第5話 脳はないけどクラゲも眠る
MPが回復するまでの間、じりじりとした焦燥感に苛まれながら、俺は海中を漂っていた――
(Zzz…………はっ!?)
――んだけど、その途中でどうやら眠ってしまったようだ。
気がつくと暗かった海中に、海面から光が差し込んでいる。どうやら日が昇って新しい朝が来たらしい。それくらいは眼点だけでも認識できるのだ。
っていうか、普通に朝が来てしまったんだが。
目が覚めたら自室のベッドの上とか、あるいは病院のベッドの上とか、そういう展開を期待していなかったと言ったら嘘になる。
しかし期待は呆気なく裏切られ、いまだ俺はクラゲのままらしかった。
これは本格的に、夢オチ展開はなさそうだな。
ちなみに、脳はないけどクラゲも睡眠を必要とするみたい。まーちゃんが『クラゲも寝るんだよぉ』と言っていたから間違いない。
ゆえに、俺が眠ってしまってもおかしくないし普通のことなのだ。
いや、一晩中死の恐怖に怯えるって大変なことなのよ?
(朝か……よし、MPも全回復してるな)
ステータスを開いてMPが回復しているのを確認し、俺はさっそく「空間識別」を発動する。それによって失われていた「視界」を確保。慎重に知覚範囲を精査してみるが、海亀やペンギンなどの危険生物は見当たらないようだ。
ふう、ビビらせやがって。
ともかく、これでひと安心だな。
(さて、昨日喰ったヒトデも消化したみたいだし、今日も元気に狩りをするか……って、んん?)
一狩り行っとく? と思ったところで、俺はステータスの些細な異変に気づいた。
昨日、最後に見たステータスと、変化しているところがあったのだ。それがこれ。
【MP】124/125
MPの上限が、1増えてるんだけど。
これはいったいどういうことか?
情報がないから確信はできないが、推測することはできる。たぶんだけど、枯渇するまでMPを消費したことで、上限が増えたのではなかろうか?
MPを使うことでMPが増えるなら、これほど嬉しいことはない。
はっきり言って、MPのない俺はただのクラゲに過ぎないからな。とりあえず、起きている間くらいは「空間識別」を維持できるくらいにはなりたいものだ。
(ふーむ……余計にMPを消費するのは、ちょっと恐いんだが……)
ポジティブな情報を得たところで、頭を切り替える。
昨日は何も考えずにヒトデを捕食してしまったが、今日は『触手術』を使いながら狩りをしてみようと思うのだ。
何しろ、今の俺の攻撃手段は『触手術』と『刺胞撃』くらいしかない。この内、『刺胞撃』は触手で触ればほぼ自動で発動するようなもんだから、実際には自分の意思で色々できるのは『触手術』くらいだ。
このスキルでどんなことができるのか、それを把握しておくことは、この先、生き延びるためには重要なことだろう。
なので、今日は実際に『触手術』を活用して狩りをする。
んで、その相手だが……。
(やっぱ珊瑚があるからか、小さい魚がいっぱいいるなー)
昨日、俺が喰ったヒトデよりもさらに小さい小魚たち。
俺の方が遥かに大きいので、喰われる心配はない。しかし、その動きは昨日のヒトデよりもさらに素早いし、何よりこやつらはヒトデと違って目が見える。
逃走に専念されたら、捕まえるのは難しいだろう。
だが、だからこそ『触手術』の練習にはちょうど良い。
(よし、まずは気づかれないように、上から近づいて……)
昨日と同じように、海中を泳いで目星をつけた小魚の上を陣取る。
そこから傘の開閉を調整して、ゆっくりと下へ落ちていく。
小魚は、まだ動かない。回遊するわけでもなく、珊瑚のそばで体を休めているようだ。
対して俺の方も、まだ触手は届かない。あと50センチは近づかないとダメだろう。
しかし、ここから更に近づくつもりはなかった。
『触手術』のスキル説明は、こうなっている。
『触手を巧みに操るための技術。MPを用いて触手の強化・再生・成長などを行うこともできる』
MPとは魔力を数値化したものだ。つまりは魔力。この魔力を使って触手を強化する。しかも成長させるとは、長く大きくできるということではないのか。
試す。
俺は触手の一本に意識を向け、スキル『触手術』を発動すると強く念じる。
同時に、その触手がどのように動くかも、はっきりと意識に思い描く。
(お、おお!?)
瞬間、体の中心から熱い何かが、触手に向かって流れ出すのを感じた。
そして俺が思い描いた通りに、その触手が「伸びた」。
曲がっていたのが真っ直ぐになったから伸びた――というわけじゃない。一瞬にして、触手の長さそのものが伸びたのだ。
ここが地球であったなら、あり得ない不条理。細胞分裂もなしに、一瞬で成長するなど起こるはずがない。
だが、この世界ではあり得るらしい。
俺は伸びた触手をできる限り素早く動かし、狙いをつけていた小魚に向かって突き出した。
触手が触れる。刺胞から発射された極小の針が幾つも刺さる。そして小魚が狂ったように激しく、暴れ出す。
しかし、すでに俺は小魚に触手を巻きつけていた。今も触手に向かって流れ続ける熱い何か――おそらく魔力――の影響か、小魚を捕らえる力は意外にも強い。
小魚は俺の触手から逃れることはできず、程なく、抵抗を止めた。
刺さった針から注入された毒が回り、全身が麻痺したのだろう。まだパクパクとエラが動いているから、死んでいるわけではなさそうだが。
俺は傘の中心、口柄に捕らえた小魚を運び、丸呑みにする。
そしてゆっくりと消化しながら、MPの消費を確かめた。
今回の狩りで、MPは「5」消費している。
実はずっとステータスを表示したままだったのだが、最初に触手を長くしたので「3」、それから触手の力を強化したので「2」のMPを使ったようだ。
「空間識別」に比べれば消費が激しいが、効率が悪いというほどではなさそうだ。
んで、伸びた触手だが。
(んお!? 元に戻ったぞ!?)
どうやら、長くなったのは一時的なものらしい。
いったいどういう原理なのかは不明だが、数分経過したところで、元の長さに戻ってしまった。
まるで魔法みたいだと思ったが、MPを消費しているから、本当に魔法の一種なのかもしれない。
まあ、それはともかく。
(今回はレベルが上がらなかったな)
昨日はヒトデ一匹で1レベル上昇したが、小魚一匹ではレベルが上がらなかったようだ。
これは小魚の経験値的なものが低いのか、あるいはレベルが上がるごとに必要な経験値的なものが増えるのか、もしくはその両方か。
(ふむ……まだいけるな)
腹の具合からすれば、まだ小魚何匹かは喰えそうだ。
俺は『触手術』の練習もかねて、さらに小魚を狩ることにした。
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