第32話 幕間 ── 中村奏多 ──


「――杉田の料理は意外に美味かったよ。あの顔であの腕前ってのは……ある種の詐欺だな」


 自分の顔が感情に乏しいというのは自覚していた。だから、出来る限りの笑顔と、最大限の明るい声で、俺は杉田家での出来事を報告する。


「それと、家を出る少し前、こころちゃんに『これからも兄をよろしくお願いします』なんて言われたよ……」


 部屋は暗いまま。

 返事はない。

 それでも、俺が話を止めることはない。ほとんど独り言だとしても。

 最初は抵抗もあったが、今では慣れたものだ。


「こころちゃんは、抱き枕カバーの持ち主が杉田だって気付いていたみたいだな。それどころか『お兄ちゃんのお宝は、大抵は目を通しているので♪』なんて言っていたよ」


 顔を少し赤くして「お兄ちゃんには絶対内緒ですよ」と苦笑いしていた彼女を思い出すと、自然な笑みが浮かぶのを感じた。


「よく出来た子だったよ。さすがお前の親友だな。とても杉田の妹とは思えなかった」


 それからしばらく話を続ける。

 だが、最後まで返事はなかった。


 ――――ダメか……。


 親友こころの名前を出せば反応があるのではないかと期待していたのだが、考えが甘かったらしい。

 自然と写真立てに視線が向く。

 写真の中で笑っている二人を見ると、枯れ果てた涙腺が悲鳴を上げた。

 そういえばこころが気になることを言っていたな……。


『中村さんが遊びに来て、お兄ちゃんずっと不機嫌そうにしてましたけど、あれポーズですよ。むしろあんなに楽しそうにしてるお兄ちゃん、久しぶりに見た気がします』


 それは何かの間違いだろう。

 いくら他人の感情の機微に疎い俺でもそれくらいは分かる。

 杉田が俺と一緒にいて楽しいわけがない。俺は、あいつを退学にするために、色々と嫌がらせ染みたことを繰り返してきたのだから。 

 ただ……まあそうだな……。

 俺は少し楽しかった――のかも知れない。

 遠慮なく好き勝手に話せる相手なんて、今まで居なかったから……。


「――ああ、ごめんな。少し考え事をしていただけだよ」


 不機嫌な顔をされた気がした。

 もちろんそれは気のせいに違いないのだけれど――。

 だが進展はしている。

 何の手がかりも無く、暗闇を彷徨っていた頃とは比べものにならない。

 そこで窓の外の影に気付く。


「来たか……。約束通り、話を聞かせて貰うぞ」


 俺は席を立つ前に、小さく白い、彼女の手を握る。

 この一年眠ったままの、何よりも誰よりも大切な妹。


「かならず助けるからな。待っててくれ――――奏多」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る