第3話 電気街の杉田と中村
後ろでまだ何かを喚いている中村を置き去りにし、俺は足早に学校を後にした。
それから十分ほど歩いて駅に着くと、自宅とは真逆の方向への電車に乗り込む。
目指す先は、かの有名な電気街。
電車を降り、そそくさと改札を抜けて真っ直ぐに目的地を目指す。
平日の昼間だというのに人が多い。特に外国人観光客の数には目を見張る程だった。
「なんかますます外国人増えたよなぁ……」
駅前には、明らかに外国人観光客をターゲットにした店が多く、その網に引っかかった外国人が楽し気に散財している光景は日常茶飯事となっていた。
とはいえ少し歩くと、昔ながらの小型商店などもしっかりと生き残っている。
「この混沌とした感じ、なんか落ち着くんだよなぁ……」
ここは俺を気にする奴が少ない。
デカい奴、小さい奴。様々な人種。個性的なファッション。
色んな人間がいる。
誰でもいる。
俺よりデカい奴だって少なくない。
そんな混沌が、悪目立ちする俺をごちゃ混ぜに塗りつぶしてくれる。大勢中の一人にしてくれる。それが、何ともない程心地よく感じるのだった。
そうして五分ほど歩いて辿り着いたのは裏路地の一角、細長くそびえ立つビル。
取引現場はここの四階に入っている小さな電気屋だ。
「さてと、ここからが本番だな……」
鞄から丸眼鏡を取り出し変装する。
普段はもっとしっかりとした変装をするのだが、今日は学校から直接来たので、この程度しか用意できなかった。
ま、これだけ急いで来たんだ。余程運が悪くなければ誰か知り合いに会うことはないだろう。
念のため、周囲への警戒を怠らないよう四階まで上る。
店内に入ると、電気街の電気屋らしい、美少女キャラのポスターやゲーム、アニメブルーレイやらが乱雑に陳列されていた。
ジャングルのように鬱蒼とした店内を進むと、その先に見えてきたのはレジで退屈そうに欠伸をかみ殺す一人の男。
「これを……」
そう言って俺は、レジの男に一枚の紙を渡す。
ぼさぼさ頭に無精髭の店員は、俺の容貌に驚きつつも、その〝紙〟を確認すると、無言のまま店の奥から一つの紙袋を持ってくる。
俺は店員に金を渡し、代わりにその紙袋を受け取る。
そして、逸る気持ちを抑えつつ、紙袋の中身を確認し、
「――完璧な仕事だ、間違いない」
ニヤリと笑って店員に告げる。
「毎度」
店員は無表情のまま、短くその一言だけを返すのだった。
それから俺は紙袋を抱え、狭苦しい店内を足早に戻る。
ブツの受け取りは無事成功したが、帰りに誰かに見つかるのも避けなくてはならない。
「一刻も早くここから離れねえとな……」
逸る気持ちを抱え、急な階段を二段飛ばしで駆け下りる。
そして、ビルの外へ一気に飛び出した、その時。
――ドンッ!
強い衝撃に襲われる。
何が起きたかもわからず、後ろ手に倒れる俺。
急いで外に出たせいで、前を歩いていた通行人と衝突したのだ。
「痛ってえな、この野郎。どこ見て歩いて――」
反射的に出た怒りの言葉が、途中で止まる。
「…………は? え? な、何でお前がここにいるんだ――――中村ッ!?」
「お前……杉田か!? お前こそ、どうしてこんな所にっ!?」
俺と同じく尻もちをついた中村は、信じられないものを見た、といった様子で目を見開いている。その表情からは、いつもの冷静沈着さは全く見られない。
口をパクパクさせて、まるで金魚の真似でもしている様だった。
「な……おま、何を……え……?」
何をしにこんな所に――と言いたいのだが、言葉が詰まって全く出てこない。
つーか、そんなこと聞いてどうする。
そんで逆に同じことを聞かれたらどうする?
――ここはブツを持って、さっさとトンズラするしかない。
と、そこで俺は気付く。
その何よりも大事なブツが……さっき受け取ったばかりの紙袋が、手元から綺麗さっぱり消えていたのだ。
「お、オレの荷物!? どこだ、どこいった?」
周囲の視線も気にせず、這いつくばって紙袋を探す。と、
「あ、あった!」
紙袋は店の階段付近に落ちていた。
それを、俺は四足獣のような動きで素早く拾い上げる。
「おい、杉田。その袋――それに何で眼鏡で変装なんて……」
「ワタシハ、スギタデハアリマセン。ヒトチガイデハ?」
「嘘つけ! さっき、お前俺のことを中村と呼んだだろうが!」
くっ、さすがにペッパーのモノマネで誤魔化すのは無理があったか。
ヤバい状況だ。中村の視線は俺の持つ紙袋に注がれている。もしこの中身が中村に知られでもしたら――――俺が社会的に死ぬ。
何かナイスな誤魔化し方はないか…………うむ、特に思いつかないな。やっぱり逃げよう。
「……きょ、今日の所は勘弁してやるけどな、今度から気を付けろよな!」
我ながら強引な会話のぶった切り方だった。
「待て、杉田! お前、こんな所で何を――」
「うるせー。ばーかばーか! お前には関係ねーよ。ばーか!」
気が動転しているせいで、悪口の知能指数が小学校低学年まで落ちているが気にしない。
そうして俺は、全力でその場から走り去ったのだった。
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