第4話 ローキックで機動力を削ぐ妹
「ただいまー」
「お兄ちゃん、おそーい」
秋葉原から帰宅した俺を、妹のこころが笑顔で出迎えてくれた。
うむ、相も変わらず超美少女だ。どんな悩みも辛い思い出も、こころの笑顔を浴びれば全てが洗い流され浄化されること請け合いだ。
杉田こころ。中学二年生。
俺の可愛い、可愛い妹だ。
高い位置で一つにまとめたポニーテールと、日に焼けた健康的な肌が眩しい、まさしく爽やかスポーツ美少女。
本当に俺の妹なのか疑わしいレベルで似ていないが、深く考えるのはずいぶん前に止めた。止めたんだから何も言うな。
「ていうか、またお前そんな格好で……」
こころがその身に纏っているのはベージュのノースリーブとデニムのショートパンツのみという、我が最愛の妹の輝けるスレンダーボディを飾るには、少々心許ない装備だった。
「これくらい普通だって。いいじゃん、今日暑いんだし」
「まぁ、家の中ならいいけどな……。でも出かける時は、そんな格好お兄ちゃん許さないからな」
「はいはい、分かってるって。わたしもお兄ちゃんを殺人犯にしたくないからね」
「何だよ、殺人犯って……」
「だってわたし可愛いでしょ? それがこんな格好して歩いてたら、変なおじさんとかに声かけられるでしょ? そしたらお兄ちゃん、そのおじさん殺しちゃうでしょ?」
「何、その驚きの方程式!? そんなんしないから。俺は殺人鬼みたいな顔してるだけの好青年だからね!」
「なんと、気にしてるのに自虐ネタとは。自己犠牲が半端ないね」
「こころのためだったら、俺はどんな犠牲だって厭わないぜ」
「はいはいありがと」
せっかくの決め台詞が軽く流されてしまった――が、妹に冷たくされるのも、これはこれでクセになりそうである。
「でも好青年って、自分でよく言えるよね。鏡見てごらん? 好青年というより更生施設の青年って感じだよ?」
「実の兄になんて言い草!? オレは少年犯罪とか無縁だからね、マジで!」
「本当に? じゃ改めて聞くけど、わたしが変なおじさんに声かけられてても、我慢できる?」
「………………確かに殺しちまうかもな」
「うわ、シスコン。キモ」
「お前酷くない?」
キモいと言いながらも嬉しそうに笑うこころに、「今のは完全に誘導尋問だろ」と俺はため息を吐く。
「てか遅かったじゃん。今日は早く帰るって約束してたでしょ。まさか、また喧嘩してきたんじゃないでしょうね?」
「ばっか、喧嘩なんかしてねえって。つーか俺は自分から喧嘩を吹っ掛けたことなんて一度も無いから。昔のだって全部正当防衛なんだからな!」
確かに一年ほど前までは、喧嘩と呼ばれるものに巻き込まれることが多かった。
とはいえ、大抵は相手が武器携行の大人数。要は正当防衛だ。事実、俺が罪に問われたことは一度も無かった。
まぁ、それでも毎回相手をボコボコにしちまうから、過剰防衛だと警察でよく怒られたけどな。
「それに約束だって忘れてねえよ。その証拠に、ほらこの通り」
俺は〝例の紙袋〟を勝ち誇った顔で持ち上げる。
「っ!? それ約束してたやつ? やった! 早く、早く」
紙袋を取り上げようと、ピョンピョンとジャンプを繰り返すこころ。
なにこれ可愛い。
可愛い生き物にじゃれつかれてるみたいで癒されるなぁ。よし、少しからかってやるか。
「ふ、それが人にものを頼む態度かな? こういう時はそれ相応の態度というものがあるんじゃないのか?」
「うるさい、さっさと寄こせ」
痛っ! コイツ今、実の兄にローキックしたんだけど!
「ちょ、馬鹿やめろ。ローキックで機動力を削いでから奪おうとするな! 袋も破れるだろ。それに俺が一緒に買ったやつも入ってんだよ。だから後にしろって」
「一緒に買ったって……エッチなやつ?」
「ちっげーよ、バカ!」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるから」
「絶対信じてないだろお前」
ニヤニヤしてるし。
「いいっていいって。待っててあげるから早くお宝しまっておいで。どっちみちそろそろご飯の支度しないとだしね」
「ん? そうか、もうそんな時間か……。で、親父は?」
「今日も遅いみたいだよ」
そう言って慣れた手つきでエプロンを付けるこころ。
「そうか……」
母さんが死んでもうすぐ三年。
ますます家に寄り付かなくなってきたな、親父……。
親父と妹との三人暮らしのはずなのに、実質は兄妹二人暮らしのような状態が一年以上続いている。
現実から目を背けるように仕事に没頭する親父。
生活費は入れてくれてるし、問題ないと言えば問題はないのだが。家族に一切関心を示さないって、それは一家の大黒柱としてどうなんだろうか……。
「またすぐそんな顔する。お父さんも色々あるんだよ。気楽な高校生とは違ってね」
「気楽な中学生にだけは言われたくねえ台詞だな」
「中学生にも色々あるんだよ。学園カースト制度とか」
「マジでか!?」
「冗談に決まってるでしょ。漫画やドラマじゃあるまいし」
「あ、そっすか」
心臓に悪いから、そういう冗談は止めて貰いたい。
ま、太陽神のように明るく、宇宙一可愛いこころなら、カースト上位確定だろうけどな。
クラスに友達が一人もいない俺とはえらい違いだぜ。
……自分で言ってて悲しくなるな。
「んじゃ、ちゃちゃっと準備しちゃうから、お兄ちゃんも早く着替えて来てね。ご飯食べた後で、二人でゆっくりそれ観よ」
こころは笑いながら言うと、ポニーテールをなびかせ台所に消えていくのだった。
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