第31話 今日は杉田の部屋で休ませてもらおうか②
「マジで何なんだよ。中村、お前は何がしたいんだよ?」
「…………………………」
「何か言えよ! 黙られると逆に怖いんだよ!」
こころがBLの話なんかするから変に意識してしまう。
いや、意識と言っても好意的な意味じゃないからな。むしろ悪寒がする方だからな!
押し黙った中村の目は真っ直ぐ俺に向けられている。薄暗い部屋のせいで、その表情は全く読めない。
「……お前に少し話があったんだが、時間が取れなくてな。結局、こういう形にさせてもらったんだ」
「話? お前が? 俺に?」
いつもの小言……ではないだろう。
わざわざこんな状況を作ってまで、中村が俺に話すことなんて……。
「――もしかして魔法少女についてか?」
「ああ、そうだ……確認したいこともあるしな」
なるほど。なし崩し的に魔法少女になり、一緒に戦ってはいるが、魔法少女について、俺たちは未だに腰を据えて話したことはなかった。
今後の戦いの方針とか、ここらで腹を割って話すことも必要かもしれない。
「…………杉田、お前と妹はいつから、どうして魔法少女を好きになったんだ?」
「は? 何でお前にそんなこと言う必要があるんだよ?」
つーか、魔法少女について話があるって、そういう意味かよ。
てっきり
『いつから魔法少女が好き?』って、これじゃまるでただの雑談じゃねえか……。
「別に……ただ気になっただけだ」
「なんだよそれ…………何でそんなことが気になるんだ?」
「……………………」
「…………」
見つめ合ったまま無駄な時間だけが流れる。
「だから、黙るなよ!」
気になるなら、聞きたいなら、少しは聞き出す努力をしろよ!
俺は話したくないって言ってんのに、待つなよ! 先方に丸投げするなよ!
「――ったく、調子の狂うやつだな……」
本当に変なやつだ……。
けど、よくよく考えてみると、俺も中村に聞きたいことがあったな……。
「分かったよ、話してやる。その代わり、俺もお前に聞きたいことがあるから、お前もちゃんと話せよ。それが条件だ」
「…………わかった」
中村は少し逡巡してから短くうなずく。
「で、俺が魔法少女を好きになった時期と理由だったか? 別に大した話じゃねえよ……。この前も少し話たけどな……順を追って話すと、三年前、母さんが死んだのが始まりになるか……」
「…………」
「母さんが死んでから、親父は仕事ばかり、明るかったこころも塞ぎ込むことが多くなってさ。俺に至っては、お前も知っての通り不良街道まっしぐらだ……」
今思えば、母さんが死んで俺も少なからず自暴自棄になっていたのかも知れない。
それまでの俺だったら、たとえどんなにしつこくされても、売られた喧嘩を買うなんて馬鹿な真似はしなかっただろう。
──相手がしつこいから。
──正当防衛だから。
そんな風に色々と言い訳しても、結局は何かに当たらずには居られなかったのかも知れない。
俺は不良じゃないと言いながら、不良扱いされることを利用していたのかも知れない。
「とにかく、母さんが生きてた頃は仲の良かった俺達家族はバラバラ。こころとも二年近くまともな会話がないまま時間だけが過ぎて行った。けど、ちょうど一年くらい前かな、こころが急に魔法少女アニメを観たいって言い出してよ……」
あの時はびっくりしたもんだ。
久々の会話、しかも開口一番が「魔法少女のアニメが観たい」だったんだからよ。
アニメに全く興味が無かったこころの発言とは思えなかったから尚更だ。
「で、よく分からずに最初に観たのが『みく☆ミラ』だったんだ。魔法少女なんて子供向けだと思ってたら、オープニングからしてあのカッコよさだろ? ストーリーも良い意味で酷くってさ、初見で『何なんだコレは!?』ってなったよな。で、そこから転がり落ちていくのは、兄妹揃ってあっという間だったな」
むしろ、転がり落ちたんじゃなくて、高みへ昇ったんだと、今なら胸を張って言える。
「魔法少女が、妹との絆を繋ぎ直してくれたということか?」
「別にそんな堅苦しい話じゃねえけどな。確かに『みく☆ミラ』のお陰で、こころとの絆は取り戻せたかもしれねえ。作品には感謝もしてる。でもな……〝だから好き〟ってワケじゃねえ。単純に俺が好きだから好きなんだ! そこのところ間違えんじゃねえぞ」
好きなものは好きだからしょうがない。説明のしようがないってな。
「…………杉田、お前も色々考えているんだな。てっきりロリ――いやなんでもない」
「お前今ハッキリ『ロリ』って言ったよな。絶対ロリコンって言おうとしたよな? その件に関しては、お前にだって疑いが掛かってんだからな!」
中村に妹がいるってのは信じよう。
妹が魔法少女好きってのも信じよう。
だがな、妹があの抱き枕カバーを欲しがったってのは俄かには信じられねえよ?
