第5話 入れ替わってる!?

「んじゃ、ちゃちゃっと準備しちゃうから、お兄ちゃんも早く着替えて来てね。ご飯食べた後で、二人でゆっくりそれ観よ」


 そう言って台所に消えていくこころを見送った後、


「……………よし、行くか……」


 俺は〝例の紙袋〟を手に、そそくさと自室へ向かう。

 廊下を歩くと、木材の軋む音が聞こえた。今時珍しい縁側のある木造一軒家。広いだけが取り柄のボロ家。それが我が家だった。

 周囲を確認する。そして誰の気配もないことを確認すると、俺は素早く自室に滑り込む。


「ミッションコンプリートだ……」


 手間は掛かった。ハプニングもあった。

 だが俺は、遂に目的を完遂したのだ。


「――くくく、くはははは。やった、やっと手に入れたぞ……」


 身体を震わせ、悪の帝王の様に高笑いする。


「こいつめ、苦労させやがって……」

〝例の紙袋〟に手を突っ込み、誰に言うでもなく独り言を続ける。

 自然に、ふひひと声が漏れる。

 ニヤニヤが止まらない。

 おっと、よだれが。

 自分で言うのもなんだが、今の俺は傍から見たら、気持ち悪さ全開に違いない。

 だが笑いが止まらない。止められない。

 今まさに、奇跡がこの手の中にあるのだ。興奮するなという方が無理なのだ。

 

 ついにゲットしたぜ――


「『魔法少女みくる☆ミラクル』ブルーレイボックスぅぅぅっ!」

 

 ドンドン、ヒューヒュー、パフパフー。

 俺は心の中でファンファーレを鳴らしながら、紙袋の中身を取り出す。

 これが俺がどうしても欲しかったブツ。

 こころが早く観たがっていたブツ。

 学校の奴らに見られたら社会的に死ぬブツ。

『魔法少女みくる☆ミラクル』ブルーレイボックス、オフマップ限定描き下ろし全巻収納ボックス付きだ!


「これだよこれ、これこそまさしく神! みくるたん超絶エロ尊い!」


 パッケージに描かれているのは、妙に扇情的な衣装に身を包んだ年端もいかないふたりの魔法少女。

 ピンクのツインテールにピンクの衣装。THE魔法少女といった方が綺羅星みくる――通称、みくる☆ミラクル。

 そしてもう一人、黒い衣装を身にまとった、クールな感じの黒髪ロングの美少女が月影くろみ――通称、くろみ☆ブラックだ。


 うおおお、尊すぎて頬ずりせずにはいられないな!

 

 誰だ今キモいって言ったやつ! だが許す。何故なら今の俺は最高にキモいからだ。自覚している! いやっほーーーーい。

 ああ、楽しい。不良なんて仮の姿だ。本当の俺はこっちなんだ!


「いい。いい脚だ。あああ、挟まれたい! 最終決戦用、エンジェリックフォーム。エンジェルとか言いながら格段に上がる露出度。だが、魔法少女らしさは損なっていない素晴らしいデザインバランス!」


 ここまで来ればお分かりだろう。

 何を隠そうこの俺、杉田智すぎたさとりは――最強最悪の不良と呼ばれる一方で、同時に魔法少女アニメをこよなく愛する、大きなお友だちでもあるのだ!

 そして、一番のお気に入りは、『魔法少女みくる☆ミラクル』の主人公、このピンクの魔法少女――綺羅星みくるたん!


『魔法少女みくる☆ミラクル』は、大きなお友だち向けのちょいエロ魔法少女アニメだ。

 三年前に深夜帯で放送がスタート。現在では、第三期まで放送されており、劇場版も予定されている人気作品なのだ。

 人間の欲望を肥大化させ、怪物へと変貌させる悪の組織【ゾクブーツ】から人々を守るため、愛と仁義で変身する魔法少女二人の物語。


 言葉より拳で語る鉄拳魔法少女――みくる☆ミラクル。

 毒物と暗器による暗殺魔法少女――くろみ☆ブラック。


 最初はいがみ合っていた二人が、ぶつかり合い、殺し合い、殺し合い、殺し合い、徐々に心を通わせていく。

 最後は、敵軍七万の血の海で一線を越えた友情を確かめ合う、ハートフル百合ストーリー。

 特に、一期最終回のみくるたんが激ヤバ可愛いんすよ。

 くろみに自分のメリケンサックをプレゼントして、初めて下の名前で呼び合うシーン(血の海で)。マジ尊くて死す。

 ああ、愛しているとも。俺は綺羅星みくるたんを人生を捧げる勢いで愛しているのだ!


「ふひひ、ふふ、ふはははははははは」


 っと、あまり長く愛でてると、こころに怪しまれるな……んじゃ、そろそろメインディッシュと行こうか……。 

 紙袋を前に正座で姿勢を正す。

 神事を執り行う神主さながらに、深い呼吸で心を落ち着ける。


「かしこみかしこみ。さあ、御立会い。ここにおわしますは、オフマップ限定有償特典――『みくる☆ミラクル ~ほぼ全裸抱き枕カバー~』なるもの……」


 両手を紙袋に差し入れ、


「では、いざ御開帳っ!」


 盛大な掛け声と共に、その手に掴んだ抱き枕カバーを大きく広げる。


「…………あれ?」


 なん……で?

 ……どうしてだ?

 まるで時が止まったかのようだった。

 あまりの衝撃に身体が動かない。心臓すらも止まってしまった様な感覚。

 なのに何故か額を流れる汗の感触だけは、嫌と言うほどに伝わって来る。


「何でだ……どうしてこんな……」


 二度見して、三度見する。

 だが、何度見返してみても結果は同じだった。


「これ、ライバル魔法少女、くろみ☆ブラックのほぼ全裸抱き枕カバーじゃねぇかーーーっ!!!」


 俺の手に握られていたのは、黒髪の魔法少女(ほぼ全裸なのでどこが魔法少女なのかは分からないが)の、エッチなイラストが描かれた抱き枕カバーだったのだ。

 理解が追い付かない。意味が分からない。

 何がどうしてこうなった?

 俺が買ったのは、みくるたんの抱き枕カバーのはずだ。なのに! どうして!?


「店員が間違ったのか……? いやあの時、俺は確かに中身を確認したぞ」


 紙袋を受け取った時、中には間違いなく〝みくるたんほぼ全裸抱き枕カバー〟が入っていた。それだけは間違いない。

 

 だとすれば――


「まさか……いや、まさかな……」


 いや、だって……それは、それだけは無いだろ……。

 だが思い返せば思い返すほど〝その可能性〟しか残されていないことに気付く。

 そう、思い当たる可能性は一つだけ。

 店員から紙袋を受け取ってから帰宅するまでの間で、俺が紙袋を手放したのは、あの一瞬だけだ。

 そういえば、あの瞬間、あの男も同じ紙袋を手にしていた……ような気がする。


「これってもしかして……中村とぶつかった時に俺たちの紙袋が――」


「――入れ替わったってのかぁぁぁぁッ!?」

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