょっと増えたが……どうするべきか)


「空間識別」を再発動しても、維持できるのは今のところ八分のみ。全回復とはいかないまでも、ある程度回復させなければ、ろくに活動することもできないだろう。


 それに今思い出したのだが、MPを消費することで『触手術』によって触手を強化できるのを忘れていた。これから狩りにもMPを使うとなれば、さらに「空間識別」を発動できる時間は限られるだろう。


 なのでやはり、ある程度まとまったMPは必要だ。


 回復するまでは、未消化のヒトデを消化吸収しつつ、大人しく海中を漂っている他ない。


 そうと結論は出たのだが……、


(恐い。恐すぎる……!!)


 何も見えない状態で海中を漂うしかないというのは、かなりの恐怖だ。


 この辺りに海亀やペンギンなどの、クラゲを捕食する生物がいないことを祈るしか、俺にできることはなかった。


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