完全にロリコンの所業だからね?
ちなみに俺は違うから。
あくまで芸術作品として、あの抱き枕カバーを愛でてるだけだから。言うなれば『ヴィーナスの誕生』とかと同じ括りだから。
みくるたんの魅力にかかれば、ヴィーナスなんて余裕でフルボッコだけどな。
「んじゃ、今度はお前の番な。天下の生徒会長様がどういうルート辿ったら魔法少女好きになるんだよ?」
妹が魔法少女を好き、とは聞いていたが、それだけでは説明が付かないくらいには、中村は〝どっぷりこっち側の人間〟だった。
「…………俺もお前と同じだ」
「同じって……何がだよ?」
ロリコンが、とか言ったら張っ倒すぞ。
「うちも母親を早くに亡くしている」
それは……あまり喜ばしくない共通点だった。
「母が死んでから、俺の家もおかしくなっていった……」
中村はポツポツと語る。
「父は厳しい人間でな……俺と奏多は幼い頃から英才教育を受けていたんだ。辛いことも多かった、何度も逃げ出したいと思った。正直言って、父が苦手だったよ」
「お前、結構苦労してんのな……」
金持ちは金持ちなりの大変さがあるらしい。
「といっても、父のことは尊敬していた。俺達を想って敢えて厳しくしているというのも分かっていたからな……」
何だかんだ父は優しかったんだ、と中村は寂しそうに呟いた。
「だが、母を失ってから父は別人のようになってしまった。俺達の教育への熱の入れようが、度が過ぎるようになっていった……」
「…………」
確かにうちと少し似てるかも知れない。
うちの親父も母さんが死んでから変わってしまった。現実から目を背けるように仕事に没頭するようになった。家族を省みなくなった。
そして、いつからか俺もこころも、親父に期待するのを止めてしまった。
「父の要求は日に日に厳しくなっていった。それでも俺は耐えられが、生まれつき身体が丈夫ではなかった奏多は――そのせいで本格的に身体を悪くしてしまったんだ……」
母親を失って只でさえ辛い時期に、英才教育か……。そりゃ、辛いよな。身体を壊したって不思議じゃない。
母さんが死んだ後、ずっと塞ぎ込んでいたこころの背中が脳裏に浮かぶ。
「そして奏多の療養中に、隠れて観るようになったのが『みくる☆ミラクル』だったんだ……」
夜中、妹と隠れるようにテレビを見ていた時、偶然目に入ったのだと、中村は懐かしむように笑った。
「それからは、『みく☆ミラ』を見るのが奏多の唯一の楽しみになった。奏多の精神の安定にも良いと父を説得して、一日三十分だけアニメを観る時間を貰った」
「けっ、テメエのせいで身体を壊した娘に許したのが、たったの三十分のアニメかよ」
人の親をとやかく言いたくはないが、中村の親父は、話を聞いてるだけでクソみたいな匂いがした。
「アニメというものは見たことが無かったが、とんでもないストーリーで最初は面を食らったものだ。だが、楽しそうにしている奏多の隣で観ている内に、俺もいつの間にかハマっていた」
中村は真剣な眼差しで続けた。
「気付いたときには、くろみたん無しでは生きられない身体になっていたんだ……」
「真面目なパートで、変態の顔見せるの止めろよ。な?」
妹が泣くぞ。
――それからしばらく『みく☆ミラ』の話をしてから眠りについた。
表情の乏しい中村。
けど、くろみの話をする時は、分かりやすく声に熱が籠っていて、ああコイツは本当にくろみが好きなんだな、と……何だろうな、少し安心した。
学校で淡々と仕事をこなす中村は、本当にロボットのようだったから。
眠っている中村の顔を見て、こいつも眠るんだな、なんてアホな事を考えたり。
そうして翌日になると、中村は律儀に礼を言ってから帰っていった。
「そういえば、どうして中村は、俺とこころが魔法少女を好きになった理由や時期なんかを知りたがったんだろうな……」
まさか、それを聞くためにわざわざ家まで来たとか……そんなわけないか。
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